
発売日:1982年3月
ジャンル:ニューウェイヴ、シンセ・ポップ、アート・ポップ、パワー・ポップ、エレクトロ・ロック
概要
Sparksの『Angst in My Pants』は、1982年に発表された通算11作目のスタジオ・アルバムであり、ロン・メイルとラッセル・メイル兄弟が、1970年代から続けてきた演劇的で知的なポップ表現を、1980年代初頭のニューウェイヴ/シンセ・ポップの文脈へ鮮やかに接続した作品である。Sparksは、1970年代前半の『Kimono My House』や『Propaganda』で、グラム・ロック、アート・ロック、英国的な皮肉、オペラ的なボーカル、突飛な歌詞を組み合わせ、極めて独自のポップ・バンドとして評価された。その後、Giorgio Moroderと組んだ『No. 1 in Heaven』では、ロック・バンド的な構造を大きく離れ、シンセサイザーとディスコを用いた未来的なポップへ接近した。
『Angst in My Pants』は、その長い変遷の中で、Sparksが再びバンド・サウンドと電子的なニューウェイヴ感覚を結びつけた重要作である。前作『Whomp That Sucker』でアメリカン・ニューウェイヴ的な硬質なバンド・サウンドへ回帰したSparksは、本作でさらに楽曲の鋭さ、リズムの機敏さ、シンセサイザーの明快さ、ラッセル・メイルのボーカルの演劇性を整理し、1980年代型のポップ・アルバムとして高い完成度を示した。
アルバム・タイトルの『Angst in My Pants』は、Sparksらしい奇妙なユーモアと性的な含み、心理的不安、身体的な落ち着かなさを同時に持つ表現である。「angst」は不安、焦燥、実存的な苦悩を意味する言葉であり、そこに「in my pants」というあからさまに身体的で滑稽なフレーズが続く。つまり、このタイトルは高尚な不安と低俗な身体性を意図的に衝突させている。Sparksの魅力はまさにそこにある。彼らは知的であるが、決して高尚ぶらない。風刺的であるが、単なる冷笑にはならない。ポップでありながら、常にどこか落ち着かない。
1982年という時代背景を考えると、本作のサウンドは非常に時代に合っている。ニューウェイヴ、シンセ・ポップ、パワー・ポップ、ポスト・パンク以降の短く鋭いロックが、MTV時代の映像感覚とともに広がっていた時期である。Devo、The Cars、Talking Heads、XTC、The B-52’s、Blondie、Gary Numan、Human Leagueなどが、ロックの形式を解体しながらポップ化していた。Sparksはそれ以前から演劇性と人工性を武器にしていたため、この時代の空気と非常に相性がよかった。『Angst in My Pants』は、Sparksが1980年代のニューウェイヴ・シーンの中で、あらためて先駆者であり同時代的存在でもあることを示した作品である。
音楽的には、ギター、シンセサイザー、ドラム、ベースが非常にタイトに組み合わされている。1970年代前半の華麗で過剰なアレンジに比べると、ここでの音はより直線的で、リズムが前面に出る。だが、曲の構造やメロディには依然としてSparks特有のねじれがある。普通のニューウェイヴ・バンドなら単純に処理するようなフレーズにも、ロン・メイル特有の不自然なコード感や、突然の展開、歌詞のアイロニーが仕込まれている。
ラッセル・メイルのボーカルは、本作でも決定的である。彼の声は、ロック・シンガー的な荒々しさよりも、オペラ、ミュージカル、コミック・ソング、ポップ・スターの身振りを横断するような特異な表現力を持つ。高い声は鋭く、時に滑稽で、時に切実に響く。Sparksの楽曲では、語り手はしばしば奇妙な人物であり、自意識過剰で、不器用で、社会にうまく適応できず、欲望や不安に振り回される。本作のタイトル通り、その人物たちは頭の中だけで悩むのではなく、身体ごと落ち着かない。
