
楽曲の概要
「Selfless」は、The Strokesが2020年に発表した6作目のアルバム『The New Abnormal』収録曲である。アルバムでは2曲目に置かれ、プロデュースはRick Rubinが担当した。The Strokesは2000年代初頭にニューヨークのロック・シーンを代表する存在となったバンドだが、『The New Abnormal』では初期の鋭く乾いたギター・ロックをそのまま再現するのではなく、シンセサイザー、広がりのある残響、柔らかな歌唱を取り入れた落ち着いたサウンドへ進んでいる。「Selfless」はその変化がよく表れた一曲で、バンドらしいギターの輪郭を保ちながら、かなりメロディアスで内省的な曲になっている。
曲の長さは比較的コンパクトだが、ヴァースでは抑えた演奏、サビでは高く伸びるボーカルと広がるギターという明確な起伏がある。Julian Casablancasの歌唱も、初期作品で聞かれた無表情で少し投げやりなスタイルとは異なり、感情をかなり前面に出している。『The New Abnormal』全体にある、過去を振り返りながら現在の自分を見つめる感覚を、恋愛の後悔と自己犠牲というテーマに集中させた曲である。
歌詞の概要
歌詞では、語り手が失われつつある、あるいはすでに失われた関係を振り返り、自分が相手に十分なものを与えられなかったことを悔やんでいるように読める。タイトルの「Selfless」は「無私」「自分を顧みない」といった意味を持つが、この曲では語り手自身が完全に自己犠牲的だったというより、むしろもっと相手のために行動できたはずだという後悔と結びついている。
語り手は相手を理想化している部分もあり、関係が終わった後だからこそ、その存在の大きさが強く感じられているように聞こえる。歌詞には自信を失った人物の感覚もあり、相手との距離が広がっていく中で、自分の欠点を必要以上に意識している。恋愛の失敗について相手だけを責めるのではなく、自分の側に原因を探そうとする姿勢が、この曲の内向的な性格を作っている。
また、歌詞の感情は一方向に進まない。相手を求める気持ち、過去を悔やむ気持ち、自分に対する苛立ちが同時に存在し、明確な解決にはたどり着かない。そのため「Selfless」は、関係を乗り越えた後の歌というより、まだ気持ちの整理がつかない段階を描いた曲として聞こえる。
制作背景・時代背景
『The New Abnormal』は、2013年の『Comedown Machine』以来となるThe Strokesのフル・アルバムであり、長い間隔を経て発表された作品だった。制作にはRick Rubinが参加し、バンドはロサンゼルスのShangri-La Studiosで録音を進めた。Rubinは過剰に音を加工するというより、演奏者の自然な感覚を引き出すタイプのプロデューサーとして知られており、このアルバムでも各メンバーの演奏を生かした比較的広がりのある音が特徴になっている。
The Strokesは初期からツインギターの絡みを大きな特徴としてきたが、『The New Abnormal』ではその方法がより柔らかくなっている。2001年の『Is This It』では、Albert Hammond Jr.とNick Valensiのギターが短く乾いたフレーズを機械的なほど正確に組み合わせていた。それに対して「Selfless」では、ギターの音に残響が増え、コードも長く伸びるため、同じ二本のギターを中心にしていても空間の感じ方が大きく異なる。
2020年のロックという文脈でも、この曲は初期のガレージロック・リバイバルへの単純な回帰ではなかった。The Strokes自身が影響を与えた2000年代的なインディーロックがすでに一つの過去になった時期に、バンドはそのサウンドを懐古的に再現するより、1980年代的なシンセポップやニューウェイヴの質感、より感情的なボーカルを取り入れて更新している。「Selfless」はその中でもギター・バンドとしての輪郭を残した曲であり、新旧のスタイルが自然に交わっている。
歌詞の抜粋と和訳
この曲では、特定の長い一節よりも、相手を失う不安、自分の欠点への意識、もっと相手のために生きられたのではないかという後悔が繰り返し現れることが重要である。語り手は強い言葉で相手を引き止めるというより、自分自身を振り返る形で感情を表している。
タイトルの「Selfless」も、そのまま肯定的な人格を表すというより、恋愛の中でどこまで自分を差し出せるかという問いとして機能しているように読める。誰かを愛することと、自分自身を失うことの境界が曖昧になっているところに、この曲の切なさがある。
サウンドと歌詞の考察
「Selfless」の中心にあるのは、二本のギターが作る柔らかな広がりである。The Strokesの初期曲では、ギターは短く切った音でリズムを細かく組み立てることが多かったが、この曲ではコードを伸ばし、残響を使うことで音が空間に長く残る。ヴァースではその響きが控えめに置かれ、ボーカルの周囲に薄い膜を作るように聞こえる。音数自体は多くないが、一音が長く残るため、曲全体には寂しさと奥行きがある。
リズム隊はかなり抑制されている。Fabrizio Morettiのドラムは複雑なフィルを連発せず、曲の感情を壊さないように一定の脈を保つ。Nikolai Fraitureのベースも前に出すぎず、ギターとボーカルが動ける土台を作っている。そのため、グルーヴで身体を動かすタイプの曲というより、メロディと声の変化を聴かせるバラードに近い。ただし完全にテンポを落としたスロー曲ではなく、一定の推進力があるため、感情に沈み込みすぎない。
