アルバムレビュー:Baduizm by Erykah Badu

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1997年2月11日

ジャンル:ネオ・ソウル、R&B、ソウル、ジャズ・ソウル、ヒップホップ・ソウル

概要

Erykah Baduの『Baduizm』は、1997年に発表されたデビュー・スタジオ・アルバムであり、1990年代後半のネオ・ソウル・ムーブメントを象徴する作品である。D’Angeloの『Brown Sugar』、Maxwellの『Maxwell’s Urban Hang Suite』、Lauryn Hillの『The Miseducation of Lauryn Hill』、Jill Scottの『Who Is Jill Scott? Words and Sounds Vol. 1』へと続く流れの中で、『Baduizm』は、R&Bがヒップホップ以降のビート感覚と70年代ソウルの有機性、ジャズの即興性、黒人文化の精神性を再接続していく時代を決定づけた一枚である。

Erykah Baduは、本作でいきなり独自のアーティスト像を確立した。Billie Holidayを思わせる鼻にかかった柔らかな歌唱、ジャズ・シンガーのような間合い、ヒップホップ的な言葉遊び、アフロセントリックな美意識、スピリチュアルな語彙、そして日常的な恋愛や自己認識を結びつける作風は、当時のメインストリームR&Bとは明らかに異なっていた。1990年代のR&Bは、New Jack Swing以降の洗練されたビートや、ヒップホップ・ソウルの強いリズム感を吸収していたが、Baduはそこにジャズ、ファンク、詩、黒人女性の精神性を持ち込み、より内省的で思想的な表現を作り上げた。

タイトルの『Baduizm』は、Badu自身の名前に“ism”を付けた造語であり、「Badu主義」「Badu的思想」とも読める。これは単なる自己ブランド化ではない。本作では、恋愛、母性、精神性、自己肯定、黒人としての意識、女性としての主体性が、彼女自身のフィルターを通じて提示される。つまり『Baduizm』とは、Baduが世界を見る方法、愛を考える方法、社会と距離を取る方法、魂を守る方法を示す言葉である。

音楽的には、本作は過剰に装飾されていない。ドラムはゆったりと置かれ、ベースは深く、鍵盤は温かく、全体にジャズ・クラブのような煙たさが漂う。90年代R&Bの光沢あるプロダクションと比べると、音像は控えめで、むしろ隙間が多い。しかし、その隙間こそがBaduの声を際立たせる。彼女の声は、圧倒的な声量で聴き手を支配するのではなく、言葉を曲げ、遅らせ、滑らせながら、リズムの中に独自の時間を作る。その歌唱は、R&Bシンガーであると同時に、ジャズ・ヴォーカリスト、詩人、語り部の要素を併せ持っている。

『Baduizm』は、特に「On & On」の成功によって広く知られるようになった。この曲は、Baduの思想性、ユーモア、歌唱、グルーヴが最も分かりやすく表れた代表曲であり、ネオ・ソウルの象徴的な楽曲として位置づけられる。しかし、本作の価値は一曲だけに限定されない。「Appletree」では自己の知識と成長を寓話的に歌い、「Next Lifetime」では輪廻や運命の感覚を恋愛へ接続し、「Otherside of the Game」では愛する相手の危険な生活と自分の未来を見つめる女性の葛藤を描く。「4 Leaf Clover」や「Sometimes」では、Baduのジャズ的な遊び心と詩的な感覚が光る。

歌詞面で重要なのは、Baduが恋愛を単純なロマンスとして描かない点である。彼女の歌う恋愛には、現実、倫理、生活、精神的な成長、自己尊重が常に絡んでいる。「Next Lifetime」では、愛する相手がいても、今生では別の関係や責任があるために結ばれないという、非常に複雑な感情が歌われる。「Otherside of the Game」では、愛する男の危険な生き方が、女性の生活と心に影を落とす。Baduは愛の甘さだけでなく、愛することで背負うリスクを見つめる。

また、本作には黒人文化への深い接続がある。Baduのファッション、言葉、音楽性、スピリチュアルな表現は、アフロセントリックな意識を強く持っている。しかし、それは政治的スローガンとして前面化されるより、日常の言葉、比喩、リズム、声の使い方の中に自然に染み込んでいる。彼女は自分の文化的背景を説明するのではなく、生きた表現として提示する。その自然さが、『Baduizm』を時代を超えて聴ける作品にしている。

