
発売日:2001年7月24日
ジャンル:オルタナティヴ・ロック、インディー・ロック、ファンク・ロック、カントリー・ロック、ポストモダン・ロック
概要
CakeのComfort Eagleは、2001年に発表された4作目のスタジオ・アルバムであり、1990年代オルタナティヴ・ロック以降のアメリカン・インディーにおいて、皮肉、ミニマリズム、グルーヴ、脱力した語り口を独自の形で結びつけた作品である。Cakeはカリフォルニア州サクラメントを拠点に活動してきたバンドで、John McCreaの話すようなボーカル、乾いたギター・カッティング、ファンク由来のベースライン、カントリーやマリアッチを思わせるトランペット、そして極端に飾り気のないリズムで知られる。派手な感情表現やロック的な英雄性とは距離を取り、日常語、広告、消費社会、恋愛、政治的違和感を、冷めたユーモアの中で扱う点が大きな特徴である。
Comfort Eagleは、前作Prolonging the Magic以降のCakeが、メジャーなロック・シーンの中で自分たちの方法論をさらに研ぎ澄ませたアルバムである。1990年代半ばの代表曲「The Distance」によって知られるようになったCakeは、グランジやポスト・グランジの感情的な重さとも、ブリットポップ的な華やかさとも異なる、乾いたアメリカン・オルタナティヴの立ち位置を築いた。本作では、その独特の語り口がより簡潔になり、ロック、ファンク、カントリー、ラウンジ、ヒップホップ的反復、ニュー・ウェイヴ的な冷たさが、無駄のない形で配置されている。
アルバム・タイトルのComfort Eagleは、非常にCakeらしい奇妙な言葉である。「Comfort」は快適さ、安心、消費社会が提供する便利さを連想させる。一方の「Eagle」は、アメリカ的な象徴、権威、愛国的なイメージ、企業ロゴのような強さを思わせる。この二つが結びつくことで、安心を売る権力、商品化された自由、消費者を包み込む巨大なシステムのようなイメージが浮かぶ。Cakeはこのアルバムで、明確な政治的スローガンを掲げるのではなく、広告文句や日常の言い回しをずらすことで、現代社会の不気味さを描いている。
音楽的には、本作は徹底してミニマルである。ギターは過剰に歪まず、短いリフやカッティングを反復する。ベースはファンク的に動きながらも、過度に装飾的ではない。ドラムはタイトで、派手なフィルよりも一定のグルーヴを保つことに重点が置かれている。そこにトランペットが加わることで、Cakeの音楽はロック・バンドらしさから少し外れ、どこか乾いた西部劇、安っぽいテレビ番組、メキシコ国境周辺の風景、企業CMのジングルのような奇妙な質感を帯びる。
John McCreaのボーカルは、本作を理解するうえで決定的に重要である。彼は伝統的な意味でのロック・シンガーではない。叫ばず、泣かず、壮大に歌い上げず、むしろ言葉を一定のテンションで置いていく。その声は、感情を抑えた語り、皮肉なナレーション、疲れた消費者、冷めた観察者のように響く。この歌唱スタイルによって、Cakeの楽曲は感情の爆発ではなく、社会や人間関係を横目で眺める批評的なポップ・ソングになる。
本作の代表曲「Short Skirt/Long Jacket」は、Cakeの美学を象徴する楽曲である。理想の女性像を、外見や性格だけでなく、金融、車、効率、鋭さ、ビジネス能力といった奇妙な条件で語るこの曲は、恋愛歌であると同時に、アメリカ社会の合理性や消費的な欲望を風刺している。恋愛対象さえも、性能や機能で評価される。そこにCake特有の乾いた笑いがある。
Comfort Eagleは、2001年という時代にも深く結びついている。インターネット経済、企業文化、広告言語、ポスト冷戦期のアメリカ的自己肯定、そしてまもなく大きく変化する社会情勢の直前に、本作は消費社会の違和感を淡々と記録している。大きな怒りではなく、冷めた観察。英雄的な反抗ではなく、日常の中にある言葉の気持ち悪さをそのまま取り出す態度。それが本作の特徴である。
日本のリスナーにとってCakeは、派手なギター・ロックや感情的なロック・バラードとはかなり異なるバンドとして響くかもしれない。しかし、リズムの中毒性、言葉の皮肉、トランペットの独特な響き、脱力したボーカルに慣れると、非常に個性的な魅力が見えてくる。Comfort Eagleは、Cakeの作品の中でも特にまとまりがよく、彼らの批評性とポップ性が高い水準で結びついたアルバムである。
