
1. 歌詞の概要
「That Voice Again」は、Peter Gabrielが1986年に発表したアルバム「So」に収録された楽曲である。
同作の中では「Red Rain」「Sledgehammer」「Don’t Give Up」に続く4曲目に置かれ、アルバム前半の最後を締めるような位置にある。
作詞作曲はPeter GabrielとDavid Rhodes。
プロデュースはPeter GabrielとDaniel Lanoisが担当している。楽曲は1986年にプロモーション・シングルとしても扱われ、BillboardのAlbum Rock Tracksチャートで14位を記録した。ウィキペディア
タイトルの「That Voice Again」は、直訳すれば「あの声がまた」。
ここでいう「声」は、外から聞こえる誰かの声ではない。
自分の内側で繰り返し鳴る声である。
良心の声。
批判する声。
親のように命令する声。
自分を責める声。
あるいは、人を判断し、評価し、分け隔てる声。
この曲は、その「内なる声」によって人と人との関係が邪魔される瞬間を描いている。
誰かを愛したい。
近づきたい。
理解したい。
それなのに、頭の中でまた声がする。
それは相手を裁く声でもあり、自分を裁く声でもある。
この声が鳴り始めると、純粋に目の前の相手を見ることができなくなる。
感情より先に分析してしまう。
愛するより先に評価してしまう。
受け入れる前に、正しいか間違っているかを決めようとしてしまう。
「That Voice Again」は、恋愛の歌として聴くこともできる。
しかし、ただのラブソングではない。
むしろ、愛を邪魔するものについての歌である。
サビでは大きなメロディが開ける。
だが、その開放感の中にも不安がある。
Peter Gabrielの声は力強いが、完全には晴れていない。
前へ進もうとするたびに、内側から何かが引き戻す。
この曲は、心の中の裁きの声と、それでも愛へ向かおうとする意志がぶつかる場所で鳴っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「That Voice Again」は、もともと宗教的・聖書的なテーマを含んでいた楽曲として始まったとされる。
Peter Gabrielは、Martin Scorseseから映画「The Last Temptation of Christ」の音楽に関する打診を受けた時期があり、この曲の初期形は「The First Stone」という仮題で、ヨハネによる福音書の「罪のない者が最初に石を投げよ」という主題と関係していた。ウィキペディア
その後、Gabrielは歌詞をより内面的な方向へ書き換えていく。
宗教的な裁きから、個人の心の中にある裁きへ。
他人を責める態度から、自分自身の中にある批判的な声へ。
テーマは少しずつ変化した。
Peter Gabrielはこの曲について、判断する態度が人と人との間の障壁になること、そして「その声」は経験を受け入れる代わりに、分析し、道徳化し、評価してしまう内なる判断の声だと説明している。ウィキペディア
この説明は、「That Voice Again」を理解するうえで非常に大きい。
この曲の中で問題になっているのは、単なる罪悪感ではない。
もっと日常的で、もっと厄介なものだ。
人を見るときに、すぐ評価してしまう。
自分の感情を、すぐ正しいか間違っているかに分けてしまう。
相手の言葉をそのまま聞く前に、頭の中で解釈し、裁き、疑ってしまう。
それは時に、親から受け継いだ声かもしれない。
社会から植えつけられた声かもしれない。
宗教や道徳の声かもしれない。
あるいは、自分自身を守るために身につけた癖かもしれない。
だが、その声が強すぎると、人は目の前の現実を生きられなくなる。
「That Voice Again」は、まさにその状態を歌っている。
愛したいのに、愛の前に声が割り込んでくる。
経験したいのに、経験の前に意味づけが始まる。
受け入れたいのに、先に裁いてしまう。
「So」はPeter Gabrielにとって大きな転換点となったアルバムで、「Sledgehammer」「Don’t Give Up」「In Your Eyes」など、彼のキャリアでも特に広く知られる曲が並んでいる。
Pitchforkは「So」について、Gabrielがロック、ソウル、先端的なデジタル技術、非西洋音楽への関心を高い完成度で結びつけた作品として位置づけている。Pitchfork
その中で「That Voice Again」は、比較的見過ごされがちな曲かもしれない。
だが、アルバムの精神的なテーマを考えると、非常に重要な曲である。
「Sledgehammer」が欲望の身体性を、「Don’t Give Up」が社会的な挫折と支え合いを、「In Your Eyes」が愛の超越を描くなら、「That Voice Again」は、愛や経験を阻む心の内側の声を描いている。
つまりこれは、「So」の中でもかなり心理的な曲なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞は著作権で保護されているため、ここでは短い範囲に限定して引用する。
歌詞全体は、公式配信サービスや権利者管理の歌詞掲載サービスで確認できる。
