
発売日:2023年5月19日
ジャンル:ポップ、ポップ・ロック、シンガーソングライター、ブルーアイド・ソウル、アダルト・コンテンポラリー
概要
Lewis Capaldiの『Broken by Desire to Be Heavenly Sent』は、2023年に発表されたセカンド・スタジオ・アルバムであり、彼のキャリアにおいて、デビュー作の巨大な成功をどのように受け止め、どのように継続するかという課題に向き合った作品である。スコットランド出身のCapaldiは、2019年のデビュー作『Divinely Uninspired to a Hellish Extent』で世界的な成功を収め、とくに「Someone You Loved」によって、現代ポップ・バラードの代表的な歌い手として広く知られるようになった。大きく張り上げるヴォーカル、失恋や喪失を率直に描く歌詞、ピアノやギターを中心としたシンプルなアレンジは、ストリーミング時代のポップ・バラードとして非常に強い訴求力を持っていた。
『Broken by Desire to Be Heavenly Sent』は、その成功の延長線上にありながら、より明確に「成功の後の不安」を刻み込んだアルバムである。タイトルは非常に詩的で、「天上的に送られたいという欲望によって壊された」とでも訳せる。ここには、愛されたい、救われたい、完璧なものになりたい、誰かに必要とされたいという願望と、その願望が自分を追い詰めるという矛盾が含まれている。Capaldiの音楽は、表面的には失恋や別れのバラードとして聴かれやすいが、本作ではそれに加えて、自己価値、名声への不安、他者の期待、精神的な疲弊が強く反映されている。
音楽的には、前作の路線を大きく変えるものではない。ピアノ・バラード、ストリングスを伴う壮大なサビ、ミッドテンポのポップ・ロック、ゴスペル的なコーラス、シンプルで耳に残るメロディが中心である。Capaldiは実験的な音響やジャンル横断的な冒険よりも、自身の最大の武器である声とメロディを軸にしている。特に彼の声は、楽曲の感情表現を担う最重要要素である。少し掠れ、強く押し出され、限界まで感情を込める歌唱は、楽曲に劇的な重みを与える。
一方で、本作は「変わらないこと」を選んだアルバムでもある。デビュー作の成功後、より大胆な音楽的変化を期待する聴き手にとっては、構成やサウンドに保守的な印象を受ける部分もある。しかし、Capaldiの音楽において重要なのは、音楽的革新ではなく、感情をいかに分かりやすく、強く、共有可能な形で提示するかである。本作はその目的において非常に一貫している。複雑な比喩や抽象的な詩ではなく、誰かを失った痛み、自分を責める感情、愛に届かない苦しさを、直接的な言葉と大きなメロディで歌う。
本作の制作背景には、Capaldi自身が経験したプレッシャーやメンタルヘルスの問題も重なる。世界的な成功は彼に大きな注目をもたらしたが、同時に次作への期待、パフォーマンスへの不安、自身の身体や精神への負担も増大させた。『Broken by Desire to Be Heavenly Sent』は、そうした状況の中で、成功後のアーティストが自分の声を保とうとするアルバムでもある。愛の喪失を歌っているようで、実際には「自分はまだ歌い続けられるのか」「この声はまだ誰かに届くのか」という問いも内包している。
日本のリスナーにとって本作は、Adele、Sam Smith、Ed Sheeran、James Arthur、Tom Walkerなどの英国系バラード・ポップの系譜に位置づけて聴くと理解しやすい。繊細なサウンドの細部よりも、メロディ、歌詞、ヴォーカルの感情的な直撃力を重視する作品であり、洋楽ポップ・バラードの王道にあるアルバムである。Capaldiは過度に洗練されたポップ・スターというより、不器用さや脆さを声の中に残すタイプのシンガーであり、その人間的な荒さが本作の大きな魅力となっている。
全曲レビュー
1. Forget Me
オープニング曲「Forget Me」は、本作のリード・シングルとして発表された楽曲であり、アルバム全体のテーマを明確に提示する。タイトルは「僕を忘れて」という意味だが、歌詞の本質はむしろその逆にある。語り手は相手に忘れられたくない。相手が自分なしで前へ進んでしまうことを恐れ、忘却されることを自分の存在の否定として受け取っている。
音楽的には、Capaldiの楽曲としては比較的アップテンポで、リズムの推進力がある。ピアノ・バラードの静かな導入ではなく、ポップ・ロック的な明るさを持ち、サビも非常に開かれている。しかし、その明るいサウンドの中で歌われるのは、別れた相手への未練と、忘れられることへの恐怖である。この対比が曲の力になっている。
歌詞では、語り手が相手の幸福を願いきれない感情を抱えている。これは非常に人間的な視点である。失恋の歌ではしばしば「君が幸せならそれでいい」という美しい諦めが語られるが、「Forget Me」では、相手が自分を忘れて幸せになることが耐えられないという、より未熟で正直な感情が描かれる。Capaldiの強みは、こうした感情を道徳的に整えすぎず、そのまま歌にする点にある。