全曲レビュー
1. Opera Singer
オープニング曲「Opera Singer」は、アルバムの幕開けとして非常に象徴的な楽曲である。タイトルは「オペラ歌手」を意味するが、実際の曲調は壮麗なオペラとはほど遠く、乾いたギター、抑制されたリズム、淡々としたボーカルで構成されている。この落差がすでにCakeらしい。大仰な芸術や感情表現を連想させる言葉を使いながら、音楽はあくまで無駄を削ぎ落としたロックとして鳴る。
歌詞では、語り手が自分をオペラ歌手のように見立て、声を張り上げ、注目され、何かを表現する存在として描かれる。しかしJohn McCreaの歌唱は、オペラ的な劇的表現とは正反対である。彼は感情を高らかに歌い上げるのではなく、ほとんど平坦に言葉を置く。ここには、芸術的な自己表現そのものへの皮肉がある。大きな声で歌うこと、感動的に表現すること、観客の前でドラマを演じることへの距離感が、曲全体を貫いている。
音楽的には、Cakeのミニマリズムがよく表れている。ギターとリズムは非常にシンプルで、余計な装飾が少ない。トランペットの入り方も控えめで、曲に軽い異物感を与える。アルバムの最初にこの曲が置かれることで、Comfort Eagleが感情を過剰に盛り上げる作品ではなく、むしろ盛り上がりそのものを横から眺める作品であることが示される。
「Opera Singer」は、Cakeの自己認識を表した曲とも聴ける。彼らはロック・バンドでありながら、ロック的な感情表現に完全には乗らない。歌いながら、歌うこと自体を疑っている。その冷めた態度が、本作全体の入口になっている。
2. Meanwhile, Rick James…
「Meanwhile, Rick James…」は、タイトルからして奇妙な楽曲である。Rick Jamesはファンク、ソウル、派手な自己演出、性的なエネルギーを象徴するミュージシャンとして知られる。その名前をタイトルに置くことで、Cakeはファンクの肉体性やポップ・カルチャーの過剰さを参照しながら、自分たちの乾いたサウンドへ引き寄せている。
音楽的には、Cakeらしいファンク寄りのベースラインが中心にある。ベースは曲を支配するほど強く動くが、演奏全体は過剰に熱くならない。ドラムはタイトで、ギターは短いフレーズを刻む。ここにはファンクのグルーヴがあるが、黒人音楽の熱量をそのまま再現するのではなく、白人オルタナティヴ・ロックの冷めた感覚で再構成している点が特徴である。
歌詞は断片的で、タイトルの「Meanwhile」が示すように、何か別の出来事が進行している横で、Rick James的な象徴が浮かび上がるような感覚を持つ。Cakeの歌詞はしばしば、明確な物語よりも、文化的な記号や奇妙な言い回しを並べることで意味を作る。この曲でも、ファンクの伝説的存在を引き合いに出しながら、ポップ・カルチャーの消費や記憶の断片性を感じさせる。
この曲は、アルバム序盤でグルーヴの方向性を強める役割を果たしている。Cakeの音楽が、ロックでありながらファンク的な反復に大きく依存していることがよく分かる。感情を爆発させるのではなく、身体をじわじわ動かす。そこに本作の独特な快感がある。
3. Shadow Stabbing
「Shadow Stabbing」は、タイトルが示すように、影を刺すという不穏で抽象的なイメージを持つ楽曲である。影は実体のないもの、自分の分身、過去、恐怖、あるいは他者の見えない側面を象徴する。それを刺すという行為は、存在しない敵と戦っているようでもあり、自分自身の暗い部分を攻撃しているようでもある。
音楽的には、比較的ロック色が強く、ギターの反復とリズムの前進感が印象的である。Cakeの演奏は常に抑制されているが、この曲ではやや切迫した推進力がある。ドラムは淡々としているものの、曲全体には不安を急かすようなテンションがある。トランペットの使い方も、曲に少し映画的な陰影を与えている。
歌詞では、何かに対して攻撃的でありながら、その対象がはっきりしない感覚がある。影を刺すという表現は、現代人が抱える不安や敵意の空回りをよく表している。誰かを責めたいが、実際には自分の恐れや妄想と戦っているだけかもしれない。Cakeはこうした心理を、感情的に叫ぶのではなく、冷めた比喩として提示する。
