発売日: 1982年3月
ジャンル: ニュー・ウェイヴ、シンセ・ポップ、パワー・ポップ
概要
『Angst in My Pants』は、Sparksが1982年にリリースした11作目のスタジオ・アルバムであり、ニュー・ウェイヴ期の彼らを代表する快作として評価されている。
『No. 1 in Heaven』(1979)以降のシンセ・ポップ路線をさらに進化させつつ、よりポップでキャッチーな楽曲構成、そして洗練されたアメリカン・ニュー・ウェイヴ的プロダクションを取り入れた作品である。
アルバムのプロデュースは前作『Whomp That Sucker』(1981)に続き、Muff Winwood。演奏にはロサンゼルスのパワー・ポップ・バンド「Bates Motel」のメンバーが参加し、バンド・スタイルでのダイナミックな演奏と、ロン・メイルの鍵盤によるアグレッシブなシンセが融合。
ユーモラスで風刺的、かつ時にエモーショナルなラッセル・メイルのボーカルが、この時期特有のアイロニーと切実さを絶妙なバランスで歌い上げている。
全曲レビュー
1. Angst in My Pants
アルバムタイトル曲にして、青春期の苛立ちや性的フラストレーションを茶化した異色のロック・ナンバー。
“ズボンの中の不安”という過激でユーモラスなタイトルが、Sparksらしい知的な下世話さを象徴する。
疾走感あるギターとシンセが交錯するオープニングにふさわしい快作。
2. I Predict
Sparksとして初めて全米チャートにランクインしたシングル。
占いや未来予測という題材を風刺しながら、リズムの反復で中毒性を生み出す。
「私は予言する、君は誰とも結婚しない」などの突飛な歌詞が痛快。
3. Sextown U.S.A.
架空の“セックスタウン”という都市を舞台にした、社会風刺的ポップソング。
享楽と退廃、そしてアメリカの性文化に対するメイル兄弟の冷笑がにじみ出る。
キャッチーなコーラスとカラフルなシンセが皮肉に拍車をかける。
4. Sherlock Holmes
探偵小説のキャラクターを題材に、監視社会やアイデンティティの問題を描くユニークな楽曲。
「自分のことを調べられている気がする」という不安と、ラッセルのヒステリックなボーカルがぴたりと噛み合う。
5. Nicotina
煙草の擬人化を通して描かれる依存と愛の関係。
ジャジーなコード感とポップな展開が、不健康な魅力を逆説的に美しく見せる。
短くも強烈な印象を残す楽曲。
6. Mickey Mouse
ディズニーの象徴“ミッキーマウス”をモチーフに、メディア文化や社会の幼児化をアイロニカルに描写。
明るいメロディに潜むブラックなテーマがSparksの真骨頂。
童話の中に潜む狂気をあぶり出すような楽曲構成が秀逸。
7. Moustache
“口ひげ”をめぐる一種のアイデンティティ論。
コミカルな詞とパワー・ポップ風のエネルギーが融合し、ユーモアと知性が軽やかに共存。
Sparksにしか成立しえない“くだらなさの芸術”。
8. Instant Weight Loss
瞬間的ダイエットという現代的テーマを皮肉にした風刺ポップ。
健康志向社会への皮肉と、無茶な期待を抱く人間心理が浮かび上がる。
スピード感ある展開が聴きやすく、ライブでも映える曲。
9. Tarzan and Jane
古典的なキャラクターをモチーフに、恋愛のロールプレイや性役割への風刺を展開。
シンセのリフがジャングルの熱気を表現するように高揚感を誘い、ラッセルのボーカルも快調。
10. The Decline and Fall of Me
自己批評的でシニカルなエンディング・ナンバー。
「自分の衰退と没落」というテーマを、軽妙なポップに包んで提供するというSparksらしい矛盾の美。
ユーモアと哀愁がにじむ名バラード。
総評
『Angst in My Pants』は、Sparksがエレクトロ・ポップ以降のスタイルを吸収し、アメリカン・ニュー・ウェイヴの文脈の中で“知的でバカバカしいロック”という立ち位置を確立したアルバムである。
アイロニカルなリリック、パワフルでタイトな演奏、そしてキャッチーでクセになるメロディ――それらすべてが最もバランスよく共存している本作は、Sparks入門としても最適な一枚だ。
1980年代初頭の文化的混沌や自己喪失、メディア社会の断片性を、笑いながら乗りこなすようなSparksの姿勢は、このアルバムを通して最も明確に伝わってくる。
ポップミュージックに“考える余白”と“笑える余白”を同時に求めるリスナーにこそ響く、隠れた名盤である。
おすすめアルバム(5枚)
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Devo – Freedom of Choice (1980)
ニュー・ウェイヴと風刺の融合という点で、思想的にもサウンド的にも親和性が高い。 -
The Cars – Shake It Up (1981)
キャッチーなメロディとアメリカ的アイロニーの共存。Sparksのポップ側面に通じる。 -
Oingo Boingo – Nothing to Fear (1982)
カルト的ニュー・ウェイヴと演劇性の融合。ユーモアとダークさが近い。 -
They Might Be Giants – Lincoln (1988)
知的でナンセンスな歌詞とポップな楽曲構成。Sparks以後の文脈を引き継ぐ。 -
XTC – Black Sea (1980)
風刺と社会批評をポップに包んだ知性派バンド。リリカルな鋭さに共通点あり。
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