Candlebox(キャンドルボックス)は、1990年にアメリカ・シアトルで結成されたロック・バンドである。Nirvana、Pearl Jam、Soundgardenらによってシアトルの音楽シーンが世界的な注目を集めていた1990年代前半に登場し、1993年の「Far Behind」で大きな成功を収めた。
グランジやポスト・グランジに分類されることが多いが、実際の音楽はそれだけでは説明しにくい。Led Zeppelinなどに通じるクラシック・ロックの力強さ、ブルースの感覚、オルタナティブ・ロックの重いギターを組み合わせている。そこへKevin Martinの大きく伸びる歌声が加わるのがCandleboxの基本的なスタイルだ。
「Far Behind」の印象があまりにも強いバンドだが、活動は1990年代だけでは終わっていない。一度活動を止めた後に復活し、2000年代以降も作品を発表した。8枚のスタジオ・アルバムをたどると、シアトル・ロックから出発しながら時代に合わせて音を変えてきたバンドの姿が見えてくる。
Candleboxの背景と歴史
Candleboxは1990年にシアトルで結成された。初期の中心メンバーはボーカルのKevin Martin、ギターのPeter Klett、ベースのBardi Martin、ドラムのScott Mercadoである。
当時のシアトルでは、すでに独自のロック・シーンが育っていた。SoundgardenやMudhoneyが活動し、Mother Love Boneも注目を集めていた。その後NirvanaのNevermindが世界的な成功を収めると、「シアトル」という土地そのものがロックの新しい流れを表す言葉になっていく。
Candleboxがデビューしたのは、その熱狂が頂点に達していた1993年だった。同年にセルフタイトルのアルバムCandleboxを発表。「Change」「You」「Far Behind」「Cover Me」といった曲がロック・ラジオを中心に広まり、アルバムはアメリカで大きなセールスを記録した。
特に「Far Behind」の成功は大きかった。静かなギターから始まり、徐々に演奏が激しくなっていく曲で、Kevin Martinの感情的なボーカルも強い印象を残す。Candleboxという名前が現在までこの曲と結びついているのは、それだけ多くの人に届いたからだ。
ただし、彼らはNirvanaのようなパンク色の強いバンドではなかった。Pearl JamやSoundgardenとも音楽的な違いがある。Candleboxには1970年代のハードロックやブルースから受け継いだ要素が強く、長いギターソロや大きく歌い上げるボーカルも自然に使っていた。
1995年には2作目Lucyを発表する。デビュー作より暗く重い作品で、単純に「Far Behind」の路線を繰り返すことはしなかった。1998年のHappy Pillsでは、さらに引き締まったオルタナティブ・ロックへ進んでいる。
しかし、レコード会社との問題やメンバーの変化などが重なり、2000年に活動を停止した。
転機となったのは2006年である。ベスト盤の発売に合わせて再び集まり、ライブ活動を再開した。反応が良かったことから活動は本格化し、2008年には約10年ぶりのスタジオ作品Into the Sunを発表する。
その後もメンバーを変えながらアルバム制作を続けた。2016年のDisappearing in Airportsでは現代的なオルタナティブ・ロックへ接近し、2021年にはWolvesを発表。2023年には8作目The Long Goodbyeを発表し、Kevin Martinは長年続けてきたCandleboxの活動に区切りをつける意向を示した。
Candleboxの音楽スタイルと特徴
Candleboxの音楽でまず耳に入るのは、Kevin Martinのボーカルである。低い声で抑えて歌う部分から、一気に高い音域まで声を伸ばすことができる。静かな場面と激しい場面の差が大きく、「Far Behind」のような曲では、その歌い方自体が曲の盛り上がりを作っている。
ギターも重要だ。初期のPeter Klettは、単に歪ませたコードを鳴らすだけではなく、ブルースや1970年代ハードロックを思わせるフレーズを多く使った。曲の途中にはしっかりとギターソロがあり、即興的に音を伸ばす演奏も目立つ。
そのため、Candleboxの音楽は典型的なグランジよりクラシック・ロックに近く聞こえる瞬間がある。Led Zeppelinのような強弱の大きい演奏と、1990年代オルタナティブ・ロックの重いギターが同じ曲の中に入っている感覚だ。
もう一つの特徴が、静かな部分から大音量へ変化する曲作りである。ギター一本に近い状態から始まり、ベースとドラムが加わり、最後にはバンド全体が激しく鳴る。この方法を使うことで、5分を超える曲でもドラマが生まれる。
Kevin Martinはソウルやパンクからも影響を受けている。きれいに歌うことだけを目的にせず、ときには声を荒らし、叫びに近いところまで感情を押し出す。Candleboxの骨太さは、重いギターだけではなく、このボーカルからも生まれている。
