
発売日:1979年10月19日
ジャンル:プログレッシヴ・ロック/ハード・ロック/ポップ・ロック/アリーナ・ロック
概要
Styxの9作目のスタジオ・アルバム『Cornerstone』は、1970年代後半にアメリカン・プログレッシヴ・ロックとアリーナ・ロックの双方で成功を収めていたバンドが、より明快なポップ・ソングとバラードへ接近した重要作である。前作『Pieces of Eight』では「Blue Collar Man (Long Nights)」「Renegade」などのハードなロック・ナンバーを前面に押し出していたが、『Cornerstone』ではDennis DeYoungのメロディ志向がさらに強まり、バンドの音楽性が大きくポップ方向へ広がった。
その象徴が、Styx最大級のヒット曲となった「Babe」である。
「Babe」はDennis DeYoungが妻への個人的な贈り物として書いた曲を発展させたバラードで、従来のStyxが持っていたハード・ロックやプログレッシヴ・ロックのイメージとは大きく異なっていた。柔らかなピアノ、シンセサイザー、叙情的なヴォーカルを中心にしたこの曲は、Styxに全米1位のシングルをもたらし、バンドをさらに大きなポップ市場へ押し上げた。
一方で、この成功はバンド内部の方向性の違いも浮かび上がらせることになる。
Styxには大きく分けて二つの音楽的軸があった。
Dennis DeYoungはピアノ、シンセサイザー、ドラマティックな構成、バラード、演劇的なコンセプトを好んだ。
対してTommy ShawとJames “J.Y.” Youngは、ギターを前面に出したハード・ロック志向が強かった。
『Cornerstone』は、この二つの方向性がまだ比較的自然に共存している一方、「Babe」の大成功によってDeYoung型のポップ/バラード路線が商業的に非常に強いことを証明してしまった作品でもある。
そのため本作は、Styxの黄金期における単なる成功作ではなく、後の『Paradise Theatre』『Kilroy Was Here』へつながる音楽的・内部的変化の分岐点としても重要である。
アルバム・タイトルの「Cornerstone」は「礎石」「基礎」という意味を持つ。
実際、本作はその後のStyxの方向性を形作る基礎となった。
シンセサイザーとギター。
ハード・ロックとバラード。
アメリカン・プログレとAOR。
複数の要素が共存し、それぞれのメンバーが異なるソングライティングを提示する。
Styxが一人の作曲家によるバンドではなく、複数の個性の緊張関係によって成立していたことがよく分かる作品である。
また1979年という時代も重要だ。
英国プログレッシヴ・ロックの全盛期はすでに終盤へ入り、パンク、ニューウェイヴ、ディスコが台頭していた。
アメリカではJourney、Foreigner、Kansas、REO Speedwagon、Bostonなど、プログレやハード・ロックの演奏技術を、より簡潔なラジオ向けソングへ整理するバンドが成功し始めていた。
Styxもまさにその流れにあった。
『Cornerstone』は、複雑なロックから完全に離れるのではなく、それをポップ・ミュージックのフォーマットにどう収めるかを模索したアルバムなのである。
全曲レビュー
1. Lights
アルバム冒頭の「Lights」は、Styxの親しみやすいポップ・ロック面を強く示す楽曲である。
柔らかなハーモニーと明るいギターを中心に進み、前作『Pieces of Eight』の硬質なオープニングとは大きく異なる。
タイトルの「Lights」は、夜の街の光やステージ上の照明など複数のイメージへつながる。
歌詞では、暗闇の中に存在する光が安心感や帰属意識の象徴として扱われる。
Styxの作品には、都市、夜、夢、舞台などのイメージが頻繁に現れるが、「Lights」ではそれが非常にポップな形で提示される。
音楽的にはコーラス・ワークが重要で、Styxの大きな強みだった複数ヴォーカルの厚みがよく生かされている。
派手なプログレッシヴ展開を使わなくても、ハーモニーとメロディによって壮大さを作れることを示すオープニングである。
2. Why Me
「Why Me」はDennis DeYoungの演劇的なソングライティングがよく表れた楽曲である。
タイトルは「なぜ自分なのか」という疑問をそのまま掲げている。
人生の状況や人間関係に直面した人物が、自分だけがなぜこのような経験をするのかと問う。
この問いは非常に一般的だが、DeYoungはそれを大きなメロディとドラマティックな展開へ変える。
音楽的にはキーボードが重要で、単純なハード・ロックではなく、ブロードウェイ的な演劇性やプログレッシヴ・ポップの要素が見える。
Styxの中でもDennis DeYoungは、歌を単なるロック・ナンバーとしてではなく、小さな舞台作品のように構成する傾向があった。
この曲は後の『Paradise Theatre』や『Kilroy Was Here』へつながる、その志向を早くから感じさせる。
3. Babe