「Shadow Stabbing」は、Comfort Eagleの中で内面的な不穏さを担う曲である。アルバム全体が社会や消費文化への皮肉を含む一方で、この曲では個人の中にある攻撃性や不安が前面に出る。Cakeの乾いた音楽性が、奇妙な心理描写とよく結びついている。
4. Short Skirt/Long Jacket
「Short Skirt/Long Jacket」は、Cakeの代表曲のひとつであり、Comfort Eagleの中心的な楽曲である。印象的なギター・カッティング、動きのあるベース、乾いたドラム、鋭いトランペットのフレーズによって、曲は冒頭から強い個性を示す。非常にシンプルな構成でありながら、一度聴くと忘れにくい中毒性がある。
歌詞は、一見すると理想の女性像を語る曲である。しかし、その条件が非常に奇妙である。短いスカートと長いジャケットという視覚的なイメージに加え、速い車、鋭い判断力、金融や効率を連想させる表現が並ぶ。ここでの女性像は、ロマンティックな理想というより、企業社会の中で機能的に優れた存在として描かれている。恋愛の言葉が、ビジネス、消費、性能評価の言葉に侵食されているのである。
この曲の面白さは、語り手が本当に女性を賛美しているのか、それとも現代社会の価値観を風刺しているのかが曖昧な点にある。Cakeは明確な説教をしない。むしろ、奇妙な欲望のリストを淡々と並べることで、聴き手に違和感を抱かせる。John McCreaの平坦な歌唱は、その違和感をさらに強める。感情的に愛を歌うのではなく、まるで求人条件や商品スペックを読み上げるように理想を語る。
音楽的にも、曲は非常に機能的である。余計な装飾はなく、すべてのパートがリズムとフックのために働いている。その無駄のなさが、歌詞の効率主義的な世界観と重なる。「Short Skirt/Long Jacket」は、Cakeの批評性とポップセンスが最も分かりやすく結びついた名曲である。
5. Commissioning a Symphony in C
「Commissioning a Symphony in C」は、タイトルからしてクラシック音楽や富裕層のパトロネージを連想させる楽曲である。「ハ長調の交響曲を委嘱する」という行為は、芸術を支援する上流階級的な身振りであり、同時に芸術を所有物として扱う感覚も含んでいる。Cakeはこの大仰な題材を、相変わらず淡々としたロック・サウンドで処理する。
音楽的には、クラシックの壮大さを直接模倣するのではなく、むしろその大仰さを削ぎ落とすような構成になっている。シンプルなリズム、短いフレーズ、抑制された演奏が中心で、タイトルの豪華さとの対比が際立つ。Cakeのユーモアは、こうした落差から生まれる。交響曲を語りながら、音楽は小さく乾いている。
歌詞のテーマは、芸術、権力、金銭、名声の関係として読める。芸術は自由な表現であるはずだが、実際にはそれを注文し、所有し、社会的な地位の証明に使う人々がいる。この曲は、芸術を消費する側の滑稽さを冷ややかに描いているように響く。Cake自身がロック・バンドとして音楽産業の中にいることを考えると、そこには自己批評的な側面もある。
「Commissioning a Symphony in C」は、Comfort Eagleの中でも特に知的な皮肉が強い曲である。高尚な芸術と低温のオルタナティヴ・ロックをぶつけることで、文化的な権威そのものを少しずつ崩していく。Cakeのポストモダンな感覚がよく表れた楽曲である。
6. Arco Arena
「Arco Arena」は、インストゥルメンタルに近い短い楽曲であり、アルバムの中で場面転換のような役割を果たしている。タイトルは、サクラメントに存在したアリーナの名称を思わせ、Cakeの地元性とも結びつく。大規模なスポーツ会場やイベント空間の名前を曲名にすることで、地域、商業施設、集団的な娯楽のイメージが浮かび上がる。
音楽的には、短く、シンプルで、空気を変えるための小品として機能している。Cakeのサウンドはミニマルであるため、こうした短い曲でもバンドの個性が明確に出る。ギターやトランペットの乾いた響きは、何かの会場に入る前の不思議な期待感や、イベントが終わった後の空虚な空間を連想させる。
