1. 歌詞の概要
「A New Wave」は、Sleater-Kinneyが2015年にリリースした通算8作目のアルバム『No Cities to Love』に収録された楽曲であり、10年間の活動休止を経て復活した彼女たちの新たな幕開けを告げるようなエネルギッシュな一曲です。タイトルの「A New Wave(新しい波)」は、まさにその名の通り、時代の変化や再出発の象徴として機能しています。
歌詞は、既存の枠組みに対する反発と、自分の中にある未開の可能性への賛歌をテーマにしています。外から押し付けられるアイデンティティやジェンダー、感性の枠に対して「私はそれじゃない」「私を決めつけるな」とはっきりと主張する姿勢は、Sleater-Kinneyらしいフェミニズムと自己肯定の哲学が色濃く反映されています。
また、コーラスで繰り返される「It’s not a new wave, it’s just you and me(これは“ニューウェーブ”なんかじゃない、ただの“あなたと私”なんだ)」という一節には、ジャンルや流行、外部からの分類に抗うような自由と親密さが表れており、リスナーに向けた真っ直ぐなメッセージとして響きます。
2. 歌詞のバックグラウンド
『No Cities to Love』は、2005年の『The Woods』以来10年ぶりとなるスタジオアルバムであり、Sleater-Kinneyにとってキャリアの新たな章の幕開けとなる作品でした。この再結成には多くのファンや批評家が驚きと喜びをもって迎え入れ、アルバム自体もRolling Stone、Pitchforkなど多数のメディアで年間ベストに選出されました。
「A New Wave」は、アルバムの中でもひときわポップでキャッチーな楽曲であり、2015年当時のSleater-Kinneyが、“過去の自分たち”から脱却しつつ、“本質的な自分たち”に立ち返るという、パラドックスのような立ち位置を示す役割を果たしています。
また、この曲はアニメ『スティーヴン・ユニバース(Steven Universe)』とのコラボMVが制作されたことでも話題になりました。MVではアニメのキャラクターたちがSleater-Kinneyの曲に合わせて演奏する様子が描かれ、同作のLGBTQ+フレンドリーな世界観とSleater-Kinneyのメッセージが見事に融合しています。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「A New Wave」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。
Every time I climb a little higher
いつも少しずつ上へと登っているのにShould I leap or go on living?
飛び降りるべき? それとも生き続けるべき?What’s mine is mine
私のものは、私のものI’m not trying to hide
私は隠れてなんかいないIt’s not a new wave
これは“新しい波”なんかじゃないIt’s just you and me
ただの“あなたと私”のことよLet’s make a new start
さあ、新しいスタートを切ろうWe don’t need the label
ラベル(分類)なんていらない
歌詞全文はこちらで参照できます:
Genius Lyrics – A New Wave
4. 歌詞の考察
「A New Wave」の歌詞は、女性として、音楽家として、そして個人として、他者に定義されることを拒む強い意志に満ちています。「What’s mine is mine(私のものは私のもの)」というラインは、身体的・感情的な自己決定権を表すと同時に、“自分という存在は他人によって分類されるものではない”という強い自己肯定の宣言です。
また、「It’s not a new wave, it’s just you and me」という核心的なラインには、ジャンルや時代性を超越した“今、ここにいる私たち”の存在価値を認めるメッセージが込められています。それは80年代のニューウェーブ(New Wave)音楽の引用であると同時に、そこから自分たちが自由であることの確認でもあり、「この再結成は“懐古”ではなく、まったく新しい自己表現だ」という意志表明でもあります。
コーラスが進むにつれて、個人的な葛藤──「登るたびに問われる、飛び降りるか、生きるか」──が、やがて他者との連帯や希望へと繋がっていく構成は、まるでSleater-Kinney自身の音楽的・精神的再生の物語そのもののようです。
そしてこの曲がポップであることもまた重要です。従来の彼女たちのアグレッシブなパンク路線とは一線を画すキャッチーさによって、より多くの人にこのメッセージが届くことを意図したとも考えられます。つまりこれは、“やさしい解放”の歌──ラウドではないけれど、誰かの人生を変えるような“静かな革命”のアンセムなのです。
引用した歌詞の出典は以下の通りです:
© Genius Lyrics
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Born to Rule by Tacocat
フェミニズムとポップパンクの融合。ユーモアを交えて“女の子らしさ”を覆す姿勢が共鳴する。 - Rebel Girl by Bikini Kill
パンクフェミニズムの原点的名曲。ジャンルを超えて連帯を歌う姿勢が「A New Wave」と通じる。 - I Wanna Get Better by Bleachers
自己肯定と再生をテーマにしたアップテンポのロック。個人的な葛藤を通じて希望を描く構成が似ている。 - Boys Wanna Be Her by Peaches
性別の規範に挑戦し、個人の自由を祝福する挑発的アンセム。ジェンダー批評としての強さが共通する。
6. “分類”を拒む、やさしい革命のうた
「A New Wave」は、Sleater-Kinneyが“再結成後”というレッテルを貼られることなく、“今の彼女たち”として再出発するための、もっとも重要なマニフェストです。それは、「かつてのように戻る」のではなく、「まったく新しい形で、同じ信念を持ち続ける」という行為であり、その行為そのものがフェミニズムであり、ロックであり、芸術なのです。
この曲がポップであること、そして“怒っていない”ことは、むしろそのラディカルさを際立たせています。怒りや激しさによらずに、“ありのままの私たちでいよう”と穏やかに呼びかけることができる──それこそが、成熟したフェミニズムの表現であり、Sleater-Kinneyというバンドが20年以上にわたり進化してきた成果でもあるのです。
そして、リスナーである私たちもまた、この「新しい波」に乗ることができます。それは何かの運動に参加することではなく、ただ自分自身を見つめ直し、誰かと“ただのあなたと私”として関係を築くこと──その、ささやかなけれど力強い革命なのです。
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