
発売日:2001年11月19日
ジャンル:インディー・ロック/オルタナティヴ・カントリー/ローファイ/アメリカーナ/インディー・フォーク
概要
Silver Jewsの4作目のスタジオ・アルバム『Bright Flight』は、David Bermanのソングライティングが、ローファイなインディー・ロックの荒さから、より明確にカントリー/アメリカーナの語法へ接近した作品である。1990年代のSilver Jewsは、PavementのStephen MalkmusやBob Nastanovichとの関係によって語られることも多かったが、実質的な中心人物は一貫してDavid Bermanだった。彼はロック・スター的な身振りとは距離を置き、詩人としての観察眼、アメリカ南部や中西部の乾いた風景、ユーモアと絶望が同居する言葉を、簡素なバンド・サウンドの中に置いてきた。
『Bright Flight』は、前作『American Water』の比較的開かれたインディー・ロック感覚と比べると、より暗く、遅く、孤独で、カントリー色が強い。アコースティック・ギター、スティール・ギター的な響き、ゆったりとしたリズム、簡素なコード進行が目立ち、楽曲は派手な展開よりも、言葉の余韻と声の温度を中心に進む。本作には、のちにBermanの妻となるCassie Bermanがヴォーカルで参加しており、彼女の声はアルバムに静かな対話性をもたらしている。David Bermanの低く乾いた語り口と、Cassieの柔らかく素朴な声が重なることで、本作の孤独は完全な独白ではなく、誰かと同じ部屋にいながらも埋められない距離として響く。
Silver Jewsの音楽を理解する上で重要なのは、Bermanが「歌う詩人」であると同時に、詩をロックの外側に置かない作家だったという点である。彼の歌詞は文学的だが、過度に難解な象徴主義へ逃げ込むわけではない。むしろ、日常の中の妙な看板、安いバー、地方都市の駐車場、壊れた恋愛、宗教的な比喩、アメリカ的な地名、冗談のような一行を通じて、人間の失敗や孤独を描く。『Bright Flight』でも、歌詞はしばしば短い格言や詩の断片のように響き、明確な物語よりも、人生のある瞬間に差し込む奇妙な光を捉えている。
タイトルの『Bright Flight』は、「明るい飛翔」とも「輝く逃避」とも読める。しかし本作の明るさは、陽気な開放感ではない。むしろ、暗い空の中で一瞬だけ見える光、失敗や喪失の中でなお遠くへ飛ぼうとする小さな動きに近い。Bermanの音楽では、希望は大きな救済として現れない。希望は、冗談の形をしていたり、変な比喩の中に隠れていたり、乾いた声の隙間に少しだけ残っていたりする。本作の魅力は、そのような弱く、壊れやすい光を、カントリー・ロックの素朴な形式の中に閉じ込めている点にある。
2001年という時期を考えると、『Bright Flight』はインディー・ロックの中でオルタナティヴ・カントリーやアメリカーナが再評価されていた流れとも関係している。Wilco、Lambchop、Smog、Will Oldham、Songs: Ohiaなど、アメリカの独立系ソングライターたちは、ロックの大きな音やグランジ以後の重さから離れ、より静かで、言葉を重視し、地方的な風景やカントリーの影を含む音楽を作っていた。Silver Jewsはその中でも、特に詩的な言葉と乾いたユーモアにおいて独自の位置を占める存在だった。
『Bright Flight』は、Silver Jewsのディスコグラフィの中で最も即効性のある作品ではないかもしれない。『American Water』のような代表曲の多さや、『The Natural Bridge』の強烈な孤独、『Tanglewood Numbers』の復活のエネルギーと比べると、本作は静かで沈んだ印象を持つ。しかし、その沈んだ質感こそが本作の本質である。ここでは、Bermanの言葉がよりゆっくりと空間に沈み、曲の余白が聴き手に考える時間を与える。『Bright Flight』は、Silver Jewsの中でも特に夜のアルバムであり、失敗した愛、冴えないユーモア、地方の空、そして人生の不器用な継続を描いた作品である。
全曲レビュー
1. Slow Education
アルバムの冒頭を飾る「Slow Education」は、『Bright Flight』全体の遅い呼吸を象徴する楽曲である。タイトルは「遅い教育」を意味し、人生が人間にゆっくりと、時に痛みを伴って物事を教える過程を示している。ここでの教育は、学校や制度の中で得られる知識ではない。恋愛、失敗、退屈、孤独、酒、移動、後悔といったものを通して、少しずつ身につく現実感である。
