イントロダクション
1980年代初頭、UKロック・シーンの中で異彩を放った存在――それがBig Countryである。
彼らの音楽は、勇壮で、郷愁に満ち、そしてどこか誇り高い。
エレキギターをバグパイプのように響かせる独自の奏法と、スコットランドの風土が吹き込まれたリリック。
Big Countryは、アイデンティティと情熱を音楽に昇華し、独自のロック像を築き上げた。
バンドの背景と歴史
バンドは1981年、スコットランドのダンファームリンで、元Skidsのギタリスト、スチュアート・アダムソンを中心に結成された。
彼にとってBig Countryは、Skidsのポストパンク的緊張感をさらにメロディックに、かつ土着的に発展させるための新たな舞台だった。
1983年のデビュー・アルバム『The Crossing』は全英3位という大成功を収め、「Fields of Fire」や「In a Big Country」といったアンセムを生み出した。
プロデューサーにスティーヴ・リリーホワイトを迎えたこともあり、壮大でドラマティックな音作りが際立つ作品となった。
その後も『Steeltown』(1984)、『The Seer』(1986)と精力的にリリースを重ねるが、90年代には活動が減速。
2001年、スチュアート・アダムソンが自ら命を絶つという悲劇が起こるも、残されたメンバーはその遺志を継ぎ、断続的に活動を続けている。
音楽スタイルと影響
Big Countryの最大の特徴は、ツインギターによる“バグパイプ奏法”である。
e-Bow(電子ボウ)や特殊なピッキングによって、ギターでバグパイプのようなサステインとハーモニーを再現するこの技法は、彼ら独自の音の象徴となった。
音楽性としては、ケルト的情緒とアメリカン・ハートランドロックのエネルギーをミックスしたような印象を与える。
その中には、Bruce Springsteen、The Alarm、U2、さらにはスコットランドのフォークミュージックまでが影を落としている。
また、歌詞においても「土地」「歴史」「労働」「家族」といったテーマが多く、ルーツへの誇りが強く刻まれている。
代表曲の解説
In a Big Country
イントロのギターリフからして唯一無二。
バグパイプのような響きが、スコットランドの丘陵を想起させる。
歌詞では「自分自身で夢を見よう」というメッセージが語られ、希望と不屈の精神に満ちている。
大地に根を張るようなリズムと、空を駆けるようなギターが共鳴し、まさに“ビッグ・カントリー”という名にふさわしい壮大なサウンドだ。
Fields of Fire (400 Miles)
闘志と郷愁が交錯する名曲。
「400マイル」の距離が象徴するのは、家族や故郷との隔たり。
スチュアートの熱いボーカルと、突き上げるようなビートが、聴く者の心を鼓舞する。
Chance
スローで切ないバラードだが、むしろその中にこそBig Countryの“魂”がある。
貧困と無理解の中で生きる女性の物語を描いた社会派の一曲であり、サビでのコーラスは苦しみと希望の交差点を描き出している。
素朴でありながら、心に深く残る名演である。
アルバムごとの進化
『The Crossing』(1983)
デビューにして金字塔。
バグパイプ風ギターとケルトの情感、ロックの推進力が融合した壮大な世界観を確立。
「In a Big Country」「Chance」など代表曲が多数収録。
『Steeltown』(1984)
イギリスの工業地帯に生きる人々の苦悩を描いたコンセプト的作品。
より政治的・社会的なメッセージが濃くなり、荒涼としたトーンが支配的。
重厚さを増した一方で、商業的にはやや地味ともされたが、ファンからの支持は非常に高い。
『The Seer』(1986)
ケイト・ブッシュとの共演も話題を呼んだ本作は、よりドラマティックで洗練されたサウンドが特徴。
ケルト色を維持しつつも、ポップ・ロックへのアプローチを強めた一作。
『Peace in Our Time』(1988)
アメリカ進出を狙ったメロディックな作風。
プロダクションは光沢を増したが、従来のファンからはやや賛否両論も。
それでも“King of Emotion”など明快な楽曲が光る。
影響を受けたアーティストと音楽
The JamやThe ClashといったポリティカルなUKバンドの精神性に加え、スコットランドの伝統音楽――バグパイプ、ジグ、リールなど――への愛情。
また、Bruce Springsteen的なアメリカの叙情ロックからの影響も大きく、地に足のついた“庶民のリアル”を音にしていく姿勢は共通している。
影響を与えたアーティストと音楽
後年のThe Alarm、Runrig、さらにはFrightened RabbitやThe Twilight Sadといったスコットランド出身のインディーバンドにも、Big Countryの“地元愛”と“音の厚み”は受け継がれている。
また、ギターで伝統音楽的ニュアンスを出すというアイディアは、今なお多くのフォークロック勢に影響を与えている。
オリジナル要素
エレキギターで民族楽器のような音色を模倣するという発想は、当時としては極めてユニークだった。
また、バンド名そのものが象徴するように、土地とアイデンティティを全面に押し出した表現は、当時の音楽シーンではむしろ少数派だった。
加えて、スチュアート・アダムソンの歌詞には、政治的・社会的な主張を、決して攻撃的ではなく、誠実な語り口で伝える優しさがあった。
その精神は、彼の早すぎる死の後も、ファンやバンドメンバーに深く受け継がれている。
まとめ
Big Countryは、ただのロックバンドではない。
それはスコットランドという“土地”の記憶を、ギターとドラムで語り継ぐ音楽的語り部のような存在である。
バンドの音には、風が吹いている。
それは高地を渡る風であり、戦いに赴く者たちの背を押す風であり、失われた人を想う風でもある。
Big Countryの音楽に耳を澄ませば、あなたもきっと、その風の匂いを感じ取ることができるだろう。
コメント