アルバムレビュー:The Art of Walking by Pere Ubu

※本記事は生成AIを活用して作成されています。


発売日:1980年6月

ジャンル:ポストパンク、アート・パンク、エクスペリメンタル・ロック、アヴァン・ロック、ニューウェイヴ

概要

The Art of Walking は、アメリカ・オハイオ州クリーヴランド出身のバンド、Pere Ubuが1980年に発表した通算4作目のスタジオ・アルバムである。1978年の The Modern Dance、同年の Dub Housing、1979年の New Picnic Time に続く作品であり、初期Pere Ubuの実験性がさらに抽象化し、ロック・バンドとしての輪郭を保ちながらも、より不安定で、断片的で、内向的な音響へ踏み込んだアルバムとして位置づけられる。

本作は、ギタリストのTom Hermanが脱退した後に制作された作品であり、新たにRed KrayolaのMayo Thompsonが参加している点でも重要である。Mayo Thompsonは、1960年代末からアヴァンギャルドなロック表現を追求してきた人物であり、通常のロック・ギターの役割をずらし、音の配置や概念性を重視するミュージシャンである。そのため The Art of Walking は、前作までにあった鋭角的なギター・ロックの感触を残しながらも、より空間的で、奇妙に間の多い作品になっている。

タイトルの The Art of Walking は、「歩くことの芸術」を意味する。歩くという行為は、ごく日常的で身体的なものだが、Pere Ubuの手にかかると、それは単なる移動ではなく、世界との関係を測る奇妙な儀式のように変化する。歩くことは、前進であり、迷走であり、逃避であり、都市の中をさまよう行為でもある。前作 New Picnic Time の冒頭曲「Have Shoes Will Walk」とも響き合い、Pere Ubuにおける「移動」「歩行」「方向感覚の喪失」という主題が、本作ではアルバム全体の概念へと拡大されている。

Pere Ubuは、パンク以後のロックを最も奇妙な方向へ進めたバンドの一つである。彼らの音楽は、Sex PistolsやThe Clashのような直線的な反抗ではなく、都市の不安、機械音、言葉の崩壊、日常の不条理、身体感覚の歪みを、ロックの形式の中に持ち込んだものだった。David Thomasのヴォーカルは、通常のロック・シンガーのようにメロディを安定して歌うためのものではなく、泣き声、叫び、説教、独白、童話的な語り、神経症的な反応を行き来する楽器として機能する。Allen Ravenstineのシンセサイザーは、装飾やメロディ補強ではなく、電子的なノイズ、警報、空間の異物として存在する。

The Art of Walking は、そのPere Ubuの特徴が、より密度の高いロック的衝突ではなく、隙間、沈黙、ずれ、唐突な音の配置によって表現された作品である。初期三作の中でも The Modern Dance は比較的パンクの勢いを持ち、Dub Housing は閉塞した都市的迷宮を作り、New Picnic Time は寓話的で宗教的な狂気を帯びていた。それに対して本作は、より抽象的で、歩行中に断片的な風景や思考が現れては消えるような印象を持つ。曲はしばしば不意に方向を変え、歌詞は物語を説明するよりも、奇妙な言葉の断片として浮かび上がる。

1980年という時代背景も重要である。ポストパンクは、パンクの単純なエネルギーを受け継ぎながら、ダブ、ファンク、電子音楽、フリー・ジャズ、現代音楽、アヴァンギャルド、インダストリアルなどを吸収し、ロックの形式そのものを疑う段階に入っていた。Public Image Ltd、Wire、The Pop Group、This Heat、Talking Heads、Gang of Fourなどがそれぞれ異なる形でロックを解体していたが、Pere Ubuはその中でも、アメリカ中西部の工業都市的な孤独と、アヴァンギャルドな演劇性を結びつけた点で独自だった。The Art of Walking は、その解体作業がさらに徹底されたアルバムである。