サウンドはゆったりとしており、アコースティック・ギターと控えめなバンド演奏が中心となる。David Bermanの声は低く、感情を大きく動かすのではなく、淡々とした語りの中に疲労と皮肉をにじませる。Silver Jewsの楽曲では、声が美しく整っていることよりも、言葉がどのような重さで落ちるかが重要である。この曲でも、Bermanの声は完璧な歌唱ではなく、人生に少し遅れて理解が追いつく人間の声として響く。
歌詞では、知ることと成長することの遅さが描かれる。人はすぐに賢くなるわけではなく、同じような間違いを繰り返しながら、ようやく何かを学ぶ。タイトルの「Slow Education」は、諦めにも、優しさにも聞こえる。人生が厳しい教師であるなら、その授業は長く、非効率で、しばしば滑稽である。Bermanはその滑稽さを、笑い飛ばすのではなく、乾いた詩として差し出す。
アルバム冒頭として、この曲は本作が派手なインディー・ロックではなく、時間をかけて沈み込む作品であることを明確に示している。『Bright Flight』の光は、速い閃光ではなく、遅れて届く理解の光である。
2. Room Games and Diamond Rain
「Room Games and Diamond Rain」は、タイトルからしてBermanらしい奇妙な詩性を持つ楽曲である。「部屋のゲーム」と「ダイヤモンドの雨」という、日常的な室内の閉じた感覚と、幻想的で豪華なイメージが並置されている。この対比は、Silver Jewsの歌詞世界によく見られる。安っぽい現実と、突然差し込む美しい比喩が、同じ一行の中に共存する。
音楽的には、穏やかなカントリー・ロックの質感があり、リズムは控えめで、メロディは過度に主張しない。曲は大きなドラマを作るのではなく、言葉のイメージを浮かび上がらせるための余白を持っている。Cassie Bermanの声が加わることで、曲には親密な空気が生まれるが、その親密さは完全な安心ではなく、どこか壊れやすい。
歌詞では、関係性の中で行われる小さな駆け引きや、室内に閉じ込められた感情が感じられる。部屋の中のゲームとは、恋人同士の心理的なやり取りでもあり、人生そのものの小さなルールでもある。一方で、ダイヤモンドの雨は、現実を一瞬だけ非現実へ変える美しい幻想である。しかし、その美しさは永続しない。雨は降り、やがて止む。ダイヤモンドのように見えたものも、手に取れば別のものかもしれない。
この曲は、『Bright Flight』におけるBermanの比喩の使い方をよく示している。彼は現実を美化するのではなく、現実の安さや狭さの中に、妙に輝く言葉を落とす。その瞬間に、冴えない部屋は詩の空間へ変わる。「Room Games and Diamond Rain」は、その変換の力を持った楽曲である。
3. Time Will Break the World
「Time Will Break the World」は、本作の中でも特に重いタイトルを持つ楽曲である。「時間が世界を壊す」という言葉は、非常に大きな絶望を含んでいる。ここでの時間は、癒やしや成長のためのものではなく、すべてを摩耗させ、関係を壊し、記憶を変質させる力として描かれる。
サウンドは、過度に劇的ではない。むしろ、タイトルの重さに反して、演奏は静かで、淡々としている。この抑制が重要である。Silver Jewsの音楽では、大きな絶望ほど大声で叫ばれない。Bermanは世界が壊れるという言葉を、日常の会話のような低い声で置く。その落差が、曲に独特の悲しみを与える。
歌詞では、時間の不可逆性が中心にある。人間関係は時間の中で変わり、かつて確かだったものも次第に崩れていく。若さ、愛情、信念、共同体、自己像。それらは一気に壊れるのではなく、時間の中で少しずつ摩耗する。Bermanの視点は冷静で、どこか諦めているようにも聞こえるが、同時に、その壊れていく世界を見つめること自体が詩的な抵抗になっている。
「Time Will Break the World」は、『Bright Flight』の暗い核をなす楽曲である。本作のタイトルにある「Bright」という言葉とは対照的に、この曲では光を壊す時間が歌われる。しかし、Bermanの歌には、壊れることを知った上で言葉を残す静かな意志がある。世界が壊れるとしても、その崩壊をどのように表現するかは、まだ人間の側に残されている。
4. I Remember Me
「I Remember Me」は、自己の記憶をテーマにした楽曲である。タイトルは「私は私を覚えている」と訳せるが、その響きには不思議な距離感がある。普通なら「私は覚えている」と言えばよいところを、「私自身を覚えている」と言うことで、過去の自分が現在の自分から離れた存在として浮かび上がる。
