Ashes to Ashes by David Bowie(1980)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Ashes to Ashes」は、David Bowieが自身のキャリアとアイデンティティを再定義するかのように描いた、自己言及的かつ内省的なポップ・アートである。

1970年代初頭に登場したボウイの代表的キャラクター、宇宙飛行士メジャー・トム(「Space Oddity」)が、この曲では再び姿を現す――だが彼はもはや夢とロマンの象徴ではない。
ここで描かれるメジャー・トムは、“ジャンキー”として地に堕ちた存在となり、幻想の終焉と現実への帰還が描かれる。

「Ashes to Ashes(灰から灰へ)」というタイトルは、キリスト教の葬送句に由来し、死、再生、過去の焼却といったテーマを静かに、しかし強烈に響かせる。
軽やかでキャッチーなサウンドとは裏腹に、歌詞の内容は極めて個人的で、精神的・感情的に濃密な世界を形成している。

2. 歌詞のバックグラウンド

この曲は、1980年のアルバム『Scary Monsters (and Super Creeps)』に収録され、同年シングルとしてリリースされた。
当時、ボウイは1970年代に築いた数々のキャラクターや音楽的スタイル――Ziggy Stardust、Thin White Duke、ベルリン三部作など――から距離を取り、“素の自分”へと回帰しようとしていた時期である。

「Ashes to Ashes」は、そうした過去の自分を振り返りつつも、それに別れを告げる作品として位置づけられる。
また、ミュージック・ビデオも当時としては非常に革新的で、ピエロ姿のボウイが砂浜を歩くシーンや、ポップ・シュールなイメージの連続は、1980年代MTV時代の映像文化の先駆けとして多大な影響を与えた。

音楽的には、ニュー・ウェイヴ、ファンク、アート・ロックの要素が融合し、シンセサイザーとエフェクトを多用した緻密かつ実験的なサウンドデザインが際立つ。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Lyrics © BMG Rights Management

Do you remember a guy that’s been
In such an early song?

― 覚えているかい? 昔の曲に登場した、あの男のことを

I’ve heard a rumour from Ground Control
Oh no, don’t say it’s true

― 地上管制から噂を聞いたんだ
まさか、それが本当だなんて言わないでくれよ

They got a message from the Action Man
― “アクションマン”からメッセージが届いた

I’m happy, hope you’re happy too
― 僕は幸せだよ、君もそうであればいいな


Ashes to ashes, funk to funky
We know Major Tom’s a junkie

― 灰から灰へ、ファンクからファンキーへ
メジャー・トムがジャンキーだったってこと、僕らは知ってる

Strung out in heaven’s high
Hitting an all-time low

― 天国の高みにぶら下がり
人生最悪の瞬間を迎えている

4. 歌詞の考察

「Ashes to Ashes」は、一見SF的な続編のようでありながら、**“過去の自分との対話と断絶”**を描く非常に私的な作品である。

登場する「Major Tom」は、もはや宇宙を旅する英雄ではない。彼は“ジャンキー”として堕落し、現実逃避の象徴として再定義される。
これはボウイ自身の70年代の薬物依存体験や精神的疲弊を反映したものとされており、**彼自身のイメージとキャリアへの“葬送”**とも読める。

「I’m happy, hope you’re happy too(僕は幸せだよ、君もそうであればいいな)」という一見ポップなフレーズには、幸福を装いながらも、どこか諦念や不在の感情がにじむ。

また、「Ashes to ashes, funk to funky」という言葉遊び的なラインは、音楽ジャンルとしての変化、ボウイ自身のスタイルの変容を示唆すると同時に、何もかもがループし、やがて灰に帰るという“無常”の感覚を象徴している。

この曲の核心は、**“変化してきたがゆえに、何者でもなくなってしまった”**というアイデンティティの崩壊と、その上に新たな自分を築こうとする静かな決意にあるのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Space Oddity by David Bowie
    本作の元になったキャラクター“メジャー・トム”の登場曲。浮遊と孤独を描く宇宙寓話。

  • Wild Is the Wind by David Bowie
    感情の深淵に触れるようなバラード。ボウイの内面性により近づく作品。

  • Love Will Tear Us Apart by Joy Division
    幸福と破壊が同時に語られるポストパンクの名曲。虚無と感情の乖離が「Ashes to Ashes」と共鳴する。

  • Everything in Its Right Place by Radiohead
    機械的で抑制されたサウンドの中に、崩壊する自我と再構築の試みを感じさせる。

6. “死んだふり”をして、再び生まれるための歌

「Ashes to Ashes」は、David Bowieが**“自己神話の火葬”を行った楽曲**である。
メジャー・トムという象徴、薬物依存という過去、自ら作り上げたアイコン的存在――それらを灰にしながら、彼は再び“素の自分”として立ち上がろうとする。

この曲の衝撃は、音楽だけでなくヴィジュアルにも及んだ。ミュージックビデオでは、化粧を施したピエロ姿のボウイが、黒衣の修道女やダイバーと並んで砂浜を歩く。
その風景は滑稽であり、神聖であり、終焉であり、再生でもある。

「灰は灰へ」――つまり、すべては終わる運命にある。
だがその灰の中にこそ、新たな何かが芽吹くのだと、ボウイは語っている。

この曲は、自分の過去を笑い、許し、燃やし尽くした者だけが歌える、**“人生第二幕のための祈り”**のような作品である。
そしてそれこそが、David Bowieが常に“変わり続ける男”であった理由でもある。

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