アルバムレビュー：Born Again by Randy Newman

発売日: 1979年8月
ジャンル: シンガーソングライター、ソフトロック、バロックポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景
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概要

『Born Again』は、ランディ・ニューマンが1979年に発表した6作目のスタジオアルバムであり、
商業的にも批評的にも、彼のキャリアの中で最も評価が割れた問題作である。

前作『Little Criminals』で大きなヒットを得たニューマンは、
ここであえてリスナーの期待を裏切るような挑戦に踏み切った。
より攻撃的な社会風刺、よりねじれたユーモア、そして意図的な聴きにくさ――
『Born Again』は、単なるアルバムではなく、70年代末のアメリカ社会に対するニューマンなりの”告発”だったのだ。

ジャケット写真では、顔にドルマークのペイントを施したニューマンが登場。
これは音楽ビジネスと資本主義社会全体への痛烈な皮肉であり、
アルバム全体のテーマ――売り物にされる芸術、堕落したアメリカン・ドリーム――を象徴している。

ディスコやポップが隆盛を極めた時代、
『Born Again』は、あえて不協和音を響かせることで、時代への違和感と怒りを静かに、そして不気味に伝えようとしたのである。

全曲レビュー

1. It’s Money That Matters

オープニングから資本主義批判全開のナンバー。
明快なメロディに乗せて、「結局大事なのは金」という現実を冷笑する。

2. The Story of a Rock and Roll Band

架空のダメなロックバンドを主人公に据えたコメディタッチの曲。
ポップミュージックの軽薄さを辛辣に風刺している。

3. Pretty Boy

業界で消耗されていくアイドルの哀れな姿を描いたバラード。
表面的な栄光と、その裏の孤独を淡々と描く。

4. Mr. Sheep

労働者階級を皮肉ったような、しかしどこか憐憫も感じさせる曲。
日常に埋没する人々の悲哀を浮き彫りにする。

5. Ghosts

より内省的なトーンのバラード。
過去に囚われた人間の哀しみと不安を静かに綴る。

6. They Just Got Married

結婚という制度に対する、皮肉と苦味に満ちた短い歌。
幸福の裏に潜む虚無を突きつける。

7. Spies

冷戦時代の不安感とパラノイアを、戯画化した異色のナンバー。
不気味なサウンドとシュールな歌詞が印象的である。

8. The Girls in My Life (Part 1)

過去に出会った女性たちとの思い出を、コミカルかつほろ苦く振り返る小品。

9. Half a Man

性別の境界をテーマにした挑戦的な曲。
アイデンティティの揺らぎを、ニューマン特有のユーモアと哀愁で描いている。

10. William Brown

孤独な男の人生を静かに追う、叙情的な小曲。
アルバム中で最も寂しさがにじむ一曲である。

11. Pants

ラストは軽快なアップテンポ曲。
馬鹿馬鹿しい題材に見せかけて、実は人間の滑稽さを鋭く描写している。

総評

『Born Again』は、ランディ・ニューマンにとって最も「嫌われた」アルバムかもしれない。
しかし、それは彼がここで安易な成功を拒み、
むしろ意図的にリスナーを不快にさせ、
時代の欺瞞を暴こうとしたからに他ならない。

どの曲にも、70年代末のアメリカに対する幻滅と、
音楽業界への冷ややかな諦観が漂っている。

それでいて、ニューマン特有の美しいメロディセンス、
繊細な感情表現は確かに存在し、
単なる皮肉屋では終わらない、”深い哀しみ”がこのアルバムには刻まれている。

ポップミュージックが持つべき”痛み”を思い出させてくれる作品――
それが『Born Again』なのだ。

歌詞の深読みと文化的背景

『Born Again』は、単なる風刺アルバムではない。
それは、70年代アメリカ社会――
金と名声への過剰な渇望、理想主義の崩壊、
音楽ビジネスの空虚さ――を鏡のように映し出し、
同時に、”何も変わらない人間”へのあきらめと哀しみを込めた作品なのである。

「It’s Money That Matters」は、アメリカンドリームの空しさを露わにし、
「Spies」や「Mr. Sheep」は、恐怖と服従に支配される現代社会の滑稽さを映し出す。

ニューマンは、希望や愛を嘲笑するのではない。
むしろ、それらを信じられない時代の悲劇を、誰よりも深く理解していたのだ。

『Born Again』は、聴く者に「痛み」と「現実」を突きつける。
しかし、その痛みの奥には、確かに、人間への深い共感と愛情が潜んでいる。