音楽的には、穏やかなカントリー・バラードの質感を持ち、Bermanの声が前面に出る。演奏は必要以上に飾られず、歌詞を支えるために控えめに配置されている。この簡素さは、Silver Jewsの重要な美学である。音楽が感情を過剰に演出しないからこそ、言葉が静かに残る。
歌詞では、過去の自己と現在の自己の間にある距離が描かれる。人は自分の記憶を持っているが、その記憶の中の自分は、もはや完全には自分ではない。若かった頃、別の場所にいた頃、別の誰かを愛していた頃の自分は、現在の自分から見ると、どこか他人のように感じられる。Bermanはその感覚を、感傷的にではなく、淡々とした詩として表現する。
この曲の重要性は、自己認識の揺らぎにある。Silver Jewsの歌詞では、人生の失敗や孤独がよく描かれるが、それは単に外部の状況としてではなく、自分自身との関係の問題としても現れる。「I Remember Me」は、自己の連続性がいかに不確かであるかを示す曲であり、本作の内省的な側面を深めている。
5. Horseleg Swastikas
「Horseleg Swastikas」は、タイトルからして強い違和感を持つ楽曲である。「馬の脚」と「鉤十字」という、まったく異なるイメージが不穏に結びついている。Silver Jewsの歌詞には、ユーモアと悪夢の中間にあるような比喩がしばしば登場するが、このタイトルもその典型である。牧歌的なカントリーの風景に、歴史的暴力や不吉な象徴が突然入り込む。
音楽的には、カントリー的な要素を持ちながらも、どこかねじれた感覚がある。明るい牧歌性へ向かうのではなく、乾いた音の中に不穏さが漂う。Bermanの声は、奇妙なタイトルを過剰に説明せず、いつものように平坦な調子で歌う。そのため、歌詞の不気味さはさらに強まる。
歌詞のテーマは、アメリカの田園的な風景や日常の中に潜む暴力の記号として読むことができる。馬はカントリーや西部、自由や労働を連想させる。一方で鉤十字は、歴史的な憎悪、権力、暴力の象徴である。Bermanは、この二つを組み合わせることで、牧歌的なアメリカーナの中にある暗い歴史や、無邪気な風景の裏に潜む不穏さを浮かび上がらせる。
この曲は、Silver Jewsが単なるオルタナティヴ・カントリーの郷愁に留まらないことを示している。Bermanにとってカントリー的な風景は、癒やしの故郷ではなく、奇妙な看板や暴力の記憶が残る場所でもある。「Horseleg Swastikas」は、その暗く歪んだアメリカーナを象徴する楽曲である。
6. Transylvania Blues
「Transylvania Blues」は、タイトルに「トランシルヴァニア」と「ブルース」を組み合わせた、ユーモラスでゴシックな響きを持つ楽曲である。トランシルヴァニアは吸血鬼や怪奇文学を連想させる地名であり、ブルースはアメリカ音楽における悲しみや苦悩の形式である。この二つが合わさることで、Bermanらしい奇妙なジャンル感覚が生まれている。
サウンドは、Silver Jewsらしい簡素なロック/カントリーの枠組みを保ちながら、どこか暗い影を帯びている。大げさなゴシック演出はないが、タイトルの持つ不気味な空気が曲全体に薄く漂う。Bermanの声は相変わらず乾いており、怪奇的な題材を冗談のようにも、真剣な悲しみのようにも聞かせる。
歌詞では、孤独、夜、異国的な距離感、感情の吸血的な関係が連想される。トランシルヴァニアという地名は、現実の地理というより、精神的な遠さの象徴として機能している。ブルースは本来、苦しみを形式化して歌う音楽であるが、Bermanはその形式を少しずらし、アメリカの田舎町から遠く離れた怪奇の土地へ接続する。
「Transylvania Blues」は、Bermanのユーモアがよく出た曲である。しかし、そのユーモアは軽いだけではない。悲しみをまともに語るのが難しい時、人は奇妙な比喩や冗談を使う。Silver Jewsの多くの曲と同じように、この曲の笑いは防衛であり、同時に詩的な変換でもある。
7. Let’s Not and Say We Did
「Let’s Not and Say We Did」は、タイトルが非常にBermanらしい一曲である。「やらないでおいて、やったことにしよう」という言葉には、怠惰、虚勢、逃避、関係性の中の小さな嘘、そしてアメリカ的な口語ユーモアが詰まっている。この一行だけで、Silver Jewsの世界観がかなり説明できる。人はしばしば、本当に何かを成し遂げるより、成し遂げたことにしてしまう方を選ぶ。
音楽的には、軽やかさと脱力感が同居している。曲は大きく盛り上がるわけではなく、タイトルの気分に合うように、少し肩の力を抜いた調子で進む。Bermanの歌唱も、真剣な告白というより、冗談を言いながら本音を漏らすような感覚がある。
