イントロダクション
部屋のブラインド越しに差すカリフォルニアの強い光。
耳をくすぐるファズギターが一拍遅れて爆ぜ、低く湿った声が〈全部、嘘だらけだ〉と囁く。
Blondshell――本名サブリナ・タイテルバウム。
ロサンゼルスで生まれ育った彼女は、90年代オルタナと現代ポップの皮膜を引き裂き、素肌の不安と渇きを剥き出しにするシンガー・ソングライターだ。
2023年のセルフタイトル・アルバム『Blondshell』で世界へ飛び出すと、StereogumやNPRが“一度聴けば離れられない破片”と評した。
恋愛依存、宗教的トラウマ、薬物との危うい距離感――甘いメロディの裏に潜む刃は、聴き手の胸でひそかに疼き続ける。
背景とキャリア
ブロードウェーブスやグリフィスパークの静けさを横目に、サブリナは2000年代ポップを浴びて育った。
13歳でギターを手にし、大学進学と同時にNYへ移住。
当初はベッドルーム・ポップ名義“BAUM”で活動したが、「本当の自分が歌えていない」と感じ、2020年にLAへ戻って完全にリセットする。
パンデミック下の孤独と失恋をメモ帳へ書き殴り、デュラン・デュランを顧問に迎えた宅録が『Kiss City』『Sepsis』などのシングルとして結実。
2022年、ライブ初出演と同時にヘッドライン公演を即完売させ、翌年サディストファクトリー/AWALから1stアルバムを発表。
「ブリットポップ以降で最も正直なグランジ」と評され、フェスやTV出演のオファーが殺到した。
音楽スタイルと特徴
曲の骨格は遅めの4分の4拍子。
ドラムはルーズに後ろへ倒れ、ベースは一定のリフを淡々と刻む。
その上でギターがコーラス深めのクリーンと轟音ファズを往復し、不協和寸前のテンションを与える。
コード自体はシンプルなメジャー/マイナーだが、ブリッジでサブドミナントマイナーへ滑り込み、胸をえぐる切なさを残す。
歌詞は「寝汗で湿ったパジャマ」や「煙草に溺れたキス」など、具体的な映像を投げ込む一方、自己否定と渇望の境界を曖昧にする。
PJハーヴェイやコートニー・ラヴの攻撃性、Elliott Smithの内省、Taylor Swiftのストーリーテリングを同じ濃度でミックスし、乾いたLAの空気に蒸留する。
代表曲の解説
Veronica Mars
ギターのオクターブリフが青春ドラマのオープニングのように疾走。
〈あの子みたいに強くなれたら〉という羨望と自己嫌悪が同時に火花を散らす。
中盤の無音1小節が、息を呑む不安を可視化。
Sepsis
序盤はトントンと鳴るフットハイハットと囁き声のみ。
サビで猛烈なファズが流れ込み、敗血症=Sepsis に喩えた恋の毒が全身へ広がるイメージを描く。
Tarmac
2023年の後発シングル。
ミドルテンポのビートとオルガンが曇った夕方を映し、〈濡れたアスファルトに映る自分の顔は誰?〉と問いかける。
最後にリバースされたギターが“記憶の巻き戻し”を暗示。
Kiss City
アルバムのハイライト。
ハーフタイムで揺れるドラムとシンセベースが、夜のハイウェイを想起させる。
クライマックスで声がかすれる瞬間、欲望と後悔がないまぜになった感情が溢れ出す。
リリースごとの進化
年 | タイトル | 特徴 |
---|---|---|
2018 | BAUM 名義『First EP』 | ドリームポップ的な音像。自己肯定への希求がテーマ |
2022 | シングル「Sepsis」「Kiss City」 | 名義変更後、グランジ要素を前面に。ビートは抑制的 |
2023 | アルバム『Blondshell』 | フルバンド録音で疾走感を獲得。破滅願望と救いを共存 |
2025 | (未定) | ストリングスとエレクトロ要素を導入し、“薄明グランジ”を探求すると発言 |
影響を受けたアーティスト
PJ Harvey、Hole、Jeff Buckley、Interpol、そして現行オルタナのSnail MailやSoccer Mommyからもリリックの近接性を学ぶ。
同時にLAクラブシーンで浴びたハイパーポップが、曲の端々に電子ノイズとして残る。
シーンへの波及
Blondshell の台頭後、ロサンゼルスでは“グランジ再解釈”を掲げるZ世代が増殖。
TikTok では “#sadgirlgrunge” のタグが数億回再生を突破し、彼女のリフを引用した短尺動画が溢れた。
また、フェミニズム視点の自己暴露リリックがインディーロック全体へ波及し、Boygenius や Suki Waterhouse ら同世代が公然と影響を口にしている。
オリジナル要素
- “ミラー・ボーカル”
サビで左右のチャンネルに別テイクを配置し、葛藤する内声を可聴化。 - ライブでの即興語り
曲間に観客のシャウトを拾い上げ、その言葉を即興詩に変えて次曲へ接続。 -
“Broken Nail Club”
ファンが壊れたギターピックや折れたネイルチップを送り、それをアートコラージュに再利用するコミュニティプロジェクト。
まとめ
Blondshell の音は、真夏のLAで熱されたアスファルトに落ちる一滴の冷水のようだ。
ジュッと微かな蒸気を上げ、胸に蓄えた焦燥と寂しさを瞬時に可視化する。
ギターの轟音も、囁くような独白も、すべてが“もう隠さなくていい”というシグナル。
次章で彼女が投げる一撃は、私たちの心のどんな暗渠を響かせるのか――期待と微かな怖れをもって夜明けを待ちたい。
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