発売日: 1976年3月
ジャンル: ロック、ハートランドロック、シンガーソングライター
概要
『Cry Tough』は、ニルス・ロフグレンが1976年にリリースしたセカンド・ソロ・アルバムであり、前作で確立した“誠実なロックンローラー”というイメージに、より洗練されたサウンドとスケール感を与えた一作である。
グリン解散後にソロ・デビューを果たし、ニール・ヤングとの共演や、ブルース・スプリングスティーンとの親交でも知られるロフグレンだが、本作では彼のソングライターとしての自立性と音楽的多様性が際立っている。
アルバムタイトルの「Cry Tough(強く泣け)」という表現が示すように、内面の弱さや傷を抱えながらも前に進む姿勢が、全体のトーンを貫いている。
ロックの情熱、バラードの叙情性、そしてポップセンスのあるフックが共存し、ニルス・ロフグレンという稀有な“ギタリストかつ語り手”の魅力が花開いた作品と言える。
全曲レビュー
1. Cry Tough
表題曲にして本作の核心。
傷ついたままでも泣いて、叫んで、立ち上がれ――という力強いメッセージが込められたアンセム的楽曲。
ピアノとエレキギターが絡み合い、ロフグレンのエモーショナルなヴォーカルが光る。
2. It’s Not a Crime
軽快なテンポに乗せて、“自分らしく生きることは罪じゃない”と歌う、ミッドテンポのロックンロール。
サックスのアクセントが効いており、都会的で洗練されたアレンジが印象的。
3. Incidentally… It’s Over
恋愛の終わりをさりげなく告げるナンバー。
穏やかなギターとピアノに乗せて、“気づけば終わっていた”という現実を淡々と描く。
切なさとクールさが同居する、ロフグレンらしい感傷的な一曲。
4. For Your Love
ヤードバーズの名曲を、しっとりとしたアレンジでカバー。
ロフグレンの持つブルースやR&Bへの愛情がにじみ出ており、原曲のエネルギーを抑えた分、よりメロディが際立つ。
バラード的な解釈が秀逸。
5. Share a Little
希望と分かち合いをテーマにした心温まる楽曲。
“少しだけでも分け合おう”というリリックが、当時のアメリカ社会の分断と不安に対する静かな抵抗として響く。
ギターソロも含め、全体的に優しさが包む構成。
6. Mud in Your Eye
やや荒々しいギターリフが印象的なロックナンバー。
タイトルの“目に泥”という表現は、裏切りや挑発を象徴しており、ロフグレンの怒りや苛立ちがストレートに表現されている。
リズム隊のグルーヴも力強い。
7. Can’t Get Closer
“どんなに近づこうとしても、君には届かない”という孤独と愛の距離感を描いたバラード。
ピアノ主体のアレンジがドラマティックで、メロディも美しい。
アルバム中もっとも情緒的で繊細な楽曲のひとつ。
8. You Lit a Fire
再生と希望のメタファーとしての“火”を扱った、ポジティブなナンバー。
アップテンポなリズムに乗せて、過去の傷を癒してくれる誰かへの感謝が歌われる。
ロックとソウルのエッセンスが同居した楽曲。
9. Jealous Gun
緊張感あふれるギターと、抑制されたボーカルが印象的なトラック。
“嫉妬という名の銃”という比喩で、人間関係の危うさや破壊性を描いている。
ダークでありながら、どこかスタイリッシュな一曲。
10. It’s All Over Now
静かに幕を閉じるラスト・ナンバー。
“すべてが終わった”というタイトルとは裏腹に、どこか救いのある響きが漂い、アルバム全体に安堵の余韻を与える。
フォーク的な質感とシンガーソングライターとしての成熟が表れている。
総評
『Cry Tough』は、ニルス・ロフグレンというアーティストの中でも特に“語り手としての深み”と“演奏者としての鋭さ”が高次元で共存した傑作である。
前作のラフなエネルギーを踏襲しつつも、構成やアレンジにはより熟練した感覚が加わり、全体として“完成された作品”の佇まいを持っている。
このアルバムは、ただの“優れたギタリストの作品”ではなく、アメリカの片隅に生きる人々の心情を、時に激しく、時に優しくすくい上げた、ひとつのドキュメントとも言えるだろう。
“泣いていい、でも泣いたら立ち上がれ”。そんな言葉が、どの楽曲からも聴こえてくる。
おすすめアルバム(5枚)
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Tom Petty – You’re Gonna Get It! (1978)
シンプルで誠実なロックンロール。『Cry Tough』の路線と共鳴する。 -
Jackson Browne – The Pretender (1976)
同年リリースの内省的ロックの名作。『Can’t Get Closer』と響き合う世界観。 -
Neil Young – Zuma (1975)
荒削りだが感情に訴えるギターロック。ロフグレンと精神性が重なる瞬間も多い。 -
Warren Zevon – Warren Zevon (1976)
同じ年の異なる視点の語り手。『Jealous Gun』的な人間の複雑さを共有。 -
Grin – Gone Crazy (1973)
ロフグレンのルーツを知るには最適。グリン時代との比較で本作の進化が明らかになる。
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