
発売日:2020年7月17日
ジャンル:Alternative Rock / Post-Grunge / Hard Rock
概要
Bushの8作目The Kingdomは、2010年の再結成後では4作目にあたり、1990年代から続く重いギター・ロックを現代的な音圧で鳴らしたアルバムである。前作Black and White Rainbowsでは比較的開放的なメロディや穏やかな曲も目立ったが、本作は低く歪んだギターと強いドラムを前面へ戻している。Gavin Rossdaleのかすれたボーカルを中心に、Chris Traynorのギター、Corey Britzのベース、Nik Hughesのドラムが密度の高いバンドサウンドを作る。
制作ではErik RonとRossdaleが中心となり、一部楽曲ではTyler Batesも関わっている。映画『John Wick: Chapter 3 – Parabellum』に提供された「Bullet Holes」を含むため制作時期には幅があるが、全体には不安、分断、喪失、何かに所属したいという欲求が繰り返し現れる。Rossdaleの歌詞は具体的な物語を順番に説明するより、短いイメージや感情的な言葉を組み合わせる従来の方法を保っている。そのため意味を一つに固定するより、声の響きとギターの重量によって感情を伝える部分が大きい。
全曲レビュー
1. 「Flowers on a Grave」
太いギターリフと強く踏み込むドラムがすぐに入り、本作の重い方向性を最初から明確にする。墓に置かれた花というタイトルは喪失や死を連想させるが、演奏は沈み込むのではなく前へ押し続ける。ヴァースではRossdaleの声を比較的低く保ち、サビになるとギターの幅とボーカルの音域を同時に広げるため、明確な高低差が生まれる。初期Bushの荒さを、より圧縮された現代的なロックサウンドへ置き換えたような曲である。
2. 「The Kingdom」
タイトル曲では、低く刻むギターを中心にしながら、サビで旋律を大きく開くBushの基本形がはっきり出る。「kingdom」という言葉は文字通りの王国ではなく、自分が居場所として求める領域や精神的な拠点として読むことができる。Rossdaleは孤立とつながりへの欲求を断片的な言葉で並べ、明確な答えを提示しない。重量のあるヴァースと上昇するサビの対比によって、閉塞から抜け出そうとする感覚を音で作っている。
3. 「Bullet Holes」
Tyler Batesとの共作で、『John Wick: Chapter 3 – Parabellum』にも使用された曲である。ギターを最初から全面に出すより、電子的な質感と抑えたリズムから始め、サビでバンドの重量を解放する。傷や銃弾を思わせるイメージが並ぶ歌詞には、損傷を受けながら関係や自分自身を維持しようとする感覚がある。静かな部分と爆発する部分を明確に分ける構成が、映画的な緊張にもBushらしいオルタナティヴ・ロックにも適している。
4. 「Ghosts in the Machine」
機械の中の幽霊という古くからある表現をタイトルに置き、人間と現代社会の仕組みとの不安定な関係を思わせる。演奏は機械的な精度を持つドラムと反復するギターを中心にし、Rossdaleのざらついた声を対照的に配置する。歌詞は具体的なテクノロジー批判へ絞らず、見えない力に囲まれている感覚を残す。リフの反復そのものが逃げ場の少ない空間を作り、タイトルの閉塞感を補強している。
5. 「Blood River」
タイトル通り、本作の中でも特に暗く攻撃的な感触を持つ。ギターとベースが低い音域へ集中し、ドラムも細かな装飾より一打一打の重さを優先するため、演奏には押しつぶすような圧力がある。Rossdaleは血や危機を連想させるイメージを使いながら、状況を現実の特定の事件には限定しない。メロディよりリフとリズムの身体性を前へ出すことで、アルバム中盤の重量を一段引き上げている。
6. 「Quicksand」
抜け出そうとするほど沈む流砂を、人間関係や精神状態の比喩として使ったように読める曲である。ヴァースは比較的抑制され、Rossdaleの声とリズムを中心に進むが、サビでは歪んだギターが左右へ大きく広がる。題材は閉塞的でもメロディには上向きの動きがあり、沈む感覚と抜け出したい意志が同時に聞こえる。重い曲が続く中でも、サビの歌いやすさによってBushのポップな作曲感覚を残している。
7. 「Send in the Clowns」
Stephen Sondheimの同名曲とは異なるBushのオリジナル曲で、タイトルの「道化師」を混乱した状況を映すイメージとして用いている。硬いギターとせわしないリズムによって、不穏さを静かに描くのではなく、落ち着かない運動へ変えているのが特徴だ。Rossdaleのボーカルもサビで強く押し出され、言葉の皮肉な響きを増す。アルバムの社会的な不安を、具体的な主張よりイメージと音圧で伝える曲である。
8. 「Undone」
ここではギターの圧力を少し下げ、Rossdaleのメロディと声の傷んだ質感を前へ出す。タイトルは何かが「元に戻された」「壊れた」状態の両方を思わせ、歌詞にも関係や自己がほどけていくような感覚がある。大きなリフで押す曲が続いた後だけに、余白のあるアレンジが効果的だ。Bushが初期から持っていた、激しい曲の間に脆いバラード的感覚を置く方法を、本作の音響で更新している。
9. 「Our Time Will Come」