日本のリスナーにとって本作は、Pere Ubuの作品の中でも特に取っつきにくい部類に入るかもしれない。明快なパンクの疾走、ニューウェイヴ的なポップさ、一般的なロックの高揚感を期待すると、音の間の多さやヴォーカルの奇妙さに戸惑う可能性がある。しかし、ロックを「曲」ではなく「奇妙な身体運動」や「都市を歩く感覚」として聴くなら、本作は非常に刺激的である。歩くこと、迷うこと、声を出すこと、音が空間に落ちること。そうした基本的な行為が、Pere Ubuの手によって不安定な芸術へ変えられている。

全曲レビュー

1. Go

オープニング曲「Go」は、アルバム・タイトル The Art of Walking と直接的に結びつく楽曲である。タイトルは「行け」「進め」という非常に単純な命令形だが、Pere Ubuの世界では、その単純さが逆に不穏に響く。どこへ行くのか、なぜ行くのか、行くことに意味があるのか。そのような問いが残されたまま、曲は始まる。

音楽的には、リズムに前進感がありながらも、通常のロックのように滑らかには進まない。ベースとドラムは動きを作るが、そこにギターやシンセサイザーが不規則に介入し、歩行のリズムを歪ませる。まっすぐ歩いているはずなのに、身体のバランスが少し崩れているような感覚がある。これはPere Ubuの音楽における重要な特徴であり、推進力と不安定さが同時に存在する。

David Thomasのヴォーカルは、命令する声でありながら、どこか頼りない。彼の声には、権威ある指示というより、神経質な反応や奇妙な焦りが含まれている。歌詞の言葉数は多くなくとも、声の揺れによって、移動そのものが心理的な出来事へ変化する。アルバムの入口として、本作が「歩くこと」を単純な行動ではなく、方向感覚の喪失を含む芸術として扱うことを示している。

2. Rhapsody in Pink

「Rhapsody in Pink」は、タイトルの時点でPere Ubuらしい奇妙な美意識が表れている。「Rhapsody」は自由な構成を持つ狂詩曲を意味し、「Pink」は色彩としてのピンク、柔らかさ、甘さ、ポップな印象を連想させる。しかし、この曲は決して甘美なポップソングではない。むしろ、色彩と音楽形式の言葉を組み合わせることで、滑稽で不安定な音楽的場面を作っている。

音楽的には、通常のロック的な構成から少し外れた、断片的で演劇的な展開を持つ。Mayo Thompsonのギターは、リフとして曲を支配するのではなく、音の断片を置くように鳴る。Allen Ravenstineのシンセサイザーは、曲の背後で奇妙な電子的質感を作り、楽曲を不安定な空間へ導く。ベースとドラムは曲を支えるが、そこにもどこか引っかかりがある。

歌詞の内容は、明確な物語よりも、タイトル同様に色や感覚の断片として機能する。Pere Ubuの音楽では、言葉の意味そのものよりも、それがどのような声で発せられるかが重要である。本曲でもDavid Thomasの声は、ピンクという色彩が持つ柔らかさをそのまま表現するのではなく、それを歪め、奇妙な不安へ変換している。ポップな記号を不気味に変える、Pere Ubuらしい楽曲である。

3. Arabia

「Arabia」は、異国的な地名をタイトルに持つ楽曲である。ロック史において「アラビア」や中東的なイメージは、しばしば幻想、遠い土地、エキゾチシズム、異文化への投影として扱われてきた。しかしPere Ubuの「Arabia」は、単純な異国趣味や装飾的なオリエンタリズムではなく、むしろ遠い場所のイメージが奇妙に崩れ、抽象化されたものとして響く。

音楽的には、東洋風の旋律を分かりやすく模倣するのではなく、音の間合いや不安定な響きによって、どこか見知らぬ空間を作っている。ギター、シンセサイザー、リズム隊が通常のロック的な快感を避け、音の配置によって異物感を生む。Pere Ubuにとって異国性とは、特定の地域の音楽を引用することではなく、日常の音楽文法から離れることによって生まれる。