歌詞のテーマは、行動しないこと、先延ばし、関係の中の演技として読める。何かをしなければならないが、しない。けれど、しなかったことをそのまま認めるのも難しい。だから「やったことにしよう」と言う。この軽い言い回しの中には、人生のかなり深い失敗感がある。人間はしばしば、勇気や努力ではなく、言い訳と冗談によって日々をやり過ごす。
この曲は、『Bright Flight』の重さの中にあるユーモアを担っている。Silver Jewsの音楽が単なる陰鬱な告白に終わらないのは、Bermanが絶望の中にも奇妙な笑いを見つけるからである。「Let’s Not and Say We Did」は、その笑いの最も分かりやすい例のひとつである。
8. Tennessee
「Tennessee」は、『Bright Flight』の中でも特に重要な楽曲であり、David BermanとCassie Bermanのデュエットが印象的である。タイトルのテネシーは、アメリカ南部の音楽的・文学的なイメージを強く持つ地名であり、カントリー、ブルース、宗教、自然、貧困、愛、逃避が重なる場所として機能する。
サウンドは、素朴なカントリー・バラードに近く、アルバムの中でも比較的温かい印象を持つ。しかし、その温かさは単純な幸福ではない。DavidとCassieの声が重なることで、親密さが生まれる一方、その親密さの背後には不安や脆さが残る。Silver Jewsにおける愛は、完全な救済ではなく、一時的な避難所であり、時に新しい傷の場所でもある。
歌詞では、テネシーという場所が、実際の地理であると同時に、精神的な帰属の象徴として描かれる。どこかへ行くこと、誰かと一緒にいること、場所に名前を与えることによって、人は自分の人生を少しだけ理解しようとする。Bermanの歌詞では、地名はしばしば単なる背景ではなく、感情の容器になる。「Tennessee」もまた、愛や記憶や願望が入れられた器として響く。
この曲の魅力は、Bermanの中でも比較的まっすぐな美しさにある。もちろん言葉には彼らしいひねりがあるが、全体としては、誰かと共にいることへの静かな希求が前面に出ている。『Bright Flight』の中で、この曲は暗い空に差し込む穏やかな光のように機能する。アルバムのタイトルにある「Bright」を、最も人間的な形で表している楽曲である。
9. Friday Night Fever
「Friday Night Fever」は、タイトルからしてカントリー的な哀愁とポップ・カルチャーへの参照が重なった楽曲である。これはGeorge Straitのカバーであり、Silver Jewsがカントリー音楽の伝統へ接近していることを明確に示している。週末の夜、酒場、孤独、踊り、失恋といったカントリーの典型的なテーマが、Bermanの声によって独特の乾いた感触を帯びる。
音楽的には、Silver Jewsとしては比較的ストレートなカントリー・ソングとして演奏される。派手なアレンジはなく、曲の持つ素朴なメロディと感情が前面に出る。Bermanの歌唱は、伝統的なカントリー歌手のように滑らかではない。しかし、その不完全さが曲に新しい意味を与える。彼の声は、カントリーの形式に入りながらも、そこにインディー・ロック的な不器用さを残す。
歌詞のテーマは、金曜の夜の熱に浮かされること、孤独を忘れようとすること、しかし結局は寂しさが残ることにある。タイトルは「Saturday Night Fever」を連想させるが、ここではディスコの華やかな都会的熱狂ではなく、もっと地味で切実な夜の感情が歌われる。金曜の夜は解放の時間であると同時に、孤独が最もはっきり見える時間でもある。
このカバーは、『Bright Flight』において重要な役割を果たしている。Silver Jewsがカントリーを単なる引用や皮肉として扱っているのではなく、その形式の中にある孤独や日常的な悲しみに深く共鳴していることを示すからである。Bermanの言葉の世界とカントリーの伝統が自然に接続される楽曲である。
10. Death of an Heir of Sorrows
アルバムを締めくくる「Death of an Heir of Sorrows」は、本作の終曲にふさわしい、重く詩的なタイトルを持つ楽曲である。「悲しみの相続人の死」と訳せるこの言葉は、Bermanの作家性を象徴している。悲しみは個人が一から作るものではなく、家族、土地、歴史、文化、過去の自分から受け継がれるものでもある。この曲は、その相続された悲しみに終止符を打とうとするようにも、あるいはそれが不可能であることを認めるようにも響く。