「Babe」は『Cornerstone』を代表するだけでなく、Styxのキャリア全体でも最重要曲のひとつである。
Dennis DeYoungによる極めてストレートなラヴ・バラードで、ピアノとシンセサイザーを中心にした柔らかなアレンジが特徴だ。
歌詞は、愛する相手との別離や距離を意識しながら、変わらない愛情を伝える。
Styxの他の代表曲に見られるSF的、社会的、演劇的な要素はほとんどない。
その代わり、一人の人物が一人の相手へ感情を直接伝える。
この簡潔さがヒットの大きな理由だった。
DeYoungのヴォーカルは非常に素直で、過度な技巧よりもメロディを重視する。
サビの「Babe」という短い呼びかけは、一度聞けばすぐ記憶できる。
音楽史的にも、「Babe」は1970年代後半から1980年代にかけて巨大化するパワー・バラード/AORの流れを考えるうえで重要である。
後のJourney、REO Speedwagon、Foreigner、Chicagoなどが大規模なロック・バラードをヒットさせる時代に先行する形で、Styxはハード・ロック・バンドが感傷的なバラードを歌うことを完全にメインストリーム化した。
4. Never Say Never
「Never Say Never」は、タイトル通り「絶対にないとは言うな」という言葉を中心にした楽曲である。
未来の可能性を最初から否定しないという、比較的前向きなテーマを持つ。
しかしStyxの楽曲らしく、単純なポジティヴ・ソングにはならない。
人生には予測できない変化がある。
今は不可能だと思っていても、状況が変わるかもしれない。
その不確実性を受け入れる姿勢が歌詞の中心にある。
サウンドはギターとキーボードのバランスが良く、『Cornerstone』の中でも比較的典型的なStyxサウンドに近い。
ハードすぎず、ポップすぎない。
アルバムの二つの方向性をつなぐ役割を持つ曲である。
5. Boat on the River
「Boat on the River」はTommy Shawによる楽曲で、『Cornerstone』の中でも特に異色でありながら、長期的には非常に高く評価されてきた一曲である。
ロック・バンドらしいエレクトリック・ギターを中心にせず、マンドリンを思わせるアコースティックな響きと、ヨーロッパのフォーク音楽を連想させる旋律を用いる。
タイトル通り、川に浮かぶ船という風景が中心となる。
川は移動する。
しかし船に乗っている間、人は岸の喧騒から少し離れることができる。
歌詞では、川と船が逃避や安らぎの象徴として機能している。
Tommy Shawのヴォーカルも、この曲ではハード・ロック的な力強さを抑え、柔らかく叙情的に歌う。
Styxはしばしばアリーナ・ロックの巨大なサウンドで語られるが、「Boat on the River」は彼らが小さな編成とシンプルな旋律でも強い印象を残せることを証明する。
特にヨーロッパでは長く支持された楽曲で、Styxの国際的な人気を考えるうえでも重要である。
6. Borrowed Time
「Borrowed Time」は、Styxのハード・ロック面が前面に戻る楽曲である。
タイトルの「borrowed time」は、「与えられた猶予」「残された時間」といった意味を持つ慣用句である。
つまり、自分が永遠には続かない状態にいることを認識する歌だ。
時間は借り物であり、いつか返さなければならない。
この発想には、1970年代末という時代特有の不安も重なる。
社会。
キャリア。
人間関係。
成功。
どれも永続する保証はない。
音楽的にはギターが力強く、アルバムのバラード志向に対するカウンターとして機能する。
Dennis DeYoungとTommy Shawの共作という点も象徴的で、キーボード中心のドラマティックな感覚とハード・ロック的な推進力が同時に存在する。
『Cornerstone』の中でも、複数のStyx像が最も自然に融合した曲のひとつである。
7. First Time
「First Time」はDennis DeYoungによるバラードで、「Babe」と同じく恋愛を非常に直接的に扱う。
タイトルは「初めて」という意味を持ち、相手と経験する特別な瞬間や、恋愛によって自分の感情が変化する様子を描く。
音楽は極めて柔らかく、ピアノやシンセサイザーを中心とする。
「Babe」以上に甘いバラードであり、Styxの従来のハード・ロック・ファンからすると大きな変化に感じられる楽曲だった。
この曲は、バンド内部の音楽的緊張を象徴する存在でもある。
Dennis DeYoungにとっては、メロディと感情を重視した自然なソングライティングの延長だった。
一方、ギター中心のロック路線を重視するメンバーにとっては、バンドがソフトな方向へ進みすぎる兆候でもあった。
その意味で「First Time」は、単なるバラード以上にStyxのキャリア上の分岐点を示す曲である。
8. Eddie
「Eddie」はJames “J.Y.” Youngによる楽曲で、本作の中でも特にハードで直接的なロック・ナンバーである。
政治的な風刺を含み、当時のアメリカ社会や政治的人物を意識した内容を持つ。
