1. 歌詞の概要
「Beach Boy(ビーチ・ボーイ)」は、BENEE(ベニー)が2022年にリリースしたEP『Lychee』に収録された楽曲であり、期待と不安が入り混じる“新しい恋の始まり”を、気だるくも心地よいサウンドとともに描いた、夢見心地なポップソングである。
曲の語り手は、ある“ビーチ・ボーイ”——つまり、陽気で魅力的な誰かとの恋に足を踏み入れようとしている。
しかしその胸の内では、「恋していいの?」「大丈夫かな?」「信じてみようかな?」という揺れ動く気持ちが複雑に絡み合っている。
「Beach Boy」は、ただの甘い恋の歌ではない。むしろ、BENEE特有の“距離感のある恋”の描き方が絶妙に滲んでおり、
自分の殻を破ろうとする小さな一歩や、心のブレーキを緩める瞬間の感情を、風に吹かれるような軽やかさで表現している。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲は、BENEEがパンデミック後の不安定な世界で、「信じること」「心を開くこと」に対する戸惑いと欲望を描いた曲として制作された。
彼女自身がインタビューで、「誰かと親密になることが怖いけど、でもそれを求める気持ちも止められない」と語っており、
「Beach Boy」はまさにその**“自分の心の扉をノックする誰か”との駆け引き**を描いている。
サウンドは、浮遊感のあるシンセとスローなビートが特徴的で、ソフトなR&Bとベッドルームポップの中間に位置するようなプロダクションとなっている。
まるで、恋に落ちる前の“曖昧で、夢の中のような感覚”をそのまま音にしたような楽曲だ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I think I’m falling in love
With a boy from the beach
You know the one with the bleach
Blonde hair, yeah, he’s sweet
恋に落ちちゃったかも
あのビーチの男の子に
ほら、ブリーチヘアのあの子
なんだか、すごく優しくて
And I think I’m falling too deep
So I’m tryna keep my cool
でも、ちょっと深みにハマりすぎてる気もして
だから、冷静でいようとしてるの
I just wanna dance all night
But I can’t let you in
本当は一晩中踊りたい
でも、あなたを“入れちゃいけない”気もしてるの
I’m afraid of what I feel
I’m afraid that this is real
この気持ちが怖いの
だって、もしこれが本物だったらって考えると
歌詞引用元:Genius – BENEE “Beach Boy”
4. 歌詞の考察
「Beach Boy」は、「恋したいけど、傷つきたくない」という現代的な心情を、“ポップでありながら内省的”に描いた曲である。
「I think I’m falling in love(恋に落ちたかも)」という冒頭のラインは、まるで友達にそっと打ち明けるようなテンションで始まるが、
すぐに「I think I’m falling too deep(ちょっと深みにハマりすぎてるかも)」と続くあたりに、自分の気持ちに対する“自制心と恐れ”が顔を出す。
この矛盾こそが、この曲のリアリティである。
誰かを好きになることは美しいことのはずなのに、「もし本当にそうだったら怖い」「この人に心を許していいのか不安」といった不安要素が常に並走する。
その“近づきたいけど、離れていたい”というジレンマのまっただなかにある感情を、BENEEはあくまで淡々と、でも芯のある語りで表現している。
また、「I just wanna dance all night / But I can’t let you in(踊りたいけど、あなたを入れたくない)」というフレーズは、
開放感と閉鎖性が同時に存在する心の風景を象徴的に表しており、
このラインだけで、BENEEというアーティストの感性の鋭さがよく伝わってくる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Softly by Clairo
恋の始まりに感じる不安と柔らかさを同時に描く、繊細なベッドルーム・ポップ。 - ILY2 by Charli XCX
“愛してる”と言えないもどかしさを、ダンスチューンに昇華した現代的ラブソング。 - Crush by Cigarettes After Sex
夢のように甘く、でもどこか物悲しい“ひとめぼれ”の歌。 -
Motion Sickness by Phoebe Bridgers
親密さと感情の摩擦が交差する関係性を、冷静な語り口で描いたインディー・ロック。 -
Somebody That You Found by The Japanese House
相手の気持ちと自分の感情のズレを、浮遊感あるシンセと切なさで描いた名曲。
6. “恋を始める怖さ”と“心が揺れる美しさ”
「Beach Boy」は、“恋に落ちる瞬間の甘さ”と“落ちたあとの怖さ”を同時に描いた、静かで揺れる一曲である。
BENEEはこの曲で、「恋はしたい、でも自分を開きすぎるのは怖い」という複雑な感情を、明るく軽やかな音の中に閉じ込める。
だからこそこの曲は、耳触りは心地よくても、聴き終わるとどこか胸が締めつけられる。
「Beach Boy」は、心を開こうとするすべての人のためのラブソングである。
それは、誰かを好きになるという行為がいかに不完全で、いかに素晴らしいかを、
BENEEなりの距離感で、そっと教えてくれるのだ。
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