歌詞面では、不安、欲望、社会的な演技、恋愛の失敗、自己像の崩壊、成功への皮肉、近代的な生活の滑稽さが扱われる。Sparksの歌詞は、直接的な感情告白というより、奇妙な状況設定やキャラクターを通して、人間の欲望や弱さを浮かび上がらせる。『Angst in My Pants』では、その手法がニューウェイヴの短く鋭い楽曲形式と結びつき、非常に聴きやすく、同時に底意地の悪いポップ・アルバムになっている。
全曲レビュー
1. Angst in My Pants
タイトル曲「Angst in My Pants」は、アルバム冒頭にふさわしく、Sparksのユーモア、神経質なビート、身体的な不安、そしてポップな即効性を一気に提示する楽曲である。タイトルの時点で、実存的な不安と性的な落ち着かなさが結びついており、Sparks以外にはなかなか成立しにくい種類のポップ・ソングである。
音楽的には、ニューウェイヴらしいタイトなリズムと、シンセサイザーの硬質な響きが中心にある。ギターはロック的な厚みを加えるが、主役はリズムとボーカルの切迫感である。曲は軽快に進むが、そこにある感情は決して安定していない。むしろ、身体の中に不安が宿り、じっとしていられないような感覚が音になっている。
歌詞では、不安が抽象的な精神状態ではなく、身体的な違和感として描かれる。これはSparksらしい視点である。一般的なロックやポップでは、不安は心や頭の問題として扱われることが多い。しかしこの曲では、不安はズボンの中にある。つまり、社会的にきちんとした顔をしていても、身体の奥では欲望や焦燥が暴れている。この滑稽さと切実さの同居が、曲の核心である。
ラッセル・メイルのボーカルは、曲の不安定さを完璧に表現している。彼は深刻に歌っているようでもあり、ふざけているようでもある。その境界の曖昧さこそがSparksの魅力である。「Angst in My Pants」は、アルバム全体のテーマを端的に表す楽曲であり、Sparksの1980年代的な再発明を象徴している。
2. I Predict
「I Predict」は、本作の中でも特にシングル向きの鋭いニューウェイヴ・ポップであり、Sparksの予言者的な語り口と皮肉が炸裂する楽曲である。タイトルは「私は予言する」という意味を持つが、ここでの予言は神秘的な啓示というより、社会や恋愛、人間の愚かさを見透かすような冷笑的な宣言として響く。
音楽的には、短く強いフレーズ、タイトなビート、明快なシンセ・ラインが特徴である。曲は非常にコンパクトで、無駄がない。1980年代初頭のニューウェイヴが持っていた、機械的で乾いたリズム感と、ポップ・ソングとしてのフックがうまく結びついている。Sparksは、複雑なアイデアを短い曲の中へ凝縮することに長けており、この曲はその好例である。
歌詞では、語り手がさまざまな未来を予言する。だが、その内容は必ずしも崇高な未来ではない。人間関係の破綻、社会的な滑稽さ、個人の失敗が、まるで当然の成り行きのように提示される。Sparksの歌詞における予言者は、未来を救う人物ではなく、未来がどれほど馬鹿げたものになるかを笑いながら指摘する人物である。
この曲の面白さは、冷笑的でありながら非常にポップである点にある。聴き手は歌詞の皮肉を理解する前に、リズムとメロディに引き込まれる。その後で、言葉の毒が効いてくる。「I Predict」は、Sparksがニューウェイヴの形式を用いて、自分たちの知的な悪意を最も効率よく伝えた楽曲のひとつである。