StyxはDennis DeYoungの幻想的・演劇的な歌詞で知られる一方、J.Y. Youngはよりストレートなハード・ロックと社会的テーマを持ち込む役割を担っていた。
音楽もその違いを反映している。
ギターは太く、リズムは単純で力強い。
「Babe」「First Time」の柔らかさとは対照的で、『Cornerstone』が決してバラードだけの作品ではないことを思い出させる。
アルバム後半に必要な緊張感を与える一曲であり、バンド内の作曲家それぞれの個性がどれほど異なっていたかを理解しやすい。
9. Love in the Midnight
アルバムを締めくくる「Love in the Midnight」は、Tommy Shawによるロック・ナンバーで、本作の中でも比較的ダークでドラマティックな空気を持つ。
タイトルの「真夜中の愛」は、明るい昼間の恋愛ではなく、秘密、欲望、孤独といった夜の感情を連想させる。
Styxの音楽では、夜はしばしば現実から少し離れた場所として描かれる。
昼間には抑えている欲望や不安が、夜になると表面へ出る。
この曲もその感覚を持つ。
音楽的には、Tommy Shawらしいギター・ロックの強さと、Styx特有のドラマティックな展開が結びついている。
アルバム全体は「Babe」に象徴される柔らかさへ大きく傾いているが、最後をハードなロック・ナンバーで締めることによって、バンドの本来の二面性を保っている。
『Cornerstone』という作品が、ポップへの転向だけではなく、複数の方向性がせめぎ合うアルバムだったことを示すクロージングである。
総評
『Cornerstone』は、Styxが最も商業的に成功していた時期に、自分たちの音楽的アイデンティティを大きく広げた作品である。
その中心にあるのは、明らかに「Babe」である。
この曲の成功によってStyxは、それまでのプログレッシヴ・ロック/ハード・ロックの聴衆だけでなく、より広いポップ・リスナーへ届くようになった。
しかし、その成功は単純な祝福ではなかった。
なぜなら「Babe」が売れれば売れるほど、バンドには同じタイプの曲を求める圧力が強くなるからである。
この問題は、1970年代後半から1980年代初頭の多くのアメリカン・ロック・バンドが経験した。
Journey。
REO Speedwagon。
Foreigner。
Chicago。
いずれもロック的な演奏力を持ちながら、バラードやAOR的な楽曲によって巨大なヒットを生み出した。
その結果、ハードな曲とバラードのどちらを中心にするかという問題が常につきまとった。
Styxでは、その問題がメンバーの作曲スタイルの違いと直接結びついていた。
Dennis DeYoungは、クラシック、ブロードウェイ、ポップ・バラード、シンセサイザーを好んだ。
Tommy Shawは、ギター、フォーク、ハード・ロック、より直接的なロックンロールを好んだ。
James Youngはさらにハードで、ギター中心のアプローチを持っていた。
『Cornerstone』は、この三者が一枚の中に同居している。
そのため、作品には統一感の弱さもある。
「Babe」と「Eddie」は、ほとんど別のバンドの曲のように聞こえる。
「Boat on the River」も、アリーナ・ロックの文脈から大きく外れる。
しかし、この多様性こそがStyxの本質でもある。
彼らは一つのジャンルに完全には収まらない。
プログレッシヴ・ロック。
ハード・ロック。
フォーク。
AOR。
バラード。
演劇的ポップ。
これらを一枚の中で行き来する。
『Cornerstone』は、その性格が特に明確に表れた作品である。
音響面では、1970年代前半のStyxに比べてかなり洗練されている。
初期にはYes、Emerson, Lake & Palmer、Kansasなどと比較されるようなプログレッシヴな構成が多かった。
しかし本作では、曲の多くが短く、サビが明確で、ラジオ向けのフォーマットに整理されている。
これは「プログレッシヴ・ロックの簡略化」と見ることもできるが、別の見方をすれば、複雑な演奏能力をポップ・ソングの中へ圧縮する技術が成熟したともいえる。
Styxは演奏力を失ったわけではない。
むしろ、それを必要な瞬間だけ使うようになった。
「Borrowed Time」ではギターとキーボードの両方が力を持つ。
「Boat on the River」では編成を小さくして音色の違いを際立たせる。
「Babe」では演奏技巧をほぼ隠し、メロディだけを前面に出す。
この「引き算」が本作の成熟である。
歌詞の面でも、アルバムは非常に幅広い。
「Why Me」では自己への問い。
「Babe」「First Time」では恋愛。
「Borrowed Time」では時間と有限性。
「Eddie」では社会的・政治的な視線。
「Boat on the River」では逃避と静けさ。
つまり、ひとつのコンセプトに統一された作品ではない。
しかし、共通するのは「不安定な時代の中で、自分がどこにいるかを探す」という感覚である。
1979年のロック・シーンは急速に変化していた。