Only love can make love
和訳
愛だけが、愛を生み出せる
このフレーズは、曲の中でも特に印象的な一節である。
とてもシンプルな言葉だ。
だが、曲全体の文脈で聴くと、かなり深い。
判断は愛を生まない。
分析も、批判も、恐れも、愛を生まない。
愛を生むことができるのは、愛だけである。
これは甘い理想論のように聴こえるかもしれない。
しかし、この曲ではむしろ切実な結論として響く。
頭の中の声が、あれこれ判断する。
相手を疑う。
自分を責める。
正しいか間違っているかを決めようとする。
それでも、そこから愛は生まれない。
愛へ進むには、どこかでその声を超えなければならない。
このフレーズは、その願いを凝縮している。
That voice again
和訳
また、あの声がする
この短い言葉は、曲のタイトルでもあり、核心そのものである。
一度だけではない。
「again」なのだ。
また来た。
また頭の中で鳴り始めた。
また相手との間に割って入ってきた。
この「また」が痛い。
人は一度、自分の内なる声に気づいたからといって、すぐ自由になれるわけではない。
何度も戻ってくる。
わかっていても、同じ判断、同じ罪悪感、同じ恐れが顔を出す。
「That Voice Again」は、その反復の歌でもある。
I want to be with you
和訳
君と一緒にいたい
この願いは、曲全体の柔らかな中心にある。
内なる声がどれほど邪魔をしても、語り手の奥には誰かとつながりたいという欲求がある。
だからこそ苦しい。
最初から孤独を望んでいるなら、内なる声に悩む必要はない。
人と近づきたい。
愛したい。
だが、声がそれを邪魔する。
この緊張が、曲のドラマを作っている。
引用元: Peter Gabriel「That Voice Again」歌詞
作詞作曲: Peter Gabriel、David Rhodes
歌詞の著作権は各権利者に帰属する。楽曲クレジットでは、Peter GabrielとDavid Rhodesが作曲者として記載されている。
4. 歌詞の考察
「That Voice Again」は、内なる批判者についての曲である。
この「声」は、単純な悪役ではない。
そこがこの曲の面白さだ。
人間の内側にある判断の声は、もともとは自分を守るために生まれたのかもしれない。
危険を避けるため。
間違えないため。
恥をかかないため。
人を信じすぎて傷つかないため。
しかし、その声が強くなりすぎると、今度は生きることそのものを邪魔し始める。
目の前の相手が笑っている。
しかし頭の中の声が言う。
本当に信じていいのか。
この人は正しいのか。
お前は間違っていないか。
また傷つくのではないか。
そうして、経験はすぐに分析され、関係はすぐに評価される。
Peter Gabrielがこの曲で描いているのは、そのような心の癖だ。
人と人との間にある壁は、外側にだけあるのではない。
自分の内側にもある。
それが「That Voice Again」の大きなテーマである。
この曲は、道徳的な判断そのものを否定しているわけではない。
人間には判断力も必要だ。
何でも受け入れればいいわけではない。
しかし、愛や関係性において、判断が先に立ちすぎると、相手をそのまま見ることができなくなる。
相手の現在ではなく、自分の過去の声を聞いてしまう。
相手の表情ではなく、自分の恐れを見てしまう。
「That Voice Again」は、そのことへの気づきの歌だ。
また、この曲には、親の声というテーマもある。
資料では、この曲が「私たちの頭の中にある親の声」、つまり助けにもなり、敗北にもつながる声を扱っていると説明されている。ウィキペディア
これは非常に鋭い。
子どものころに聞いた言葉は、大人になっても心の中で鳴り続ける。
「ちゃんとしなさい」
「失敗してはいけない」
「そんなことをしてはいけない」
「人を疑いなさい」
「お前は十分ではない」
それらは、本人の声のようでいて、実は過去の誰かの声でもある。
大人になった後も、その声は恋愛や友情や仕事の場面で突然鳴り始める。
「また、あの声がする」。
この曲のタイトルは、その反復の苦しさを見事に表している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Red Rain by Peter Gabriel
「So」のオープニング曲であり、深い不安と象徴的なイメージが重なる楽曲である。
「That Voice Again」の内面的な緊張が好きなら、「Red Rain」の重く濡れた世界にも強く惹かれるはずだ。
Manu Katchéのドラム、Tony Levinのベース、Gabrielの切迫した声が、心理的な嵐を作っている。
- Mercy Street by Peter Gabriel
同じく「So」に収録された、静かで夢のような楽曲である。
「That Voice Again」が内なる判断の声と戦う曲なら、「Mercy Street」はもっと深い場所で癒やしを探す曲である。
Anne Sextonへの参照を含むこの曲は、Gabrielの内省的な側面を味わううえで欠かせない。
- Don’t Give Up by Peter Gabriel feat.
