1. 歌詞の概要
「Cannonball」は、The Breeders(ザ・ブリーダーズ)が1993年にリリースしたセカンド・アルバム『Last Splash』に収録された代表曲であり、オルタナティヴ・ロック/インディ・ロックの90年代アイコンとも呼べる存在である。冒頭の“uh-ho”という耳を引くヴォーカル・サンプルと、歪んだベース、そしてユーモラスで不安定なギターリフ——そのすべてが、混沌と遊び心の中で、爆発するエネルギーを感じさせる。
歌詞の意味は一見して取りづらく、断片的かつ感覚的な表現が多い。だがその中には、自己の身体性、欲望、他者との境界のあいまいさが織り込まれており、主人公が「キャノンボール(大砲の弾)」のように世界に飛び出し、衝突し、跳ね返るような感覚が歌われている。
キム・ディールの声と存在感は、この曲において極めてユニークな輝きを放っており、力強くもどこか不安定で、そのバランスこそが当時の女性ロックアーティストたちの“脱構築的”エネルギーを象徴していた。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Breedersは、Pixiesのベーシストであったキム・ディールと、Throwing Musesのタニヤ・ドネリーによって結成されたバンドで、当初はサイドプロジェクト的な位置づけであった。しかしPixiesの解散や、90年代前半のインディ・ロック・ブームとともにThe Breedersは本格的な活動を開始し、1993年に発表された『Last Splash』で一気にブレイクする。
「Cannonball」はその中でも最も広く認知され、MTVやラジオでも頻繁にプレイされた。だがその成功は、ポップな“売れ線”の産物ではなかった。むしろ歪んだビートと実験的なサウンド構成、そして女性ヴォーカルの持つ挑発的な魅力がリスナーを惹きつけたのだ。
この曲のビデオは、キム・ゴードン(Sonic Youth)とスパイク・ジョーンズが共同監督を務めており、その映像もまた不穏でミステリアスな雰囲気をたたえている。無表情のキム・ディールがレンズを見据えながら口を動かし、水中に沈んだドラムセットや浮遊するボールなど、90年代特有の“意味の解体”を映像的に表現していた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
英語原文:
“I know you’re a cannonball
I’ll be your whatever you want
The bong in this reggae song”
日本語訳:
「あなたがキャノンボール(大砲の弾)なのはわかってる
私はあなたの望むものになるよ
このレゲエ・ソングの“ボン”みたいに」
引用元:Genius – Cannonball Lyrics
この一節は、比喩と戯れの交錯というThe Breedersらしさが最も表れている部分のひとつだ。「キャノンボール」はまっすぐに飛んでいくもの、衝動の象徴でもあるが、それに“付き従う”ような語り手の視点は、他者との関係性の不安定さや柔軟さを同時に感じさせる。ポップでありながら、どこか危うく、深読みを誘う表現である。
4. 歌詞の考察
「Cannonball」の歌詞は、言葉としての整合性よりも、音と感覚としての連続性を重視している。それはまるで夢の断片を口ずさむようであり、ジャンルやテーマを意図的に曖昧にして、リスナーの身体感覚に直接訴えかける構造になっている。
キム・ディールはこの曲で、女性としてのセクシュアリティを直接語ることは避けながらも、その存在そのものが持つ“身体性”や“衝動”を、あくまで比喩的に、ユーモラスに、しかし力強く表現している。たとえば、舌を出すような“uh-ho”の音や、意味のない繰り返しの中にこそ、ロックの本質的な遊びと暴力性が隠されている。
この曲が多くのフェミニストからも支持された理由は、単に“女性がロックをやっている”からではない。むしろ、女性であることを特別視せず、ただロックする存在としてステージに立っている姿そのものが、時代の中で強烈なインパクトを持っていたのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Seether” by Veruca Salt
女性ヴォーカルによるオルタナ・グランジの象徴的な一曲。歪んだギターとキャッチーなメロディが魅力。 - “Divine Hammer” by The Breeders
同アルバム収録のもう一つの名曲で、よりメロディアスながら毒気を含む傑作。 - “100%” by Sonic Youth
ノイズとメロディ、静と動のバランスが「Cannonball」と共鳴する。 - “Violet” by Hole
暴力性と感情の爆発が共存する、女性オルタナティヴの代表作。 - “Gigantic” by Pixies
キム・ディールがPixies時代に歌った名曲で、彼女のソングライティングの出発点が見える。
6. “意味”をぶち壊す遊びとしてのロックンロール
「Cannonball」は、1990年代のインディ・ロックが持っていた脱構築の美学を象徴する楽曲である。それはメッセージ性や物語性をあえて避け、感覚、衝動、ノイズ、ユーモアによって、ロックという形式の“型”を破壊しようとする試みでもあった。
この曲を聴くということは、直線的な意味を探すのではなく、むしろその中にある“ゆらぎ”や“揺さぶり”を体感することに他ならない。そしてそれこそが、90年代という時代が持っていた本当の自由さでもあった。
キム・ディールはこの曲で、何かを主張したわけではない。だが、その“何も主張していないように見える姿”こそが、結果として最もラディカルな反抗となった。今なお「Cannonball」が鳴り響くとき、その音は時代を越えて、“誰かを揺さぶるための爆音”であり続けるのだ。
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