Candleboxの代表曲
「Far Behind」
Candleboxを代表する1993年の曲であり、シアトル・ロックを語る際にも頻繁に名前が挙がる。静かなギターから始まり、演奏が段階的に大きくなっていく構成が特徴だ。
Kevin Martinは、この曲がMother Love BoneのボーカリストだったAndrew Woodを念頭に書かれたことを明らかにしている。Woodは1990年に亡くなり、シアトルのミュージシャンたちに大きな影響を残した。
後半になるほどMartinの声とギターが激しくなり、悲しみと怒りが入り混じったような演奏へ変わる。「静から動」へ向かうCandleboxの曲作りを最も分かりやすく示す一曲である。
「You」
デビュー作を代表するもう一つの曲。重いベースとギターによる暗い演奏から始まり、徐々に緊張感を高めていく。
「Far Behind」が哀愁のあるメロディを持つ曲だとすれば、「You」はCandleboxの攻撃的な面がよく分かる。Kevin Martinのボーカルも後半になるほど荒々しくなり、ライブ・バンドとしての強さを感じさせる。
「Cover Me」
ブルースやクラシック・ロックからの影響が分かりやすい初期の代表曲である。派手な速さではなく、ゆったりとしたリズムの上でギターとボーカルを大きく聞かせている。
Candleboxを「グランジ・バンド」とだけ考えると見落としやすい部分が、この曲には詰まっている。ギターの音を長く伸ばしながら空間を作り、その中でMartinがソウルフルに歌う。1970年代ロックと1990年代オルタナティブの中間にいる彼らの特徴がよく分かる。
「Simple Lessons」
1995年の2作目Lucyを代表する曲。デビュー作の大きく広がるロックとは少し違い、ギターの音は硬く、リズムにも張りつめた感覚がある。
大成功したファースト・アルバムの再現を狙うのではなく、より重く複雑な方向へ進んだ時期のCandleboxが聞ける。「Far Behind」のイメージだけでは分からないバンドの一面を知るうえで重要な曲だ。
「It’s Alright」
3作目Happy Pillsからの代表曲。1990年代後半らしい引き締まったオルタナティブ・ロックで、初期よりも曲の構成がコンパクトになっている。
ギターには十分な重さがあるが、メロディも前へ出ている。大げさな展開に頼らず、強いサビで聞かせる曲であり、Candleboxがデビュー時のスタイルから変化していたことが分かる。
アルバムでたどるCandleboxの進化
Candlebox(1993年)
Candleboxの出発点であり、最大の成功作でもある。「Far Behind」「You」「Cover Me」「Change」など、その後もライブの中心となった曲が並んでいる。
音楽の土台にあるのは、ブルースとクラシック・ハードロックだ。そこへ1990年代らしい重いギターと暗い空気を加えている。特に静かな部分と激しい部分を大きく切り替える構成が目立つ。
デビューした時期からグランジと結びつけられたが、このアルバムを通して聴くと違いも分かる。パンクの粗さより、歌唱力やギター演奏をしっかり聞かせることを重視したロックである。
Lucy(1995年)
大成功したデビュー作の後に作られた2作目。前作よりも暗く、硬く、簡単には耳になじまない音へ進んだ。
「Simple Lessons」をはじめ、ギターの重さが強調された曲が多い。メロディの親しみやすさは残っているが、「Far Behind」のような大きなバラードをもう一度作ることを目的とした作品ではない。
商業的にはデビュー作ほどの規模には届かなかったが、Candleboxがヒット曲だけを繰り返すバンドではなかったことがよく分かるアルバムである。
Happy Pills(1998年)
1990年代最後のスタジオ作品となった3作目。この頃にはグランジ・ブームはすでに落ち着き、アメリカのロック・シーンそのものが変化していた。
Candleboxも音を整理し、よりコンパクトで現代的なロックへ向かった。「It’s Alright」や「10,000 Horses」では、力強いボーカルとギターを残しながら、初期ほど長い展開には頼っていない。
このアルバムの後、バンドは2000年に活動を停止する。そのためHappy Pillsは、最初の活動期を締めくくる作品となった。
Into the Sun(2008年)
再結成後、約10年ぶりに発表された4作目である。単なる1990年代への懐古ではなく、年齢を重ねたバンドとして再出発した作品になっている。
Kevin Martinの声は以前より落ち着きを増しているが、大きく歌い上げる力は残っている。ギターも重さだけを押し出さず、曲のメロディを支える役割が強くなった。
「Stand」のような曲では、初期Candleboxの力強さと2000年代のアメリカン・ロックらしい分かりやすさが自然につながっている。
Disappearing in Airports(2016年)
メンバー構成が大きく変わった中で制作された6作目。Kevin Martinを中心としながら、Candleboxというバンドを現代のロックへ更新しようとした作品である。