全曲レビュー

1. Rim Shot (Intro)

「Rim Shot (Intro)」は、短い導入曲でありながら、『Baduizm』の空気を一瞬で作り出す重要なトラックである。タイトルの“rim shot”はドラムの奏法を指す言葉であり、音楽的にはジャズやソウルのライブ感を連想させる。アルバムは大仰な宣言ではなく、リズムの小さな合図から始まる。

このイントロでは、Baduの声とリズムが、これから始まる世界の輪郭を提示する。彼女の歌唱は、最初から通常のR&Bシンガーとは異なる。音程を正確に置くだけでなく、言葉の響き、タイミング、息遣いそのものを音楽化している。短い曲ながら、彼女がリズムと声の関係を深く理解していることが分かる。

「Rim Shot (Intro)」は、アルバムをジャズ・クラブのステージのように開く。聴き手は、完成されたポップ・ショーの観客というより、煙の立ちこめる小さな空間でBaduの語りを聞く客になる。この親密な導入が、本作全体の温度を決定している。

2. On & On

「On & On」は、『Baduizm』を代表する楽曲であり、Erykah Baduのキャリアを決定づけた名曲である。タイトルは「延々と」「続いていく」という意味を持ち、人生、時間、魂、学び、循環の感覚が込められている。この曲は、ネオ・ソウルという言葉を象徴するような一曲であり、Baduの音楽的・思想的個性が凝縮されている。

音楽的には、深く沈むベース、抑制されたドラム、柔らかな鍵盤、余白の多いグルーヴが特徴である。ビートは強く前に出るのではなく、ゆったりと揺れ、Baduの声を包み込む。彼女のヴォーカルは、ジャズ的な遅れや崩しを多用し、言葉がリズムの上を自由に漂う。歌というより、呪文、説法、日常会話、独白が一体化したような響きがある。

歌詞では、宇宙、精神性、日常の知恵、自己認識が断片的に語られる。Baduは、抽象的な思想を硬く説明するのではなく、軽い言葉遊びや比喩を通して提示する。歌詞の中にはFive Percent Nationを思わせる数や知識への言及、魂の循環を感じさせる表現が散りばめられているが、楽曲全体は難解な教義ではなく、生活の中で得た知恵のように響く。

「On & On」の重要性は、BaduがR&Bを恋愛歌の形式から拡張し、思想、ユーモア、文化的アイデンティティを自然に持ち込んだ点にある。彼女は説教をするのではなく、グルーヴの中で世界観を提示する。この曲は、ネオ・ソウルが単なる懐古的なソウル復興ではなく、90年代後半の黒人音楽における新しい知性と精神性の表現だったことを示している。

3. Appletree

「Appletree」は、自己の知識、成長、交友関係、精神的な選択を寓話的に描いた楽曲である。タイトルの「リンゴの木」は、知恵、誘惑、実り、生命の象徴として機能する。Baduはこの曲で、自分の木に誰を近づけるのか、自分の実りをどう守るのかを歌っている。

音楽的には、軽やかなジャズ・ソウルのグルーヴが中心で、Baduの声が遊び心を持って跳ねる。ビートは柔らかく、ベースラインも丸みがあり、全体に親しみやすい雰囲気がある。しかし、歌詞の中には自己防衛と選別の意識が強く含まれている。

歌詞では、自分の知識や精神的な豊かさを、誰と共有するのかが問われる。Baduは誰にでも自分の内面を開くわけではない。自分を理解しない人、成長を妨げる人、ただ奪おうとする人からは距離を置く必要がある。この視点は、後の作品にも続くBaduの重要なテーマである。

「Appletree」は、柔らかい曲調の中に、自己尊重と精神的な境界線の意識を持つ楽曲である。Baduの音楽では、優しさと警戒心が常に同居している。この曲はそのバランスを非常によく示している。

4. Otherside of the Game

「Otherside of the Game」は、『Baduizm』の中でも最も深く、現実的な楽曲のひとつである。タイトルは「ゲームの向こう側」を意味し、ここでの“game”はストリートの生活、違法な稼業、危険な経済、そしてそれに関わる人々の生存戦略を示している。Baduはこの曲で、そうした世界に関わる男性を愛する女性の視点を描く。

