はじめに
Current Joys(カレント・ジョイズ)は、アメリカ・ネバダ州出身のシンガーソングライター、ニック・レイディ(Nick Rattigan)によるソロ・プロジェクトである。
ローファイな録音、日記のように繊細な歌詞、そして心の奥にまっすぐ刺さるメロディ。
彼の音楽は、青春の不安、愛の喪失、そして生の不確かさを描く、きわめてパーソナルでありながら普遍性を持った“情緒の記録”だ。
映像作家としての顔も持つニックの楽曲には、映画のような物語性と、夢のような余韻が漂っている。
アーティストの背景と歴史
ニック・レイディは、元々はインディーポップ・デュオSurf Curseのドラマーとして活動を始めたが、2013年からCurrent Joysとしてソロ名義での楽曲制作をスタート。
ベッドルーム録音による自作自演スタイルで、Bandcampを通じて作品を発表し、じわじわと注目を集めるようになる。
2015年のアルバム『Me Oh My Mirror』、2018年の『A Different Age』で確かな評価を獲得し、2021年にはよりバンドサウンドを導入した『Voyager』をリリース。
一貫して“個人の情動を音にする”という姿勢を貫きながら、インディーシーンの中で独自のポジションを築いてきた。
映像作家としてのセンスもアルバムやMVに反映されており、音楽とヴィジュアルが一体となった世界観が特徴である。
音楽スタイルと影響
Current Joysの音楽は、ローファイ・インディー、ベッドルームポップ、ポストパンク、サーフロック、フォークなど多様なジャンルが交錯するが、その本質は“感情の素描”にある。
粗く録音されたギター、歪んだカセットのような質感、突き放すようなミニマルなリズム。
そこに乗るのは、ニックのナイーヴで感傷的なボーカルと、過去を見つめるような歌詞。
Joy DivisionやThe Smiths、Modest Mouse、Elvis Depressedly、Alex G、さらにはElliott Smithなど、自己省察的なアーティストからの影響が色濃く、映像美を重視する姿勢はDavid LynchやTerrence Malickの映画にも通じている。
代表曲の解説
A Different Age
2018年の同名アルバムのタイトル曲。
6分以上にわたって淡々と続く反復ギターと、呟くようなボーカルが特徴。
「I’m from a different age」というリフレインは、世代的/感情的に“ずれてしまった自分”を静かに語るもの。
不器用で孤独な自己告白が、リスナーの心を静かに揺さぶる。
Kids
初期の代表作『Me Oh My Mirror』収録。
荒削りなギターと感情むき出しのボーカルが印象的な、パンク的衝動と内省が混ざった楽曲。
「I love the feeling when we lift off」など、思春期の逃避や友情の幻を描く、まさに“日記のロックンロール”。
My Nights Are More Beautiful Than Your Days
アルバム『Voyager』より。
よりプロダクションが洗練されたこの曲では、サイケデリックで映画的な構成と、ゆったりとしたグルーヴが心地よい。
恋愛と夜の幻想が交差する、感傷的でありながらドラマチックな一曲。
アルバムごとの進化
Me Oh My Mirror(2015)
ローファイで衝動的な初期衝動が詰まった作品。
ギターのフィードバックやドラムマシンの打ち込みが、壊れそうな感情をそのまま記録しているような感触。
歌詞は内向的で、孤独や焦燥をまっすぐに描いている。
A Different Age(2018)
静かに語られる自己省察と、儚いメロディの反復が美しい、初期の代表作。
音数を抑え、語りかけるようなスタイルへと移行。
視覚的な想像力をかきたてる音像で、リスナーの記憶や感情と深く共鳴する作品。
Voyager(2021)
よりバンド編成を取り入れ、ドリームポップやシンセウェイヴの要素も加わった進化作。
壮大なアレンジとストーリーテリングが前面に出た、音楽的にもヴィジュアル的にも“映画のようなアルバム”。
全体を通して、自己から他者へ、内から外への視点の広がりが感じられる。
影響を受けたアーティストと音楽
Elliott Smithの繊細なメロディライン、Modest Mouseの不安定なリズム感、The Smithsの抒情性、Joy Divisionの音像の暗さ。
また、Ariel PinkやAlex Gのような宅録DIY精神にも通じる。
映画的視点では、David LynchやWim Wendersのような“時間の流れを感じさせる映像美”が、Current Joysの音にも影響を与えている。
影響を与えたアーティストと音楽
彼のローファイかつ感情的な音楽は、Clairo、Beabadoobee、Snail Mail、Boy Pablo、Phoebe Bridgersらのベッドルーム・インディー世代に影響を与えている。
特に、日常の隙間から漏れ出す感情をすくい取るその手法は、“共感の音楽”として多くの若者の心に響いている。
オリジナル要素
Current Joysの最大の魅力は、“フィルターを通さない感情のまま録音された音楽”である点だ。
決して整っていない、むしろ不器用でラフなその音が、だからこそリアルに響く。
そのうえで、ニック・レイディは“詩人”でもあり、“映像作家”でもある。
彼の音楽は、音だけでなく、映像的な世界観や時間の流れまでをも感じさせる、“感情の映画”なのである。
まとめ
Current Joysは、誰かに語るにはまだ早すぎる感情――孤独、後悔、憧れ、痛み――を、そのまま音に変えてきた。
そこには過剰なドラマも、美化もない。
あるのは、誰もが抱える“説明できない気持ち”の音。
それこそが、Current Joysの音楽がリスナーに寄り添い、深く共鳴する理由なのだ。
ベッドルームの静寂に響く、世界でたったひとつのラブソング。
それが、Current Joysなのである。
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