3. Sextown U.S.A.
「Sextown U.S.A.」は、タイトルからしてSparksらしい風刺性が強い楽曲である。アメリカの地名や観光地のような響きに「Sex」を結びつけることで、欲望が都市や消費文化の一部として商品化される感覚が浮かび上がる。これは単なる性的な冗談ではなく、アメリカ的な生活、広告、ポップ・カルチャー、欲望のパッケージ化への皮肉でもある。
音楽的には、軽快でややコミカルなニューウェイヴ・ポップである。リズムは跳ね、メロディは親しみやすいが、曲全体にはどこか人工的な明るさがある。Sparksの音楽では、明るさはしばしば不自然であり、その不自然さが批評性を生む。この曲でも、楽しい観光地のような表面の裏に、欲望の滑稽さが潜んでいる。
歌詞では、性がひとつの場所、ブランド、町のように描かれる。そこでは個人的な親密さよりも、消費されるイメージとしてのセックスが前面に出る。これは1980年代のポップ文化における性の扱いとも関係している。MTV、広告、ファッション、ナイトライフの中で、欲望は常に見せ物化されていた。Sparksはその状況を、真正面から批判するのではなく、架空の町として戯画化する。
「Sextown U.S.A.」は、Sparksのアメリカ批評の一形態である。彼らはアメリカのポップ文化の内部にいながら、それを少し外側から眺める視線を持っている。欲望を笑いながら、その欲望から完全に逃れられない人物たちを描く点に、この曲の鋭さがある。
4. Sherlock Holmes
「Sherlock Holmes」は、有名な探偵の名前をタイトルに用いた楽曲であり、推理、観察、疑念、恋愛における詮索をテーマにしている。Sparksは歴史上や文学上の人物をポップ・ソングへ持ち込むことがあるが、ここではシャーロック・ホームズが、知的な推理の象徴であると同時に、恋愛や人間関係を疑いすぎる人物像として機能している。
音楽的には、軽妙で、少しミステリアスな雰囲気がある。リズムは機敏で、曲の構成も無駄がない。シンセサイザーやギターの配置は、探偵もののユーモラスな緊張感を思わせる。Sparksは、題材に合わせて曲のムードを作るのが巧みであり、この曲でもタイトルのイメージが音楽に反映されている。
歌詞では、語り手が相手の行動や心理を読み解こうとする姿が描かれる。恋愛において、相手の本心を知りたいという欲求は非常に強い。しかし、それを推理しすぎると、関係は捜査の対象になってしまう。ここでのSherlock Holmesは、知性の勝利者というより、疑いの中から抜け出せない人物である。
この曲は、Sparksが知性を単純に肯定しないことを示している。賢さは魅力であると同時に、滑稽さの原因にもなる。相手を理解しようとするあまり、関係を壊してしまう。「Sherlock Holmes」は、その矛盾を軽やかに描いた楽曲である。
5. Nicotina
「Nicotina」は、タイトルからわかる通り、ニコチン、依存、習慣、誘惑をテーマにした楽曲である。ただし、Sparksがこの題材を扱うと、単なる喫煙の歌ではなく、欲望や中毒性を持つ関係全般の比喩として響く。名前を女性名のように変形した「Nicotina」という表現も、依存対象を人格化している点で興味深い。
音楽的には、どこか妖しい雰囲気があり、ラテン的な響きや異国趣味的な感触も感じられる。Sparksは、曲ごとに小さな舞台を作るバンドであり、この曲では「Nicotina」という危険な女性、あるいは誘惑の象徴が登場する舞台を作っている。リズムは軽快だが、曲の空気には中毒的な粘りがある。
歌詞では、やめたいのにやめられないものへの執着が描かれる。ニコチンは身体に害があるとわかっていても、人を引き戻す。恋愛や欲望も同じように、理性では危険だとわかっていながら、繰り返し近づいてしまうことがある。Sparksはこの構造を、ユーモラスかつ少し官能的に描く。
「Nicotina」は、本作における依存のテーマを象徴する楽曲である。『Angst in My Pants』全体には、身体が理性に従わないという感覚がある。この曲もまた、頭ではわかっているのに身体が求めてしまうものを描いている。
6. Mickey Mouse
「Mickey Mouse」は、ディズニーの代表的キャラクターをタイトルにした楽曲であり、本作の中でも特にポップ・カルチャー批評の色が強い。ミッキーマウスは、アメリカの大衆文化、子ども向けの無垢さ、商業化された夢、世界的なキャラクター・ビジネスを象徴する存在である。Sparksはその名前を使うことで、無邪気さと商品化の関係を戯画化している。
音楽的には、明るく、少しおどけた雰囲気を持つ。だが、その明るさは単純な楽しさではない。むしろ、過剰に明るいがゆえに不気味さもある。Sparksは、子ども向けの記号や娯楽の表面を、どこか不自然に拡大することで、その背後にある商業性や集団的な幻想を浮かび上がらせる。