音楽的には、スロウで重いソウル・バラードであり、ベースと鍵盤が深く沈む。Baduの声は非常に抑制されているが、その中に強い不安と愛情がある。派手なドラマではなく、静かな緊張が曲全体に漂う。

歌詞では、愛する相手が危険な生活に関わっていること、その相手を支えたい気持ちと、自分や子どもの未来への不安が描かれる。これは単純な犯罪批判でも、ロマンティックなアウトロー賛美でもない。Baduは、その状況の中にいる女性の複雑な心を見つめる。愛している。しかし、その愛は安全ではない。支えたい。しかし、その生活に巻き込まれることは怖い。

「Otherside of the Game」は、Baduのソングライターとしての成熟を示す名曲である。恋愛、社会、経済、女性の生活が一つの楽曲の中で自然に結びついている。ネオ・ソウルの内省性が、現実の重さと出会った重要な瞬間である。

5. Sometimes (Mix #9)

「Sometimes (Mix #9)」は、Baduのジャズ的な自由さと、断片的な感情表現が表れた楽曲である。タイトルの「Sometimes」は「時々」という意味であり、はっきりした結論ではなく、揺れ動く感情や気分の変化を示している。

音楽的には、短く、ややスケッチ的な印象を持つ。ビートと声の関係がゆるやかで、完成されたポップ・ソングというより、Baduの内面から出てきた断片のように響く。こうした小さな曲がアルバムに含まれることで、『Baduizm』は単なるシングル集ではなく、彼女の世界の流れとして機能している。

歌詞では、日によって変わる気分、愛や人生に対する不確かさが表現される。Baduは絶対的な答えを提示しない。時々そう感じる、時々違う。人間の感情は一貫していない。その揺らぎを認める姿勢が、この曲の魅力である。

「Sometimes (Mix #9)」は、アルバムの中で小さな呼吸のような役割を果たす。Baduの音楽が、完成度だけでなく、瞬間の気分や声の質感を大切にしていることを示している。

6. Next Lifetime

「Next Lifetime」は、『Baduizm』の中でも特に美しく、哲学的なラヴ・ソングである。タイトルは「次の人生」を意味し、今生では結ばれない相手への思いを、輪廻や運命の感覚と結びつけて歌っている。恋愛を単なる現在の欲望ではなく、時間と魂の大きな流れの中で捉える点に、Baduらしさがある。

音楽的には、柔らかいネオ・ソウルのグルーヴがあり、Baduの声が非常に穏やかに流れる。曲全体には、切なさと諦め、そして不思議な安らぎが同居している。劇的な別れの歌ではなく、今は選べない愛を静かに見送る歌である。

歌詞では、語り手にはすでに相手がいる、あるいは責任があるため、心惹かれる別の人物と結ばれることができない状況が描かれる。しかし、その愛は否定されるのではなく、「次の人生で」と言われる。これは逃避ではなく、現在の倫理を守りながら、魂のつながりを認める表現である。

「Next Lifetime」は、Baduの恋愛観の複雑さを象徴する曲である。欲望を否定しない。しかし、欲望だけで行動するわけでもない。愛はタイミング、責任、魂の記憶と関わる。その深さが、この曲を単なる片思いの歌ではないものにしている。

7. Afro (Freestyle Skit)

「Afro (Freestyle Skit)」は、短いスキット的な楽曲であり、Baduのユーモア、身体性、文化的アイデンティティが軽やかに表れる。タイトルの“Afro”は、髪型としてのアフロであると同時に、アフリカ系のルーツや黒人美の象徴でもある。

音楽的には、フリースタイルに近い軽い構成で、アルバムの緊密な楽曲群の間に遊びを加える。Baduの声はリラックスしており、日常会話のような親しみやすさがある。こうしたスキットは、90年代ヒップホップのアルバム文化ともつながっている。

この曲の重要性は、Baduが自分の文化的アイデンティティを重苦しくではなく、自然なユーモアとして提示している点にある。髪、身体、ファッション、声は、彼女にとって自己表現の一部である。アフロは単なるスタイルではなく、自分がどこから来たのかを示す記号でもある。

「Afro」は短いが、『Baduizm』のアフロセントリックな美学を支える小さなピースである。Baduの世界では、思想は日常の髪型や言葉遣いにも宿る。

8. Certainly

「Certainly」は、恋愛関係における裏切り、失望、自己尊重を扱った楽曲である。タイトルは「確かに」という意味を持ち、相手に対して冷静に事実を突きつけるような響きがある。Baduはここで、相手に利用されたり、軽く扱われたりすることを拒む女性として歌う。

