
1. 歌詞の概要
「Art of Almost」は、Wilcoが2011年に発表したアルバム『The Whole Love』の冒頭を飾る楽曲である。7分以上におよぶ大曲であり、ミニマルな電子音から始まり、やがて轟音のギターと複雑なリズムに発展する構成は、まるでひとつの叙事詩のようでもある。
タイトルの「Art of Almost(ほとんど、という芸術)」という言葉が象徴するように、この曲は“未完”や“不完全”の美しさ、そしてそのなかに潜む緊張や希望について歌っている。すべてが手に入りそうで入らない、言葉になりそうでならない、あと少しで届きそうなもの。そうした曖昧さの中にこそ宿る、人間の繊細な感情を掬い上げている。
曲の語り手は、自分自身を見つめながら、誰かとの関係の中で感じる断絶や、期待と現実のズレに向き合っている。その中で現れるのは、答えではなく問い。そしてその問いが、音楽とともに幾重にも重なりながら、聴く者の内面に響いてくる。
2. 歌詞のバックグラウンド
『The Whole Love』は、Wilcoが自身のレーベル「dBpm Records」から初めてリリースしたアルバムであり、バンドにとってひとつの節目とも言える作品である。「Art of Almost」はその最初の曲として、まさに“新章の幕開け”を強く印象づける存在となった。
この楽曲で特筆すべきは、サウンドのアプローチである。電子音楽やノイズ、即興性の高いギターソロなど、Wilcoの持つ音楽的多面性が一曲の中に凝縮されており、特に後半に登場するニルス・クライン(Nels Cline)のギター・ソロは、狂気と美のあいだを彷徨うかのような強烈な存在感を放っている。
また、歌詞の曖昧さや断片性は、ジェフ・トゥイーディが長年描いてきた“言葉にならない感情”の集大成とも言える。語り手ははっきりとした物語を語らないが、その行間から浮かび上がる感情の波は、実に豊かで切実だ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は「Art of Almost」の中でも印象的な一節である。引用元:Genius Lyrics
No!
I froze
I can’t be so
Far away from my wasteland
ダメだ
僕は凍りついた
そんなに遠くには行けない
自分の荒野から
I’ll be around
You were right about the stars
そばにいるよ
星のことは
君の言うとおりだった
これらのフレーズは、明確な文脈が示されていないにもかかわらず、圧倒的な感情の“気配”を感じさせる。語り手は何かを失った、あるいは失いかけており、それでもまだ誰かとのつながりを求めている。その声は痛切で、同時にどこか希望を含んでいる。
4. 歌詞の考察
「Art of Almost」は、“ほとんど達成しかけた何か”の周縁をめぐる歌である。完璧に届くことはない、それでもなお手を伸ばし続ける。その行為自体に美しさがあるという、Wilcoらしい視点が一貫して貫かれている。
「No! I froze」という叫びは、行動しようとした瞬間の恐れや麻痺を象徴している。そして「Can’t be so far away from my wasteland(自分の荒野から離れすぎることはできない)」というラインには、変化への抵抗と、慣れ親しんだ孤独への執着が読み取れる。
一方で、「You were right about the stars(星については君の言うとおりだった)」というささやかな一節は、孤独のなかに差し込む優しい光のようでもある。語り手は、完全な理解や関係性を望みながら、それが叶わない現実を受け入れていく。そこにあるのは、諦めではなく、共に“不完全さ”を生きるという姿勢である。
サウンドの面でも、曲は前半の内省的なリズムから後半のカオス的な展開へと劇的に変化する。この構成はまるで、感情が理性を突き破って溢れ出す様子を音で表現しているかのようだ。特に終盤のギターソロは、言葉を失った感情の奔流そのものであり、聴く者を呑み込むような力を持っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Sprawl II (Mountains Beyond Mountains)” by Arcade Fire
内的世界と都市の疎外感を交差させるダンス・ナンバー。明るさと影が共存する点が共鳴する。 - “Impossible Germany” by Wilco
同じくニルス・クラインのギターが光る名曲。不完全さと美しさのバランスが類似する。 - “Pyramid Song” by Radiohead
時間と感情の断片をめぐる夢のような楽曲。沈黙と躍動の両方を含む構造が似ている。 - “Reckoner” by Radiohead
魂の揺れと浄化を描くようなリズムとメロディ。Wilcoのスピリチュアルな一面と重なる。
6. “未完”の美学としての開幕曲
「Art of Almost」は、『The Whole Love』というアルバムの冒頭にふさわしく、Wilcoというバンドが20年近くかけて辿り着いた“未完の完成形”とも言える作品である。
この曲は、答えを提示しない。むしろ、問いを投げかけ続ける。何が正しいのか、どこへ向かうのか、愛とは何か、生きるとは何か。そうした大きなテーマを、断片的な詩と変幻自在のサウンドで浮かび上がらせていく。
そして何よりも、この楽曲が教えてくれるのは、「届かないからこそ、手を伸ばす価値がある」ということだ。完璧ではない感情、言いかけたままの言葉、壊れそうな関係。それらを恐れずに見つめること——そこにこそ、芸術の核心があるとWilcoは歌っている。
“Almost(ほとんど)”であること。それを芸術に昇華させたこの楽曲は、Wilcoの持つ音楽的深度と人間的誠実さを凝縮した、まさに現代の名曲である。
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