発売日: 1998年6月2日
ジャンル: オルタナティブロック、エレクトロニカ、ゴシックロック
The Smashing Pumpkinsの4作目となるアルバム「Adore」は、バンドにとって新たな挑戦を示す一枚である。前作「Mellon Collie and the Infinite Sadness」の圧倒的なスケールとサウンドから一転し、「Adore」ではエレクトロニカやゴシックロックの要素が取り入れられ、よりダークで内省的な音楽性が前面に出ている。ビリー・コーガンはこの作品でアコースティックギターやピアノ、ドラムマシンを多用し、シンプルかつ静謐なアレンジに挑戦している。
また、当時ドラマーのジミー・チェンバレンが脱退し、コーガンは打ち込みのリズムやゲストミュージシャンを活用することで新たな音像を作り出している。彼の母親の死や、メンバーの脱退といった個人的な経験が影響を与えた本作は、深い悲しみと孤独感が色濃く反映された作品となっている。「Adore」は、バンドのイメージを覆す転換点となった作品であり、リスナーにとっても新鮮かつ挑戦的な音楽体験を提供している。
各曲解説
1. To Sheila
アルバムのオープニングを飾る「To Sheila」は、アコースティックギターと静かなボーカルが主役の美しいバラード。柔らかいメロディとコーガンの哀愁漂う声が、アルバム全体の儚さと優しさを象徴している。彼の内省的な一面が印象的な、静かに染み入る一曲だ。
2. Ava Adore
エレクトロニックなビートとダークなサウンドが融合したこの曲は、「Adore」を代表する楽曲。コーガンが「We must never be apart」と繰り返す歌詞には執着と愛が感じられ、ゴシック的な雰囲気が強調されている。冷たくも官能的なサウンドがリスナーを引き込む。
3. Perfect
シンセサウンドとキャッチーなメロディが印象的な「Perfect」は、デビュー作「Gish」の「1979」を彷彿とさせるポップで軽やかな一曲。アルバム全体の暗さの中で、少し明るい光を感じさせるような楽曲であり、シンプルながらも聴きやすい仕上がりになっている。
4. Daphne Descends
ドラムマシンと深いエフェクトが絡み合い、ゴシックで幻想的な雰囲気を醸し出す。コーガンのメランコリックなボーカルが、静かに沈み込むように響き渡る。まるで夜の闇に包まれるような不安と孤独感が、心に残る一曲だ。
5. Once Upon a Time
アコースティックで優しいサウンドが印象的なバラードで、コーガンが母親への思いを歌う感動的な一曲。喪失感と愛が溢れる歌詞と、温かみのあるアレンジが深い感動を呼び起こし、聴く者の心を打つ。
6. Tear
重厚なシンセと静かなビートが特徴で、複雑な感情が詰まった楽曲。コーガンのボーカルが、まるで囁くように響き、深い孤独と内省が感じられる。静と動が混在するダイナミックな構成が印象的。
7. Crestfallen
ゴシック調のアレンジが際立つ「Crestfallen」は、静かなビートとピアノが導く哀愁漂うメロディが特徴だ。失恋と孤独がテーマで、繊細なコーガンの声が楽曲に深みを与えている。
8. Appels + Oranjes
エレクトロポップの要素を取り入れた軽快なナンバーで、アルバムの中でも比較的ポップな雰囲気がある。リズミカルなビートが心地よく、デジタルとアコースティックが融合する独特のサウンドが耳に残る。
9. Pug
ダークでサイケデリックな雰囲気が漂う「Pug」は、ロックとエレクトロの融合が特徴的な一曲。冷たいビートとギターの響きが、緊張感とミステリアスなムードを生み出している。
10. The Tale of Dusty and Pistol Pete
アコースティックなサウンドが優しく、物語性のある歌詞が心を惹きつける。どこかカントリーの要素も感じさせ、アルバムの中での異色の存在となっている。
11. Annie-Dog
ミニマルでシンプルな構成の「Annie-Dog」は、ピアノが静かに響く中、コーガンのボーカルが中心となっている。孤独感と儚さが漂い、楽曲全体が一抹の寂しさに包まれている。
12. Shame
長尺のナンバーで、サイケデリックなエフェクトとエレクトロビートが際立つ。静かに反復されるメロディが、じわじわと内面を抉り出し、深い感情の渦へとリスナーを誘う。
13. Behold! The Night Mare
エコーが効いたボーカルと美しいメロディが幻想的な空間を作り出す。夢幻的な雰囲気が漂い、夜の静けさを感じさせる一曲。
14. For Martha
母親への思いを込めた感動的なバラードで、ピアノとストリングスが重なり合う壮大なアレンジが特徴的。心からの感謝と哀悼が込められ、コーガンの深い愛情が痛いほど伝わる。
15. Blank Page
静かで落ち着いたピアノが美しい一曲で、儚さと静寂が心に響く。喪失感と再生がテーマとなっており、終末的でありながらも希望を感じさせるような雰囲気を持っている。
16. 17
アルバムの最後を締めくくる短いインストゥルメンタルで、ピアノが淡々と響き渡る。余韻を残しながら、静かに終焉を迎える一曲。
アルバム総評
「Adore」は、The Smashing Pumpkinsのサウンドと美学が大きく進化した作品であり、ロックからエレクトロニカへの大胆な方向転換を示している。コーガンの内なる苦悩や喪失、孤独が反映されたこの作品は、これまでの作品とは一線を画し、より内省的で感傷的なトーンが漂っている。シンセサウンドやドラムマシンが駆使された実験的なアレンジが、アルバム全体に独特の深みと静けさをもたらしており、バンドの新たな一面を表現している。悲しみと静寂の美しさが詰まった「Adore」は、パンプキンズファンのみならず、多くのリスナーの心に残る名盤といえるだろう。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
Disintegration by The Cure
深い哀愁とゴシックな雰囲気が共通しており、静謐で美しいサウンドが「Adore」に通じる。
Homogenic by Björk
エレクトロニカとオーケストラの融合が魅力のアルバムで、個人的な感情を内省的に表現している点が似ている。
The Downward Spiral by Nine Inch Nails
暗く内向的なテーマとエレクトロニックなサウンドが特徴で、心の痛みを表現したアルバム。
OK Computer by Radiohead
冷たくも美しいサウンドスケープと内省的な歌詞が「Adore」の持つ雰囲気とリンクする。
Black Celebration by Depeche Mode
シンセサウンドと暗い歌詞が際立つゴシックロックの名盤で、「Adore」と同様に深い内面的なテーマが特徴。
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