アルバム冒頭にこの曲が置かれることで、『Broken by Desire to Be Heavenly Sent』は、愛されたい、記憶されたい、誰かの人生に痕跡を残したいという欲望のアルバムであることを示す。忘れられたくないという感情は、恋愛だけでなく、アーティストとしての存在不安にも通じている。
2. Wish You the Best
「Wish You the Best」は、本作の中でも最も感情的なバラードのひとつであり、Capaldiの王道ともいえる楽曲である。タイトルは「君の幸せを願っている」という意味だが、曲全体には、その言葉を口にしながらも本心ではまだ相手を手放せない痛みが漂う。別れた相手へ向ける礼儀正しい言葉と、その裏にある未練の裂け目が、この曲の中心にある。
音楽的には、ピアノを中心に始まり、徐々にストリングスやドラムが加わってサビで大きく広がる構成である。これはCapaldiが得意とする形式であり、静かな語りから感情の爆発へ向かう流れが明確に作られている。彼のヴォーカルは、最初は抑制されているが、曲が進むにつれて強く張り上げられ、最後には痛みを隠せない叫びに近づく。
歌詞では、別れた後に相手がどうしているのかを知りたいが、知ることが自分を傷つけるという矛盾が描かれる。相手の幸せを願うことは、成熟した態度である。しかし、本当に相手が自分なしで幸せになることを受け入れるのは簡単ではない。Capaldiはその葛藤を、非常に直接的な言葉で歌っている。
「Wish You the Best」は、感情を複雑に隠すタイプの曲ではない。むしろ、誰もが一度は感じる別れの痛みを、最も分かりやすい形で提示する。その普遍性が、この曲を本作の中心的なバラードにしている。Capaldiの声の切実さが、言葉の単純さを補強し、聴き手の感情へ直接届く。
3. Pointless
「Pointless」は、本作の中でも比較的温かく、愛の肯定的な側面を描いた楽曲である。タイトルは「意味がない」という否定的な言葉だが、歌詞では「君がいなければすべてが意味を失う」という形で使われる。つまり、愛する相手が人生に意味を与える存在として描かれている。
音楽的には、穏やかなピアノと柔らかなリズムが中心で、Capaldiのバラードの中でも優しい質感を持つ。サビではメロディが大きく広がるが、悲痛な叫びというより、愛情の確かさを確認するような響きがある。前曲「Wish You the Best」が失った愛の痛みを描くのに対し、「Pointless」は愛が存在することによって世界が保たれる感覚を歌っている。
歌詞では、日常の中にある愛の価値が強調される。大きなドラマよりも、相手と共にいること、生活を共有すること、何気ない時間が意味を持つことが中心である。Capaldiの音楽は失恋のイメージが強いが、この曲では関係の中にある安定や感謝が歌われる。その点で、アルバムの中に必要な光をもたらす楽曲である。
「Pointless」は、Capaldiが単に悲しみを歌うシンガーではなく、愛の温かさや相手への敬意を表現できるソングライターであることを示している。ただし、その愛の描き方も非常に依存的である。相手がいなければ人生が無意味になるという言葉には、美しい献身と同時に危うさもある。この両義性が、曲に深みを与えている。
4. Heavenly Kind of State of Mind
「Heavenly Kind of State of Mind」は、アルバム・タイトルにも通じる「天上的」なイメージを含む楽曲である。ここでの“heavenly”は宗教的な救済というより、恋愛によって一時的に得られる高揚、幸福、自己を超えた感覚を指している。Capaldiのアルバムでは、愛はしばしば救済のように歌われるが、その救済は不安定で、いつ失われるか分からない。
音楽的には、やや軽快なポップ・ロック調で、アルバムの中では明るい部類に入る。ピアノとリズムが曲を前へ押し出し、サビではCapaldiらしい大きなメロディが展開される。重いバラードだけでなく、こうした中速のポップ曲を配置することで、アルバム全体のテンポに変化が生まれている。
歌詞では、相手といることで心が高められ、現実の重さから一時的に解放される感覚が描かれる。ただし、Capaldiの歌声には常に切迫感があるため、この幸福も完全に安定しては聴こえない。天上的な状態は長く続く保証がなく、むしろ一時的だからこそ強く求められる。
「Heavenly Kind of State of Mind」は、本作のタイトルにある「heavenly」という言葉のポップな側面を示す曲である。愛は地上の苦しみから逃れるための一瞬の上昇である。しかし、その上昇を求める欲望が、同時に人を壊していく。このアルバム全体の矛盾が、比較的明るい曲調の中に見え隠れしている。
