発売日: 1988年5月
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポストパンク、ネオサイケデリア
概要
『Blind』は、The Icicle Worksが1988年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽的成熟と内外の葛藤が交錯する転機の作品である。
前作『The Small Price of a Bicycle』で見せた文学的で構造的なアプローチから一転し、本作ではよりラフでストレートなサウンドへと傾斜。
イアン・マクナブの作家性はそのままに、バンドとしての緊張感と、メジャー市場への挑戦という野心も色濃く表れている。
アルバムタイトル「Blind（盲目）」は、感情の渦や社会への反発、自己喪失といったテーマの象徴とも読める。
UKではチャートインしながらも、その実験的な構成ゆえに評価は分かれたが、The Icicle Worksの核にある“人間の複雑性”をあらわにした意味深いアルバムとして、後年再評価が進んでいる。
全曲レビュー
1. Shit Creek
衝撃的なタイトルからして、これまでの詩的表現とは一線を画す攻撃的な幕開け。
パワフルなギターとタイトなドラムが炸裂し、混沌とした社会への不満や怒りがぶつけられる。
これまでにないほどストレートな表現が印象的で、バンドの新たな一面を提示する一曲である。
2. High Time
リズミカルなビートと開放的なギターが軽快に展開するポップ・ナンバー。
「もう潮時だ」とも訳せるタイトルは、変化や決断のタイミングを示唆する。
メロディは明るいが、歌詞にはどこか焦燥感が漂い、軽やかさと不穏さが絶妙に共存している。
3. Little Girl Lost
柔らかくも物悲しいトーンのバラード。
“迷子の少女”というタイトルは、純粋さの喪失や現代社会の不条理を象徴しているようにも受け取れる。
イアン・マクナブの情感豊かなボーカルが、傷つきやすさと守りたい想いの間で揺れ動く。
4. Starry Blue Eyed Wonder
タイトルの詩的美しさとは裏腹に、メロディはアップテンポで勢いのあるポップ・ロック。
青い瞳を持つ人物への憧れと、それがもたらす混乱や救済の入り混じった感情が描かれる。
この曲はUKでシングルカットされ、キャッチーなサビで一定の人気を博した。
5. Whipping Boy
タイトルは比喩的に“スケープゴート”を意味し、社会的な犠牲者や抑圧された者をテーマとする。
ギターのディストーションとベースのドライブが楽曲全体に圧力を与え、痛烈なメッセージを響かせる。
政治的、または個人的な怒りを内包した鋭利な一曲である。
6. Beg Yourselves
沈んだテンポとミニマルな構成が特徴のナンバー。
他者への謝罪や赦しではなく、“自分自身に懺悔せよ”という強いメッセージが込められている。
内省的かつ哲学的な視点を持ち、イアン・マクナブの詞世界の奥深さが浮き彫りになる。
7. Blind
タイトル曲にして、アルバムの核心を担う存在。
盲目であること——見ようとしないこと、見えなくなってしまったこと——をめぐる楽曲。
サウンドは緩急のある展開を持ち、歌詞は痛みと啓示の境界を彷徨う。
視覚のメタファーを通じて、現代社会における“見ること”の意義が問い直されている。
8. The Kiss Off
不穏なギターと鋭く跳ねるリズムが特徴の挑発的トラック。
“別れの言葉”を意味するタイトルが示す通り、終焉を告げる痛みとその冷徹さがテーマ。
別離の決断と、その裏にある感情の複雑さが交差する。
9. Two Two Three
この不可思議なタイトルは、ある種の暗号や象徴を思わせる。
内容は戦争や暴力といった破壊的なテーマを取り上げており、タイトルの数字は銃弾の口径（.223）を示すという解釈も可能である。
ミリタントなリズムと緊張感あるアレンジで、社会の暴力性を鋭く描き出す。
10. One True Love
アルバム中もっともエモーショナルなトラックの一つ。
理想の愛や、失われた愛をめぐる葛藤と再生の物語が紡がれる。
直球のタイトルながら、その中身は複雑で、現実と幻想の狭間に揺れる人間の姿が浮かび上がる。
11. What Do You Want Me to Do?
終盤に配置されたこの曲は、フラストレーションと無力感が凝縮されたような一撃。
タイトルの問いは、皮肉にも聞こえ、社会や他者の期待に振り回される主人公の戸惑いを示す。
音楽的にも勢いがあり、アルバムのエネルギーを最後まで保ち続ける要素となっている。
総評
『Blind』は、The Icicle Worksにとって最もロック色の濃いアルバムであり、時に荒々しく、時に繊細なバランス感覚を持った作品である。
そのタイトルが示す通り、本作は“見えないもの”への直観や、盲信・混乱・探求といった人間の根源的な感情をテーマにしており、過去作以上にパーソナルで攻撃的である。
イアン・マクナブのソングライターとしての成熟も見逃せず、哲学的・政治的視点から社会や個人の内部をえぐり出す筆致が冴え渡っている。
アルバム全体にはエネルギーと混沌が渦巻き、聴く者に強い印象を残す。
それゆえにリスナーを選ぶ面はあるが、詩的かつロック的な荒々しさを併せ持つ作品を好む者にとって、本作はまさに“再発見すべき一枚”なのだ。
おすすめアルバム（5枚）
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The Psychedelic Furs – Midnight to Midnight (1987)
ポップとシリアスなテーマの共存、華やかなサウンドに潜む陰影が共通する。 -
Echo & the Bunnymen – Porcupine (1983)
緊張感と神秘性が混ざり合う叙情的なロック作品。 -
Simple Minds – Real Life (1991)
社会性とメロディのバランスに優れた、後期ポストパンク的名作。 -
The Sound – Thunder Up (1987)
暗く深い内面世界と鋭い社会批評を融合させた傑作。 -
The Waterboys – This Is the Sea (1985)
スピリチュアルでエモーショナルな大河的サウンドが、本作の感情的なスケール感と呼応する。
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