音楽的には、ファンクとジャズ・ソウルの中間にあるグルーヴが特徴で、ベースラインがしなやかに動く。Baduの声には余裕があり、怒りを露骨に爆発させるのではなく、皮肉と知性を含んだ表現になっている。

歌詞では、相手が自分の愛や信頼を当然のものとして扱ったことへの批判が描かれる。Baduは傷ついているが、ただ泣くだけではない。相手の行動を見抜き、自分がその扱いを受け入れないことを示す。この自己尊重の姿勢が重要である。

「Certainly」は、Baduの強さとリズム感が際立つ曲である。柔らかな声の内側にある鋭さがよく表れており、彼女が恋愛において主体的な語り手であることを明確に示している。

9. 4 Leaf Clover

「4 Leaf Clover」は、幸運の象徴である四つ葉のクローバーを題材にした楽曲であり、愛や人生における幸運、願い、希望を軽やかに歌っている。アルバムの中でもジャズ的で遊び心のある曲であり、Baduのヴォーカルの柔軟さがよく分かる。

音楽的には、ジャズ・スタンダードのような雰囲気を持ち、リズムやメロディにクラシックな味わいがある。Baduの歌唱は、Billie Holidayを思わせるフレージングを見せながらも、完全な懐古にはならない。彼女は過去のジャズ・ヴォーカルの感覚を、90年代のR&Bの文脈へ自然に持ち込んでいる。

歌詞では、幸運や愛への願いが歌われるが、曲調にはどこか軽い皮肉もある。幸運を探すことは、人生が思い通りにならないことを知っているからこそ生まれる行為である。Baduはその感覚を、重くならずに表現する。

「4 Leaf Clover」は、『Baduizm』におけるジャズ的な側面を象徴する楽曲である。Baduの声が、R&B、ソウル、ジャズを自然に行き来できることを示している。

10. No Love

「No Love」は、タイトルの通り、愛の不在、冷たさ、感情の欠落を扱った楽曲である。『Baduizm』には愛をめぐる複雑な曲が多いが、この曲では、愛が与えられない、あるいは関係の中に愛がなくなってしまった状態が中心にある。

音楽的には、低く落ち着いたグルーヴを持ち、Baduの声は冷静に響く。曲全体には、怒りというより諦めに近い感覚がある。愛がないことを嘆くのではなく、その事実を認識しているような歌い方である。

歌詞では、相手から十分な愛や誠実さが得られない状況が描かれる。Baduは愛を求めるが、愛がない場所に留まり続けることの危険も理解している。ここでも、彼女の音楽における自己尊重のテーマが表れる。

「No Love」は、派手な曲ではないが、アルバムの恋愛観を補強する重要な楽曲である。愛の理想だけでなく、その不在を見つめる冷静さがある。

11. Drama

「Drama」は、日常や関係性の中に生まれる混乱、騒ぎ、感情的な消耗を扱った楽曲である。タイトルはそのまま「ドラマ」を意味するが、ここでのドラマは演劇的な物語ではなく、人間関係の面倒さや、社会の中で繰り返される衝突を指している。

音楽的には、落ち着いたソウル・グルーヴの中に、やや不穏な空気がある。Baduの声は冷静で、騒ぎの中心に巻き込まれるのではなく、少し距離を取って観察しているように響く。彼女の音楽には、感情に流されながらも同時に客観視する力がある。

歌詞では、人生における不要な混乱や、人々が作り出す問題が描かれる。Baduはそれに対して、巻き込まれすぎない姿勢を示す。これは精神的な自己防衛でもある。自分のエネルギーをどこに使うのか、どの争いに関わるのかを選ぶことが重要になる。

「Drama」は、本作の中で生活感のある知恵を示す楽曲である。Baduのスピリチュアリティは抽象的なものではなく、日常の混乱から自分を守るための実践でもある。

12. Sometimes…

「Sometimes…」は、先に登場した「Sometimes (Mix #9)」と呼応するような短い楽曲であり、アルバムの中に再び気分の断片を差し込む役割を果たす。タイトルの後に省略記号が付いていることで、言葉になりきらない感情、途中で途切れる思考が示されている。

