発売日: 2023年9月29日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、インディーフォーク
近くて遠い“いとこ”たちへ——Wilcoが響かせる現代の孤独とつながり
Wilco通算13作目となるスタジオ・アルバムCousinは、そのタイトルが象徴するように、“家族のようでいて、どこか他人”という距離感に満ちた作品である。
プロデューサーにCate Le Bonを迎えた本作は、Wilcoの過去作にはないミニマルで歪な美学を帯びており、どこか捉えどころのない空気感がアルバム全体に漂っている。
サウンドは一見穏やかでアコースティックな質感を持ちながらも、随所に電子音や意図的な“ずれ”が潜んでおり、それがこのアルバムに独特の緊張感をもたらしている。
過剰に語られることのない歌詞たちは、政治でも愛でもなく、“言葉にできない人間関係の不和”や“社会の粒子の隙間”を描いているようでもある。
まるで、知っているようで何も知らない“いとこ”と再会したような——そんな微妙で複雑な親しさと距離感を、そのまま音にしたような一作なのだ。
全曲レビュー
1. Infinite Surprise
不穏な電子音とゆらぐギターから始まるオープニング。
人生や現代社会における“果てしない驚き”と、その受容がテーマのように響く。
2. Ten Dead
タイトルの冷たさとは裏腹に、サウンドは淡くメランコリック。
政治的・社会的な背景を思わせながらも、語り口はあくまで控えめ。
3. Levee
抑制されたリズムと浮遊するシンセが印象的。
“堤防”という比喩が、個人の防衛本能や感情の境界線を暗示する。
4. Evicted
アルバムの中でも最も親しみやすいメロディを持つナンバー。
追い出される感覚——それは物理的なものだけでなく、感情的疎外をも指すようだ。
5. Sunlight Ends
サイケデリックなムードをまとったバラード。
日が沈む瞬間の静けさと不安が、音と歌にじわじわと染み出す。
6. A Bowl and a Pudding
詩的で謎めいたタイトルと、曖昧な語りが続くミニマルな曲。
Wilco特有の“無意味の美学”が極まったような一曲。
7. Cousin
タイトル曲。遠縁の誰か=“Cousin”という存在が、社会の中での他者を象徴する。
親しみと違和感が交錯するリリックと、繊細なアレンジが秀逸。
8. Pittsburgh
都市名がタイトルながら、描かれるのはあくまで“場所”ではなく“記憶”。
音響的には最もアートロック色が強く、Cate Le Bonのプロデュース色が色濃く現れる。
9. Soldier Child
戦いと幼さという相反するイメージを重ねた、寓話的な楽曲。
トゥイーディの歌声が、夢とうつつの境界を彷徨うように響く。
10. Meant to Be
アルバムのラストは、静かな肯定とともに幕を閉じるフォーク調のナンバー。
「そうなるべくして、そうなった」と受け入れるような、ほのかな諦念とやさしさ。
総評
Cousinは、Wilcoが“音楽”ではなく“存在の輪郭”そのものを描こうとした作品である。
カテゴライズしにくい楽曲たち、曖昧な関係性、はっきりとは言葉にされないメッセージ。
だがそのすべてが、2020年代の人間関係や社会的感覚のリアルを映し出している。
これは決してドラマチックなアルバムではない。
むしろ、すれ違いの中でふと感じる共鳴、分かり合えないまま隣にいることの意味——そうした“居心地の悪い優しさ”が、この作品の本質なのだ。
おすすめアルバム
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Have We Met by Destroyer
——会話のような語りと淡いサウンドで構築される都市的孤独の記録。 -
Pompeii by Cate Le Bon
——本作のプロデューサーによる、不穏とユーモアが交錯する芸術的ポップ。 -
Shore by Fleet Foxes
——内省と景色が織り交ざる、現代フォークの透明な叙事詩。 -
I Am Easy to Find by The National
——人間関係のもどかしさと愛の不確かさを描いた重層的作品。 -
Painted Shut by Hop Along
——語りのようなボーカルと鋭いギターで描く、現代的情動のロック。
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