
1. 歌詞の概要
「Breakfast in America(ブレックファスト・イン・アメリカ)」は、イギリスのプログレッシブ・ポップバンド、スーパートランプ(Supertramp)が1979年にリリースした同名アルバム『Breakfast in America』のタイトル・トラックであり、同年にシングルカットされた楽曲である。キャッチーで陽気なメロディとは裏腹に、アメリカという夢への皮肉と憧れ、そしてイギリス人としての距離感と好奇心が絶妙にブレンドされた作品である。
歌詞の視点はイギリス人の若者で、「アメリカに行ってかわいいカリフォルニア・ガールと恋に落ちたい」と夢想しながらも、どこか茶化すようなユーモアを交えて語られている。アメリカ文化に対する漠然とした憧れ、それを遠くから眺める“部外者”としてのアイロニカルな視線、そして根底に流れる“現実逃避の願望”が、この軽やかなポップソングには密かに込められている。
この曲は、サウンドの明るさと対照的に文化的なズレと皮肉が巧みに織り交ぜられた英国的知性の結晶であり、スーパートランプというバンドのユニークな立ち位置を象徴する作品でもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
スーパートランプは、1970年代初頭にイギリスで結成されたバンドで、アート・ロックやプログレッシブ・ロックの影響を受けつつも、シンプルでポップなメロディと皮肉を込めた歌詞を特徴とするスタイルを築き上げた。
「Breakfast in America」は、バンドの共同創設者でありシンガーソングライターの**ロジャー・ホジソン(Roger Hodgson)**によって書かれた。実はこの曲は1970年代前半、彼がまだ10代の頃に作ったもので、当初はアルバムの中心曲として想定されていなかったが、そのキャッチーな旋律と独特のユーモアが評価され、アルバムのタイトルにも採用された。
この楽曲が収録された『Breakfast in America』は、アメリカでの成功を念頭に制作された作品で、実際に全米アルバムチャート1位を獲得。ヨーロッパで評価されながらもアメリカ進出に苦戦していたイギリスのバンドにとって、まさに「アメリカでの朝食」が象徴する“夢の実現”を果たしたアルバムであった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Take a look at my girlfriend
俺のガールフレンドを見てくれよShe’s the only one I got
彼女しかいないんだNot much of a girlfriend
まぁ彼女ってほどでもないけどさI never seem to get a lot
あんまりうまくいった試しもないしねTake a jumbo across the water
ジャンボ機に乗って海を渡ろうぜLike to see America
アメリカを見てみたいんだよSee the girls in California
カリフォルニアの女の子に会いたいなI’m hoping it’s going to come true
そんな夢が叶ったらいいなってさ
(参照元:Lyrics.com – Breakfast in America)
軽妙な韻とユーモアに満ちたラインが並ぶが、その裏には、どこか“満たされない青年”の空虚さもにじんでいる。
4. 歌詞の考察
「Breakfast in America」は、一見すると単なる軽快な旅の歌、あるいは恋愛への憧れを綴ったラブソングのように聞こえる。だが、実際にはそれ以上に文化の越境、幻想としてのアメリカ像、そして自己の不全感を浮かび上がらせている。
「俺のガールフレンドを見てくれ」と言いつつ「まぁそんな大した関係でもないけどさ」と自嘲気味に語る主人公は、リアルな人間関係に対して冷めた視線を持ちつつ、アメリカという未知の国に自分の夢や希望を投影する。だが、そのアメリカ像もまた「雑誌で見たようなカリフォルニア・ガール」や「ジャンボ機に乗っての旅」という記号化されたものでしかなく、実態のない理想が肥大化している構図が読み取れる。
ロジャー・ホジソンの高音ボーカルと、ブラス・セクションが加わった明るいアレンジが、この皮肉を巧妙に覆い隠しており、リスナーは最初その軽快さに惹かれながら、後になってその含意に気づくという構造になっている。
この“楽しげな外装に包まれた内省的メッセージ”という二層構造は、スーパートランプが得意とする手法であり、後年の「The Logical Song」などにも受け継がれていく重要なモチーフである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Logical Song by Supertramp
教育と自己喪失をテーマにしたシニカルな代表曲。同じくポップさと深い意味が共存する。 - Mr. Blue Sky by Electric Light Orchestra
明るいメロディに隠された憂いと空虚感。70年代後半の英国的ポップの傑作。 - Young Americans by David Bowie
アメリカ文化への憧れと距離感を描いた楽曲。ブリティッシュ・ロックの視点で描かれる“アメリカ像”。 - Life’s What You Make It by Talk Talk
表面的なポジティブさと内面の静けさが共存する、哲学的ポップ。
6. “アメリカの朝食”という幻想とその美学
「Breakfast in America」は、単に“旅に出たい”とか“かわいい女の子に会いたい”という表層的な内容ではなく、“外側の世界”に対する憧れと、その一方で現実に対する醒めた目線の交差点に生まれた作品である。
アメリカという言葉に象徴されるのは、自由、華やかさ、可能性、そして消費の文化。だが、イギリスの片隅からそれを眺める主人公は、それが幻想にすぎないこともどこかで理解している。その“分かっていながら夢を見続ける”という態度こそが、スーパートランプの知的ユーモアであり、英国的アイロニーの魅力でもある。
1970年代末、世界はグローバル化と消費社会へと向かう転換点にあり、人々の「夢」はますます商品化されていった。そんな時代にあって、この楽曲はポップミュージックの皮を被った鋭い社会批評として機能した。しかも、それをあくまで“楽しい音楽”として伝えてしまうスマートさ――それこそが「Breakfast in America」の真の魔法なのである。
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