
1. 歌詞の概要
「Bitch」は、Republicaのセルフタイトル・デビュー・アルバム『Republica』(1996年)に収録されたトラックで、90年代の女性ヴォーカル・ロックの中でも、ひときわ挑戦的かつ自覚的な怒りを内包した楽曲である。そのタイトルが示す通り、この曲は「ビッチ」という侮蔑的な言葉を逆手に取り、自らの怒りと独立心を武器にして“女性の自己主張”を押し出している。
歌詞は一貫して戦闘的で、しかしその怒りは感情に流されることなく、冷静に、そして狙い澄ました言葉で放たれる。単なる「男性への怒り」ではなく、「社会的な抑圧」「ラベリングされること」への抗議を、音と言葉の両方で表現している点がこの曲の本質である。
本楽曲において、「Bitch」という言葉は罵倒語ではなく、「自分自身の怒りを自分の言葉で語る者」を意味している。サフロンのヴォーカルが放つその言葉は、90年代という時代の女性アーティストたちが直面していた“語る自由”そのものを体現している。
2. 歌詞のバックグラウンド
Republicaは、1990年代半ばのUKにおいて、ブリットポップとエレクトロ・ロック、そしてフェミニズムの潮流の交差点に立つような位置づけのバンドであった。「Bitch」はその中でも特に過激で挑発的な内容を持ち、リスナーを揺さぶる曲のひとつである。
当時、女性アーティストたちが表舞台で怒りを露わにすることは、今ほど当然ではなかった。Courtney Love(Hole)やKathleen Hanna(Bikini Kill)らが先鞭をつけた“怒れる女性像”を、サフロンもまた独自のスタイルで引き継いだのがこの「Bitch」である。彼女の声は、怒鳴るでも泣き叫ぶでもなく、あくまで明瞭で抑制が効いており、むしろそのコントロールされた語り口が、楽曲の批評性と信念を際立たせている。
また、音楽的にもこの曲はインダストリアル・ロックの影響を色濃く受けており、鋭いギターリフとエレクトロニックなビートが交錯する緊張感あるサウンドは、まさに“刃物のように研ぎ澄まされた怒り”を象徴している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
You call me a bitch like it’s a bad thing
あなたは私を“ビッチ”と呼ぶ、それが悪いことかのように
このフレーズは楽曲の核心を突いている。社会的に侮辱とされてきた言葉を、むしろ“誇り”に転換している。これはレッテル貼りへの反逆であり、名誉の印章を自ら手に入れる宣言である。
I’m not your doll
私はあなたの人形なんかじゃない
単純明快な一節だが、その言葉の重みは大きい。男性の視線や期待に応えるために作られた“女性像”を否定し、自分の意思で立ち上がる主体としての姿勢を示している。
Get used to it
慣れなさいよ
一見突き放すような言葉だが、これは相手に理解を求めるのではなく、“私が変わるのではなく、あなたが変われ”というパワフルな主張だ。
※歌詞引用元:Genius – Bitch Lyrics
4. 歌詞の考察
「Bitch」は、単なる怒りの発露ではない。むしろこの曲の特徴は、その“怒り”が非常に論理的で構造的に表現されている点にある。自分が他人にどう見られているかを認識したうえで、それに対してどう振る舞うかを選び取る姿勢は、まさに「自分自身を語ること」の実践である。
“ビッチ”という言葉を使うことで、サフロンは女性の怒りや主張を「ヒステリック」と切り捨てる文化に対して、痛烈なカウンターを浴びせている。女性が感情を持つこと、自己主張をすることがすぐに否定される現代社会において、その痛快さは今なお響く。
この曲が優れているのは、暴力的ではなく、むしろ洗練されていることだ。アグレッシブでありながらも、音楽としてのクオリティを損なうことなく、サフロンのボーカルも決して“叫ばない”。それによって、怒りが感情ではなく“選択”であるというニュアンスが強調されている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- You Oughta Know by Alanis Morissette
怒りと裏切りを冷徹に描いた90年代のフェミニズム・ロックの代表格。 - Celebrity Skin by Hole
“女性らしさ”を強制されることへの反発と美学を、痛烈なギターとともに描く。 - I’m a Bitch by Meredith Brooks
「Bitch」という言葉を多面的に再定義した、自己肯定の名曲。 - Cherry Bomb by The Runaways
若さと女性であることを武器に変えた、ガールズ・パンクのパイオニア的楽曲。 - She’s Not There by Santana(cover)
“彼女”はもう“そこ”にはいないという言葉に込められた自由への渇望。
6. “ビッチ”を誇りに変える時代の声
「Bitch」は、その強い言葉とサウンドに反して、とても冷静な視点を持った曲である。それは、他人が自分をどう呼ぶかという外的な問題ではなく、「自分が自分をどう定義するか」という内的な対話の末に辿り着いた答えである。
この曲は、怒りを通じて他者を攻撃するのではなく、怒りを通じて“自分自身を語る”ことの意義を教えてくれる。
誰かにラベルを貼られても、それを貼り返すか、笑い飛ばすかは自分次第。
そして、サフロンはそのすべてを、この曲の中で実践してみせた。
今もなお、世間は“声を上げる女性”に違和感を覚えることがある。だが、「Bitch」のような曲が存在することで、その違和感は揺らぎ、少しずつ書き換えられていくのだろう。
怒りも美しさも、静けさも強さも、“私”の一部だと歌い上げるこの曲は、時代を超えて響き続ける、最も鋭く、そして最も自立した女性賛歌のひとつである。
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