5. Haven’t You Ever Been in Love Before?
「Haven’t You Ever Been in Love Before?」は、タイトルからして会話的な問いかけの形を取る楽曲である。「君は今まで恋をしたことがないのか」という問いは、相手の冷たさや距離感に対する戸惑いを示すと同時に、自分の愛の重さが理解されないことへの苛立ちも含んでいる。
音楽的には、ピアノ・バラードとして始まり、徐々に感情が高まるCapaldiらしい構成である。メロディは大きく、サビでは問いかけが叫びに近づく。彼のヴォーカルは、相手を責めているようでありながら、自分の弱さをさらしているようにも聴こえる。この曖昧さが曲の魅力である。
歌詞では、愛することの重さや切実さを理解してもらえない語り手の苦しみが描かれる。恋愛において、自分だけが深く感じているように思える瞬間は非常に痛い。相手は平然としているのに、自分だけが崩れている。この不均衡が、曲全体の感情的な緊張を生む。
この曲は、Capaldiの歌詞にしばしば見られる「相手への問いかけ」の形式をよく示している。彼は自分の内面だけを語るのではなく、相手に向かって言葉を投げる。その言葉は返事を求めているようで、実際には返事が返ってこないことを知っている。だからこそ、曲は独白としても機能する。
6. Love the Hell Out of You
「Love the Hell Out of You」は、本作の中でも愛による救済を強く歌った楽曲である。タイトルは直訳するとやや強い表現だが、「君を全力で愛する」「君の中の苦しみを愛で追い払う」というニュアンスを持つ。ここでは愛が、相手の傷や闇を包み込む力として描かれている。
音楽的には、壮大なバラード形式で、ピアノとストリングス、厚いコーラスが感情を支える。Capaldiの声は、非常に誠実で力強く、相手を守ろうとする意志を感じさせる。失恋の痛みを歌う曲が多い中で、この曲は誰かを支えたいという方向へ向かっている点で重要である。
歌詞では、相手が苦しんでいる時に、自分がそばにいて愛を与えるというメッセージが中心となる。これは非常にシンプルなラブソングであり、Capaldiの持つ包容力のある側面が表れている。ただし、愛が他者を完全に救えるという考えには、理想主義的な危うさもある。相手の苦しみを愛によって消したいという願いは美しいが、その願いが必ずしも現実的に叶うとは限らない。
「Love the Hell Out of You」は、映画的な感情の高まりを持つ曲であり、Capaldiのヴォーカルの大きさがよく活かされている。傷ついた相手を抱きしめるような楽曲であり、本作の中で最もストレートな献身の歌のひとつである。
7. Burning
「Burning」は、タイトル通り、内側で燃え続ける感情を扱った楽曲である。燃えるというイメージは、情熱、痛み、怒り、後悔、自己破壊を同時に含む。Capaldiのバラードにおいて、感情はしばしば抑えきれずに身体を内側から焼くものとして描かれるが、この曲はその感覚を明確に示している。
音楽的には、比較的抑制された導入から、サビに向かって大きく広がる構成である。Capaldiの声は、静かな部分では疲労を含み、強く歌う部分では痛みが噴き出す。楽器のアレンジは彼の声を中心に組み立てられており、曲全体がヴォーカルの感情曲線に従って展開する。
歌詞では、過去の関係や自分の中に残る後悔が、燃え続けるものとして描かれる。炎は浄化の象徴にもなりうるが、ここではむしろ消えない痛みとして機能している。忘れたいのに忘れられない、手放したいのにまだ心を焼いている。その状態が曲の中心にある。
「Burning」は、Capaldiの楽曲の中でも比較的暗い内面を扱った曲であり、本作のタイトルにある「壊される」という感覚ともつながる。欲望や愛が人を天上的に高める一方で、同じ感情が内側から燃やし尽くすこともある。その矛盾が、曲に重みを与えている。
8. Any Kind of Life
「Any Kind of Life」は、本作の中でも特に喪失後の空白を強く感じさせる楽曲である。タイトルは「どんな人生でも」という意味を持つが、歌詞では愛する相手なしで生きる人生が、どれほど不完全に感じられるかが描かれる。ここでもCapaldiは、相手の不在によって自己の未来が意味を失う感覚を歌っている。
