発売日: 1989年10月31日
ジャンル: アメリカーナ、ソフトロック、ジャムロック
“壊れにくさ”を信じた人々——最後のスタジオ録音が遺したもの
『Built to Last』は、Grateful Deadが1989年に発表した13作目のスタジオ・アルバムにして、
結果的に最後のスタジオ作品となった一枚である。
前作『In the Dark』で予想外のヒットを記録し、新たなリスナー層を得た彼らは、
続く本作においてもその“ソング志向”を継承しつつ、
より内面的でパーソナルなテーマへと踏み込んでいく。
特にキーボーディストブレント・マイドランドの存在感が際立ち、
彼による4曲のオリジナルが収録されるなど、バンド内の多様性が如実に表れた作品でもある。
一方で、ガルシアの体調悪化や、デッドの「ライヴ重視」の姿勢との乖離もあり、
リリースから数年後には活動の終息へと向かっていく——
そんな“幕引きの予兆”が漂う、静かな熱をたたえたアルバムである。
全曲レビュー
1. Foolish Heart
ガルシア=ハンターによる、軽快なミディアム・ナンバー。
恋愛の愚かさをテーマにしつつ、どこかあたたかくて受容的。
冒頭にして“老練なやさしさ”が漂う一曲。
2. Just a Little Light
マイドランド作の、焦燥感と祈りを内包したロック・チューン。
「ほんの少しの光でもあればいい」——不安定な時代における信仰のような言葉が胸に残る。
3. Built to Last
タイトル曲にしてアルバムの中心。
“私たちは壊れにくくできている”というフレーズには、
音楽、友情、人生に対する静かな信念が込められている。
ガルシアのヴォーカルは、ゆるやかに、しかし確かに語りかける。
4. Blow Away
マイドランドの代表曲のひとつ。
ブルージーでドラマティックな構成と、感情をむき出しにした歌唱が心を打つ。
「すべて吹き飛ばせ」というメッセージは、彼の内面の叫びとも重なる。
5. Victim or the Crime
ウィアが主導した、暗くミステリアスなロック・トラック。
不穏なリズムと難解な詞で、“被害者か、加害者か”という哲学的な問いを投げかける。
6. We Can Run
マイドランドによる環境問題をテーマにした一曲。
“逃げることはできても、隠れることはできない”というリフレインが、
80年代末の社会への批判を静かに提示する。
7. Standing on the Moon
ガルシアの叙情性が凝縮された、心に残るバラード。
“月の上から地球を見つめる”という視点は、孤独であると同時に、愛に満ちてもいる。
死のメタファーとして読み解かれることも多い名曲。
8. Picasso Moon
アルバムのラストを飾るエネルギッシュなナンバー。
芸術、幻視、狂気が交差する“ピカソの月”というイメージが、
この時代のグレイトフル・デッドの多面性を象徴する。
総評
『Built to Last』は、Grateful Deadというバンドが最期まで“曲をつくり、歌い続けようとした”記録である。
ライヴの即興性やジャムからはやや距離を置き、
代わりに“言葉”と“構築された歌”を中心に据えたこのアルバムには、
年齢と経験を重ねた者にしか描けない、人生の後半の風景が広がっている。
特にマイドランドの活躍は特筆に値し、
彼の内面からにじむ痛みや優しさが、デッドの音楽に新しい血を通わせていた。
それだけに、彼が1990年に急逝し、バンドがその後スタジオ作品を残さなかった事実は、
このアルバムを最後の灯火のような存在として際立たせている。
『Built to Last』——それは単なる希望ではなく、
壊れながら、それでも立ち上がる人間の強さと弱さを讃える言葉だったのかもしれない。
おすすめアルバム
- 『New Moon Shine』 by James Taylor
穏やかで深い語りと、80年代末らしい洗練が共通する。 - 『Oh Mercy』 by Bob Dylan
成熟した語り手による静かな怒りと祈り。深い共鳴を感じる作品。 - 『American Dream』 by Crosby, Stills, Nash & Young
時代の終焉と理想の葛藤を描いたベテランの後期作。 - 『Jerry Garcia Band』 by Jerry Garcia
ソロ活動の中で見せたリリカルな感性。『Built to Last』の親密さと通じ合う。 - 『Time Out of Mind』 by Bob Dylan
死や喪失をテーマにした詩的作品。“終わりを歌うこと”の深さにおいて近しい。
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