音楽的には、短く、インタールード的で、Baduの声のニュアンスが中心になる。完成された物語ではなく、心の動きの一部を切り取ったような曲である。こうした断片は、アルバムのジャズ的・ヒップホップ的な構成を支えている。

歌詞では、感情が一定ではないこと、時々変わること、完全には説明できないことが示される。Baduは、一貫した答えや強い主張だけを歌うアーティストではない。曖昧さ、迷い、気分の揺れも、彼女の音楽の重要な要素である。

「Sometimes…」は短いながら、『Baduizm』の人間的な不完全さを表す曲である。完璧な思想ではなく、揺れる人間の声がここにある。

13. Certainly (Flipped It)

「Certainly (Flipped It)」は、先に登場した「Certainly」の別バージョンであり、楽曲を“ひっくり返す”ことで、同じテーマに異なる角度を与えている。タイトルにある“Flipped It”は、ヒップホップ的なリミックスや再構成の感覚を示す。

音楽的には、原曲よりも異なるグルーヴや質感が強調され、Baduの声の聴こえ方も変化する。同じ歌詞や主題でも、ビートやアレンジが変わることで、感情の意味が変わる。これはヒップホップ以降のR&Bにおける重要な発想である。

このバージョンでは、原曲の自己尊重や相手への批判が、よりリズム的に、あるいは遊び心を持って提示される。Baduは一つの感情を固定しない。同じ出来事でも、違うビートに乗せれば、別の態度で語れる。その自由さが彼女らしい。

「Certainly (Flipped It)」は、アルバムの終盤に、Baduのリミックス感覚とヒップホップ的な柔軟性を示す楽曲である。彼女の音楽が、固定された歌ではなく、変化し続けるグルーヴの中にあることを示している。

14. Rim Shot (Outro)

「Rim Shot (Outro)」は、アルバムを閉じる短い楽曲であり、冒頭の「Rim Shot (Intro)」と対をなす。最初に提示されたリズムの合図が、最後に再び戻ってくることで、アルバム全体に円環構造が生まれる。

音楽的には短いが、非常に効果的である。『Baduizm』は「On & On」が示すように、循環、反復、続いていく時間を重要なテーマとしている。そのため、イントロとアウトロが呼応する構成は、アルバムの思想とも一致している。

このアウトロによって、アルバムは明確な結論ではなく、また次のサイクルへ戻るように終わる。Baduの世界では、学びも愛も人生も終わらない。すべては続いていく。まさに“on and on”である。

「Rim Shot (Outro)」は短いながら、『Baduizm』の円環的な世界観を美しく締めくくる役割を果たしている。

総評

『Baduizm』は、Erykah Baduのデビュー作でありながら、彼女の音楽的・思想的個性をほぼ完全な形で提示した傑作である。1990年代後半のR&Bシーンにおいて、本作は明らかに特異な存在だった。過剰に磨かれたポップR&Bでも、ヒップホップ・ソウルの強いストリート性でもなく、ジャズ、ソウル、ファンク、ヒップホップ、詩、精神性をゆるやかに結びつけた音楽。そこにBaduの声と思想が乗ることで、ネオ・ソウルという言葉に具体的な輪郭が与えられた。

本作の最大の魅力は、声とグルーヴの関係にある。Baduの声は、一般的な意味でのパワフルなR&Bヴォーカルとは異なる。彼女は声を張り上げるより、言葉を曲げ、タイミングをずらし、音の隙間に入り込む。Billie Holiday的なフレージングを現代R&Bのビートへ接続し、歌と語りの間を漂う。その結果、彼女の声は単なるメロディの担い手ではなく、アルバム全体の時間感覚を作る楽器になる。

音楽的には、『Baduizm』は非常に抑制された作品である。派手なアレンジや大きなサビで聴き手を圧倒するのではなく、ゆったりしたビート、深いベース、温かい鍵盤、ジャズ的な余白によって、聴き手を徐々に引き込む。現代の耳で聴いても、その音像は古びにくい。流行のプロダクションに依存せず、声、グルーヴ、メロディ、空間の質で成立しているからである。

歌詞面では、Baduの世界観が非常に明確である。「On & On」では魂の循環と知恵が歌われ、「Appletree」では自分の知識と精神的な実りをどう守るかが語られる。「Next Lifetime」では恋愛が輪廻や倫理の問題へ広がり、「Otherside of the Game」では愛と現実の危険が交差する。「Certainly」や「No Love」では、相手に対して自分の価値を下げない女性の姿勢が示される。Baduは恋愛を歌いながら、常に自己尊重と精神的な成長を問う。