音楽的には、ピアノを中心としたバラードで、非常に静かな痛みから始まる。サビでは大きなメロディが広がるが、全体には悲しみの重さが残る。Capaldiの声は、喪失を受け入れられない人間の脆さを強く伝える。彼の歌唱は時に過剰なほど感情的だが、この曲ではその過剰さが喪失感とよく合っている。
歌詞では、相手と一緒にいる未来を想像していた語り手が、その未来を失った後に何を生きればよいのか分からなくなる。これは失恋の歌であると同時に、人生設計の崩壊の歌でもある。愛する相手は単なる恋人ではなく、未来そのものとして機能していた。そのため、別れは現在の痛みだけでなく、未来の喪失でもある。
「Any Kind of Life」は、本作の中でCapaldiのバラードの核心をよく示す曲である。愛は人生に意味を与えるが、その意味を一人の相手に強く預けるほど、失った時の崩壊も大きくなる。この依存と喪失の構造が、曲の深い悲しみを作っている。
9. The Pretender
「The Pretender」は、アルバムの中でも自己認識や演技性を扱った重要な楽曲である。タイトルは「ふりをする人」「偽る人」を意味する。Capaldiの歌詞では、恋愛の痛みだけでなく、自分が周囲にどう見えているのか、本当の自分を隠していないかという問題も表れる。この曲では、そのテーマが前面に出る。
音楽的には、ミッドテンポのポップ・ロック調で、バラード一辺倒にならないようアルバムに動きを与えている。サウンドは明るすぎず、内省的な雰囲気を保つ。Capaldiのヴォーカルも、ここでは失恋を叫ぶというより、自分自身を見つめるように響く。
歌詞では、自分が本当の姿を見せられず、期待される人物像を演じている感覚が描かれる。これはアーティストとしてのCapaldiにも重なるテーマである。大きな成功を得た後、彼は多くの人から特定のイメージを求められる。面白く、親しみやすく、感情的なバラードを歌う人物として見られる一方で、その裏にある不安や疲弊は見えにくい。「The Pretender」は、そうした外側と内側のズレを歌っているように聴こえる。
この曲は、本作のタイトルにある「天上的に送られたい欲望」とも関係している。人は理想的な自分になろうとし、愛されるために役を演じる。しかし、その演技はやがて自分を壊していく。「The Pretender」は、Capaldiが単なる失恋バラードの歌い手ではなく、名声と自己像の問題にも向き合っていることを示す楽曲である。
10. Leave Me Slowly
「Leave Me Slowly」は、別れをテーマにした楽曲であり、タイトルは「ゆっくり僕を離れてくれ」という意味を持つ。ここには、別れが避けられないことを知りながら、その痛みを少しでも和らげたいという願いがある。一気に去られるより、少しずつ離れてほしい。これは非常に切実で、同時に相手に対して不可能な要求でもある。
音楽的には、ピアノとヴォーカルを中心にしたバラードで、Capaldiの声の脆さが前面に出る。曲は静かに始まり、サビで感情が大きく広がる。彼の声は、ここでも別れを受け入れきれない人間の弱さを強く伝える。Capaldiは、別れを美しい結論として描くより、その過程の痛みを歌うことに長けている。
歌詞では、相手が去っていくことそのものよりも、その去り方が問題になっている。急に消えられることは耐えられない。だから、せめてゆっくり離れてほしい。この感情は、別れにおけるコントロール不能の苦しさを示している。語り手は別れを止められないが、その速度だけでも変えたいと願う。
「Leave Me Slowly」は、本作の中でもCapaldiらしい未練の表現が強い曲である。相手を縛りたいわけではないが、完全に手放すこともできない。その中間の苦しさが、シンプルなタイトルと大きなメロディによって表現されている。
11. How This Ends
「How This Ends」は、関係の終わりを予感しながら、その結末を見届けようとする楽曲である。タイトルは「これがどう終わるのか」という意味であり、恋愛の終局、あるいは自分自身の精神的な限界を見つめる言葉として機能している。
音楽的には、ミッドテンポ寄りのバラードで、重すぎず、しかし明るくもない。Capaldiの声は、諦めと不安の間にあるように響く。サビでは感情が高まるが、完全な爆発というより、避けられない結末へ向かう緊張がある。
