
発売日:1984年10月1日 ジャンル:Rock / Post-Punk / Alternative Rock
概要
1984年に発表されたU2の4作目『The Unforgettable Fire』は、初期3作で確立した鋭いロック・サウンドから離れ、空間そのものをアレンジの一部として扱う方向へ踏み出した作品である。前作『War』ではスティーヴ・リリーホワイトのプロデュースによって、エッジのギターとラリー・マレン・ジュニアのドラムを強く前へ出していたが、本作ではブライアン・イーノとダニエル・ラノワをプロデューサーに迎えた。残響の深いギター、輪郭をぼかしたシンセサイザー、即興性を残した演奏が増え、曲を明快なロック・ソングとして完成させることより、独特の空気や質感を作ることが重視されている。
制作の中心となったのは、アイルランドのスレーン城で行われたセッションだった。そこで得られた広がりのある音響は作品全体の性格にもつながり、エッジはギターを単純なリフの楽器としてではなく、反響音や持続音によって背景を作る楽器として使っている。アダム・クレイトンとマレンのリズム隊にも、直線的に押し切るだけではない柔軟さが生まれた。完成度の均一さでは『War』ほど整っていないものの、その不安定さを含めて新しい方法を探している感触が強く、後の『The Joshua Tree』や『Achtung Baby』へ続く「音響を使って曲の意味を広げる」というU2の方法が本格的に始まったアルバムである。
全曲レビュー
1. 「A Sort of Homecoming」
細かく刻まれるギターと力強いドラムが走り続ける一方、楽器の輪郭には深い残響がかかり、前作までの直線的なロックとは違う奥行きが生まれている。ボノの歌も明確な物語を説明するというより、旅や帰還、離れた場所への憧れを断片的なイメージでつないでいく。勢いのあるリズムと霞んだ音響が同時に存在することで、本作が従来のU2を完全に捨てるのではなく、その推進力を別の空間へ移そうとしていることが最初の一曲で分かる。
2. 「Pride (In the Name of Love)」
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアを題材にした、アルバムでもっとも輪郭のはっきりしたロック・ソングである。エッジは高音域の短いギター音を反復し、ベースとドラムが一定の速度で曲を押し進めるため、複雑な装飾がなくてもサビへ自然に力が集まっていく。歌詞にはキングの暗殺を思わせる場面が置かれ、暴力に対して愛や信念が何を残せるのかを問う内容になっている。ボノの大きく伸びる声と簡潔なサビが結びつき、本作の抽象的な音作りをポップ・ソングとして最も分かりやすくまとめた曲だ。
3. 「Wire」
冒頭からベースとドラムが細かく動き、ギターも鋭い音を断続的に差し込むため、演奏には落ち着く場所のない緊張感がある。ボノも長いメロディをゆったり歌うのではなく、言葉を急いで吐き出すような歌唱を見せる。薬物依存をめぐる不安や誘惑を連想させる歌詞と、絶えず前へ転がるリズムがよく噛み合っており、「Pride」の開放的なサビから一転して閉塞した感触を作る。完成された構成より演奏中の反応を残したような荒さも、本作の特徴がよく出ている。
4. 「The Unforgettable Fire」
タイトル曲では、ギター、シンセサイザー、ストリングスが明確な境界を作らず重なり、音の層がゆっくり形を変えていく。エッジの演奏も前面でリフを鳴らすというより、残響を使ってボーカルの周囲に色を加える役割が大きい。タイトルは広島・長崎への原爆投下を扱った美術展から採られているが、歌詞は歴史を直接説明せず、危険なものに引き寄せられる感覚を抽象的な言葉で描く。美しさと不穏さを同じ音の中に置くことで、イーノとラノワを迎えた意味が最も明確に表れた一曲である。
5. 「Promenade」
約2分半の短い曲で、完成されたロック・ソングというより、風景を切り取ったスケッチに近い。ギターは大きなリフを作らず、ベースやドラムも余白を残しながらボノの声を支えている。歌詞には場所や移動を思わせる具体的な像が現れるものの、それらを一本の物語へまとめることはせず、記憶の断片のように配置される。前半の密度が高い楽曲群のあとに音数を減らすことで、アルバムの流れを一度静かな場所へ移す役割も果たしている。
6. 「4th of July」
アダム・クレイトンのベースとエッジのギターを中心に作られた短いインストゥルメンタルで、通常のヴァースやサビを持たない。低く反復するベースの周囲を、輪郭のぼやけたギターが漂うように動き、旋律を追うというより音色の変化を聴かせる構成になっている。歌が存在しないことで本作の音響的な側面がむき出しになり、後半へ入るための間奏として機能する。U2がロック・バンドの基本的な曲構造からどこまで離れられるかを試した、小さいながら特徴的な実験である。
7. 「Bad」
静かに反復されるギターを土台に、ベース、ドラム、ボーカルが少しずつ強度を増していく。明確なサビを何度も提示する一般的な構成ではなく、同じ流れを維持しながら演奏の熱量を段階的に上げるため、後半のボノの歌唱が大きな解放として聞こえる。歌詞は依存症によって身近な人間が失われていく状況を思わせ、「手放す」ことを繰り返しながら救済への願いと無力感を並べている。スタジオ版には抑制された余白があり、それがかえって感情の高まりを際立たせている。
8. 「Indian Summer Sky」
