
楽曲の概要
「This Christmas」は、Chris Brownが2007年に発表したクリスマス・ソングで、同年公開の映画『This Christmas』およびそのサウンドトラックのために録音された。Brown自身も映画にMichael “Baby” Whitfield役で出演している。オリジナルはDonny HathawayがNadine McKinnorと共作し、1970年に発表した楽曲で、現在ではアメリカのクリスマス・ソウルを代表するスタンダードの一つとなっている。Brown版はその基本的なメロディと温かな雰囲気を受け継ぎながら、2000年代R&Bらしい低音、ドラム、滑らかなボーカル・アレンジによって現代化したカバーである。
プロデュースはBryan-Michael CoxとKendrick Dean、ボーカル・プロデュースはAdonis Shropshireが担当した。Brownは当時18歳で、2005年のデビュー以来、ダンスを前面に出した若手R&B/ポップスターとして急速に成功していた時期にあたる。「This Christmas」ではそのイメージから少し離れ、70年代ソウルの楽曲を比較的オーソドックスな歌唱で聞かせている。若いR&Bシンガーとしての声の軽さと、Hathawayの楽曲が持つゴスペル/ソウルの温かさを結びつけたことが、このバージョンの特徴である。
歌詞の概要
歌詞が描くのは、恋人や大切な人と過ごすクリスマスの一夜である。ヤドリギを飾り、クリスマスツリーを整え、プレゼントやカードに囲まれ、暖炉の火を眺めながら夜にはキャロルを歌う。物語上の事件はほとんどなく、クリスマスという時間を誰かと共有できる喜びが、家庭的な情景を通して積み重ねられていく。
中心にあるのは「今年のクリスマスは特別になる」という期待である。ただし、その特別さは豪華なプレゼントや大きなイベントによるものではない。語り手にとって重要なのは、一緒にいる相手をこれまで以上によく知ること、相手の表情を眺めること、同じ空間で時間を過ごすことだ。クリスマスを背景にしたラブソングでありながら、恋愛だけに閉じた歌にはなっていない。
Brown版では終盤になると、家族や周囲の人々と一緒に祝うニュアンスがさらに強く感じられる。二人だけの親密なクリスマスから、人々が集まって喜びを共有する場へと視野が広がっていく。この性格は、離れて暮らしていた家族がクリスマスに再会する映画『This Christmas』の主題とも自然に重なる。恋人との時間と家族の団らんを分けず、「誰かと一緒にいること」そのものを祝う歌として機能している。
制作背景・時代背景
この曲を理解するには、まずDonny Hathawayのオリジナル版が持つ位置を押さえる必要がある。HathawayとMcKinnorによって書かれた「This Christmas」は1970年に発表され、宗教的なクリスマス・キャロルでも、雪やサンタクロースを中心にした伝統的なポップ・ソングでもない。暖炉、カード、ツリーといった家庭の風景を、ソウル特有のリズムと歌唱で描いた作品だった。後に数多くのR&B/ソウル歌手がカバーするようになり、ブラック・ミュージックにおけるクリスマス・スタンダードとして定着していった。
2007年の映画『This Christmas』は、このHathawayの楽曲からタイトルを取っている。作品はWhitfield一家が4年ぶりにクリスマスに集まり、それぞれが抱えていた秘密や問題が表面化していく家族ドラマで、Brownは歌手になることを望む末っ子Babyを演じた。劇中ではOtis Reddingで知られる「Try a Little Tenderness」もBrownが歌っており、彼の歌唱能力が役柄そのものにも組み込まれている。
サウンドトラック版「This Christmas」は2007年11月20日にリリースされ、Hathawayの曲を若い世代のR&Bへつなぐ役割を担った。Bryan-Michael CoxはUsher、Mariah Carey、Mary J. BligeなどのR&B作品でも知られるプロデューサーであり、ここでも原曲を完全に作り替えるより、そのソウルらしさを残しながら2000年代の録音として輪郭を整えている。
当時のBrownはセカンド・アルバム『Exclusive』を発表したばかりで、「Kiss Kiss」や「With You」といった現代的なR&B/ポップのヒットを送り出していた。「This Christmas」はその流れとは少し異なり、70年代のソウル・スタンダードと向き合う録音である。そのため、Brownのキャリアでは大きな方向転換というより、若いポップスターが自分の音楽的ルーツにあるR&B/ソウルの伝統へ接続した作品として見ることができる。
歌詞の抜粋と和訳
この曲では、ヤドリギ、クリスマスツリー、プレゼント、カード、暖炉、キャロルといったクリスマスの典型的なモチーフが次々と登場する。しかし、それらは単なる季節の飾りではなく、語り手と相手が同じ時間を共有するための背景として配置されている。
特に重要なのが、今年のクリスマスが「特別」になるという繰り返しである。何が特別なのかを細かく説明するのではなく、誰かと一緒にいることによって、毎年訪れる同じ祝日が個人的な意味を持つという発想になっている。このシンプルさが、恋愛、家族、友人などさまざまな関係へ当てはめやすい理由でもある。
サウンドと歌詞の考察
Brown版「This Christmas」は、Donny Hathaway版を大胆に解体するタイプのカバーではない。楽曲の核にあるソウルフルなコード感、跳ねるリズム、祝祭的な高揚を尊重しながら、2007年のR&Bとして音の輪郭を整えている。ドラムは明確で低音にも厚みがあり、全体のサウンドは原曲より現代的に整理されている。それでも電子音を大量に加えて別ジャンルへ変えることはせず、歌とグルーヴを中心に置いている。