サウンドは落ち着いており、終曲として大きなカタルシスを与えるより、静かな余韻を残す。Silver Jewsのアルバムは、しばしば大団円では終わらない。むしろ、聴き手を少しだけ取り残すように終わる。本曲も、明確な救済を提示するのではなく、悲しみの系譜を見つめたまま幕を閉じる。
歌詞では、相続、死、悲しみ、自己の役割が重なる。人は自分が望んでいないものを受け継ぐことがある。家族の問題、土地の記憶、精神的な傷、宗教的な罪悪感、文化的な失敗。Bermanはそうしたものを大げさな悲劇としてではなく、人生の背後に常にある静かな荷物として描く。「悲しみの相続人」という表現には、彼の詩人としての鋭さが凝縮されている。
この曲でアルバムが終わることにより、『Bright Flight』は、単なる失恋や孤独のアルバムを超え、悲しみがどのように受け継がれ、どのように言葉へ変えられるかを問う作品となる。Bermanは悲しみから完全には逃れられない。しかし、悲しみを命名し、歌にすることによって、その相続の形を変えることはできる。「Death of an Heir of Sorrows」は、その静かな試みとして響く。
総評
『Bright Flight』は、Silver Jewsの作品群の中でも特にカントリー色が濃く、暗く、親密なアルバムである。『American Water』のようなインディー・ロックとしての軽やかさやユーモアは控えめになり、代わりに、失敗した愛、時間の摩耗、自己の記憶、場所への憧れ、相続された悲しみが、ゆっくりとしたテンポと乾いた音像の中で描かれている。聴きやすいヒット曲集ではないが、David Bermanの詩的世界に深く入り込むには非常に重要な作品である。
本作の最大の特徴は、言葉と余白の関係にある。Bermanの歌詞は一行ごとに強いイメージを持つが、楽曲はそれを過剰に演出しない。演奏は控えめで、メロディも大げさではない。そのため、言葉が空間の中に静かに落ち、聴き手はその意味を後から考えることになる。Silver Jewsの音楽は、感情を即座に爆発させるのではなく、言葉の形でゆっくり残す音楽である。『Bright Flight』は、その性質が特に強い。
音楽的には、オルタナティヴ・カントリーやアメリカーナへの接近が明確である。アコースティック・ギター、ゆったりとしたリズム、素朴なコード感、カントリー的なメロディが本作の土台にある。しかし、Bermanの視点は伝統的なカントリーの物語をそのまま再現するものではない。彼はカントリーの風景を借りながら、そこにインディー・ロック以後の自己意識、文学的な言葉遊び、不安定なユーモア、現代的な孤独を持ち込む。結果として、本作は古いアメリカ音楽への敬意を持ちながらも、完全には伝統に収まらない奇妙なアルバムになっている。
Cassie Bermanの参加も重要である。彼女の声は、David Bermanの低く乾いた声に対して、柔らかさと人間的な温度を加える。「Tennessee」をはじめとする楽曲では、二人の声の関係が、アルバムに親密な奥行きを与えている。ただし、その親密さは甘い幸福ではない。むしろ、近くにいる人間同士でも完全には分かり合えないという距離感を含んでいる。『Bright Flight』のラヴソングは、救済の歌ではなく、壊れやすい共同生活の歌として響く。
歌詞の主題としては、時間が非常に重要である。「Slow Education」では人生が遅く教えることが歌われ、「Time Will Break the World」では時間が世界を壊す力として描かれる。「I Remember Me」では過去の自分が記憶の中の他者として現れ、「Death of an Heir of Sorrows」では悲しみが相続されるものとして提示される。Bermanにとって時間は、単に過去から未来へ進むものではない。それは人間を変え、壊し、記憶を歪め、時には詩を生む力である。
また、本作にはBerman特有のユーモアが随所にある。「Let’s Not and Say We Did」のようなタイトルは、軽い冗談のように見えるが、その奥には行動できない人間の弱さがある。「Transylvania Blues」や「Horseleg Swastikas」も、奇妙な言葉の組み合わせによって笑いと不穏さを同時に生む。Bermanのユーモアは、絶望を軽くするための装飾ではない。むしろ、絶望を直視するための方法である。冗談を言うことでしか語れない悲しみが、本作には多く含まれている。