タイトルには未来への期待があり、アルバム中でも比較的前向きな方向へ視線を向ける。演奏は重さを保ちながらもサビの旋律を中心に組み立てられ、ギターは壁を作るだけでなくボーカルを押し上げる役割を担う。現在の困難が永続するわけではないという感覚が、Rossdaleの力を込めた歌唱によって強調される。「Undone」の崩れていく感触から、再び前進する意志へ切り替える後半の転換点である。
10. 「Crossroads」
人生の分岐点を示す古典的な「crossroads」のイメージを使い、どの方向へ進むかという迷いを扱う。ブルースの伝統でも重要な言葉だが、ここでは古典的なブルース形式を再現せず、現代的なハードロックの厚い音で鳴らす。ギターは低音のリフを維持しながらサビで空間を広げ、決断の重さを音量差へ置き換える。終盤に置かれることで、本作に繰り返し現れた閉塞と脱出の問題をもう一度整理している。
11. 「Words Are Not Impediments」
言葉は障害ではないというタイトルが示すように、コミュニケーションと理解の可能性へ目を向ける。Rossdaleの歌詞は相変わらず断片的だが、それ自体が意味を論理的に説明するより、言葉の響きから感情を伝える彼の作詞法とも重なる。演奏では重いギターの中に比較的明瞭な旋律を置き、攻撃性より持続する高揚を重視する。アルバム終盤で、人とのつながりを完全には諦めない姿勢を聞かせる曲だ。
12. 「Falling Away」
標準盤の最後は、タイトルが示すように何かが遠ざかり、失われていく感覚を残す。ギターの重さは維持されているが、オープニングのように勢いだけで押すのではなく、終幕を意識した広がりのあるアレンジになっている。Rossdaleの声には消耗と抵抗の両方があり、作品を完全な勝利や解決へ導かない。本作で繰り返された喪失、居場所、崩壊から抜け出そうとする感覚を、曖昧さを残したまま閉じる終曲である。
総評
The Kingdomは、再結成後のBushが自分たちの強みをかなり明確に絞った作品である。低く歪んだギター、太いベース、強いドラム、Rossdaleのざらついた声という要素を中心に据え、前作よりハードロックとしての身体性を強めている。1990年代のBushを特徴づけた静と動の切り替えも残っているが、当時より各楽器の音は密度が高く、サビでは広い音域を一度に埋める現代的なプロダクションへ変わった。
その一方で、単なる初期サウンドの再現にはなっていない。「Bullet Holes」では電子的な質感と映画音楽的な緊張を使い、「Undone」では音数を減らして声を見せる。Traynorのギターも90年代オルタナティヴのざらつきを模倣するより、硬く整理されたリフによって曲を支えることが多い。過去の語法を基礎にしながら、2020年のロックとして必要な低音と音圧へ更新した点が本作の音楽的な特徴である。
歌詞では、Rossdale特有の抽象性が長所にも弱点にもなる。王国、幽霊、血、流砂、分岐点といった強いイメージは曲の雰囲気をすぐに作るが、具体的な人物や状況を細かく描くことは少ない。そのため一曲ずつの物語性より、孤立、損傷、不安、そこから抜け出したいという感情がアルバム全体を通じて蓄積していく。声そのものの切迫感まで含めて歌詞を受け取るタイプの作品である。
Bushのキャリアでは、Sixteen StoneやRazorblade Suitcaseのように90年代オルタナティヴの時代性を背負った作品とは立場が異なる。The Kingdomが示すのは、そこから約25年を経ても、リフとメロディの対比というバンドの基本設計が十分に機能することである。曲によって似た重量感が続くため音色の多様さでは初期作品に及ばないが、その代わり一枚を通した力強さは再結成後でも特に明瞭だ。過去を作り直すのではなく、Bushが得意とする重いオルタナティヴ・ロックを現在形の音で鳴らしたアルバムである。
おすすめアルバム
Black and White Rainbows by Bush
2017年の前作で、本作よりギターの圧力を抑えた曲や開放的なメロディが多い。そこからThe Kingdomで再び低音とリフを強調する方向へ進んだ変化を比較すると、再結成後のBushの振れ幅が分かる。
Sixteen Stone by Bush
1994年のデビュー作で、静かなヴァースと歪んだサビ、Rossdaleの抽象的な歌詞という基本形を確立した。「Glycerine」から「Machinehead」まで幅があり、本作へ残った要素と変化した部分を確認しやすい。
Razorblade Suitcase by Bush
Steve Albiniと制作した1996年作で、より荒く乾いたギターと暗い曲調が中心となる。The Kingdomの整った重量感とは録音方法が大きく異なり、同じBushの「重さ」が時代によってどう変化したかが分かる。
The Nothing by Korn
2019年発表で、低く巨大なギターサウンドと個人的な苦痛を現代的なハードロックへまとめている。音楽的ルーツはBushよりメタル寄りだが、90年代に登場したバンドが自身の特徴を現代の音圧へ更新した例として比較できる。
A Black Mile to the Surface by Manchester Orchestra
静かな空間から巨大なギターへ移るダイナミクスと、喪失や不安を扱う内省的な歌を組み合わせた作品である。Bushより音響的な変化は大きいが、オルタナティヴ・ロックの重さを感情の起伏へ結びつける方法で共通点が見える。

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