1. 歌詞の概要
「Can’t Go Back」は、Primal Screamが2008年に発表したアルバム『Beautiful Future』のオープニングを飾るナンバーであり、タイトルが象徴するように、「過去には戻れない」という冷徹な真理を、スピーディかつ暴力的なサウンドに乗せて叩きつけるように提示した攻撃的なロックソングである。
この曲の歌詞は直接的で鋭く、回想や郷愁を排除し、“今”と“これから”に強制的に向き合うことをリスナーに迫ってくる。繰り返される「Can’t go back(戻れない)」というフレーズは、失われたものにすがりたい気持ちを断ち切るような呪文のようでもあり、変化する世界の中で、自分自身も変わらざるを得ない現実を突きつけている。
ここに描かれるのは、感情に溺れる暇もないほどのスピードで進み続ける都市、歴史、時間、そして人間関係の風景だ。ノスタルジーを拒み、怒りと加速感で未来を切り拓こうとする姿勢は、Primal Screamというバンドの“止まらない進化”の象徴でもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Can’t Go Back」が収録されたアルバム『Beautiful Future』は、Primal Screamにとって10作目のスタジオ・アルバムであり、それまでの過激で政治的な方向性を保ちつつも、ポップさとアグレッシブさを大胆に融合した意欲作である。特にこの曲では、ポストパンクやエレクトロクラッシュ、グラムロックの要素がミックスされ、00年代後半のロンドン的な都市感覚を鋭く反映している。
本作の制作にあたって、バンドはBrendan LynchとPaul Epworth(Bloc PartyやThe Raptureなどで知られるプロデューサー)を起用。とりわけ「Can’t Go Back」はエプワースのエッジーな感性が色濃く表れており、鋭いギターリフ、うねるベースライン、ヒリついたヴォーカルが一体となって、不穏なエネルギーを爆発させている。
この時期、Primal Screamはバンドメンバーの脱退や音楽業界の変化に直面していた。そうした状況下で「Can’t Go Back」は、“過去の栄光”に甘んじることなく、なおも前へと突き進もうとするバンドの強い意志を体現するトラックとなった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は代表的な一節(引用元:Genius Lyrics):
You can’t go back / You’re never going back
戻ることなんてできない お前はもう、絶対に戻れない
You can’t go back to what you had / You can’t go back to what you knew
かつて持っていたものには戻れない 昔の自分にも、もう戻れないんだ
I’m feeling like a rat / Trapped in a maze
俺はまるで迷路に閉じ込められたネズミみたいだ
I can’t break out / But I can’t stay
抜け出すこともできないけど、ここにとどまることもできない
No one can help me / I’m on my own
誰も助けてくれない 結局俺は一人だ
これらのフレーズから伝わるのは、出口の見えない状況への焦燥感と、孤独を前提にした覚悟である。「戻れない」というフレーズは単なる現状への嘆きではなく、それを受け入れた上で、前進するしかないという現実主義的な意思表明でもある。
4. 歌詞の考察
「Can’t Go Back」は、Primal Screamにとって単なるノスタルジー否定の歌ではない。それは、自己の再定義を迫られる現代人のリアルな声であり、過去への依存を断ち切るための断罪と決意の歌である。
とりわけこの楽曲では、「前進すること=進化」ではなく、「前進しないこと=死」とすら感じられるような緊迫感がある。それは現代の都市生活や政治的な不安定さ、個人の孤独といった複雑な現実の中で、もはや“元に戻る”ことが不可能であるという真理を、ギターリフと共に叩きつけてくるような感覚だ。
また、「迷路に閉じ込められたネズミ」という比喩は、資本主義社会や管理社会における“自由なはずの個人”が、実は構造の中で動かされている存在にすぎないという自己認識を象徴している。しかし、それでもギレスピーは叫ぶ。「お前はもう戻れない」と。それは現実を見据えるための通過儀礼であり、逃避ではなく対峙の歌なのだ。
この曲はまた、バンド自身の過去作──『Screamadelica』の夢想性や、『XTRMNTR』の政治性──に回帰するのではなく、それらを背負いながらも、さらなる“今”を提示する姿勢を強く感じさせる。
(歌詞引用元:Genius Lyrics)
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Banquet by Bloc Party
加速する都市と若者の不安、感情の逸脱をビートで表現するポストパンク・リバイバルの代表曲。 - Open Up by Leftfield ft. John Lydon
混沌と破壊の欲望を、レイヴとパンクの融合で体現した破滅的な名曲。 - Killing in the Name by Rage Against the Machine
構造への怒りと、過去との断絶の叫びを爆音で叩きつける、プロテスト・ロックの代表作。 - Death by White Lies
愛と未来の両方を見失った者の焦燥と誇りを、ドラマチックな構成で描くインディー・ロック。 - A-Punk by Vampire Weekend
一見軽快なメロディの中に、若者の早すぎる現実との直面を含んだ皮肉な一曲。
6. “後戻りはできない”という宣告:現代社会の真理を突くスローガン・ロック
「Can’t Go Back」は、Primal Screamが再び現代における“真理”をロックという形式で刻印した、鋭利なスローガン・ソングである。特定の敵を設定するのではなく、自らの内面、社会、歴史、音楽シーンすべてに向けて「もう戻るな」「進め」と告げるこの曲は、過去を賛美するだけのロックンロールを明確に拒否する。
その構造は、未来を肯定するためには過去を否定しなければならないという冷酷だが誠実な論理に支えられている。Primal Screamはその葛藤を、恐れず、むしろ祝福するかのようにこの曲で鳴らしている。
「Can’t Go Back」は、感傷を振り切って前進するための“決別の賛歌”であり、それは今を生きる私たちすべてにとってのテーマでもある。音楽がもたらすカタルシスとは、ただ癒すことではない。前を向かせる力なのだ。この曲は、その原点を改めて思い出させてくれる。
コメント