
発売日:1985年3月11日
ジャンル:Alternative Rock / Neo-Psychedelia / Post-Punk
概要
The Small Price of a Bicycleは、リヴァプール出身のThe Icicle Worksが1985年に発表した2作目のスタジオ・アルバムである。Ian McNabb、Chris Layhe、Chris Sharrockというトリオを中心に制作され、前作The Icicle Worksで聞かれたニューウェイヴやネオ・サイケデリアの感触を残しながら、ギター、ベース、ドラムというバンドの基本編成をより強く押し出している。プロデュースにはHugh Jonesらが関わり、残響を生かした広い音像と、三人の力強い演奏が同居する。
デビュー作では「Birds Fly (Whisper to a Scream)」に代表される大きなスケールのサウンドが注目されたが、本作では同じ型のヒットを繰り返そうとはしていない。McNabbのギターは鋭いコードからアコースティックな響きまで幅を広げ、Layheのベースは単に低音を支える以上に旋律を動かし、Sharrockのドラムは強いアタックで曲を前へ押す。フォーク、1960年代のサイケデリック・ロック、ハードなギター・ロックなど、彼らのルーツが前作より直接的に表面へ出ている。
歌詞でも恋愛や個人的な葛藤だけでなく、暴力、社会、理想と現実のずれへ視野を広げている。1980年代半ばの英国インディーにはThe Smithsのようなギター中心のバンドから壮大なポストパンクまで複数の流れが存在したが、The Icicle Worksはそのどれかに完全には収まらない。本作の雑多さはその立ち位置をよく示している。
全曲レビュー
1. 「Hollow Horse」
硬いドラムと勢いのあるギターで始まり、前作より肉体的になったバンド・サウンドをすぐに示す。タイトルにある「中が空洞の馬」というイメージにはトロイの木馬も連想され、表面と内部が一致しないものへの警戒が歌詞に影を落とす。McNabbはサビで声を大きく開き、Sharrockの強烈なドラムがそれを押し上げる。キャッチーなロックでありながら、不安定な緊張を残すオープナーだ。
2. 「Perambulator」
タイトルは乳母車を意味し、前曲の重い感触から少し角度を変えた、風変わりなポップ感覚が表れる。リズム隊が軽快に動く一方、ギターは細かな装飾を加え、三人編成とは思えない密度を作っている。大きなアンセムを狙うより、言葉とリズムの面白さを短い曲へ詰め込んでおり、本作が単純なギター・ロックへ一本化されていないことを早い段階で知らせる。
3. 「Seven Horses」
反復するリズムとギターによって、どこか儀式的な感触を作る曲である。McNabbの歌唱はメロディを滑らかに流すというより、言葉を強く区切りながら演奏へ食い込んでいく。題名を含めたイメージには寓話的な曖昧さがあり、具体的な物語を一つに確定するより、不吉さや切迫感を積み上げる方向に働く。初期のネオ・サイケデリックな側面が濃く残った一曲だ。
4. 「Rapids」
タイトル通り、急流を思わせる推進力が演奏の中心にある。Sharrockのドラムが細かく曲を押し、Layheのベースもギターのコードをなぞるだけでなく独立して動くため、トリオの演奏には常に前へ転がる感覚がある。McNabbのボーカルもその勢いに合わせて強まり、音を重ねるスタジオ技術より三人のアンサンブルそのものが前面に出る。
5. 「Windfall」
勢いだけで押す前半から少し離れ、旋律と空間を意識したアレンジへ移る。ギターの響きを長めに残しながら、その隙間をベースとドラムが埋めるため、音数以上に広く聞こえる。思いがけない幸運を意味するタイトルに対し、曲の感情は単純な幸福一色ではなく、何かを得ることに伴う不安定さも感じさせる。この明暗の混在がMcNabbの作曲らしいところである。
6. 「Assumed Sundown」
日が沈む場面を思わせるタイトル通り、アルバムの中でも陰影の濃い曲である。ギターの残響と抑えたボーカルによって空間を作り、強いドラムを常に前へ出すのではなく、静かな部分との落差を利用する。明確な筋書きを説明するより、終わりや変化を予感させる言葉を断片的に重ねるため、聞き手が情景を補う余地が大きい。
7. 「Saint’s Sojourn」
タイトルから宗教的なイメージを連想させるが、敬虔な賛歌というより、理想や信念を抱えて進む人間を少し複雑な角度から見た曲として聞こえる。McNabbのメロディにはフォーク的な素朴さがある一方、バンドが加わると音の輪郭は太くなる。精神的な題材とロック・トリオの直接的な演奏を組み合わせることで、本作後半に独特の重さを与えている。
8. 「All the Daughters (Of Her Father’s House)」
長いタイトルを持つこの曲では、家族や世代を思わせる言葉が使われ、個人の感情だけでは説明できない関係へ視点が広がる。演奏はメロディを中心に組み立てられ、McNabbの声をギターとリズム隊が押し上げる形が基本だ。直接的なロックの力強さを持ちながら、歌詞には文学的な含みを残し、意味を一つに限定しないところにThe Icicle Worksらしさがある。
9. 「Book of Reason」