この曲には明確な歌詞の物語はないが、アルバムのテーマと無関係ではない。アリーナは、現代社会における巨大な消費空間である。スポーツ、音楽、広告、飲食、地域アイデンティティが一体化する場所であり、人々が一時的な興奮を共有する場所でもある。Cakeはそうした空間を、派手に讃えるのではなく、少し離れた場所から眺めるような音で描いている。
「Arco Arena」は、アルバム全体に余白を与える曲である。長いメッセージを語るのではなく、地名や施設名の持つ空気を音として提示することで、Comfort Eagleのアメリカ的な風景を補強している。
7. Comfort Eagle
タイトル曲「Comfort Eagle」は、アルバムの概念を最も強く表す楽曲である。曲全体には、軍隊、企業、宗教、ブランド、国家的象徴が混ざり合ったような不気味なムードがある。「Comfort Eagle」という言葉自体が、安心を与える巨大な象徴、あるいは人々を包み込む権威のロゴのように響く。Cakeはこの曲で、現代社会における従順さ、消費、巨大システムへの依存を風刺している。
音楽的には、リズムが非常に重要である。ビートは反復的で、ほとんど行進のような感覚もある。ギターとベースは無駄なく刻まれ、John McCreaのボーカルは感情を排した宣伝文句や命令のように響く。曲は大きく盛り上がるというより、一定の圧力を保ちながら進む。その機械的な反復が、タイトルの持つシステム的な不気味さと合っている。
歌詞には、集団、権威、商品、信仰、ブランド化された安心感を思わせる言葉が並ぶ。Cakeの批評性は、反体制的な怒号ではなく、広告やスローガンの言葉を少しずらして提示することにある。聴き手は、どこかで聞いたことのあるような安心の言葉が、実は奇妙に支配的であることに気づく。
「Comfort Eagle」は、2001年のアメリカにおける消費社会的な空気を鋭く捉えた曲である。大きな力に守られることの快適さと、その快適さの中で失われる主体性。その両方が、乾いたグルーヴの中に刻まれている。本作のタイトル曲として、非常に重要な楽曲である。
8. Long Line of Cars
「Long Line of Cars」は、Cakeの中でも特に社会的なイメージが強い楽曲である。タイトルは「長い車の列」を意味し、渋滞、通勤、消費社会、郊外生活、目的地の見えない移動を連想させる。アメリカ的な車社会を象徴する題材であり、Cakeの乾いた観察眼に非常によく合っている。
音楽的には、一定のリズムを保ちながら前へ進む。ベースとドラムは、車の列が止まったり進んだりするような反復感を作る。ギターは短く刻まれ、トランペットが荒涼とした空気を加える。曲全体は、疾走感というより、どこまでも続く単調な移動の感覚を持っている。
歌詞では、車の列が単なる交通状況ではなく、人々の生活そのものの比喩として描かれる。誰もがどこかへ向かっているようで、実際には同じ列の中に閉じ込められている。車は自由の象徴であるはずだが、渋滞の中では不自由の象徴になる。この逆説が、Cakeらしい皮肉として機能している。
「Long Line of Cars」は、現代社会における移動の空虚さを描いた曲である。アメリカ文化において車は独立や自由を意味してきたが、この曲ではその自由が集団的な停滞へ変わっている。Cakeのミニマルなサウンドは、この停滞感を非常に効果的に表現している。
9. Love You Madly
「Love You Madly」は、アルバムの中でも比較的ロマンティックなタイトルを持つ楽曲である。しかしCakeが歌う以上、単純な愛の告白にはならない。「狂おしいほど愛している」という言葉は、伝統的なラブソングの定型に近いが、John McCreaの乾いた歌唱によって、そこには少し奇妙な距離感が生まれる。
音楽的には、非常に心地よいグルーヴがある。ベースラインは柔らかく動き、ギターは軽快に刻まれ、トランペットが温かい色を添える。Cakeの中では比較的メロウな曲であり、サウンドには穏やかな親しみやすさがある。ただし、過剰な甘さはなく、あくまで抑制された温度で進む。
歌詞では、相手を強く愛していることが語られるが、その表現は大げさな感傷に流れない。Cakeのラブソングは、感情を信じながらも、その表現方法を疑っているように響く。愛していると言いながら、どこかで「愛している」という言葉の陳腐さも意識している。この二重性が曲の魅力である。