「So」の中でも特に感情的な中心を担う曲である。
「That Voice Again」が自分の内側の声によって関係が妨げられる曲だとすれば、「Don’t Give Up」は、他者の声によって人が支えられる曲である。
内なる声と外からの声、その対比として聴くと非常に面白い。
愛を通して自分の中心へ戻るような楽曲である。
「That Voice Again」の中で妨げられていた愛への欲求が、より大きな肯定へ開かれるように感じられる。
Youssou N’Dourの声が加わる終盤の広がりは、「So」の中でも屈指の美しい瞬間である。
- Running Up That Hill by Kate Bush
Kate Bushの代表曲であり、内面の葛藤、身体、愛、他者との交換不能性を描く名曲である。
「That Voice Again」のように、心の中の見えない力が関係性を揺らす曲として聴ける。
シンセとドラムの反復が、内側から迫ってくる感情を見事に作っている。
6. 「So」の中での位置づけ
「That Voice Again」は、「So」の4曲目に置かれている。
この位置はとても重要である。
アルバムは「Red Rain」で始まる。
そこでは不穏なイメージと重いリズムが広がる。
続く「Sledgehammer」では、ソウルとファンクのエネルギーが爆発する。
そして「Don’t Give Up」では、社会的な挫折と人間同士の支え合いが描かれる。
その後に「That Voice Again」が来る。
ここでアルバムは、外側の社会から内側の心理へとさらに深く入っていく。
「Don’t Give Up」では、誰かの声が人を支える。
「That Voice Again」では、別の声が人を苦しめる。
この対比は非常に美しい。
声は人を救う。
しかし、声は人を縛りもする。
外からの優しい声は支えになる。
内側で繰り返す裁きの声は壁になる。
「So」は非常にポップな成功作でありながら、こうした心理的なテーマを深く含んでいる。
そこが、このアルバムをただの80年代ヒット作以上のものにしている。
アルバム情報では、「That Voice Again」は「So」の第1面を締めくくる楽曲として扱われており、良心や頭の中の親の声というテーマを持つ曲として説明されている。ウィキペディア
この「第1面の締めくくり」という感覚は、レコードとして聴くと特にわかりやすい。
前半の最後にこの曲があることで、アルバムは一度、内省的な問いへ到達する。
欲望。
挫折。
支え。
そして、判断の声。
この流れの中で、「That Voice Again」は非常に重要な節目になっている。
7. サウンドの特徴と音像
「That Voice Again」のサウンドは、明るさと緊張が同居している。
曲は比較的ポップな構造を持っている。
メロディは開けていて、コーラスは印象的だ。
だが、その明るさの奥には、絶えず何かがざわついている。
資料によれば、この曲では12弦ギターが重要な役割を果たしている。
Peter GabrielはGenesis時代以来、ソロ作品では12弦ギターの使用を避けていたが、この曲では再びその音に向かったとされる。Daniel Lanoisが12弦ギターを弾き、David Rhodesがエレクトリック・ギターを担当している。ウィキペディア
この12弦ギターの響きが、曲に独特の光を与えている。
硬質で、きらめきがあり、少しThe Byrds的な空気もある。
実際、Gabrielはこの曲の楽器編成でThe Byrdsからの影響を受けたとされている。ウィキペディア
しかし、単なるギター・ポップではない。
リズムは緻密で、Manu Katchéのドラムが曲に独特の推進力を与えている。
彼のドラムはただビートを刻むだけではなく、曲の感情の起伏を作る。
特にコーラスに入る前後のフィルには、GabrielとLanoisのスタジオでの探究心がよく表れている。
Tony Levinのベースは、いつものように太く、深い。
地面のように曲を支えながら、時に音の下でうねる。
この低音があるから、きらめくギターやシンセが浮つかずに済んでいる。
そしてL. Shankarのヴァイオリン。
この音が、曲に少し異国的で、少し鋭い感情の線を加えている。
Peter Gabrielは「So」で非西洋音楽や多様なリズム感覚をポップの中に組み込んでおり、この曲にもその姿勢がにじんでいる。Pitchfork
全体として、「That Voice Again」は明るいようで暗い。
ポップなようで、心の奥をざわつかせる。
それは、歌詞のテーマと完全に重なっている。
表面では前向きに進んでいる。
しかし内側では、声が鳴っている。
その二層構造が、サウンドにも表れている。
8. Peter Gabrielの歌唱が描く葛藤
「That Voice Again」のPeter Gabrielのボーカルは、非常に繊細である。
