発売日: 1969年4月28日
ジャンル: ジャズロック、ブラスロック、プログレッシブ・ロック
“市営交通”が奏でた革新の疾走——ブラスとロックの境界を超えた鮮烈なデビュー作
『Chicago Transit Authority』は、1969年にリリースされた米シカゴ出身のバンドChicagoのデビュー・アルバムである。
当初はそのまま市の公共交通機関の名をバンド名としていたが、本作リリース後に訴訟を避けるため、バンド名を「Chicago」に変更。
だが、この一枚には“トランジット”の名にふさわしい、都市的スピード感と、音楽ジャンルの境界を乗り越える動的エネルギーがみなぎっている。
7人編成の大所帯バンドは、ツイン・リード・ヴォーカルと三管編成のホーン・セクションを武器に、
ロック、ジャズ、ブルース、ソウル、サイケを自在にブレンド。
本作はそのスタイルの原点であり、68分超のボリュームにわたって繰り広げられるサウンドの奔流は、まさにデビュー作とは思えない完成度と野心を誇る。
全曲レビュー
1. Introduction
タイトルどおりの幕開けだが、その完成度は異常なほど高い。
複雑な構成とビッグバンド級のアンサンブル、フリーキーな展開が交錯する、6分超のプログレッシブ・ブラスロック。
“我々はこういうバンドです”という壮大な自己紹介。
2. Does Anybody Really Know What Time It Is?
ポップなメロディに乗せて、“今何時か誰か本当に分かってるの?”という問いかけが哲学的に響く名曲。
ビル・チャップリンのピアノとホーンの絡みが美しく、後にシングル化されてヒットを記録。
3. Beginnings
優しく揺れるアコースティック・ギターと、ラテン調パーカッション、そして官能的なホーン。
穏やかな始まりから、後半はヴォーカルとブラスが高揚していく、感情の累積型バラード。
4. Questions 67 and 68
ストリングスとホーンがスリリングに絡む、ビートルズ以後のポップとジャズが交錯する構成美。
テリー・キャスの情熱的なギターソロも圧巻。
5. Listen
ややアンダーグラウンド感のあるアレンジと、ソウルフルな歌唱が特徴の小曲。
リスナーに“耳を傾けよ”と静かに問いかけるような一曲。
6. Poem 58
9分を超えるギター主導のジャム。ブルースの形式にサイケとフリージャズ的奔放さが乗る、“ジャズロックの原形”。
ホーンが控えめで、テリー・キャスの内省的なギターが支配する空間。
7. Free Form Guitar
完全即興のノイズ・ギター作品。
エフェクトとサスティン、フレットノイズの洪水は、もはや“音楽”というより音響彫刻。
69年のメジャー・デビュー盤にこれを入れるという狂気が、彼らの挑戦心を物語る。
8. South California Purples
ブルース・ロックにシカゴ流ブラスの色彩を塗り重ねた、重厚でグルーヴィーなナンバー。
リズム隊の一体感が光る、ライヴ映え必至の一曲。
9. I’m a Man(Spencer Davis Groupのカバー)
ドラムとパーカッションの炸裂するセクションが圧巻の長尺カバー。
原曲のソウル感に、シカゴのアンサンブル力が加わり、原曲を超える異次元の仕上がりに。
終盤のインプロヴィゼーションは圧倒的。
総評
『Chicago Transit Authority』は、1969年という時代の音楽的熱量をそのまま凝縮した、ロックとジャズの邂逅点にして実験場である。
ブラスロックという形式に収まらない、“ジャンルを越境する都市型アンサンブル”として、
この作品は後のシティ・ポップやプログレッシブ・ロック、さらにはファンク、AORにまで影響を及ぼしている。
大胆で、難解で、キャッチーで、革新的。
このデビュー作を聴けば、彼らがなぜ“シカゴ”という名に値する存在になったのかがよく分かる。
おすすめアルバム
- Blood, Sweat & Tears『Child Is Father to the Man』
ブラスロックのもう一つの始点。内省と構築の名作。 - Electric Flag『A Long Time Comin’』
ソウル、ブルース、ジャズを融合したシカゴの兄弟的バンド。 - Traffic『John Barleycorn Must Die』
ロックとジャズ、フォークの越境作。即興と構成のバランスが秀逸。 - Steely Dan『Countdown to Ecstasy』
後のAORと洗練の原点。『CTA』以降の知的グルーヴ進化形。 - Tower of Power『Tower of Power』
ファンクとブラスの極致。Chicagoのグルーヴィーな側面と呼応。
コメント