歌詞のテーマも、旅や異国への憧れというより、遠い場所を想像することの不確かさに近い。実際の場所としてのアラビアよりも、頭の中で歪んだ地図、断片的な風景、理解できない言葉の響きが中心にある。アルバム全体の「歩く」「移動する」という主題を、地理的な拡張として示す曲である。

4. Young Miles in the Basement

「Young Miles in the Basement」は、タイトルからして謎めいた楽曲である。「若きMilesが地下室にいる」と読めるが、このMilesが誰なのかは明確ではない。ジャズ・ミュージシャンのMiles Davisを連想させる可能性もあるが、Pere Ubuの文脈では、具体的な参照であると同時に、地下室にこもる若者、実験、孤独、閉じた空間の象徴としても機能する。

音楽的には、地下室というイメージにふさわしく、閉塞感と手探りの感覚がある。音は広く開けるのではなく、やや低く、こもった空間の中で反響するように聴こえる。リズムは不規則に動き、ギターやシンセサイザーは、部屋の隅から不意に鳴る物音のように現れる。Pere Ubuの音楽は、スタジオ録音でありながら、しばしば特定の奇妙な場所を感じさせる。本曲では、それが地下室という閉じた空間として表れている。

歌詞のテーマは、若さ、実験、孤立、閉鎖された創造性として読める。地下室は、社会から切り離された場所であり、同時に新しい音や思想が育つ場所でもある。Pere Ubu自身も、メインストリームのロック文化から外れた場所で独自の音楽を作ってきたバンドである。本曲は、そうした地下性を寓話的に描いた楽曲として聴くことができる。

5. Misery Goats

「Misery Goats」は、タイトルの語感からして奇妙で、滑稽さと悲惨さが同居している。「Misery」は悲惨、苦悩を意味し、「Goats」は山羊を意味する。山羊は宗教的・神話的な象徴としても用いられ、スケープゴート、悪魔的イメージ、農村的な動物性など、複数の連想を持つ。Pere Ubuはこうした言葉の組み合わせによって、意味が完全には定まらない不条理な世界を作る。

音楽的には、ぎくしゃくしたリズムと奇妙な声の動きが印象的である。曲は安定したロック・グルーヴを作るというより、動物的な跳ねや、滑稽な行進のような感覚を持つ。David Thomasのヴォーカルは、苦悩を重々しく歌うのではなく、奇妙なキャラクターの声として発せられる。悲惨さがコメディ化し、コメディが不気味さへ変わる。その反転が本曲の魅力である。

歌詞では、苦悩と滑稽さ、犠牲と動物性が混ざっているように感じられる。Pere Ubuは、悲しみを美しく飾るのではなく、歪んだ笑いを通じて提示することが多い。本曲も、苦悩を直接的な感傷にせず、奇妙な動物寓話のように変換している。アルバム中盤において、Pere Ubuの演劇的でグロテスクなユーモアを強く示す楽曲である。

6. Loop

「Loop」は、タイトル通り反復を主題にした楽曲として聴くことができる。ロックにおける反復は、グルーヴを作るための基本的な手法だが、Pere Ubuの場合、その反復は踊りや快感だけでなく、閉じ込められた状態、思考の循環、抜け出せない心理の比喩にもなる。ループとは進んでいるようで進んでいない状態である。

音楽的には、反復するフレーズやリズムの感覚が中心にありながら、そこに不規則な音が差し込まれる。完全なミニマル・ミュージックのように整然としているわけではなく、むしろ反復の中に歪みや異物が混ざることで、聴き手の感覚を不安定にする。シンセサイザーの音は、ループの中に閉じ込められた機械的な信号のように響く。

歌詞のテーマは、同じことの繰り返し、記憶の反復、日常の循環として読める。The Art of Walking というアルバムの文脈で考えると、歩くこともまた一種のループである。右足と左足を繰り返し出すことで人は前進する。しかし、その前進が本当にどこかへ向かっているのかは分からない。本曲は、歩行と反復の関係を音楽的に抽象化したような作品である。