Silver Jewsは、しばしばPavementとの関係で語られてきたが、『Bright Flight』を聴くと、David Bermanの作家性がいかに独立したものだったかがよく分かる。Pavement的な斜に構えたインディー・ロック感覚は一部に残っているものの、本作の中心にあるのは、より古いアメリカの歌、カントリーの悲しみ、詩人としての孤独である。Bermanはロック・バンドのフロントマンというより、壊れたアメリカーナの風景を歩きながら、奇妙な一行を拾い集める書き手だった。
後の作品との関係で見ると、『Bright Flight』は重要な橋渡しである。『The Natural Bridge』や『American Water』で確立されたSilver Jewsのローファイ/インディー・ロック的な言葉の世界が、本作ではよりカントリー的な方向へ傾き、その後の『Tanglewood Numbers』や『Lookout Mountain, Lookout Sea』へつながっていく。特に、Bermanの声がより自伝的で、傷つきやすく、直接的な孤独を帯びていく過程において、本作は大きな意味を持つ。
日本のリスナーにとって『Bright Flight』は、派手なサウンドや明快なサビを期待すると地味に感じられるかもしれない。しかし、歌詞の言葉遣い、声の低さ、楽曲の余白、アメリカ南部的な風景に耳を向けると、非常に深いアルバムであることが分かる。英語の歌詞が重要な作品ではあるが、意味をすべて理解しなくても、声の重さや演奏の乾きから伝わるものは大きい。さらに歌詞を読み込むことで、Bermanの詩的な比喩やユーモアの鋭さが見えてくる。
『Bright Flight』は、希望を大きな光として描かない。むしろ、世界が時間によって壊れ、自己の記憶が遠ざかり、愛も完全な救済にはならないことを知った上で、それでも小さな光を探すアルバムである。その光は、テネシーという地名の中に、誰かとのデュエットの中に、冗談のようなタイトルの中に、悲しみを命名する一行の中にある。Silver Jewsの音楽が長く残る理由は、そのような小さな光を、過度に美化せず、しかし確かに言葉へ変える力にある。
総じて『Bright Flight』は、David Bermanのソングライティングが、インディー・ロックの枠を越えて、アメリカーナ、カントリー、詩、人生の失敗を結びつけた成熟作である。明るく飛ぶというタイトルに反して、アルバムは低く、遅く、暗い。しかしその暗さの中でこそ、Bermanの言葉はかすかに光る。『Bright Flight』は、派手な名盤ではなく、静かに長く効くアルバムである。
おすすめアルバム
1. Silver Jews『American Water』
1998年発表。Silver Jewsの代表作として最も広く評価されるアルバムであり、Stephen Malkmusの参加も含め、インディー・ロックとしての軽やかさとDavid Bermanの詩的な歌詞が高いバランスで結びついている。『Bright Flight』よりも明るく開かれた質感を持つが、Bermanの言葉の鋭さを知るには最適な作品である。
2. Silver Jews『The Natural Bridge』
1996年発表。David Bermanの孤独な語りと、簡素で乾いたバンド・サウンドが強く出た作品である。『Bright Flight』の暗さや言葉の余白に惹かれるリスナーには特に重要な一枚であり、Bermanの詩人としての個性がよりむき出しに感じられる。
3. Silver Jews『Tanglewood Numbers』
2005年発表。Bermanの個人的な危機を経て作られた、よりエネルギッシュでロック色の強い作品である。『Bright Flight』の沈んだカントリー感とは対照的に、バンド・サウンドが前面に出ているが、歌詞には同じく死、救済、失敗、再生のテーマが濃く刻まれている。
4. Smog『Knock Knock』
1999年発表。Bill CallahanによるSmogの代表作のひとつで、ローファイなインディー・ロックと乾いた詩的歌詞が特徴である。Silver Jewsと同様に、低い声、簡素なアレンジ、皮肉と孤独を含んだ言葉によって、アメリカ的な日常の不安を描いている。Bermanの作風に近い感覚を持つ重要作である。
5. Lambchop『Nixon』
2000年発表。ナッシュヴィルを拠点とするLambchopによる代表作で、カントリー、ソウル、チェンバー・ポップを融合した洗練されたアルバムである。Silver Jewsよりも音楽的には豪華で滑らかだが、オルタナティヴ・カントリーを現代的なインディー表現へ拡張した点で関連性が高い。『Bright Flight』のアメリカーナ的側面をより豊かな音響で味わえる作品である。

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