1. 歌詞の概要
「Cheree」は、ニューヨークのエレクトロ・パンク・デュオ、Suicide(スーサイド)が1977年にリリースしたデビュー・アルバム『Suicide』に収録されている楽曲であり、アルバム全体の中でもひときわ異彩を放つロマンティックなナンバーである。激烈で挑発的な「Frankie Teardrop」や「Ghost Rider」といった破壊的な楽曲群に囲まれながら、「Cheree」はその中に静かな甘さと無機質な抒情を持ち込んでいる。
歌詞は、主人公が「Cheree(シュリー)」という女性に対して愛を囁くかのような形をとっており、Suicideの作品群の中では珍しくラブソングの体裁を取っている。しかし、そこに描かれる“愛”は血の通ったものではなく、人工的で不穏な質感を帯びている。たとえば、「I love you, Cheree / I love you, Cheree / I love you, Cheree」などの反復的なフレーズは、感情の高まりというよりも、むしろ機械的な祈りのように響き、その中に静かな狂気が潜んでいる。
Suicideにとって、愛とは人間的なぬくもりの象徴であると同時に、孤独と幻想の投影でもある。この曲は、都市のノイズにまみれた“無感覚の中の感情”を描いたラブソングであり、聴き手に忘れがたい美しさと奇妙な安らぎをもたらす。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Cheree」は、Suicideの中でも最も“歌”として成立している楽曲のひとつであり、1978年にはシングルとしてもリリースされた。アルバム『Suicide』の中でも異色な存在で、ミニマリスティックなサウンドと夢想的なリリックは、バンドのもうひとつの顔──優しくも不穏な情熱──を提示している。
アラン・ヴェガ(Alan Vega)の歌唱は、激情的なシャウトではなく、あくまで囁くようなトーンで貫かれており、まるでラジオの向こうから届く誰かの声のような距離感をもっている。マーティン・レヴ(Martin Rev)が奏でるシンセサイザーの音色は、きらびやかというよりはチープで、80年代シンセ・ポップ以前の“原始的な電子音楽”といった趣がある。
この曲における“Cheree”という名前の存在は、実在の人物ではなく、観念的で人工的な“愛のイメージ”のようにも読める。Suicideの描く都市は、恋さえも本物ではなく、スクリーン越しの幻想、電子ノイズの中のエコーであり、その表現が最も純粋な形で表れているのが本作「Cheree」である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Cheree」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳とともに紹介する。
引用元:Genius Lyrics
Cheree, Cheree
シュリー、シュリー
Cheree, baby
シュリー、ベイビー
I love you, Cheree
愛してるよ、シュリー
I love you, Cheree
君を愛してる、シュリー
Pretty, pretty, pretty, pretty
綺麗で、可愛くて、魅力的で
Pretty little Cheree
小さなシュリー、ほんとうに可愛いよ
Hot lovin’, hot lovin’
燃えるような愛、熱い愛
Hot lovin’ for you, Cheree
君に捧げる熱い愛、シュリー
このように、語彙は限られつつも、繰り返しと微細な変化によって、内に秘めた想いの熱量が伝わってくる。
4. 歌詞の考察
「Cheree」の歌詞には、Suicideらしい“感情と機械の境界”が色濃く現れている。一般的なラブソングが語るような物語性や情景描写はなく、ただ“名前の呼びかけ”と“愛してる”という言葉が淡々と繰り返される。しかし、その反復はどこか切迫しており、むしろ愛の不在や、伝わらない感情の孤独を浮き彫りにしている。
この曲における“Cheree”という存在は、実体のある恋人ではなく、“愛されること”のメタファーかもしれない。あるいは、機械のような都市の中で、ただ一筋の温もりを求める魂の呼びかけとも言える。「Pretty little Cheree」という表現には、母性や甘えのニュアンスすら感じられ、Suicideのアナーキーで暴力的な側面とは正反対の“依存”と“渇望”が露わになっている。
また、「Hot lovin’」という言葉が示すように、この楽曲にはセクシュアルな緊張感も漂っているが、それも肉体的というよりは観念的で、どこか空虚で儚い。欲望があってもそれを満たすものはなく、むしろ“愛という夢”にすがり続ける孤独な存在がここにはいる。
音楽と同様に、歌詞も極限まで要素を削ぎ落とすことで、逆に言葉の“重さ”が浮かび上がってくる。それは、スピードや情報に満ちた現代においてなお通用する、“ミニマル・リリシズム”の真骨頂だ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Dream Baby Dream by Suicide
「Cheree」の延長線上にある、さらにミニマルで神秘的な愛のマントラ。希望と絶望が共存する名曲。 - Warm Leatherette by The Normal
無機質な愛とエロティシズムをテーマにしたエレクトロパンクの名曲。Suicideの影響を受けた代表作。 - Shadows of the Night by Alan Vega
Suicide解散後のアラン・ヴェガによるソロ作品。より詩的かつ夢幻的な愛の表現が魅力。 - I Want You by Elvis Costello
病的な執着と歪んだ愛を描くバラード。歌詞の執拗さが「Cheree」と共通する。 - In Every Dream Home a Heartache by Roxy Music
人工的な恋愛を皮肉に描いたプログレ的バラード。虚構の中に美を見出す点で共鳴する。
6. “無感覚の中の愛”というテーマの先鋭化
「Cheree」は、Suicideが描いた都市の荒廃と魂の孤独、その中でわずかに浮かび上がる“愛の幻影”を音と言葉で描いた奇跡的な作品である。愛していると繰り返しながら、その“愛”が届いているのか、実在するのかさえ曖昧なこの曲には、アラン・ヴェガの繊細な詩人性が強く表れている。
同時に、この曲の魅力は、その曖昧さこそが美しさを生み出している点にある。完璧なラブソングではない。だがその不完全さ、非人間的な表現の中に、人間らしさの最も深い部分──不安、渇望、依存──が露呈する。それが「Cheree」の本質なのだ。
Suicideという極限的なユニットにしか描けなかった、“心の中でしか成立しない愛”。それが、今もなおリスナーの中で小さく震え続けている。この曲を聴くと、孤独すら愛おしく思える。それこそが、彼らが残した最大の魔法なのかもしれない。
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