「Love You Madly」は、Comfort Eagleの中で最も素直に聴きやすい曲のひとつである。だが、その素直さは完全な無防備ではなく、Cakeらしい照れや皮肉に守られている。冷めたバンドが見せる控えめなロマンティシズムとして、非常に魅力的な一曲である。
10. Pretty Pink Ribbon
「Pretty Pink Ribbon」は、タイトルから可愛らしさや装飾性を連想させる楽曲である。ピンクのリボンというイメージは、贈り物、女性性、装飾、商品パッケージ、甘さを思わせる。しかしCakeの文脈では、その可愛らしさがどこか不気味にずれて響く。見た目の美しさや飾りが、実際には何を隠しているのかが問われているように感じられる。
音楽的には、ミニマルなリズムと軽いグルーヴが中心である。ギターやベースは必要最小限の動きで曲を支え、ボーカルは淡々と進む。タイトルが持つ視覚的な甘さに対して、音は乾いており、その対比が曲の皮肉な効果を生んでいる。
歌詞のテーマは、表面的な装飾や可愛らしさへの批評として読める。リボンは物を美しく包むが、中身そのものを変えるわけではない。社会や人間関係においても、言葉、服装、態度、広告的な演出が、実際の問題を覆い隠すことがある。この曲は、そのような表面の魅力と中身のずれを暗示している。
「Pretty Pink Ribbon」は、派手な代表曲ではないが、Cakeの観察眼がよく表れた曲である。小さなイメージから、消費社会やジェンダー化された装飾の問題まで広げて聴くことができる。アルバム後半の中で、さりげなく鋭い一曲である。
11. World of Two
「World of Two」は、アルバムの終盤に置かれた、比較的親密で内向的な楽曲である。タイトルは「二人の世界」を意味し、外の社会や大きなシステムから離れた、二人だけの関係を思わせる。Comfort Eagleが全体として消費社会や権威、車社会、文化的記号を扱ってきたことを考えると、この曲は個人的な親密さへ視点を移す重要な位置にある。
音楽的には、落ち着いたテンポで、Cakeらしい抑制されたロマンティシズムがある。ベースとドラムは穏やかに進み、ギターは余白を残して鳴る。トランペットの響きも、ここでは皮肉というより、少し寂しげな温度を持つ。John McCreaの声は相変わらず平坦だが、その平坦さがかえって親密な静けさを生んでいる。
歌詞では、二人だけの世界が描かれるが、それが完全な幸福なのか、閉じた逃避なのかは曖昧である。二人の世界は、社会の騒音から離れる場所である一方、外の現実を遮断する危うい空間でもある。Cakeは愛を単純な救済として描かない。むしろ、親密さにも奇妙な閉塞感があることを示している。
「World of Two」は、アルバムの社会批評的な側面に対して、個人的な関係の小さな世界を提示する曲である。巨大な「Comfort Eagle」に対して、二人だけの世界はあまりに小さい。しかし、その小ささの中にしか残らない感情もある。この曲は、本作の終盤に静かな余韻を与えている。
総評
Comfort Eagleは、Cakeの美学が非常に高い純度で表れたアルバムである。派手なギター・ソロ、感情的な絶唱、壮大なロックの物語はここにはほとんどない。その代わりに、乾いたグルーヴ、淡々とした語り、鋭い皮肉、奇妙な言葉の組み合わせ、そして一度聴くと耳に残るミニマルなフックがある。Cakeは、ロックの熱量を冷却し、消費社会の言葉や日常の違和感を音楽へ変換するバンドである。本作はその代表例といえる。
アルバム全体を貫くのは、快適さへの不信である。タイトル曲「Comfort Eagle」はもちろん、「Long Line of Cars」や「Short Skirt/Long Jacket」にも、便利さ、効率、性能、安心、成功のような価値観への違和感がある。Cakeは、それらを正面から批判するのではなく、むしろその言葉をそのまま使い、少しだけ奇妙に並べる。すると、普段は自然に受け入れている社会の言葉が、急に不気味に見えてくる。この手法が、本作の批評性を支えている。
音楽的には、Cakeのミニマリズムが徹底している。各楽器は過剰に主張せず、短い反復を積み重ねる。ギターは乾き、ベースは粘り、ドラムはタイトに刻み、トランペットが独特の色彩を加える。この編成は、オルタナティヴ・ロックの中でもかなり異質である。ロック、ファンク、カントリー、マリアッチ、ラウンジ、ヒップホップ的な反復が混ざっているにもかかわらず、音数は少ない。その少なさが、かえってCakeの個性を強くしている。