歌詞では、関係が壊れつつあることを理解しながら、それでも最後まで目を逸らせない語り手が描かれる。愛が終わる時、人はしばしば結末を知っていても、その過程から離れられない。どのように終わるのかを見届けることは、痛みであると同時に、自分がその関係に意味を見出していた証拠でもある。
「How This Ends」は、アルバム終盤にふさわしく、別れの結果だけでなく、終わりへ向かう過程そのものを描いている。Capaldiの歌には、劇的な終わりよりも、終わることを知りながらも残り続ける時間の痛みがある。この曲はその感覚を丁寧に表現している。
12. How I’m Feeling Now
アルバムを締めくくる「How I’m Feeling Now」は、本作の中でも最も自己言及的な楽曲であり、Capaldi自身の状態を強く反映した曲として聴くことができる。タイトルは「今の僕の気持ち」という意味で、非常に直接的である。恋愛の相手へ向けた言葉というより、自分自身の精神状態をそのまま差し出すような終曲である。
音楽的には、静かな導入から徐々に大きく展開するバラードで、アルバムの最後にふさわしい総括的な響きを持つ。Capaldiのヴォーカルは、疲労、誠実さ、限界、告白のすべてを含んでいる。ここでは、歌の上手さ以上に、声がどれだけ自分の状態を伝えられるかが重要になる。
歌詞では、自分が今どう感じているのか、何に苦しんでいるのかを正直に語ろうとする姿勢がある。Capaldiの音楽は常に感情を大きく表現してきたが、この曲ではその表現そのものがテーマになっている。自分の状態を歌にすることは救いである一方で、聴き手の期待に応え続けることは負担にもなる。その矛盾が、曲の背後に感じられる。
「How I’m Feeling Now」は、アルバムの結論として非常に重要である。本作が失恋だけでなく、Capaldi自身のプレッシャーや脆さを扱う作品であることを、最後に明確に示している。愛されたい、忘れられたくない、救われたいという欲望の果てに、残るのは「今、自分はこう感じている」と言うことだけである。その正直さが、アルバムを閉じる力になっている。
総評
『Broken by Desire to Be Heavenly Sent』は、Lewis Capaldiがデビュー作の成功後に、自身の音楽的アイデンティティを大きく変えるのではなく、むしろその核をさらに強めようとしたアルバムである。ピアノ・バラード、大きなサビ、ストリングス、ミッドテンポのポップ・ロック、感情を全身で押し出すヴォーカル。これらは前作から続くCapaldiの特徴であり、本作でもほとんど揺らがない。その意味で本作は、革新的なセカンド・アルバムではなく、確立されたスタイルを再確認する作品である。
アルバム全体を貫くテーマは、愛されたいという欲望と、その欲望によって壊れていく感覚である。「Forget Me」では忘れられることへの恐怖が歌われ、「Wish You the Best」では相手の幸福を願う言葉の裏に残る未練が描かれる。「Any Kind of Life」では、相手なしの未来が意味を失い、「Leave Me Slowly」では別れの速度さえもコントロールしたいという痛切な願いが示される。Capaldiの恋愛表現は、しばしば美しい諦めではなく、手放せない弱さに焦点を当てている。その弱さこそが、彼の音楽の人間的な魅力である。
一方で、本作は失恋だけのアルバムではない。「The Pretender」や「How I’m Feeling Now」では、自己像、名声、精神的な疲れがより直接的に表れる。デビュー作の成功により、Capaldiは「感情的なバラードを歌う人」として巨大な期待を背負った。その期待に応えようとすること、常に正直で切実な歌を求められることは、アーティスト自身にとって大きな負荷にもなる。本作のタイトルにある「heavenly sent」という表現は、完璧な歌、救済的な感情、天から与えられたような才能への期待を示しながら、それに応えようとする人間が壊れていく構造も示している。
音楽的には、保守的であることが本作の長所であり、同時に弱点でもある。Capaldiの声を中心にしたバラードは非常に強力であり、「Wish You the Best」「Pointless」「How I’m Feeling Now」などでは、その感情的な直撃力が十分に発揮されている。しかし、曲調や展開が似通う場面もあり、アルバム全体を通して聴くと、サウンド面での驚きは多くない。より多様なアレンジやリズムの変化があれば、作品としての起伏はさらに大きくなった可能性がある。
