発売日: 1969年8月**
ジャンル: ハードロック、フォークロック、ブルースロック
安全でいられた昨日——英国ハードロックの“曖昧なはじまり”に揺れる魂たち
『As Safe as Yesterday Is』は、1969年にリリースされたHumble Pieのデビュー・アルバムであり、
後に“ヘヴィロックの原点”のひとつとも評される、混沌と模索に満ちたロックの原風景が詰まっている。
バンドの中心は、スティーヴ・マリオット(元Small Faces)とピーター・フランプトン(元The Herd)という2大才能。
英国ポップシーンで成功を収めていた彼らが、より“本能的な音楽”を求めて結成したのがHumble Pieだった。
フォーク、ブルース、ソウル、ガレージ——あらゆる音楽が一つの鍋に放り込まれ、
まだハードロックとも言い切れない、でもすでにその予感に満ちた音が鳴っている。
当時の批評家グレッグ・ショウはこの作品を、のちに登場する「ヘヴィメタル」の先駆と見なしており、
UKロックの過渡期に生まれた、過激さと繊細さの同居する重要作といえる。
全曲レビュー
1. Desperation
ステッペンウルフのカバーで幕を開ける。
スローテンポながら、切迫した感情がヴォーカルに宿る。
フォーク・ブルース的な質感が全体の方向性を象徴する。
2. Stick Shift
初期フランプトンのギターワークが光る、ラフでグルーヴィーなロックナンバー。
エンジンの唸りのようなリフが、バンドの荒削りな勢いを映す。
3. Buttermilk Boy
マリオット節全開の力強い歌唱が響く。
ソウルフルなシャウトとハードなリフが交錯する、原初的ファンク・ロック。
4. Growing Closer
ハーモニーとフォーク的メロディが印象的なミッドテンポ。
ポップとロックの境界線上にある、叙情と混沌のせめぎ合いが感じられる。
5. As Safe as Yesterday Is
アルバムタイトル曲。
アコースティック・ギターの美しさと、マリオットの感情の奥行きを感じさせるヴォーカルが際立つ。
“昨日のように安全だった”というフレーズが、過去への郷愁と不安定な未来への微妙な視線を投げかける。
6. Bang!
パンキッシュで粗野なエネルギーが炸裂するロックンロール。
疾走感と不協和のバランスが絶妙で、のちのパブロックやグラムにも通じる荒さがある。
7. Alabama ’69
ヴェトナム戦争の時代背景を背負った、反戦的トーンの漂うブルース・ナンバー。
泥臭く、哀しく、南部への複雑な感情がにじむ。
8. I’ll Go Alone
ピーター・フランプトンの哀愁を帯びたソロ的ナンバー。
自己を切り離し、旅立つ決意をしっとりと歌い上げるバラード。
9. A Nifty Little Number Like You
陽気なグルーヴを持つカントリーフレーバーの軽快な曲。
アルバムの中でも異色だが、バンドの柔軟な音楽性を感じさせる一面。
10. What You Will
締めくくりにふさわしいフォーク調ナンバー。
“どうにでもなれ”というタイトル通りの諦観と自由が漂う、静かな幕引き。
総評
『As Safe as Yesterday Is』は、まだ“Humble Pieとは何か”が完全に定まっていなかった時期のアルバムであり、
それゆえにこそ、混沌、実験、衝動、そして儚さが同居した貴重な記録となっている。
ハードロック、フォーク、ブルース、サイケ——そのいずれもが過渡期の姿で現れ、
まるで“昨日”という名の安全圏を抜け出すための予行演習のような趣がある。
そしてここには、のちの大音量ブルースロックやアリーナ・ハードへと進化する種が確かに宿っている。
Humble Pieはまだ“謙虚なパイ”でありながら、すでに噴きこぼれそうな熱を秘めていたのだ。
おすすめアルバム
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Free – Tons of Sobs
同じく1969年発の英国ブルースロックの名作。Humble Pieと共振する空気感がある。 -
Led Zeppelin – Led Zeppelin I
ハードロックが生まれる瞬間を捉えた同時代の金字塔。 -
Small Faces – Ogden’s Nut Gone Flake
スティーヴ・マリオットの前身バンドによる、ポップとサイケの融合。 -
The Jeff Beck Group – Truth
初期ハードロックの原点として、Humble Pieと並ぶ重量感。 -
Ten Years After – Ssssh
ブルースに根差しつつ、ラウドで即興性豊かな演奏が光る1969年の好盤。
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