パンクによってプログレッシヴ・ロックや巨大なアリーナ・ロックは批判され、ニューウェイヴはより簡潔なサウンドを提示した。
ディスコはポップ市場を支配し、シンセサイザーの使い方も変わり始めていた。
Styxはその中で、自分たちの大規模なロック・サウンドを完全には捨てず、曲をもっと短く、もっとポップにする道を選んだ。
『Cornerstone』は、その適応の成果である。
そして後の『Paradise Theatre』では、このポップ性と演劇性がさらに統合される。
一方、『Kilroy Was Here』ではDennis DeYoungのコンセプト志向がさらに強まり、バンド内部の緊張も大きくなっていく。
その未来を考えると、『Cornerstone』はまだバランスが保たれていた最後期の作品のひとつとしても重要だ。
Tommy Shawの「Boat on the River」。
Dennis DeYoungの「Babe」。
James Youngの「Eddie」。
三者の曲を並べるだけで、Styxというバンドの幅が分かる。
特に「Boat on the River」は、『Cornerstone』の評価を単なる「Babeの入ったアルバム」から救う重要曲である。
アコースティックで、素朴で、短い。
しかし強い情景を持つ。
巨大なアリーナ・ロック・バンドが、最小限の音で成立することを証明した。
この曲は、Styxのソングライティングがサウンドの大きさに依存していなかったことを示している。
また「Babe」は、その後のロック・バラードの歴史を考えるうえで無視できない。
ハード・ロック・バンドがピアノ中心の甘いバラードでチャートの頂点へ立つ。
このモデルは1980年代に非常に一般化する。
Journeyの「Open Arms」、REO Speedwagonの「Keep on Loving You」、Foreignerの「I Want to Know What Love Is」など、巨大なロック・バラードが時代を支配していく。
その流れの早い段階に「Babe」がある。
そのため『Cornerstone』はAOR/パワー・バラード史の文脈でも重要である。
一方で、Styxをハード・ロックや初期プログレの側面から好むリスナーにとっては、本作の甘さは評価が分かれる要素でもある。
しかし、その賛否そのものが『Cornerstone』の歴史的な意味を示している。
Styxはここで変わった。
そして、その変化が巨大な成功を生んだ。
同時に、その成功がバンドの内部に新しい問題も生んだ。
『Cornerstone』は、成功と緊張、ポップ性とロック性、個人の作曲スタイルとバンド全体のアイデンティティが交差した作品である。
タイトル通り、後のStyxを支える「礎石」となった一方、その礎石の中にはすでに将来の亀裂も含まれていた。
その複雑さを含めて、Styxの黄金期を理解するうえで非常に重要なアルバムである。
おすすめアルバム
1. Styx – The Grand Illusion(1977)
Styxの黄金期を代表する作品。「Come Sail Away」「Fooling Yourself (The Angry Young Man)」などを収録し、プログレッシヴ・ロック、ハード・ロック、ポップのバランスが非常に高い次元で成立している。『Cornerstone』以前のStyxの基本形を理解するうえで最重要の一枚である。
2. Styx – Pieces of Eight(1978)
『Cornerstone』の直接的な前作。「Renegade」「Blue Collar Man (Long Nights)」などを収録し、Tommy Shawのハード・ロック志向が強く表れている。『Cornerstone』でのバラード/ポップ化がどれほど大きな変化だったかを比較できる。
3. Styx – Paradise Theatre(1981)
『Cornerstone』で強まったポップ性とDennis DeYoungの演劇的なコンセプト志向を、より統一された作品へ発展させた代表作。「The Best of Times」「Too Much Time on My Hands」などを収録し、Styxの商業的・音楽的ピークのひとつとなった。
4. Kansas – Leftoverture(1976)
Styxと並び、英国プログレッシヴ・ロックの複雑さをアメリカン・ハード・ロックやポップへ接続した代表作。「Carry On Wayward Son」を収録。Styxよりもプログレ色が強いが、複雑な演奏と大衆的メロディを両立する点で共通性が大きい。
5. Journey – Escape(1981)
ハード・ロック、AOR、パワー・バラードを統合し、1980年代アメリカン・ロックの巨大な成功モデルを完成させた作品。「Don’t Stop Believin’」「Open Arms」などを収録。『Cornerstone』の「Babe」が先取りした、ロック・バンドと大規模なバラードの融合がさらに発展した一枚である。

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