
1. 歌詞の概要
「Andres(アンドレス)」は、L7が1994年にリリースした4作目のスタジオ・アルバム『Hungry for Stink』の先行シングルとして発表された楽曲であり、バンドのキャリアの中でも特にキャッチーかつ痛烈な一曲である。表面的には「Andres」という男性に向けた“謝罪の手紙”のような体裁をとっているが、その裏には皮肉と怒り、そしてL7らしいフェミニズムの視点がしっかりと刻まれている。
歌詞の語り手は、自分が“誰か最悪な男”を友人のAndresに紹介してしまったことを悔い、「ほんとうにごめん」と謝る。だがその謝罪は、単なる反省ではなく、「男のクズさ」に対する痛烈な批判と、女性が男に“巻き込まれること”の構造的な怒りに満ちている。
「Andres」は、90年代の女性ロックバンドとしてのL7が、“女性の友人との連帯”を大事にしながら、男性優位の文化に鋭く切り込んでいく楽曲でもある。それは陰鬱ではなく、重いギターリフに乗せて堂々と鳴らされる“痛快な開き直りのアンセム”なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲の舞台裏にあるのは、実際の友人関係で起きたちょっとした“人間関係の後悔”である。L7のメンバーが語るところによれば、「Andres」というのは実在の人物であり、歌詞の通り「彼に紹介した男がダメなやつだった」――というシンプルなエピソードがベースにある。
だがL7は、その個人的な経験を社会的メタファーへと昇華している。曲の中では、Andresへの謝罪が繰り返される一方で、「あんなクズを紹介してごめん。でも、あいつがどんな奴かまでは分からなかった」という防衛的な本音も顔を覗かせる。つまりこの曲は、“共犯になってしまった女性の苦さ”と“怒りの矛先をどこに向けていいか分からないフラストレーション”を一緒くたに叫ぶことで、リアルな感情の矛盾をそのまま提示しているのだ。
また、本曲が収録された『Hungry for Stink』は、L7がオルタナティブ・ロックの波に乗りながらも、“ただのグランジ・ガールズ”として消費されることを拒絶しようとした意志の強い作品であり、「Andres」はその幕開けにふさわしい、攻撃的かつユーモラスなトーンを持った曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I broke a promise
I didn’t lie
And Andres, I would never make it up to you
約束を破ってしまったけど
嘘はついてない
アンドレス、ごめん、たぶん償えないかもしれないPlease, please forgive me
But you know that I was high
どうか許して
でも知ってるでしょ、あのとき私はラリってたってAnd if I hurt you
Then I’m sorry
もしあなたを傷つけたのなら
ほんとうにごめんPlease don’t ask me to
Shut up
でもお願い、私に黙れなんて言わないで
※ 歌詞引用元:Genius – L7 “Andres”
ここで語られる“謝罪”は、極めてL7的である。反省しているようで、その中に皮肉や投げやりなユーモアが含まれており、まるで語り手自身が“感情をどう処理していいかわからない”状態のまま、ギターの音にすべてを託しているかのようである。
「ラリってた」とあっけらかんと語るあたりに、L7特有の脱力感と“自分を責めすぎない”視点がにじむ。同時に、「Shut up」と言われることにだけは怒りを込めて拒否する姿勢が、彼女たちの音楽の核心にある“沈黙への反抗”を象徴している。
4. 歌詞の考察
「Andres」は、一見するとただの冗談めいた謝罪ソングだが、その実、深く社会的な主張を秘めている。女性が男性を紹介した結果、その男性が暴力的だったり、精神的に有害だったとき、「どうしてあんな人を?」と“間接的に責任”を問われることがある。その構造そのものを、L7はここで“突き飛ばすように”歌っている。
歌詞の語り手は、自分の無知を悔いてはいるが、同時にそれ以上責められる筋合いはないと主張する。そのバランス感覚が、「わかっている、でも私のせいじゃない」という強い一行――「Please don’t ask me to shut up」に凝縮されているのだ。
また、これまでのL7が多くの曲で“システムや文化に対する怒り”を歌ってきたのに対し、「Andres」は極めて個人的な失敗と感情のもつれに焦点を当てている。そのぶん、より共感的で、よりラフで、しかし“何かが刺さる”強さを持っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Shove by L7
社会の「理想」にうまく馴染めない怒りと違和感を爆発させた代表曲。 - Jennifer’s Body by Hole
女性の身体とその“消費”について描いた、痛烈で美しいサイコ・フェミニズム。 - Rebel Girl by Bikini Kill
女性同士の絆と称賛を全力で叫ぶ、90年代フェミニズム・パンクの金字塔。 - Start Together by Sleater-Kinney
壊れていく関係を、強く、美しく、そして静かに歌い上げたロックナンバー。 - Typical Girls by The Slits
“女の子らしさ”に対するパンク的な脱構築。
6. 個人的な失敗が、抵抗のうたに変わるとき
「Andres」は、L7にとって珍しく“身近な関係”をテーマにした楽曲でありながら、その中にフェミニズム的な視点と、文化批評的な含意をしっかりと宿している。彼女たちの音楽は常に“怒り”と“笑い”の間に立ってきたが、この曲はそのバランスがとりわけ見事であり、バンドの成熟と自信が伝わってくる。
軽やかに、だがはっきりと、「私は責められない」と言うこの歌は、責任を押しつけられがちなすべての人への“ノイズまじりの共感”である。
Andresへの謝罪は、もしかしたら私たち自身の過去の誰かにも向けられているのかもしれない。
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