発売日: 2003年7月1日
ジャンル: R&B、ヒップホップ・ソウル、アーバン・ポップ
概要
『Chapter II』は、アシャンティ（Ashanti）が2003年に発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、“スターのその先”を模索した“自己語りの続章”として、R&Bアーティストとしての成熟と表現力の広がりを示した作品である。
前作『Ashanti』のメガヒットによって、瞬く間に時代のアイコンとなったアシャンティは、本作において恋愛、別れ、自立、欲望といったテーマを、より構造的かつストーリーテリング的に展開。
“Chapter（章）”という言葉が示すように、アルバムは明確な物語性を持ち、スキットやナレーションを交えながら、愛の起承転結を描くコンセプト的構成が取られている。
サウンド面では前作に引き続きMurder Inc.のIrv Gottiが中心となるプロデュースを手がけ、
クラシカルなソウルのサンプリングと、2000年代初頭のアーバン・ビートを融合したサウンドデザインがより洗練されたかたちで展開されている。
リリース初週に初登場1位を記録し、“一発屋ではない”ことを証明した商業的・芸術的ステップアップ作でもあった。
全曲レビュー
1. Intro / Medley
スモーキーなナレーションでアルバムの幕を開けるプロローグ的トラック。
“愛という物語”の章立てを予感させる、ドラマティックな導入。
2. Shany’s World
アシャンティ自身のアイデンティティとポジショニングを軽やかに提示。
“これは私の世界”という宣言がアルバム全体の“語り手の立ち位置”を決定づける。
3. Rock wit U (Awww Baby)
本作最大のヒットシングル。
The Notorious B.I.G.「One More Chance」を思わせるメロウなビートと、官能性と愛らしさが同居した**“大人の恋の甘さ”を描く代表曲**。
アシャンティのウィスパー・ボイスが最も映える瞬間でもある。
4. Breakup 2 Makeup
別れと再会の繰り返しという“現代恋愛あるある”を題材にしたナンバー。
葛藤と快楽がループする関係性のリアルな描写が光る。
5. Rain on Me
アーバンR&Bバラードの名曲として評価される、深くドラマティックな一曲。
メアリー・J. ブライジの系譜を思わせるような情動の解放があり、
恋愛における支配と依存、そして解放を求める切実さが音と歌詞に宿る。
ビデオクリップでは家庭内暴力が描かれ、社会的メッセージも帯びている。
6. Then Ya Gone (Skit)
不穏な気配のスキット。
“裏切り”という次のテーマへの橋渡しとして、アルバムの物語性を強める。
7. Focus
「ちゃんと私を見て」というリクエストをテーマにした、“視線の不在”をめぐるミディアム・バラード。
静かだが力強い主張が、内なるエンパワメントとして響く。
8. Breakup 2 Makeup (Remix) (feat. Black Child)
先述曲のリミックス・バージョン。
ラップを加えることで“ふたりの視点”が強調され、関係性の複眼化が試みられている。
9. I Found Lovin’
80年代のR&Bクラシックをサンプリングしたポジティブ・ナンバー。
軽快なリズムと明るいメッセージが中盤の緊張を緩める役割を果たす。
10. Then Ya Gone (Skit 2)
再び語られる裏切りのシーン。
アルバムが単なる楽曲集ではなく“愛の短編集”として構成されていることが明らかに。
11. Living My Life
愛から一歩距離を置き、自分の人生を肯定するメッセージソング。
“恋に生きる女性”から“人生を生きる女性”への成長が感じられる重要曲。
12. Black Child (Skit)
Murder Inc.所属ラッパー、Black Childによるモノローグ。
サイドキャラクターの視点を挿入することで、物語の立体感を補強。
13. Feel So Good
肉体的な愛と快楽を描いたセクシャルトラック。
アシャンティのセクシュアリティの表現がより大胆かつ洗練されており、**“甘さ”よりも“熱さ”が際立つ。
14. Carry On
失恋後の回復をテーマにしたスロウ・ナンバー。
“それでも生きていく”というリアルな諦念と前向きさが、抑制されたボーカルに込められている。
15. The Story of 2
「ふたりの物語」が語られる後日譚的トラック。
恋の幕引きとしてだけでなく、新しい“私の章”のはじまりを感じさせる内容。
16. Outro
アルバムの構造を閉じるエンディング。
サウンドスケープとナレーションの融合によって、ひとつの“章”の終わりと次章への余白が残される。
総評
『Chapter II』は、アシャンティが“ヒットシンガー”から“語り手”へと脱皮しようとした、ストーリーテリング型R&Bアルバムの成功例である。
単なる恋愛ソングの羅列ではなく、イントロ〜スキット〜アウトロという構造を生かし、ひとつの“愛の短編映画”を聴かせるような没入型作品として構成されており、
ヒップホップ・ソウルにおける語りの重要性を、女性アーティストの視点から再定義したとも言える。
ボーカルは決して絶唱しないが、語りかけるようなウィスパー・トーンが、感情の揺れや弱さ、強さをリアルに表現しており、
その抑制美は“R&Bにおけるソフト・パワー”として、のちのTinasheやJhené Aikoにも影響を与えている。
おすすめアルバム（5枚）
- Toni Braxton『More Than a Woman』
同時期のR&Bにおける“語りの厚み”を体現した女性像のもうひとつのかたち。 - Monica『After the Storm』
失恋と再起、ストリート感覚のある抒情がChapter IIと呼応。 - Mary J. Blige『No More Drama』
“愛からの自立”を物語的に描いた構成美が共通。 - Aaliyah『One in a Million』
音像の革新と情感の融合。アシャンティの先行的存在として。 -
Jhené Aiko『Souled Out』
スキットと内省、語りと旋律が溶け合う新世代R&B。『Chapter II』の影響も感じさせる。
歌詞の深読みと文化的背景
『Chapter II』におけるリリックの特徴は、“感情のグラデーション”を言葉で細かくすくい上げるナラティヴ構造にある。
「Rain on Me」では、恋愛がどこか“耐えるべき苦しみ”として語られ、その中にある自己の境界線を問い直す構造が見られ、
「Living My Life」では、恋から自分を引き離すことで見えてくる“個の確立”が描かれる。
また、スキットを挿入することで、楽曲の間にある“空白”や“余韻”を強調し、“歌われないこと”そのものも物語に取り込むという技法が使われている。
これは、単なるサウンドの装飾ではなく、**“誰かの人生を聴いているような臨場感”**をリスナーに与えるための演出である。
『Chapter II』は、アシャンティが語る“恋愛のドキュメンタリー”であり、愛とは何か、語ることとは何かを静かに問いかける章なのだ。
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