アルバムレビュー:Bad Moon Rising by Sonic Youth

Spotifyジャケット画像

発売日: 1985年3月
ジャンル: ノイズロック、アートロック、ポストパンク


アメリカの裏側に昇る“悪夢の月”——静かに狂いゆく風景の記録

1985年、Sonic Youthが発表したBad Moon Risingは、彼らにとって初の“コンセプト・アルバム”的作品であり、
また80年代アメリカの文化的病理を、ノイズと幻影を通して描き出したアンダーグラウンドの黙示録である。

アルバムタイトルはCCRの名曲「Bad Moon Rising」に由来するが、ここに込められた意味はより象徴的かつアイロニカル。
Sonic Youthはこの作品で、レーガン時代のアメリカに蔓延する暴力、喪失、記憶のねじれ、メディアによる幻想といった要素を、
リリカルではなく、“音の配置と不協和”で表現している。

全体は連続するサウンド・スケープのように構成され、通常の曲形式や構造を意図的に拒否している。
まるで都市のざわめきの中を彷徨いながら、廃墟となった文化の断片を拾い集めていくような感覚。


全曲レビュー:

1. Intro

風の音、歪んだギターの残響、ざわついた空気——
このアルバムが“場所”であることを示す、環境音的な導入。

2. Brave Men Run (In My Family)

トラッドなリズムを基盤にしつつ、レイヤー化されたギターがじわじわと不穏さを構築する。
“家族”という最も親密な単位に潜む暴力と神話性が滲み出る。

3. Society Is a Hole

音がゆがみ、語り口が定まらない不安定な構成。
「社会は穴である」というフレーズは、秩序そのものの虚無化を象徴する。

4. I Love Her All the Time

10分近い長尺で、陶酔的なノイズと執拗なリフが繰り返される。
恋愛というより“中毒”を描いたような、崩れた愛のトリップソング。

5. Ghost Bitch

音のスケッチのような展開と、パンク的断裂の応酬。
過去の記憶、幽霊のように残る言葉がサウンドに染み込んでいる。

6. I’m Insane

不安定なリズムと、不規則なボーカルの反復が続く。
狂気の描写というよりも、狂気“そのもの”を音として提示するような構造。

7. Justice Is Might

低速で重いビートに乗せた、アメリカン・イデオロギーへの批判。
正義(justice)が力(might)であるという皮肉が、乾いた音像から立ち上る。

8. Death Valley ’69 (feat. Lydia Lunch)

アルバムのハイライトにして唯一の“楽曲然”としたトラック。
チャールズ・マンソン事件をモチーフに、暴力とアメリカン・ドリームの崩壊を描く。
Lydia Lunchとのデュエットが、現実の報道と妄想のあわいを縫い合わせる。


総評:

Bad Moon Risingは、Sonic Youthがポストパンクから“音そのものを使って風景を描くバンド”へと変貌した記念碑的作品である。

ここにはキャッチーなリフや感情的なサビは存在しない。
代わりにあるのは、アメリカの記憶の断片、夢の腐敗、ノイズという名の風景である。

これは音楽でありながら、写真のようでもあり、廃墟のようでもある。
音を通して都市と文化をスキャンし、その裏側にある“悪の月”を浮かび上がらせた一作なのだ。


おすすめアルバム:

  • Swans / Filth
     より破壊的なアプローチで都市の狂気を描いたノイズ・アートロックの極北。
  • Big Black / Atomizer
     暴力と機械音が交錯する、スティーヴ・アルビニによる産業都市の黙示録。
  • Throbbing Gristle / 20 Jazz Funk Greats
     ポップとノイズの間で不穏な美を提示したインダストリアルの始祖。
  • Glenn Branca / The Ascension
     Sonic Youthの源流、ギターオーケストラによる音響建築の金字塔。
  • Sonic Youth / EVOL
     本作の実験性を引き継ぎつつ、よりメロディと構造に接近した次なる進化形。

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