理性や正しさを連想させる題名とは対照的に、演奏には感情的な高まりがある。リズム隊が一定の土台を保つ上でギターとボーカルが徐々に強さを増し、頭で理解しようとすることと実際の感情との距離を音でも感じさせる。McNabbの歌には断定的な力があるものの、歌詞は単純な答えを提示せず、「正しい説明」が人間を必ず救うわけではないという感触を残す。
10. 「Conscience of Kings」
権力と良心という大きな題材を扱い、アルバム終盤らしい重さを持つ。ギター・ロックとしての直接性を保ちながら、McNabbの歌唱は個人的な恋愛曲よりも演説に近い強さを帯びる。ただし政治的な主張を標語として並べるのではなく、力を持つ者が自らの行動をどう正当化するのかという問いを残す。個人の内面から社会へ視点を広げてきた本作の一つの到達点である。
11. 「Hope Springs Eternal」
本編最後は、希望が絶えず湧き出すという慣用的な表現をタイトルに置く。ここまでの曲で現れた不安や葛藤をすべて解決するわけではなく、それでも希望を捨てずに進むという姿勢を、開放感のある演奏へ変えている。McNabbの大きく伸びるボーカルと三人の演奏が終盤でまとまり、陰影の多かったアルバムを単純な悲観では終わらせない。強さと曖昧さを同時に残す締めくくりである。
総評
The Small Price of a Bicycleの核にあるのは、The Icicle Worksが「Birds Fly (Whisper to a Scream)」の成功によって作られたイメージをそのまま繰り返さなかったことである。前作の大きな残響やニューウェイヴ的な音作りは残しながら、ギター、ベース、ドラムのぶつかり合いを強め、フォークやサイケデリア、より荒いロックまで取り込んでいる。その結果、即座に一つのジャンルへ分類できる統一感より、三人が持つ音楽的な幅が見える作品になった。
特にChris SharrockとChris Layheの存在は大きい。Sharrockは単に拍を刻むだけでなく、フィルや強弱によって曲の展開そのものを動かし、Layheも旋律的なベースでギターの隙間を埋める。その上でMcNabbがコード、リフ、アルペジオを使い分けるため、三人編成でも音が痩せない。スタジオで音を大量に重ねるだけではなく、トリオの演奏能力を土台にスケールを作っている点が、本作のロック・アルバムとしての強みである。
一方、曲ごとの方向性が広いため、デビュー作ほど一目で理解できるサウンドではない。アンセム的な曲、サイケデリックな曲、フォーク色のある曲、社会的な題材を持つ曲が連続し、アルバム全体を一つのコンセプトへ収束させることも避けている。しかし、このまとまりきらなさは作曲者としてのMcNabbが自分の範囲を広げていた結果でもあり、後のThe Icicle Worksがさらにハードロック、ソウル、ルーツ・ロックなどへ接近していくことを考えると重要な過程にあたる。
1980年代半ばの英国ギター・ロックという枠で見ても、本作は独特の位置にある。The Smithsの簡潔なギター・ポップとも、U2のような大規模なロックとも完全には重ならず、リヴァプールのポストパンク以後に育った実験性と、1960〜70年代ロックへの愛着を同時に持っている。ヒット・シングル一曲の鮮烈さより、バンドそのものの演奏とMcNabbの幅広い作曲を聞かせることを選んだ点で、The Small Price of a BicycleはThe Icicle Worksの実像を理解するうえで重要な作品である。
おすすめアルバム
The Icicle Works by The Icicle Works
1984年のデビュー作。「Birds Fly (Whisper to a Scream)」に代表される残響の深いニューウェイヴと壮大なメロディが中心で、2作目でバンド演奏がどのように強くなったかを比較しやすい。
If You Want to Defeat Your Enemy Sing His Song by The Icicle Works
1987年の次作。McNabbのソングライティングをより明快なロックとポップへ整理しており、The Small Price of a Bicycleで広がった音楽性が次にどこへ向かったかが分かる。
Ocean Rain by Echo & the Bunnymen
同じリヴァプールのポストパンク以後を代表する1984年作。サイケデリアや1960年代ロックへの関心を持ちながら、暗い情景と大きなスケールのアレンジへ発展させた点で共通項が多い。
A Pagan Place by The Waterboys
1984年作。フォーク的な作曲と激しいロック演奏、残響を使った巨大な音像を結びつけており、McNabbの力強い歌唱やThe Icicle Worksのドラマ性と近い感触を持つ。
Sparkle in the Rain by Simple Minds
1984年に発表された、ポストパンクからより肉体的で大規模なロックへ移行した作品。強く打ち込むドラムと広がるギターを軸にする点で、The Small Price of a Bicycleが目指したバンド・サウンドと比較しやすい。

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