『Baduizm』における女性性は、非常に重要である。Baduは柔らかく、母性的で、官能的でありながら、同時に知的で、警戒心があり、主体的である。彼女は愛される対象としてだけ存在しない。相手を選び、自分を守り、時に拒み、時に次の人生まで愛を待つ。これは、後の『Mama’s Gun』でより深く展開される黒人女性の主体性の出発点である。

本作のスピリチュアリティも特徴的である。ただし、それは宗教的な教義を直接歌うものではなく、生活の中の知恵、身体感覚、文化的記憶、言葉遊び、自己認識として現れる。Baduは神秘的に見えるが、その神秘性は地に足がついている。彼女の歌う精神性は、現実から逃れるためではなく、現実を生き抜くためのものとして機能している。

『Baduizm』は、ネオ・ソウルの基本的な美学を理解する上でも欠かせない。ネオ・ソウルとは、単に古いソウルの音を復刻するジャンルではない。70年代ソウルやジャズへの敬意、ヒップホップ以降のリズム感、黒人文化の自己認識、詩的な言葉、そしてアーティスト自身の思想が結びついた表現である。本作はそのすべてを高い水準で備えている。

アルバムとしての構成も優れている。冒頭と終盤の「Rim Shot」によって円環が作られ、「On & On」で思想的な核が提示され、「Otherside of the Game」で社会的な現実に触れ、「Next Lifetime」で恋愛を時間と魂の問題へ広げる。スキットや別バージョンも含め、アルバム全体がBaduの小さな宇宙として機能している。

日本のリスナーにとって『Baduizm』は、ネオ・ソウルの入門として非常に重要なアルバムである。落ち着いた音像のため、初聴では地味に感じられる部分もあるかもしれない。しかし、声の間合い、ベースの深さ、歌詞の含み、ジャズ的な余白に耳を向けると、本作が非常に豊かな音楽であることが分かる。R&B、ジャズ、ヒップホップ、ソウルを横断するリスナーにとって、長く聴き続けられる作品である。

『Baduizm』は、Erykah Baduが最初から完成された世界観を持っていたことを示すデビュー作である。柔らかく、煙たく、知的で、官能的で、霊的でありながら、日常の現実から離れない。Baduの声は、1990年代後半のR&Bに新しい時間をもたらした。本作は、ネオ・ソウルの歴史における出発点のひとつであり、現在もなお深く響く名盤である。

おすすめアルバム

1. Erykah Badu – Mama’s Gun

『Baduizm』で確立されたネオ・ソウルの美学を、より生々しいバンド・サウンドと深い感情表現へ発展させた代表作。「Bag Lady」「Didn’t Cha Know」「Green Eyes」などを収録し、恋愛、嫉妬、自己回復、黒人女性の主体性が濃密に描かれている。

2. D’Angelo – Brown Sugar

ネオ・ソウルの先駆的作品であり、70年代ソウル、ファンク、R&B、ヒップホップ感覚を融合した重要作。『Baduizm』と同時代のムーブメントを理解する上で欠かせない。より男性的で官能的なグルーヴを持つ作品である。

3. Maxwell – Maxwell’s Urban Hang Suite

1990年代ネオ・ソウルの代表作のひとつ。滑らかなソウル、ファルセット、官能的なムードを特徴とし、『Baduizm』とは異なる形で90年代R&Bにクラシック・ソウルの美学を持ち込んだ作品である。

4. Lauryn Hill – The Miseducation of Lauryn Hill

歌、ラップ、ソウル、ヒップホップ、レゲエ、ゴスペルを融合し、女性の自己認識、愛、母性、社会意識を描いた歴史的名盤。Baduと同じく、黒人女性アーティストが自らの思想と感情を総合的に表現した重要作である。

5. Jill Scott – Who Is Jill Scott? Words and Sounds Vol. 1

フィラデルフィア・ネオ・ソウルを代表する作品で、詩、会話、ジャズ、ソウル、女性の身体感覚と愛が豊かに表現されている。Baduよりも語り口は温かく明快だが、ネオ・ソウルにおける黒人女性の主体性を理解する上で非常に関連性が高い。

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