彼はこの曲で、ただ力強く歌っているわけではない。
声の中に、ためらいと切迫がある。
何かを乗り越えようとしているのに、完全には乗り越えられない。
その感じがよく出ている。
コーラスでは声が大きく開く。
しかし、その開放感は勝利の宣言ではない。
むしろ、どうにか自分を外へ押し出しているような歌い方である。
内なる声に対抗するには、外へ声を出さなければならない。
自分の中の批判や恐れに飲まれないために、歌う。
Gabrielの歌唱には、そのような身体的な力がある。
特に「Only love can make love」というフレーズでは、声が祈りのように伸びる。
ここでは、彼は理屈を超えた場所に行こうとしているように聴こえる。
判断ではなく愛へ。
分析ではなく経験へ。
裁きではなく受容へ。
その方向へ進みたいのに、また声が戻ってくる。
この引っ張り合いが、歌唱の中にある。
Peter Gabrielの声は、常に少し演劇的で、同時に非常に人間的だ。
Genesis時代には物語の人物を演じるような歌唱も多かったが、ソロ期、とりわけ「So」では、その演劇性がより心理的な表現へ変わっている。
「That Voice Again」は、その好例である。
外のキャラクターを演じるのではなく、自分の中で分裂する声を歌っている。
9. David Rhodesとの共作としての意味
「That Voice Again」は、Peter Gabriel単独ではなく、David Rhodesとの共作である。
「So」の楽曲リストでも、この曲はGabrielとRhodesの共作として記載されている。ウィキペディア
David Rhodesは、Gabrielの長年の重要なギタリストであり、サウンド面で大きな役割を果たしてきた人物である。
彼のギターは、派手なソロで前面に出るタイプではない。
むしろ、曲の質感を作る。
音の隙間に鋭い線を入れ、リズムと空気を支える。
この曲では、その存在がとても大きい。
歌詞面でも、Gabrielはなかなか満足のいく言葉にたどり着けず、複数の歌詞を書き直した後、Rhodesの助けを借りて言葉を調整したとされている。ウィキペディア
これは、曲のテーマとも少し重なる。
内なる声に苦しむ歌を作るために、外からの別の声が必要だった。
自分ひとりの頭の中で閉じていたものを、共作者とのやりとりによって開いていく。
そのプロセス自体が、「That Voice Again」の内容と響き合っている。
曲作りとは、時に自分の内なる批判者との戦いでもある。
この言葉は違う。
このメロディは弱い。
このテーマは伝わらない。
そうした声に悩みながら、誰かの手を借りて形にしていく。
「That Voice Again」は、その意味でも、非常に自己反映的な曲なのかもしれない。
10. Mozoという構想との関係
「That Voice Again」は、Peter Gabrielが長く抱えていた架空の物語「Mozo」とも関係しているとされる。
Mozoは、Mosesを思わせるような、錬金術的・神話的な要素を持つ架空の人物で、Gabrielは複数の楽曲を通じてその物語を断片的に描いていた。
「Here Comes the Flood」や「Down the Dolce Vita」などにも関係があり、「That Voice Again」はその物語の中で「判断」という属性を表す曲だったと説明されている。ウィキペディア
この情報は、曲をより深く聴く手がかりになる。
「That Voice Again」は、個人的な心理の歌でありながら、どこか神話的な重さも持っている。
内なる声は、ただの自意識ではない。
それは、人間が古くから抱えてきた裁きの問題でもある。
善と悪。
罪と赦し。
判断と愛。
律法と経験。
このような大きなテーマが、ポップ・ソングの中に隠れている。
Peter Gabrielの音楽は、個人的な感情と神話的な構造を重ねることが多い。
「That Voice Again」もそのひとつである。
一人の人間が誰かを愛そうとしている。
しかし、頭の中で裁きの声が鳴る。
それは個人的な恋愛の問題であると同時に、人間が他者と関係を結ぶうえで避けられない普遍的な問題でもある。
この二重構造が、曲に奥行きを与えている。
11. 80年代ポップとしての魅力
「That Voice Again」は、「So」の中では大ヒット・シングルの影に隠れがちな曲である。
しかし、80年代ポップとして非常に完成度が高い。
Louderはこの曲を、アルバムの豊かな名曲群の中で見過ごされがちな、美しいByrds風のポップ・ソングとして評価している。
また、Pitchforkは「Sledgehammer」を除けば「So」の中で最も強いコーラスを持つ曲のひとつとして、この曲を挙げている。ウィキペディア
確かに、「That Voice Again」のコーラスは非常に強い。