最も印象的なのはJulian Casablancasの歌唱である。ヴァースでは比較的低い音域で、少し力を抜いた声を使っているが、サビになると声が一気に高くなる。ファルセットに近い高音を長く伸ばすことで、普段は抑えていた感情が突然表に出たように聞こえる。この高低差が曲の中心的なドラマを作っている。楽器が極端に大きく変化しなくても、声の位置が上がるだけでサビが大きく感じられる。
この歌い方は歌詞の内容ともよく対応している。ヴァースでは語り手が自分自身の欠点や過去を冷静に振り返ろうとしているが、サビではその距離が保てなくなり、相手への思いが直接的になる。つまり、サウンド上の盛り上がりが「考えている状態」から「感情が漏れ出す状態」への変化として聞こえる。The Strokesはもともと感情を表に出しすぎない美学を持っていたバンドだけに、この曲でCasablancasが高音をむき出しにすることには特別な効果がある。
ギターの役割も、単なる伴奏以上に重要である。片方がコードの広がりを作り、もう片方が細かな旋律を差し込むことで、二本のギターが互いに補完し合う。これは初期のThe Strokesから続く方法だが、「Selfless」ではフレーズ同士が競うより、同じ感情を別方向から支えているように聞こえる。ギターの音色も歪みを強く押し出さず、丸く滑らかで、ボーカルの弱さを邪魔しない。
サビではメロディが大きく上昇する一方、コード進行そのものは極端に複雑ではない。この単純さによって、声の上昇がより強調される。専門的な和声の変化で感情を操作するのではなく、同じ基本的な土台の上でメロディだけが高くなるため、語り手が同じ問題から抜け出せないまま、感情だけが大きくなっているように感じられる。
曲の後半でも、完全な解放は訪れない。大きなギターソロや劇的な転調で終わるのではなく、最初から続いてきた憂いのある空気を保ったまま進む。これは歌詞に明確な解決がないこととよく合っている。関係を修復できたわけでも、完全に諦めたわけでもない。音楽もその中間の場所に留まり、聴き手を未整理の感情の中に残す。
『The New Abnormal』全体の中でも、「Selfless」はThe Strokesが成熟したバンドであることを分かりやすく示す曲である。初期の緊張感やツインギターの美しさは残っているが、それを若さや速度ではなく、余白と声の弱さによって表現している。初期作品では無表情に聞こえたCasablancasのボーカルが、ここでは崩れそうなほど感情的になる。その変化こそ、この曲の最も大きな特徴である。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「At the Door」 by The Strokes
同じ『The New Abnormal』収録曲で、よりシンセサイザーを前面に出しながら、Casablancasの弱さと孤独を強く聞かせる。「Selfless」よりさらに静かで、バンドが感情表現をどう変化させたかがよく分かる。
「Ode to the Mets」 by The Strokes
アルバムの最後を飾る曲で、過去を振り返るような歌詞とゆっくり広がるアレンジが特徴である。「Selfless」と同様、派手なロックよりも未練や諦めを長い余韻で表現している。
「Under Control」 by The Strokes
2003年の『Room on Fire』収録曲で、初期The Strokesの中では特にソウルフルで穏やかな一曲である。「Selfless」より音は乾いているが、抑えた演奏と傷つきやすいボーカルの組み合わせには明確な共通点がある。
「Human Sadness」 by The Voidz
Julian CasablancasがThe Voidzで発表した長尺曲で、加工された声、激しいギター、深い喪失感を大きなスケールで展開する。「Selfless」の感情的な歌唱をさらに極端な方向へ進めたような作品として聞ける。
「Not the Same Anymore」 by The Strokes
『The New Abnormal』後半の曲で、過去の行動を振り返りながら、自分が変わってしまったことを受け入れていく。「Selfless」の自己反省と近いが、こちらは恋愛だけでなく人生全体への後悔へ視野が広がっている。
まとめ
「Selfless」は、The Strokesが初期から得意としてきたツインギターの美しさを残しながら、若い頃とは異なる感情表現へ進んだ曲である。余白の多いリズムと残響を持つギターが静かな土台を作り、その上でJulian Casablancasの声だけがサビで大きく上昇する。失われた関係への後悔や、自分がもっと相手のために生きられたのではないかという思いが、この抑制と爆発の差によって伝わってくる。The Strokesらしい簡潔なバンド演奏と、『The New Abnormal』期の成熟した内省性が最も自然に重なった一曲である。
参照元
- The Strokes公式サイト
- Cult Records
- Pitchfork
- Rolling Stone
- GRAMMY.com

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