
1. 楽曲の概要
「This Christmas」は、Chris Brownが2007年に発表したクリスマス・ソングである。同名映画『This Christmas』のサウンドトラック『This Christmas – Songs From The Motion Picture』に収録された。アルバムは2007年11月20日にリリースされ、Chris Brownによる「This Christmas」は1曲目に配置されている。
この曲は、Donny Hathawayが1970年に発表したクリスマス・スタンダード「This Christmas」のカバーである。オリジナルはDonny HathawayとNadine McKinnorによる楽曲で、R&B/ソウルの文脈から生まれたクリスマス曲として、後年多くのアーティストに歌い継がれてきた。Chris Brown版もその流れにあるが、2000年代後半のメインストリームR&Bの感触を加えた録音になっている。
Chris Brownにとって2007年は、セカンド・アルバム『Exclusive』を発表した時期でもある。「Kiss Kiss」「With You」などでポップ市場でも大きな存在感を示していた時期に、映画出演とサウンドトラック参加が重なった。彼は映画『This Christmas』にもMichael “Baby” Whitfield役で出演しており、このカバーは単なる季節企画ではなく、俳優としての露出とも結びついた楽曲である。
チャート面では、Billboard Hot 100で最高62位を記録した。クリスマス・ソングのカバーとしては高い認知を得た部類に入り、RIAAでは2021年10月1日にプラチナ認定を受けている。これは、映画公開時の話題性だけでなく、ホリデー・シーズンに繰り返し聴かれる楽曲として定着したことを示している。
2. 歌詞の概要
「This Christmas」の歌詞は、クリスマスを恋人や大切な人と過ごす喜びを描く。物語性は複雑ではなく、家の中に飾り付けがあり、贈り物やカードが用意され、暖炉のそばで時間を共有するという場面が中心になる。歌詞の語り手は、今年のクリスマスが特別なものになるという期待を、直接的な言葉で伝えている。
重要なのは、クリスマスを宗教的・儀礼的な出来事としてではなく、親密な関係が確認される時間として描いている点である。歌詞には「今年は特別になる」という感覚が繰り返し表れる。これは、相手と過ごす時間そのものが祝祭の意味を作るという考え方につながっている。
オリジナルのDonny Hathaway版では、家族やコミュニティを思わせる温かさが強く出ている。Chris Brown版では、その要素を残しながら、より若い恋愛のニュアンスが前に出ている。声の質感やアレンジの違いによって、同じ歌詞でも親密さの焦点が少し変わって聴こえる。
歌詞全体は明快で、比喩や難解な言い回しは少ない。だからこそ、ボーカルの節回しやリズムの取り方が曲の印象を大きく左右する。Chris Brown版では、歌詞そのものを大きく改変するのではなく、歌唱のニュアンスで2000年代R&Bらしい軽さと滑らかさを加えている。
3. 制作背景・時代背景
「This Christmas」のオリジナルは、Donny Hathawayが1970年に発表した楽曲である。当時のアメリカのクリスマス・ソングには、白人ポップスや伝統的なスタンダードの影響が強い作品が多かった。その中で、Hathawayの「This Christmas」は、ソウル・ミュージックの語法を使ってクリスマスを描いた点で重要な位置を持つ。
1991年にコンピレーション・アルバム『Soul Christmas』の改訂版に収録されたことも、楽曲の再評価につながった。その後、Patti LaBelle、Diana Ross、Christina Aguilera、Destiny’s Child、CeeLo Green、Sealなど、多くのアーティストがカバーしている。つまりChris Brown版は、すでにクリスマスR&Bの定番となっていた楽曲を、2007年の若いR&Bスターが引き継いだ録音である。
2007年のR&Bシーンでは、ヒップホップのリズム感、ポップ向けのメロディ、デジタル・プロダクションが強く結びついていた。Chris Brownはダンス、歌、ビジュアル表現を一体化させるタイプのアーティストとして登場し、10代から20代のリスナーに強く訴求していた。「This Christmas」では、そのキャリア初期の明るい声質と機動力のある歌唱が、クラシックなソウル曲に適用されている。
映画『This Christmas』は、クリスマスに集まる家族を描いた作品であり、サウンドトラックにもクリスマス・スタンダードやR&B系の楽曲が並ぶ。Chris Brownはこのアルバムで「This Christmas」に加え、「Try a Little Tenderness」も歌っている。これは、彼を単なるティーン向けポップスターではなく、ソウルの楽曲を歌える若手シンガーとして見せる役割を持っていたと考えられる。
4. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の引用は、批評・解説に必要な範囲に限る。以下は短い抜粋であり、権利は各権利者に帰属する。
Presents and cards are here
和訳:
贈り物とカードがここにある
この一節は、曲の舞台を端的に示している。クリスマスの飾りや贈り物は、歌詞の中で大きなドラマを作るためのものではなく、誰かと一緒に過ごす準備が整っていることを示す要素である。物があることよりも、それを共有する相手がいることに意味が置かれている。
And this Christmas
和訳:
そして今年のクリスマスは
この短いフレーズは、曲の核になる言葉である。毎年訪れるクリスマスの中でも、今年は特別になるという期待が込められている。歌詞は具体的な出来事を細かく説明しないが、この反復によって、語り手の高揚感をわかりやすく伝えている。
Chris Brown版では、このフレーズの歌い方が重要である。強く押し出すのではなく、メロディの流れに乗せて伸びやかに歌うことで、若々しい幸福感が出ている。オリジナルのソウルフルな重心に比べると、Chris Brown版はポップR&Bとしての明るさが前に出る。