7. Rounder

「Rounder」は、タイトルとして複数の意味を持つ。丸いもの、放浪者、あるいは特定の人物像を指す言葉としても解釈できる。Pere Ubuの楽曲では、このような曖昧な語がしばしば中心に置かれ、聴き手は意味の確定よりも、言葉の響きと曲の動きからイメージを組み立てることになる。

音楽的には、曲の形が円を描くように進む印象がある。直線的な展開ではなく、同じ場所を回りながら少しずつ角度を変えるような構成である。ギターとシンセサイザーは断片的に現れ、リズム隊は曲を支えるが、全体にはどこか不安定な揺れがある。Pere Ubuの音楽は、明確な着地点を拒むことが多いが、本曲でもその感覚が強い。

歌詞では、放浪、循環、人物の輪郭の曖昧さが感じられる。歩くことがアルバムの大きな主題であるなら、「Rounder」はまっすぐ目的地へ進む人ではなく、回り道をし、円を描き、都市や記憶の中をさまよう人物として読める。Pere Ubuの登場人物はしばしば、英雄でも反逆者でもなく、奇妙な姿勢で世界の中を動き回る存在である。本曲はその人物像をよく示している。

8. Birdies

「Birdies」は、タイトルだけを見ると可愛らしい小鳥を連想させる。しかしPere Ubuの音楽では、可愛らしいものも簡単に不気味なものへ変わる。小鳥の鳴き声、飛び回る動き、群れの気配は、明るい自然の象徴であると同時に、神経質で予測不能な存在にもなり得る。

音楽的には、軽さと不安定さが共存している。曲はどこか跳ねるように動くが、その跳ね方は滑らかではなく、突然方向を変える小鳥の動きのようでもある。シンセサイザーやギターの細かな音が、鳥の鳴き声や羽ばたきのような断片として機能する。David Thomasの声も、普通の歌唱というより、奇妙な生き物の声に近い瞬間がある。

歌詞では、鳥のイメージを通じて、自由、軽さ、群れ、そして不安が扱われていると考えられる。鳥は空を飛ぶ自由の象徴だが、Pere Ubuの世界では、その自由もどこか落ち着かない。飛ぶことは解放であると同時に、地面から切り離されることでもある。本曲は、軽いイメージを不安定な音響へ変換するPere Ubuらしい小品である。

9. Lost in Art

「Lost in Art」は、本作のテーマを非常に明確に示すタイトルである。「芸術の中で迷う」という意味を持ち、アルバム・タイトル The Art of Walking とも直接的に響き合う。歩くことが芸術になるなら、その芸術の中で迷うことも避けられない。Pere Ubuの音楽は、明快なメッセージや整った美ではなく、迷うこと、混乱すること、意味がずれることを表現の中心に置く。

音楽的には、アルバム中でも重要な位置にある楽曲であり、断片的な音の配置と不安定なリズムが印象的である。曲は聴き手を明確な方向へ導くというより、さまざまな音の間を歩かせる。ギター、シンセサイザー、ベース、ドラム、声が互いに完全には溶け合わず、それぞれ少し異なる方向を向いている。そのため、曲全体が一つの迷路のように感じられる。

歌詞のテーマは、芸術の中で方向感覚を失うこと、表現が救済であると同時に混乱でもあることとして読める。Pere Ubuは、ロックを芸術化するバンドであると同時に、芸術を滑稽で不安定なものへ引き戻すバンドでもある。本曲は、その自己言及的な側面を持っている。芸術は高尚な完成形ではなく、人が迷い込む奇妙な空間である。その認識が、曲全体に漂っている。

10. Horses

「Horses」は、馬をテーマにした楽曲である。馬は移動、労働、力、野性、戦争、旅の象徴としてロックやフォークの歌詞にも頻繁に登場する。しかしPere Ubuの「Horses」は、英雄的な疾走や牧歌的な自然の象徴としてではなく、どこか歪んだ動物的イメージとして響く。