初期のブルース色は薄くなり、音はより引き締まっている。「Vexatious」などでは、鋭いギターと大きなサビを組み合わせ、1990年代のバンドがそのまま過去の音を再現しているという印象を避けている。
The Long Goodbye(2023年)
8作目のスタジオ・アルバム。タイトルが示すように、長く続いたCandleboxのキャリアに区切りをつける作品として制作された。
ただし、静かな別れのアルバムではない。「Punks」をはじめ、ギターを前面に出した力強いロックが中心になっている。Kevin Martinのボーカルにも荒々しさがあり、初期から続くCandleboxらしい熱量が残されている。
1993年のデビュー作から30年を経ても、彼らの中心にあるのは歌とギターを大きく鳴らすロックだった。その基本を最後まで保った作品である。
Candleboxが影響を受けた音楽
Kevin Martinが語ってきた音楽的ルーツはかなり幅広い。Led ZeppelinやThe Whoのようなクラシック・ロックだけでなく、Otis Redding、The Clash、Black Flag、Minor Threatなども影響源として挙げている。
この幅広さはCandleboxの音にも表れている。Led Zeppelinから連想できるのは、ブルースを土台にしたギターと大きな強弱だ。Otis Reddingのようなソウルからは、Martinが声に感情を乗せる姿勢とのつながりを感じられる。
一方、The ClashやBlack Flagなどのパンクから受けた影響は、演奏の形そのものよりも、ライブで感情を直接ぶつける姿勢に表れている。Candleboxの音楽は技巧的な部分を持ちながら、整いすぎない熱さも残している。
そしてシアトルの存在も欠かせない。MartinはMother Love BoneのAndrew Woodから強い影響を受けたことを語っている。「Far Behind」がWoodを思って書かれた曲であることからも、Candleboxが当時のシアトル・シーンと深く結びついていたことが分かる。
Candleboxとポスト・グランジ
Candleboxはポスト・グランジの初期を代表するバンドの一つとして扱われることが多い。ただし、活動を始めたのはグランジが世界的なブームになる前であり、単純にNirvanaやPearl Jamを真似して結成されたバンドではない。
彼らが後のポスト・グランジにつながるのは、別の部分である。グランジの重いギターや内向的な雰囲気を残しながら、より大きなサビと分かりやすいメロディを組み合わせた。この方法は1990年代後半以降、アメリカのメインストリーム・ロックで広く使われるようになった。
同じシアトルでも、Nirvanaがパンクの簡潔さを強く持っていたのに対し、Candleboxはクラシック・ロックの演奏力を前へ出した。Soundgardenほど変則的で重苦しくもなく、Pearl Jamよりブルース・ハードロックの感触が目立つ。
その意味でCandleboxは、グランジそのものというより、シアトルで起きたロックの変化を1990年代のメインストリームへつなげたバンドの一つと見るほうが実際の音に近い。
「Far Behind」だけでは見えないCandlebox
Candleboxにとって「Far Behind」は特別な曲である。バンド最大のヒットであり、現在まで名前と結びついている。しかし、この曲だけでCandleboxを判断すると、音楽のかなり大きな部分を見落としてしまう。
「You」には激しいライブ・バンドとしての顔があり、「Cover Me」にはブルース・ロックの感覚がある。Lucyでは暗く重い方向へ進み、Happy Pillsでは曲を引き締めた。再始動後も過去のヒット曲を再現するだけではなく、Disappearing in Airportsのような作品で新しい音を探している。
彼らのキャリアに一貫しているのは、特定のジャンルではない。Kevin Martinの感情を大きく動かすボーカル、ブルースを感じさせるギター、静かな場面から一気に爆発するバンド演奏。この三つがCandleboxの核になっている。
まとめ
Candleboxは1990年代初頭のシアトルから登場し、「Far Behind」の大ヒットによって広く知られたロック・バンドである。グランジやポスト・グランジに分類される一方、その音楽にはブルース、クラシック・ロック、パンク、ソウルまで幅広い要素が入っている。
最大の特徴は、Kevin Martinの力強いボーカルと、静かな演奏から大音量へ展開するドラマのある曲作りだ。そこにブルース感のあるギターが加わることで、同時代のシアトル勢とも違った骨太なロックになった。
Candleboxの大成功だけに頼らず、Lucyで重さを増し、再始動後も音楽を更新した点も彼らの重要な部分である。Candleboxは、グランジの熱気とアメリカン・ハードロックの伝統をつなぎ、後のポスト・グランジへ続く時代を理解するうえでも興味深い存在である。


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