この曲のリズムで重要なのは、クリスマス・バラードのようにゆったり流れないことである。ビートには軽く跳ねる感覚があり、暖炉の前で静かに座るだけではなく、人々が集まり、身体を動かしながら祝っている情景を作る。歌詞では家庭的なクリスマスを描いているが、サウンドにはパーティーの感覚がある。この「親密さ」と「祝祭」の両立が、Hathaway版から受け継がれた曲の大きな魅力である。
Brownの歌唱は、原曲との違いが最も分かりやすい部分だ。Hathawayの声にはゴスペルを基盤とした厚みと深い響きがあり、短いフレーズにも強い重心がある。それに対してBrownは、より軽く滑らかな声を使い、高い音域へ自然に移動する。声の細かな装飾も2000年代R&Bらしく、旋律の終わりで音程を動かしたり、言葉の間に短い声を挟んだりすることで若々しい躍動感を加えている。
その違いは、どちらが優れているかという問題ではなく、同じ歌の「特別なクリスマス」が異なる人物像から聞こえることにつながっている。Hathaway版では成熟したソウル歌手が家庭の温もりを祝っている感覚が強いのに対し、当時18歳だったBrown版には、恋人や家族とのクリスマスに興奮している若者らしい明るさがある。歌詞を大きく変えなくても、声の年齢や質感によって曲の主人公の印象が変化している。
アレンジではバックボーカルも重要である。リードボーカルだけで完結させず、周囲から声が返ってくることで、個人的なラブソングが集団的な祝祭へ広がる。これはゴスペルやソウルで長く使われてきたコール&レスポンスの感覚にも通じる。Brownがフレーズを提示し、別の声や自身の重ねたボーカルが周囲を埋めることで、一人で歌っているというより、部屋全体が音楽に参加しているように聞こえる。
終盤ではこの集団性がさらに強まり、歌唱も最初より自由になる。メインのメロディをそのまま繰り返すだけではなく、アドリブ的な声を加えることで、きれいに構成されたスタジオ録音からパーティーや教会でのライブに近い雰囲気へ移っていく。歌詞も恋人との親密な時間から家族や周囲の人々を意識する方向へ広がるため、アレンジの拡大と歌詞の視野が一致している。
また、この曲ではクリスマスらしさを過剰な装飾音だけに頼っていないことも重要である。季節物のポップスでは鈴やストリングスなどによって一瞬で「クリスマス」を演出する方法があるが、「This Christmas」の本質はむしろソウルのグルーヴにある。クリスマスの風景は歌詞が担当し、音楽は人々が集まったときの温度を担当する。そのため12月以外に聞いても、一曲のR&B/ソウルとして十分成立する。
Brown版の意義もそこにある。1970年の曲を2007年のリスナーへ届ける際、原曲の古さを消そうとして全面的に作り替えるのではなく、ソウルの骨格を残したままボーカルとプロダクションを更新した。その結果、Donny Hathawayのスタンダードとしての性格と、Chris Brown初期の若々しいR&Bスタイルが同時に聞こえる。世代の異なるブラック・ミュージックを、クリスマスという共通の場で接続したカバーなのである。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「This Christmas」 by Donny Hathaway
まず比較したい1970年のオリジナル。Chris Brown版よりボーカルの重心が低く、ゴスペルとソウルの感覚が濃い。同じメロディでも、声とグルーヴの違いによってクリスマスの情景がどう変わるかが分かる。
「Try a Little Tenderness」 by Chris Brown
映画『This Christmas』でBrownが披露したもう一つの重要な歌唱。Otis Reddingで広く知られるソウル・クラシックに挑んでおり、若いBrownが往年のソウルをどう自分の声へ取り込んだかを比較できる。
「What Christmas Means to Me」 by Stevie Wonder
軽快なリズムとソウルフルな歌唱によって、クリスマスの幸福感を身体的なグルーヴへ変えたMotownの定番曲。「This Christmas」の明るく踊れる側面が好きなら自然につながる。
「Someday at Christmas」 by Stevie Wonder
同じクリスマス・ソウルでも、こちらは社会への願いを中心にした作品である。恋人や家族との幸福を描く「This Christmas」と対照的で、クリスマス・ソングが持ち得るテーマの幅を感じられる。
「Every Year, Every Christmas」 by Luther Vandross
より成熟した90年代R&Bのクリスマス・ソング。祝祭的な「This Christmas」に対して、こちらは孤独や待ち続ける感情を濃く描く。滑らかなR&Bボーカルでクリスマスを表現するという点では共通している。
まとめ
Chris Brown版「This Christmas」の特徴は、Donny Hathawayが1970年に作り上げたクリスマス・ソウルの骨格を残しながら、2000年代R&Bの若々しい声とプロダクションへ自然に置き換えたことにある。歌詞ではヤドリギや暖炉、ツリーといった家庭的な情景を通して、大切な人と同じ時間を過ごす喜びを描く。一方、音楽は静かなバラードではなく、跳ねるリズムとバックボーカルによって祝祭の場を作っている。映画『This Christmas』への出演と結びついた録音であると同時に、当時18歳だったBrownが70年代ソウルのスタンダードへ接続した作品でもあり、世代を越えて歌い継がれるこの曲の柔軟さを示したカバーである。
参照元
- Apple Music「This Christmas – Chris Brown」
- 映画『This Christmas』オリジナル・サウンドトラック
- American Film Institute Catalog『This Christmas』
- Billboard Hot 100

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