音楽的には、リズムに蹄のような反復感や不規則な運動が感じられる。曲はまっすぐ疾走するのではなく、体を揺らしながら進む。ギターとシンセサイザーは、馬の力強さを単純に描くのではなく、動物の不気味な存在感や、制御しきれない動きを表現しているように聴こえる。David Thomasの声は、馬を見ている人間の声なのか、馬そのものの声なのか、あるいはまったく別の存在なのか判別しにくい。

歌詞のテーマは、動物性、移動、制御、そして身体の力として読める。歩くことの芸術を扱うアルバムにおいて、馬は人間の歩行とは異なる移動手段であり、身体の拡張でもある。しかし、その力は完全には支配できない。Pere Ubuの音楽における身体は、常に少し不安定で、予測不能である。本曲は、その身体性を動物のイメージを通じて表現している。

11. Crush This Horn

ラストを飾る「Crush This Horn」は、アルバムの終曲として強い異物感を残す楽曲である。タイトルは「この角笛を砕け」あるいは「この角を潰せ」といった意味に取れる。Hornは楽器としてのホーン、警笛、動物の角、呼びかけの道具など、複数の意味を持つ。Pere Ubuの文脈では、音を出すための道具を破壊するというイメージが非常に象徴的である。

音楽的には、終曲でありながら、安定した結論へ向かうのではなく、むしろ不穏な余韻を残す。ホーンという言葉が持つ合図や警告のイメージは、Allen Ravenstineの電子音とも響き合う。シンセサイザーは警報のように鳴り、ギターやリズムはその周囲で奇妙に動く。曲全体が、何かを終わらせるための儀式というより、音そのものを壊すための行為のように感じられる。

歌詞のテーマは、表現手段の破壊、合図の停止、あるいは音楽そのものへの疑いとして読める。アルバム全体が歩くこと、迷うこと、芸術の中で方向を失うことを扱ってきた後、この曲は最後に音を発する道具を砕く。つまり、歩行の終着点は沈黙なのかもしれない。しかしPere Ubuは、その沈黙すらもノイズとして残す。結論を提示せず、不安定な状態のまま聴き手を放り出す、Pere Ubuらしい終曲である。

総評

The Art of Walking は、Pere Ubuの初期作品群の中でも、とりわけ抽象性と不安定さが際立つアルバムである。The Modern Dance のパンク的な衝撃、Dub Housing の都市的閉塞感、New Picnic Time の宗教的・寓話的な奇妙さを経て、本作ではロック・バンドとしての構造がさらに緩み、音の断片、身体の動き、歩行の感覚、芸術の中で迷う経験そのものが作品の中心になっている。

本作の特徴は、音の「隙間」である。初期Pere Ubuには常にノイズや電子音の異物感があったが、本作ではそれが単に過剰な音としてではなく、空間の中に置かれた不安な信号として機能している。Mayo Thompsonの参加により、ギターは従来のロック的な推進力を担うというより、音の配置、線、傷、断片として存在するようになった。これにより、Pere Ubuのサウンドはよりアヴァンギャルドで、つかみどころのないものになっている。

David Thomasのヴォーカルは、本作でも圧倒的に重要である。彼の声は、曲をまとめる中心でありながら、同時に曲を壊す存在でもある。泣き声のような高音、突然の語り、滑稽な抑揚、神経質な叫びが、楽曲を常に不安定にする。一般的な意味での美声や技術ではなく、声そのものの存在感、言葉の歪み、身体的な反応が表現の核になっている。Pere Ubuの音楽を理解するには、彼の声を「歌」としてだけでなく、「歩行中に頭の中で鳴る奇妙な思考」として聴くことが重要である。

アルバム全体のテーマは、歩行、移動、迷走、反復、芸術への没入である。「Go」は単純な前進の命令として始まり、「Loop」では反復の中で進むことの不確かさが表れ、「Lost in Art」では芸術そのものが迷宮になる。そして「Crush This Horn」では、合図や音の道具が破壊される。つまり本作は、どこかへ向かうアルバムでありながら、明確な目的地を持たない。歩くことは進むことであると同時に、迷うことでもある。その逆説が、本作の根底にある。

