発売日: 2020年3月13日
ジャンル: ロック、グラムロック、パブロック、オルタナティブ・ロック
概要
『Citizens of Boomtown』は、The Boomtown Ratsが36年ぶりに発表した復帰作にして、通算7作目のスタジオ・アルバムである。
長い沈黙の後に現れたこのアルバムは、かつての鋭い社会批評や語るスタイルの進化形というよりも、自己神話化とグラム的演出に満ちた、ボブ・ゲルドフの“現在地”を刻印した作品である。
1980年代に活動を停止したBoomtown Ratsは、その間にボブ・ゲルドフがLive Aidやソロ活動を通じて社会的・政治的な文脈での顔を強めていったこともあり、バンドとしての復活には“今さら感”すらつきまとっていた。
しかし、『Citizens of Boomtown』は、そうした期待や懐古趣味を軽やかに裏切りながら、“老いてなお燃える意志”をグラムロック的なメイクとともに投げつける、荒々しくも堂々たる帰還作となった。
音楽的には、かつてのニューウェーブ的な緻密さやポップ性とは距離を取り、ラフなガレージロック、ブルース調のロックンロール、さらには語りの延長にあるスポークン・ワード的要素までを含む“成熟したロックンロール”に接近している。
ゲルドフはここで、老成した怒りとユーモアを携えながら、“Boomtown”というかつての理想郷の亡霊に再び言葉を与えようとしているのだ。
全曲レビュー
1. Trash Glam Baby
オープニングから炸裂するグラムロック・アンセム。
「ゴミみたいなグラムの赤ん坊」という自嘲的かつ挑発的なキャッチフレーズが、ロックンロールの虚飾と快楽主義への愛憎を表現する。
古くて新しい、完璧な幕開け。
2. Sweet Thing
スモーキーなギターと語り口調のボーカルで展開する、ブルージーでダークなナンバー。
欲望、性、孤独といった“男の虚無”がテーマであり、Nick Cave的な耽美にも通じる深度を見せる。
3. Monster Monkeys
モンキー＝猿というモチーフを用いて、人間の退化や欲望のグロテスクさを風刺。
不穏なベースとサイケデリックなギターが、現代社会への不信と混乱を音で再現している。
4. She Said No
性的暴力と同意の問題に言及した問題作。
“彼女はノーと言った”というフレーズを中心に構成されており、#MeToo時代におけるロックスターの視線が問われる一曲。
賛否を呼んだが、ゲルドフの誠実さと怒りが読み取れる。
5. Passing Through
内省的なバラードで、“自分はただ通過しているだけ”という無常観と諦念が滲む。
過去の自分たち、かつてのBoomtown Ratsへの距離感が感じられ、静かな時間が流れる作品中の異色トラック。
6. Here’s a Postcard
“これが絵はがきだ”という語りから始まる、ポストパンク風のナンバー。
記憶、旅、忘却、コミュニケーション――
ゲルドフの語りは、もはや歌を越えて一編の随筆のよう。
7. K.I.S.S.
Keep It Simple, Stupid の略語をタイトルに据えた、ミニマルかつパンキッシュなガレージロック。
シンプルな言葉と演奏の中に、“複雑にしすぎるな”というロックの原点への帰還願望が見える。
8. Rock ‘n’ Roll Ye Ye
グラムとロカビリーを混ぜたような、パロディにも本気にも聞こえる奇妙な祝祭ナンバー。
“ロックンロール・イエイエ！”という無意味なかけ声が、言葉の不在と音楽の即効性を皮肉っているようにも思える。
9. Get a Grip
政治的な怒りを表現した最もストレートな曲。
“落ち着け（Get a grip）”というフレーズに、混迷する世界情勢と自己喪失への嘆きが込められている。
ギターリフの熱量は衰えていない。
10. The Boomtown Rats
アルバムを締めくくるのは、バンド自身の名前をタイトルに冠したセルフ・レクイエムのような曲。
“俺たちはまだ終わっていない”と歌うその声に、不安と誇り、そしてほんの少しの笑いが滲む。
終わりではなく、もう一度始めるための静かな宣言。
総評
『Citizens of Boomtown』は、The Boomtown Ratsというバンドが、“若き怒り”を捨てずに、“老いた現実”と対話しようとした非常に誠実なアルバムである。
そこには商業的な野心も、再結成への過剰なノスタルジーもない。
あるのはただ、ボブ・ゲルドフという“語る者”が、2020年という時代にどう語るかを模索した試みである。
ロックが老いるということ。
語りが生き残るということ。
このアルバムは、かつてのBoomtown Ratsではなく、今を生きる“市民たち”が発する声のコラージュである。
決して完全な傑作ではない。
だがそれでも、この声が再び響いたことに意味がある。
おすすめアルバム（5枚）
- Iggy Pop / Post Pop Depression
老いた反逆児の現在地。荒々しさと詩情の共存が共鳴。 - David Bowie / The Next Day
自己神話を再構築したロックの巨人の帰還作。語りのスタイルが近い。 - Nick Cave and the Bad Seeds / Ghosteen
語ることで痛みを昇華する現代の詩人。内省の深度は共通している。 - Johnny Cash / American IV: The Man Comes Around
晩年における“語るロック”の最高峰。ゲルドフの表現と重なる魂の記録。 - Glen Matlock / Good to Go
元Sex Pistolsのソロ作。ベテランによる原点回帰型ロックンロール。
コメント