発売日: 1971年7月16日
ジャンル: プログレッシブ・ロック、アヴァン・ロック、バロック・ロック
“獲得すべき味覚”とは——耳の冒険者たちに捧げる、音楽実験の密室劇
『Acquiring the Taste』は、イギリスのプログレッシブ・ロック・バンドGentle Giantが1971年に発表したセカンド・アルバムであり、彼らの真の芸術的方向性が明確に打ち出された作品である。
デビュー作の堅実なブリティッシュ・ロック寄りの構造を大きく逸脱し、本作ではクラシック、ジャズ、バロック、現代音楽、電子音響までを大胆に組み込み、強烈な実験性と知性に満ちた音の迷宮が構築されている。
ライナーノーツには、“このアルバムは商業的な意図をもって作られてはいない”と明言されており、まさにその言葉通り、「耳で獲得せよ」と挑むような、反ポップ志向の美学が全編を貫いている。
それは“獲得するには時間がかかる味覚”=Acquiring the Tasteであり、聴く者に試練と報酬を同時に与える稀有なアルバムである。
全曲レビュー
1. Pantagruel’s Nativity
フランスの作家ラブレーの『パンタグリュエル物語』にインスパイアされた、開幕の組曲的楽曲。
多層的なヴォーカル・ハーモニーと幻想的なメロディ、古楽器とエレクトロニクスの融合が、このバンドの知性と美意識を高らかに宣言する。
2. Edge of Twilight
不協和音と音響操作が際立つ、幽玄な短編。
グロッケン、ストリングス、逆回転テープといった実験的手法が駆使され、夢と現実の狭間を彷徨うような感覚を生み出す。
3. The House, the Street, the Room
ジャズ的リズムと変拍子が交錯する中で、ダークでサスペンスフルな展開を見せる一曲。
中盤に挿入される無調的なブレイクは、聴き手に構成感覚の再定義を迫る。
4. Acquiring the Taste
タイトル曲でありながら1分半の短編。
シンセサイザーとストリングスが幽かに絡むアンビエント的な小品で、まるでアルバム全体の“プロローグ”のように機能している。
5. Wreck
ロック色の強いドラマチックな楽曲。
難破船をテーマにした歌詞と、ハードなギター、複雑なリズム、クワイア風のコーラスが共存する、Gentle Giantの叙事詩的側面が強調された楽曲。
6. The Moon Is Down
柔らかいフルートとキーボードの絡みが美しい序盤から、突如として大胆な展開へと転調する楽曲。
幻想と崩壊、静寂と轟音が交錯する音の万華鏡。
7. Black Cat
ファンクとキャバレー音楽が融合したような異色作。
奇妙な緊張感とスウィング感があり、リズムの揺らぎと音色の多彩さが中毒的な魅力を放つ。
8. Plain Truth
バイオリンとディストーション・ギターが融合した、ロック色の強い終曲。
ライブでの定番曲でもあり、Gentle Giantの即興的側面とパワー感を示す重要なナンバー。
感情の振幅が大きく、アルバムを感覚的に締めくくる。
総評
『Acquiring the Taste』は、Gentle Giantというバンドが自らのアイデンティティを確立した決定的な作品であり、ロックという枠組みの外側を模索し続けた彼らの“宣言書”とも言えるアルバムである。
音楽理論に裏打ちされた緻密なアンサンブル、知的で文学的なリリック、前衛的で妥協のない構成。これらすべてが一体となって、“聴き手を育てるアルバム”というユニークな地位を築いた。
それは、決して聴きやすい音楽ではない。
だが、ひとたびこの音の迷宮に足を踏み入れれば、その複雑さの中にある美しさと刺激が、忘れがたい知的快楽として記憶に刻まれるだろう。
まさにこの作品は、“獲得するに値する味”なのである。
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ダークで緊張感のある現代音楽的アプローチが、Gentle Giantの精神と響き合う。
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