マレンのドラムが強く前へ出て、エッジのギターがその周囲で短いフレーズを繰り返すため、「4th of July」「Bad」と続いたゆったりした流れを急に引き締める。自然の中へ身体を解放したいという感覚を思わせる歌詞も、理屈を積み上げるというより反復される言葉と勢いで伝えるタイプだ。初期U2に近い切迫したバンド演奏を残しながら、ギターの残響や音の重ね方は明らかに本作の方法へ変化しており、新旧のスタイルが接する曲として聞ける。
9. 「Elvis Presley and America」
「A Sort of Homecoming」のバッキング・トラックを大幅に遅く再生し、その上でボノが即興的に歌ったという特殊な成り立ちを持つ。声も楽器も輪郭が溶けたように聞こえ、歌詞は明瞭な物語より断片的な言葉の連なりとして現れる。タイトルにエルヴィス・プレスリーを掲げながら、伝記的に彼を説明する曲ではなく、アメリカの文化やスターのイメージを遠くから眺めるような曖昧さを残している。未完成にも聞こえるが、その曖昧さ自体が本作の即興性を極端な形で示している。
10. 「MLK」
最後は楽器をほとんど前へ出さず、ボノの静かな歌と淡い音の広がりだけで閉じる。「Pride」と同じくキングを念頭に置いた曲だが、こちらには大きなドラムも高揚するサビもなく、子守歌や祈りに近い簡素な形が選ばれている。眠りと目覚めを使った短い言葉によって、死を直接描写せずに平和への願いを伝えている点も特徴だ。「Pride」で外へ向けて歌われた題材を最後に極端に小さな音へ戻すことで、アルバムは勝利の宣言ではなく静かな余韻を残して終わる。
総評
『The Unforgettable Fire』の面白さは、U2がそれまで持っていた強みを磨き上げるのではなく、いったん不安定な状態へ自分たちを置いたところにある。『War』ではドラム、ベース、ギター、ボーカルがそれぞれ明確な輪郭を持ち、曲の主張を正面から伝えていた。本作では楽器同士の境界を残響やシンセサイザーでぼかし、メロディや歌詞にも説明しすぎない余白を増やしている。結果として一聴しただけでは形をつかみにくい曲もあるが、音の距離や質感そのものが曲の表情を作るようになった。
特にエッジの変化は大きい。もともとディレイを使った反復的なギターを得意としていたが、本作ではギターが主役として目立つ必要さえなくなり、背景の持続音や一瞬のアクセントとして配置される場面が増えた。イーノとラノワの仕事も、単にシンセサイザーを追加してバンドを「実験的」にしたというより、メンバーが演奏する空間や偶然生まれた音まで録音の材料として扱う方向へ導いた点が大きい。「4th of July」や「Elvis Presley and America」のような曲が通常のロック・アルバムの流れにそのまま置かれていることからも、その姿勢が分かる。
その反面、曲ごとの完成度には意図的とも言えるばらつきがある。「Pride」のように構造が明快な曲と、ほとんどスケッチの状態を残した曲が隣り合うため、アルバム全体のまとまりを『War』や後の『The Joshua Tree』に求めると散漫にも聞こえる。しかし「Bad」のように単純な反復から感情を拡大する方法や、タイトル曲のように音色の重なりでドラマを作る方法は、以後のU2にとって大きな武器になった。完成された新路線というより、新しい作曲と録音の方法を発見している途中の記録として見るほうが、この作品の性格を正確につかめる。
キャリアの流れで考えると、本作があったからこそ『The Joshua Tree』で大きなスケールと明快な楽曲を両立できたと言える。初期のポストパンク的な切迫感を完全には失わず、アンビエントから得た空間性やアメリカ文化への関心を加えたことで、U2の音楽は単純な四人組ロックの枠から広がった。整いすぎていない部分まで含めて、バンドが自分たちの成功した型を壊し、次の表現を探している過程を実際の音として聴けるアルバムである。
おすすめアルバム
War by U2
前作にあたり、本作との変化を最も直接的に比較できる。硬いドラムと鋭いギターを前面に出した「Sunday Bloody Sunday」などを聴けば、『The Unforgettable Fire』で演奏の輪郭と空間の扱いがどれほど変わったかが分かる。
The Joshua Tree by U2
本作で試した広い音響とアメリカへの関心を、より整理された作曲へ結びつけた1987年作。「Where the Streets Have No Name」などでは、残響を生かしたギターが実験的な質感ではなく、大きな歌を支える仕組みとして完成している。
Another Green World by Brian Eno
プロデューサーのブライアン・イーノが1975年に発表した作品。ロックの楽器とアンビエント的な音響を自然に共存させ、短い器楽曲も含めて音色そのものを構成材料にしている。本作の静かな場面を理解するうえで格好の比較対象になる。
Remain in Light by Talking Heads
イーノがプロデュースした1980年作で、反復するリズムや複数の演奏を重ねながら、従来のロック・バンドとは異なる音の組み立て方を追求している。U2とはグルーヴの性格が違うが、スタジオを作曲の道具として使う発想に共通点がある。
The Crossing by Big Country
1983年のデビュー作で、ギターを使って広大な空間を感じさせる同時代のロックという点で本作と比較しやすい。Big Countryは力強いバンド演奏と明確な旋律を中心にしており、そこからU2が『The Unforgettable Fire』で選んだ曖昧で音響的な方向との差も見えてくる。

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