1. 歌詞の概要
「Black or White」は、1991年にマイケル・ジャクソンが発表したアルバム『Dangerous』の先行シングルとしてリリースされ、世界中で爆発的なヒットを記録した楽曲である。そのタイトルのとおり、「黒か白か」という問いかけを軸に、人種差別、文化的分断、アイデンティティの固定観念に真っ向から挑む、マイケルらしい社会的メッセージを込めたパワフルな作品である。
「It don’t matter if you’re black or white(黒でも白でも関係ない)」というリフレインは、単なるスローガンではない。愛と理解、そして人間としてのつながりを守るために“色”を越えて向き合おうという、強い倫理的呼びかけなのだ。歌詞には、国境、人種、宗教、文化の違いを乗り越えるべきであるというメッセージがあらゆる比喩とともに盛り込まれており、マイケルが生涯をかけて闘い続けた“人間の分断”への抵抗が明確に刻まれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲が制作された90年代初頭、アメリカではロサンゼルス暴動や移民問題が表面化し、社会の中に深く根差した人種差別が再び注目を集めていた。マイケル・ジャクソンは、黒人アーティストでありながらも世界中の人々に愛される“地球規模の存在”として、こうした問題に真正面から向き合おうとした。
「Black or White」は、マイケルとビル・ボットレル(共同プロデューサー)によって作曲され、ハードロックとヒップホップを融合させたジャンル横断的なサウンドで彩られている。オープニングのエッジの効いたギターリフは、ガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュによるものであり、従来のポップの枠を破る“攻めの音楽性”も、この曲の緊張感を高めている。
また、1991年に公開されたミュージック・ビデオもこの曲の影響力を決定づけた要素のひとつである。多国籍のダンサーたちによる“顔が変化していく”映像技術(モーフィング)は当時の技術革新の象徴となり、人種の垣根が徐々に溶けていくという象徴的なビジュアルを通して、世界に強烈なメッセージを放った。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Black or White」の印象的なフレーズとその和訳を紹介する。
I took my baby on a Saturday bang
Boy, is that girl with you?
Yes, we’re one and the same
土曜の夜に恋人を連れて出かけたんだ
「その子は君の彼女か?」って聞かれて
「そうさ、僕たちは同じ存在なんだ」って答えた
I’m not gonna spend my life being a color
僕は自分の人生を
“肌の色”だけで定義されるなんてごめんだ
Don’t tell me you agree with me
When I saw you kicking dirt in my eye
「賛成だよ」なんて言わないでくれ
君が僕を踏みにじるところを僕は見たんだから
It don’t matter if you’re black or white
君が黒か白かなんて関係ない
(歌詞引用元:Genius – Michael Jackson “Black or White”)
4. 歌詞の考察
この楽曲の核心は、「違いに目を向けるよりも、共通点を見つめるべきだ」という一点に集約される。しかし、単に理想を掲げているだけではない。歌詞のなかには、暴力、偏見、虚偽といった現実の苦さがしっかりと織り込まれており、それを経験してきた人間だからこそ言える言葉の重みがある。
「I’m not gonna spend my life being a color(自分の人生を“色”として生きるつもりはない)」というフレーズには、マイケル自身の葛藤がにじんでいる。彼は黒人でありながらも世界の象徴となり、その存在自体が人種的な議論の的にもなってきた。だからこそ、この曲での訴えは、自らの経験をもとにした“痛みの共有”であり、単なるメッセージソングを超えた強い説得力を持っている。
また、皮肉の効いたライン「Don’t tell me you agree with me / When I saw you kicking dirt in my eye」は、表面的には共感を装いながら、実際には差別を行っている人々への告発とも受け取れる。これは、リベラルな立場を取りながら無自覚な差別を行う社会の偽善への鋭い批判であり、当時としてはきわめて挑戦的な内容である。
それでも最後には、「It don’t matter if you’re black or white」というシンプルな一行に立ち返る。この繰り返しは、音楽が持つ魔法のような力――複雑な問題を、心に直接届く言葉に変える力を、あらためて実感させてくれる。
(歌詞引用元:Genius – Michael Jackson “Black or White”)
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Man in the Mirror by Michael Jackson
自分自身の変化から世界を変えようとする、マイケルの内省的かつ希望に満ちた名曲。 - Where Is the Love? by The Black Eyed Peas
現代社会における暴力、偏見、不寛容を問うメッセージソング。ポップと社会的主張の融合という点で共鳴する。 -
Imagine by John Lennon
国境も宗教も人種も超えた理想社会を思い描く普遍的アンセム。マイケルの平和思想とも共通する部分が多い。 -
Same Love by Macklemore & Ryan Lewis
セクシュアリティに対する偏見を問い、愛の普遍性を訴えるラップソング。ジャンルを超えて社会問題に切り込む姿勢が共通している。
6. 時代を超えて響く“色を超えた”メッセージ
「Black or White」は、マイケル・ジャクソンのキャリアの中でも最も直接的に“社会の分断”と向き合った楽曲であり、ポップ・ミュージックがどこまで社会的メッセージを内包できるかを示した金字塔である。
そのサウンドはハードでありながらキャッチーで、ダンスフロアを揺らすパワーを持つ一方で、歌詞は鋭利なメッセージ性を内包している。だからこそこの曲は、楽しむだけでなく、考えさせる。身体と心、どちらにも作用する音楽――それがマイケルの作りたかった“新しいポップ”なのだ。
そして現代においても、人種・国籍・性別・信条といった“違い”が分断を生んでいる今、「Black or White」は単なる懐メロではなく、“今もなお必要な問いかけ”として私たちの耳に届く。そのメッセージが風化しないことこそが、マイケル・ジャクソンという表現者が世界に遺した最大の遺産なのかもしれない。
コメント