音楽史的に見ると、The Art of Walking はポストパンクの中でも特にロックの脱構築が進んだ作品である。パンク以後、多くのバンドが「ロックをどう変えるか」という課題に向き合った。Gang of Fourはファンクと政治批評を導入し、Public Image Ltdはダブと空間性を強調し、Wireはミニマルで抽象的な構成へ向かった。Pere Ubuはその中で、ロックを奇妙な演劇、都市的ノイズ、神経症的な身体運動へ変えていった。本作はその実験の一つの極点である。

ただし、本作は聴きやすい名盤というより、聴き手に能動的な理解を求める作品である。一般的なロック・アルバムのように、強いフックや分かりやすいサビ、感情的なカタルシスが次々に現れるわけではない。むしろ、音の配置、声の変化、言葉の違和感、曲の中の空白に耳を向ける必要がある。そこに慣れると、本作は非常に豊かなアルバムとして立ち上がってくる。曲が終わった後に残るのは、メロディの記憶だけではなく、奇妙な場所を歩いていた感覚である。

日本のリスナーにとっては、Pere Ubu入門としてまず The Modern Dance や Dub Housing に触れた後で聴くと、本作の位置づけが理解しやすい。The Art of Walking は、初期の勢いや閉塞感をさらに抽象化し、より不安定で思索的な方向へ進んだ作品である。ポストパンク、ノーウェイヴ、アヴァン・ロック、実験的なニューウェイヴに関心があるリスナーにとって、本作は非常に重要な聴取対象となる。

総じて The Art of Walking は、Pere Ubuがロックを身体的な行為、都市的な迷走、芸術的な不安へ変換した作品である。歩くことは、ただ進むことではない。立ち止まり、戻り、迷い、同じ場所を回り、音や言葉に足を取られることでもある。本作は、その歩行の不確かさを音楽化したアルバムであり、Pere Ubuの実験精神を最も鋭く示す一枚である。

おすすめアルバム

1. Pere Ubu – The Modern Dance

Pere Ubuのデビュー・アルバムであり、初期ポストパンク/アート・パンクを代表する重要作である。パンクの衝撃、ガレージ・ロックの荒さ、電子ノイズ、David Thomasの異様なヴォーカルが激しく衝突している。The Art of Walking の抽象性に入る前に、バンドの出発点を理解するために欠かせない作品である。

2. Pere Ubu – Dub Housing

Pere Ubuのセカンド・アルバムで、閉塞した都市空間と神経質な音響が強く表れた作品である。The Art of Walking よりも密度が高く、不穏なロック・バンドとしての迫力がある。初期Pere Ubuの最高傑作として語られることも多く、本作の背景を理解するうえで重要である。

3. Pere Ubu – New Picnic Time

The Art of Walking の前作にあたるアルバムであり、寓話的、宗教的、演劇的な奇妙さが強い作品である。「Have Shoes Will Walk」など、本作の歩行や移動のテーマにつながる要素も含まれている。初期Pere Ubuの流れを把握するために、連続して聴く価値が高い。

4. The Red Krayola – The Parable of Arable Land

Mayo Thompsonが率いたThe Red Krayolaの初期重要作であり、ロックとアヴァンギャルド、即興、ノイズを結びつけた作品である。The Art of Walking におけるMayo Thompsonの参加を理解するうえで、非常に有効な参照作品である。Pere Ubuの実験性がどのようなアヴァン・ロックの系譜と結びついているかが見えてくる。

5. Wire – 154

英国ポストパンクの重要作であり、パンク以後のバンドがどのように抽象性、空間性、実験性を獲得したかを示す作品である。Pere Ubuとは音楽的な質感は異なるが、ロックの形式を分解し、新しい構造へ向かう姿勢に共通点がある。The Art of Walking の同時代的な文脈を理解するうえで適した一枚である。

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