5. サウンドと歌詞の考察
Chris Brown版「This Christmas」は、オリジナルの持つソウル・ミュージックの骨格を維持しながら、2000年代のR&Bとして聴きやすく整理されている。テンポは軽快で、ホリデー・ソングらしい華やかさがある。イントロから明るいコード感が提示され、曲全体に祝祭的なムードが作られている。
ボーカルは、当時のChris Brownらしい滑らかな発声が中心である。声を強く張り上げ続けるのではなく、フレーズの終わりに細かい装飾を入れ、メロディを流れるように処理している。これにより、クラシックな曲でありながら、若いR&Bシンガーのカバーとして自然に響く。
リズム面では、オリジナルのソウル的なグルーヴを残しつつ、より整理されたポップな乗りやすさがある。ドラムやパーカッションは過度に前に出ず、ボーカルを中心にしたバランスでまとめられている。クリスマス曲に必要な親しみやすさを保ちながら、R&Bリスナーにも届くプロダクションである。
コーラス部分では、曲名にもなっている「This Christmas」のフレーズが強調される。ここで重要なのは、歌詞が説明的に物語を進めるのではなく、反復によって感情を定着させる点である。クリスマスの喜び、恋人や家族と過ごす期待、今年が特別になるという感覚が、同じフレーズの繰り返しによって伝わる。
また、この曲はChris Brownのボーカリストとしての器用さを示す録音でもある。彼の代表曲にはダンス・トラックやポップR&Bが多いが、「This Christmas」では、既存のソウル・クラシックを自分の声に合わせて再構成している。オリジナルへの敬意を残しながら、過度に古風な再現にはしていない点が特徴だ。
Donny Hathaway版と比較すると、Chris Brown版は声の重みよりも軽やかな表情が前に出る。Hathaway版には、バンドの生々しさとゴスペル由来の深い歌唱がある。一方、Chris Brown版は、映画サウンドトラックの中で機能する明るく整ったポップR&Bとして聴こえる。この違いは優劣ではなく、時代と歌い手の違いである。
歌詞とサウンドの関係を見ると、Chris Brown版は「祝祭の高揚」を最もわかりやすく伝える方向に作られている。歌詞にある贈り物、カード、暖炉、愛する人との時間といった要素は、アレンジの明るさによって具体的な情景として立ち上がる。曲の構造はシンプルだが、そのシンプルさがホリデー・ソングとしての強さにつながっている。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- This Christmas by Donny Hathaway
Chris Brown版の原曲であり、楽曲の基準となる録音である。よりソウル色が強く、ボーカルとバンドの一体感を重視したクリスマスR&Bとして聴ける。
- 8 Days of Christmas by Destiny’s Child
2000年代R&Bとクリスマス・ポップを結びつけた代表的な楽曲である。Chris Brown版の明るい季節感が好きな人には、同時代的なR&Bクリスマス曲として聴きやすい。
- Santa Claus Is Coming to Town by The Jackson 5
若いボーカルのエネルギーとソウル/ポップの躍動感が前に出たクリスマス曲である。Chris Brownの初期の若々しい歌唱と比較すると、世代を超えたポップR&Bの系譜が見える。
- All I Want for Christmas Is You by Mariah Carey
1990年代以降のクリスマス・ポップを代表する楽曲である。クラシックな季節感を現代的なポップ・ソングとして更新した点で、「This Christmas」のカバー文化とも接点がある。
- No Time Like Christmas by Chris Brown
Chris Brown自身による後年のクリスマス曲である。「This Christmas」がカバーであるのに対し、こちらは彼の現代的なR&B表現としてホリデー・ムードを扱っている。歌唱やプロダクションの変化を比較できる。
7. まとめ
Chris Brownの「This Christmas」は、Donny Hathawayによるソウル・クリスマスの名曲を、2007年のポップR&Bの文脈で再提示したカバーである。映画『This Christmas』のサウンドトラックに収録され、Chris Brownの俳優としての活動とも結びついた点で、彼のキャリア初期を理解するうえでも意味がある。
楽曲の魅力は、原曲の持つ温かいメロディと、Chris Brownの滑らかなボーカルがうまく噛み合っているところにある。大きな解釈変更はないが、若い声によって歌われることで、恋愛的な親密さや軽快な祝祭感が強まっている。
クリスマス・ソングは毎年聴かれることで評価が更新されるジャンルである。「This Christmas」もその典型であり、Chris Brown版は2007年の映画サウンドトラックから生まれながら、ホリデー・シーズンのR&Bプレイリストに残り続けている。原曲の歴史を踏まえて聴くと、このカバーが単なる再録ではなく、世代をつなぐ解釈のひとつであることがわかる。
参照元
- Apple Music – This Christmas – Songs From The Motion Picture
- Amazon Music – This Christmas – Songs From The Motion Picture
- Billboard – Chris Brown Chart History
- RIAA – Gold & Platinum: Chris Brown “This Christmas”
- YouTube – Chris Brown “This Christmas” Provided to YouTube by Jive
- IMDb – This Christmas Soundtracks
- Blackfilm – This Christmas: An Interview with Chris Brown

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