歌詞では、ミッキーマウスというキャラクターが、単なる愛される存在ではなく、文化的な象徴として扱われる。彼は無垢で、楽しく、誰からも好かれる。しかしその完全な好感度には、どこか人間味のなさもある。Sparksはこの曲で、誰もが知っている記号が持つ空虚さを、軽快なポップ・ソングとして提示している。
「Mickey Mouse」は、Sparksの風刺性を理解するうえで重要な曲である。彼らはポップ・カルチャーを拒絶するのではなく、その内部の記号を用いて、ポップ・カルチャーそのものを批評する。この曲は、その方法が非常にわかりやすく表れた楽曲である。
7. Moustache
「Moustache」は、Sparksのキャラクター性を考えるうえで非常に象徴的な楽曲である。ロン・メイルの独特な口ひげは、Sparksの視覚的イメージの一部であり、バンドの奇妙なユーモアや不穏な存在感を形作ってきた。この曲では、口ひげという身体の一部が、男性性、スタイル、自己演出、社会的な記号として扱われる。
音楽的には、軽快で奇妙なポップ・ソングであり、タイトルの滑稽さをそのまま音にしている。リズムはタイトで、シンセとギターの配置も明快である。曲は短く、アイデアを素早く提示し、余計な感傷に流れない。Sparksらしいコンセプチュアルな小品である。
歌詞では、口ひげが単なる毛ではなく、人格や印象を左右するものとして描かれる。男性の顔にある小さな装飾が、権威、怪しさ、魅力、時代遅れ、個性の象徴になる。これはSparksが得意とする、些細なものを通じた社会的な演技の分析である。人は外見の小さな要素によって、他者からまったく違って見られる。
「Moustache」は、Sparksが自己イメージを笑いの対象にできるバンドであることを示している。自分たちの視覚的な記号すら、曲の題材として解体する。その自己批評性が、Sparksの長寿と独自性を支えている。
8. Instant Weight Loss
「Instant Weight Loss」は、タイトルからして1980年代の消費社会や身体管理への皮肉が強い楽曲である。「即効の減量」という言葉は、広告、ダイエット産業、見た目への執着、簡単な解決策への欲望を連想させる。Sparksはこの曲で、身体を商品化する社会への風刺を行っている。
音楽的には、機械的で軽快なニューウェイヴ・サウンドが、広告のような明るさをまとっている。曲そのものが、まるでテレビCMや通販番組のような即効性を持つ。そこにSparksの皮肉がある。楽曲がキャッチーであるほど、歌詞が描く消費社会の滑稽さも強く浮かび上がる。
歌詞では、身体を簡単に変えたいという欲望が描かれる。人は努力せずに変わりたい。すぐに痩せたい。すぐに魅力的になりたい。すぐに社会に受け入れられたい。この即時性への欲望は、1980年代だけでなく現代にも通じるテーマである。Sparksはその欲望を笑いながら、同時にそれがいかに人間的で避けがたいものかも示している。
「Instant Weight Loss」は、本作における身体不安のテーマを社会的な方向へ広げる楽曲である。『Angst in My Pants』の不安は個人の身体から始まるが、この曲ではその身体が広告や消費文化にさらされる。Sparksの批評眼が光る一曲である。
9. Tarzan and Jane
「Tarzan and Jane」は、ポップ・カルチャーにおける有名な男女の組み合わせを題材にした楽曲である。ターザンとジェーンは、野生と文明、男性性と女性性、冒険と恋愛の象徴として広く知られている。Sparksはこの古典的なペアを用いて、男女関係や物語のステレオタイプを風刺している。
音楽的には、軽妙でコミカルな雰囲気を持ち、タイトルの冒険活劇的なイメージをポップに処理している。Sparksは、既存の文化的記号を持ち込み、それを少しずらすことで新しい意味を生み出す。この曲でも、誰もが知るターザンとジェーンが、単純なロマンスの象徴ではなく、滑稽な関係性として再配置される。
歌詞では、野生的な男と文明的な女というステレオタイプが扱われる。ターザンは自然の中で自由に生きる男性像であり、ジェーンはその世界へ入っていく女性として描かれてきた。しかしSparksの視点では、その構図自体がすでに古く、どこか馬鹿げている。彼らは神話を壊すというより、神話をそのまま舞台に上げて、観客にその不自然さを見せる。
「Tarzan and Jane」は、Sparksの文化批評的なユーモアがよく出た曲である。ロマンスの定型、男女役割、冒険物語の単純さが、ニューウェイヴ・ポップの中で軽やかに解体されている。
10. The Decline and Fall of Me