John McCreaのボーカルも、本作の決定的な要素である。彼の声は、感情を盛り上げるためではなく、感情を冷却するために機能している。恋愛を歌っても、社会を歌っても、彼はほとんど同じテンションで語る。この平坦さは、最初は無表情に聴こえるかもしれない。しかし聴き進めると、その無表情の中に皮肉、疲労、観察、諦め、時には奇妙な優しさが含まれていることが分かる。Cakeの音楽は、感情を隠すことで感情を伝える。
本作の代表曲「Short Skirt/Long Jacket」は、Cakeの方法論を象徴する名曲である。恋愛歌の形式を取りながら、実際には消費社会の価値観や効率主義を風刺している。理想の人物像が、性格や感情ではなく、機能、速度、鋭さ、ビジネス能力で語られる。その奇妙さは、現代の人間関係がどれほど商品評価の言葉に侵されているかを示している。Cakeは笑わせながら、不快な真実を見せる。
一方で、Comfort Eagleは単なる風刺のアルバムではない。「Love You Madly」や「World of Two」には、Cakeなりのロマンティシズムがある。ただし、それは甘く大げさな愛ではなく、乾いた日常の中でかろうじて残る親密さである。巨大な消費社会や渋滞する車列、企業的な価値観に囲まれながら、それでも誰かを愛すること、二人だけの小さな世界を作ること。その小さな感情が、アルバム後半に静かな温度を与えている。
日本のリスナーにとって、Cakeの魅力は少し分かりにくい場合もある。ボーカルは歌い上げず、サウンドは地味で、感情表現も控えめである。しかし、リズムの反復、言葉の皮肉、音の隙間に注目すると、非常に中毒性の高いバンドであることが分かる。特に、オルタナティヴ・ロックの中でも、ファンク的なグルーヴやポストモダンな言葉遊びを好むリスナーには、本作は強く響く。
Comfort Eagleは、2000年代初頭のアメリカ社会を直接的に叫ぶのではなく、乾いた観察によって描いたアルバムである。大きな物語を信じない時代に、広告、車、恋愛、芸術、権威、親密さの断片を並べることで、Cakeは独自の批評的ロックを作り上げた。快適さの裏にある支配、自由の象徴としての車が生む停滞、愛の言葉に混じる商品評価。そうした違和感を、軽妙でミニマルなグルーヴに乗せた本作は、Cakeの代表作のひとつとして今なお重要である。
おすすめアルバム
1. Cake – Fashion Nugget
Cakeの代表作であり、「The Distance」を収録した重要作。ファンク的なベース、乾いたボーカル、トランペット、皮肉な歌詞というバンドの基本形が明確に表れている。Comfort Eagleの前提となるCakeのスタイルを理解するうえで欠かせないアルバムである。
2. Cake – Prolonging the Magic
Comfort Eagleの前作で、Cakeのソングライティングがよりメロディアスに整理された作品。皮肉と親しみやすさのバランスがよく、バンドの乾いたユーモアとポップ感覚を確認できる。Comfort Eagleの洗練へ至る流れを知るために重要である。
3. Beck – Odelay
オルタナティヴ・ロック、ヒップホップ、ファンク、カントリー、サンプリング文化を混ぜ合わせた1990年代の重要作。Cakeとは音作りが異なるが、アメリカ文化の断片を皮肉とグルーヴで再構成する姿勢に共通点がある。ポストモダンなロック感覚を理解するうえで関連性が高い。
4. They Might Be Giants – Flood
ユーモア、知性、奇妙なポップ感覚を持つオルタナティヴ・ロックの重要作。Cakeよりも軽妙でナンセンス色が強いが、ロックを大仰な感情表現から引き離し、言葉とアイデアで遊ぶ姿勢に共通点がある。風刺的なポップを好むリスナーに適している。
5. Soul Coughing – Ruby Vroom
ジャズ、ヒップホップ、ロック、語りに近いボーカルを組み合わせた異色の90年代オルタナティヴ作品。Cakeと同様に、グルーヴを重視しながらもロックの定型から距離を取っている。乾いた言葉、都市的な違和感、反復するリズムの魅力を味わえるアルバムである。

コメント