メロディは大きく開き、声は重なり、曲が一気に持ち上がる。
だが、そこに単純な爽快感だけがあるわけではない。
80年代のポップには、光沢のあるサウンドが多い。
シンセ、ゲート感のあるドラム、広いリバーブ、きらびやかなギター。
この曲にもその時代の質感はある。
しかし、Gabrielの場合、その光沢が単なる飾りにならない。
心理的な陰影を支えるために使われている。
「That Voice Again」は、明るいサウンドの奥に、複雑な内面を隠している。
そのバランスが、80年代の洗練とGabrielの深い内省をうまく結びつけている。
ヒット曲としての即効性では「Sledgehammer」や「Big Time」に譲るかもしれない。
だが、アルバムの中で長く残る味わいという意味では、この曲は非常に強い。
12. 聴きどころと印象的なポイント
「That Voice Again」の聴きどころは、まず冒頭の構成である。
「Red Rain」と同じように、曲はインストゥルメンタルの導入を持ち、その後コーラスへ入る構成になっていると説明されている。ウィキペディア
この入り方によって、曲はいきなり物語の途中から始まるように感じられる。
すでに心の中では何かが始まっている。
そして、あの声がまた鳴っている。
次に、12弦ギターの響き。
きらめきがありながら、どこか硬さもある。
このギターが、曲にポップな明るさと神経質な緊張を同時に与えている。
Manu Katchéのドラムにも注目したい。
彼のフィルは非常に生き生きとしており、曲がサビへ向かうたびに空気を押し上げる。
ただし、派手すぎない。
楽曲の心理的なうねりに合わせて、身体性を加えている。
Tony Levinのベースは、低い場所で曲をしっかり支える。
Gabrielの音楽では、ベースが精神的な重力を作ることが多いが、この曲でもそれがよくわかる。
そして、Peter Gabrielの声。
特にサビの伸びる声は、内なる声に対抗するような力を持っている。
「Only love can make love」の最後の音が長く伸ばされることも、この曲の印象的なポイントとして語られている。ウィキペディア
この伸びる声は、まるで判断の声を超えて、愛のほうへ届こうとしているように聴こえる。
13. 特筆すべき事項:愛を邪魔する声を歌ったポップソング
「That Voice Again」は、愛を邪魔する声を歌ったポップソングである。
多くのラブソングは、愛そのものを歌う。
愛している。
会いたい。
失いたくない。
戻ってきてほしい。
しかし、この曲は少し違う。
ここで歌われているのは、愛へ向かおうとする途中で現れる障害だ。
その障害は、外側の敵ではない。
相手の裏切りでもない。
社会の壁でもない。
自分の中にある声である。
また、あの声がする。
相手を裁く声。
自分を責める声。
すべてを評価し、分析し、道徳化する声。
それが、愛を難しくする。
このテーマは、非常に現代的でもある。
今の時代、人は常に自分を観察している。
自分は正しいのか。
相手は正しいのか。
この感情は健全なのか。
この関係は意味があるのか。
すべてを言葉にし、分析し、判断しようとする。
もちろん、それは必要なことでもある。
だが、時にその声は、経験そのものを奪う。
「That Voice Again」は、その危険を歌っている。
愛を生むのは、判断ではない。
愛を生むのは、愛だけだ。
この曲のフレーズは、非常にシンプルだが、そこへ到達するまでの道は簡単ではない。
Peter Gabrielは、この曲で自分の内側にある裁きの声を見つめている。
それは宗教的な裁きの声でもあり、親の声でもあり、社会の声でもあり、自分自身の不安の声でもある。
そして、その声があることを認めたうえで、それでも愛のほうへ行こうとしている。
そこが美しい。
「That Voice Again」は、「So」の大ヒット曲群の中ではやや控えめな存在かもしれない。
だが、アルバムの内面を理解するうえでは欠かせない曲である。
ポップなコーラス、12弦ギターのきらめき、Lanoisの奥行きあるプロダクション、KatchéとLevinの強いリズム、そしてGabrielの切迫した声。
そのすべてが、内なる声との格闘を音にしている。
人は誰でも、自分の中に声を持っている。
励ます声もある。
止める声もある。
裁く声もある。
傷つける声もある。
「That Voice Again」は、その声に気づくための曲である。
そして、気づいたうえで、少しだけその声から自由になろうとする曲である。
愛したい。
けれど声が邪魔をする。
それでも、愛だけが愛を生む。
この曲は、その厳しくも美しい真実を、80年代ポップのきらめきの中で鳴らしている。



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