「The Decline and Fall of Me」は、タイトルからして非常にSparksらしい大げさな自己戯画である。「私の衰退と没落」という表現は、歴史書や帝国の崩壊を思わせる壮大な言い回しだが、それが一個人の自己像に適用されている。この過剰なスケールのズレが、Sparksのユーモアの核心である。
音楽的には、ややドラマティックで、タイトルの大仰さにふさわしい展開を持つ。シンセサイザーとバンド・サウンドが、個人的な失敗を歴史的事件のように演出する。ラッセル・メイルのボーカルも、自己憐憫と演劇性の間を行き来する。彼は自分の没落を本気で嘆いているようでもあり、その嘆き自体を見世物にしているようでもある。
歌詞では、自己の失敗、魅力の喪失、社会的な立場の低下が、まるで文明の崩壊のように描かれる。これは非常に滑稽だが、同時に人間の自意識の本質を突いている。誰にとっても、自分の小さな失敗は世界の終わりのように感じられることがある。Sparksはその誇張を笑いに変える。
「The Decline and Fall of Me」は、本作の自己不安のテーマを最も大きなスケールで戯画化した楽曲である。個人の不安が歴史的崩壊として語られる。この馬鹿馬鹿しさと痛切さの同居こそ、Sparksの真骨頂である。
11. Eaten by the Monster of Love
アルバムの最後を飾る「Eaten by the Monster of Love」は、本作を締めくくるにふさわしい、Sparks流の怪物的ラブソングである。タイトルは「愛の怪物に食べられる」という意味であり、恋愛を美しい救済ではなく、人を飲み込む怪物として描いている。この発想は、Sparksらしいロマンティシズムへの疑いに満ちている。
音楽的には、非常にキャッチーで、ニューウェイヴ・ポップとしての完成度が高い。明快なリズム、覚えやすいメロディ、印象的なコーラスがあり、アルバム終盤を力強く締める。だが、そのポップな明るさの中で歌われるのは、愛に食べられるという不穏なイメージである。この対比が曲の魅力である。
歌詞では、愛が主体を奪うものとして描かれる。恋愛は人を幸福にするが、同時に自分の意志や理性を失わせることもある。愛の怪物は、優しく抱きしめる存在ではなく、巨大な口で飲み込む存在である。Sparksはこの比喩によって、恋愛の不条理と恐ろしさをコミカルに表現している。
終曲としての「Eaten by the Monster of Love」は、『Angst in My Pants』全体のテーマをまとめている。不安、欲望、身体、自己像、消費文化、恋愛。それらはすべて、人間を落ち着かなくさせ、時に飲み込む怪物のようなものとして描かれる。アルバムは最後に、愛そのものを怪物として提示して終わる。この終わり方は、Sparksらしく滑稽で、鋭く、妙に切実である。
総評
『Angst in My Pants』は、Sparksが1980年代初頭のニューウェイヴ環境において、自らの個性を見事に再構築したアルバムである。1970年代のグラム/アート・ロック期、Giorgio Moroderとの電子ポップ期を経て、本作ではバンド・サウンドとシンセ・ポップを結びつけ、短く鋭い楽曲の中に、Sparks特有の不安、ユーモア、風刺、演劇性を凝縮している。
本作の最大の魅力は、身体化された不安である。アルバム・タイトル曲が示すように、ここでの不安は抽象的な哲学ではなく、身体の落ち着かなさ、欲望の制御不能、見た目への不安、性への焦燥、恋愛に飲み込まれる恐怖として現れる。「Nicotina」では依存が人格化され、「Instant Weight Loss」では身体管理への欲望が風刺され、「Eaten by the Monster of Love」では愛が怪物化される。Sparksは、知的な言葉遊びをしながらも、題材は非常に身体的である。
歌詞の面では、Sparksのアイロニーが非常に高い密度で詰め込まれている。「I Predict」では未来を見透かす語り手が登場し、「Sherlock Holmes」では恋愛が推理ゲーム化され、「Mickey Mouse」ではポップ・カルチャーの無垢な記号が風刺され、「The Decline and Fall of Me」では個人の失敗が帝国の崩壊のように語られる。どの曲にも、普通の感情を普通に歌わないSparksの姿勢がはっきり表れている。
音楽的には、ニューウェイヴ期のSparksとして非常に聴きやすい作品である。曲は短く、リズムは明確で、シンセサイザーとギターのバランスもよい。前衛的なアイデアを持ちながら、ポップ・ソングとしてのフックを失わない点が、本作の強さである。Sparksは奇妙なバンドだが、単に奇妙なだけではない。メロディ、構成、リズムの作り方が極めて巧みであるため、その奇妙さがポップとして成立する。