それでも、Capaldiの音楽において最も重要なのは、声の説得力である。彼のヴォーカルは、技術的な美しさだけではなく、限界まで感情を込めることで成立している。声が掠れ、押し出され、時に苦しそうに響くことで、歌詞の単純な言葉に重みが加わる。彼の楽曲は、紙の上で読むと非常に直接的で、時に定型的に見えるかもしれない。しかし、その言葉がCapaldiの声で歌われると、失恋や自己不安の感情が強い身体性を持って伝わる。
歌詞面では、Capaldiは難解な表現を避ける。これは意識的な選択である。本作の歌詞は、誰もが理解できる別れの言葉、後悔、未練、愛への依存を中心に作られている。そのため、批評的には単純に見える部分もあるが、ポップ・バラードとしての機能は非常に高い。Capaldiは、個人的な感情を高度な文学性で包むのではなく、多くの人が自分の経験として受け取れる言葉に変換する。その能力が、彼を現代の大衆的バラード・シンガーとして成立させている。
本作を英国ポップの流れで見ると、AdeleやSam Smith、Ed Sheeran以降の、声とメロディを中心にした感情直結型のポップ・バラードの系譜にある。Adeleがクラシックなソウルの品格を持ち、Sam Smithがより滑らかなファルセットとクィアな情感を持ち、Ed Sheeranがフォーク/ポップの語り部的な親しみやすさを持つのに対し、Capaldiは不器用で大きな声の悲しみを武器にする。彼の音楽は洗練よりも切実さに価値を置く。
『Broken by Desire to Be Heavenly Sent』は、劇的な変化のアルバムではない。むしろ、Lewis Capaldiが自分の最も強い表現方法に留まり、その中で成功後の不安と愛の痛みを歌った作品である。新しい音楽的地平を切り開く作品ではないが、彼の声とメロディが持つ大衆的な力は明確に示されている。愛されたい、忘れられたくない、相手の幸福を願いたいが願いきれない、自分の本当の状態を言葉にしたい。そうした感情を、Capaldiは過度に飾らず、強い声で歌う。
日本のリスナーにとって本作は、洋楽ポップ・バラードの王道として非常に聴きやすいアルバムである。感情表現は直接的で、メロディは大きく、歌詞のテーマも理解しやすい。静かに聴き込むというより、声の感情に身を委ねるタイプの作品である。失恋、未練、自己不安をストレートなポップ・ソングとして聴きたいリスナーにとって、本作はCapaldiの魅力を十分に伝えるアルバムである。
おすすめアルバム
1. Lewis Capaldi – Divinely Uninspired to a Hellish Extent
Lewis Capaldiのデビュー作であり、「Someone You Loved」「Before You Go」などを収録した代表作。ピアノ・バラード、失恋、喪失、感情を大きく押し出すヴォーカルという彼の基本スタイルが確立されている。『Broken by Desire to Be Heavenly Sent』の前提となる作品である。
2. Adele – 25
現代ポップ・バラードの大きな基準となる作品。別れ、後悔、過去への呼びかけを、ソウルに根ざした圧倒的なヴォーカルで表現している。Capaldiの感情直結型バラードを理解する上で、Adeleの影響力は重要である。
3. Sam Smith – In the Lonely Hour
失恋、孤独、報われない愛を中心にした英国ポップ・バラードの代表作。Capaldiよりも滑らかでゴスペル/ソウル色が強いが、愛されない痛みを大きなメロディと声で届ける点で深く関連する。
4. Ed Sheeran – ÷
フォーク、ポップ、バラードを横断しながら、親しみやすいメロディと直接的な歌詞で広く支持された作品。Capaldiの楽曲ほど悲痛ではないが、英国シンガーソングライターが世界的ポップ市場で成功する文脈を理解する上で重要である。
5. James Arthur – Back from the Edge
力強いヴォーカル、失恋、自己回復、内面的な苦しみを扱うポップ・バラード作品。Lewis Capaldiと同じく、声の掠れや切実さを武器にするタイプのシンガーであり、感情の押し出し方に近いものがある。

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