ラッセル・メイルのボーカルは、本作でも唯一無二である。彼の高く伸びる声は、感情を真剣に表現しながら、その真剣さ自体を少し笑っているようにも聞こえる。ロン・メイルの作曲と歌詞は、登場人物を滑稽に描くが、そこには人間への観察がある。Sparksの世界では、誰もが少しおかしい。だが、そのおかしさは他人事ではない。欲望に振り回され、見た目を気にし、愛に食べられ、未来を予測したがる人間の姿は、滑稽であると同時に普遍的である。
1982年のニューウェイヴ・シーンの中で見ると、『Angst in My Pants』は非常に重要な位置にある。Devoが人間の機械化を、Talking Headsが都市的な神経症を、XTCがポップの構造を、The Carsがロックとシンセの融合を提示していた時期に、Sparksはそれらと響き合いながら、より演劇的で言語的なニューウェイヴを作っていた。彼らは1970年代から活動していたため、ニューウェイヴに乗ったというより、ニューウェイヴがSparksに追いついたとも言える。
本作は、後続のアーティストにも大きな示唆を与える作品である。Pet Shop Boys、They Might Be Giants、Franz Ferdinand、The Magnetic Fields、Scissor Sisters、LCD Soundsystemなど、知的なユーモア、人工的なポップ性、演劇的なボーカル、ダンス性を組み合わせるアーティストにとって、Sparksの方法論は重要な参照点である。『Angst in My Pants』は、その中でも比較的入りやすく、Sparksの本質を理解しやすいアルバムである。
日本のリスナーにとって本作は、Sparksを知るうえで非常に有効な一枚である。1970年代の『Kimono My House』のようなグラム的な華やかさとも、Moroder期の電子ディスコとも異なり、ここではニューウェイヴ・ポップとしての親しみやすさがある。一方で、歌詞やコンセプトにはSparksらしい毒が十分にある。メロディで楽しみ、言葉を読むとさらに笑えて、同時に少し不安になる。そうした二重の聴き方ができる作品である。
『Angst in My Pants』は、タイトル通り、不安を抱えたアルバムである。しかしその不安は暗く沈むのではなく、踊り、跳ね、笑い、変なキャラクターや奇妙な言葉へ変換される。Sparksは、不安を解消するのではなく、不安をポップにする。人間の滑稽な欲望や身体の落ち着かなさを、鋭く、軽く、知的で、非常にキャッチーな音楽へ変える。本作は、その才能が1980年代のニューウェイヴ・サウンドの中で見事に結実した名盤である。
おすすめアルバム
1. Sparks『Kimono My House』(1974年)
Sparksの代表作であり、グラム・ロック/アート・ポップ期の決定的なアルバム。「This Town Ain’t Big Enough for Both of Us」を収録し、ラッセル・メイルの高音ボーカル、ロン・メイルの奇妙な作曲、演劇的な歌詞が鮮烈に表れている。『Angst in My Pants』の源流を知るために欠かせない。
2. Sparks『No. 1 in Heaven』(1979年)
Giorgio Moroderとの共同制作による電子ポップ/ディスコ期の重要作。ロック・バンド的な形式を離れ、シンセサイザーと反復ビートを前面に出した作品で、後のシンセ・ポップにも影響を与えた。『Angst in My Pants』の電子的な側面を理解するうえで重要である。
3. Sparks『Whomp That Sucker』(1981年)
『Angst in My Pants』の直前作であり、Sparksがアメリカン・ニューウェイヴ的なバンド・サウンドへ回帰したアルバム。ギターとシンセの組み合わせ、短く鋭い楽曲構成など、本作への橋渡しとなる要素が多い。1980年代Sparksの流れを追ううえで重要な作品である。
4. Devo『Freedom of Choice』(1980年)
ニューウェイヴ期の知的で風刺的なポップの代表作。人間の機械化、消費社会、身体のぎこちなさを、硬質なリズムとシンセ・サウンドで表現している。Sparksとは方法は異なるが、『Angst in My Pants』と同様に、ユーモアと不安をポップ化した作品である。
5. XTC『Black Sea』(1980年)
ニューウェイヴとギター・ポップを結びつけた名盤。鋭いリズム、知的な歌詞、ひねりのあるメロディという点で、Sparksと親和性が高い。『Angst in My Pants』のバンド・サウンド面や、ポップの中に仕込まれた皮肉を理解するために比較して聴きたい作品である。

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