
発売日:2022年6月24日
ジャンル:サイケデリック・ロック、ネオサイケデリア、ガレージロック、スペース・ロック、ドリームポップ
概要
The Brian Jonestown Massacreの『Fire Doesn’t Grow on Trees』は、アントン・ニューコムが長年にわたって築いてきたサイケデリック・ロックの方法論を、2020年代的な閉塞感の中であらためて提示した作品である。The Brian Jonestown Massacreというバンドは、1990年代以降のネオサイケデリアを代表する存在として広く知られているが、その魅力は単に1960年代サイケデリック・ロックの意匠を再利用する点にあるのではない。The Rolling Stones、The Velvet Underground、Love、The 13th Floor Elevators、The Byrds、Spacemen 3、My Bloody Valentine、さらにはクラウトロックやポストパンクまでを取り込みながら、「反復」「ドローン」「倦怠」「甘美なメロディ」「退廃的な空気」を同時に成立させる独自の感覚こそが、このバンドの核である。
本作は、そうしたBJMの本質をしっかり保ちながらも、近年の作品群の中では比較的やわらかく、流麗で、メロディの輪郭が明瞭なアルバムとして聴くことができる。初期の『Methodrone』や『Their Satanic Majesties’ Second Request』にあった混沌やローファイな危うさに比べると、『Fire Doesn’t Grow on Trees』はずっと整っている。だが、それは角が取れたという意味ではない。むしろここでアントン・ニューコムは、長く使い続けてきた語法をより自然な呼吸で鳴らしており、騒々しい自己神話よりも、持続するムードと感覚の浸透力で勝負している。その結果、本作は後期The Brian Jonestown Massacreの充実を示す重要作となっている。
タイトルの『Fire Doesn’t Grow on Trees』も示唆的だ。「火は木には生えない」という一見素朴で奇妙な文は、自然と人工、欲望と現実、生成と破壊のずれを思わせる。火は燃え広がるものであって“育つ”ものではない。この言い回しには、何かが自然に手に入るわけではないという感覚、あるいは破壊的なものを生命のように扱ってしまう現代のねじれが込められているようにも聞こえる。BJMの作品には以前から、社会や文明への違和感、精神の摩耗、曖昧な終末感が漂っていたが、本作でもそれは明確な政治的声明としてではなく、歌と音の隙間からじわじわとにじみ出る。
音楽的には、12弦ギターのきらめき、淡く揺れるタンバリン、ゆるやかだが着実に前進するビート、リヴァーブに包まれたヴォーカル、そして反復によって空間を形作るリフが全編を貫いている。BJMのサイケデリアは、派手なエフェクトの洪水や長大なジャムだけに依存していない。むしろ、極めてシンプルなコード進行やフレーズの繰り返しを通じて、時間感覚を少しずつ変質させるところにある。本作でもその手法は有効であり、楽曲は一見すると親しみやすくコンパクトでありながら、聴き進めるにつれてじわじわと心理に入り込んでくる。
また、本作はThe Brian Jonestown Massacreのキャリアにおいて、2020年代の出発点を示す作品としても重要である。後続の『The Future Is Your Past』と並べて考えると、本作はより夢幻的で、やや開かれたメロディ感覚を持ちながらも、その底には同種の不穏さが横たわっている。言い換えれば、『Fire Doesn’t Grow on Trees』は後期BJMの中でも、比較的“歌”の魅力が前に出た作品でありつつ、同時に世界のざらつきを消してはいないアルバムである。そこにこの作品の大きな価値がある。
歌詞は例によって明快な物語性より断片と感触を重視しており、愛、疎外、倦怠、幻影、時代感覚、自己の揺らぎといったテーマが、説明しすぎない言葉遣いで並べられる。BJMの歌は、何かをきっぱり言い切るのではなく、感情の輪郭を曖昧なまま保ち、その曖昧さ自体をリスナーに体験させる傾向が強い。本作でもその姿勢は一貫している。そのため、楽曲は一聴で意味が完結するものではなく、反復して聴くうちに少しずつ別の表情を見せる。これはサイケデリック・ロックの伝統に忠実であると同時に、アントン・ニューコムの作家性がいまだ有効であることの証明でもある。
全曲レビュー
1. All Around You (Intro)
アルバムの導入を担う短いオープナーでありながら、本作全体の空気を決定づける重要なトラック。タイトル通り「あなたの周りのすべて」を示唆するように、この曲は何かがすでに空間に満ちている感覚から始まる。ドローン的な広がりと淡い残響によって、リスナーは通常のロック・アルバムの冒頭というより、ゆっくりと別の知覚モードへ入っていくような印象を受ける。BJMのアルバムではこうした導入がしばしば重要な意味を持つが、本作でもそれは同じで、ここでは“曲を聴く”というより“雰囲気に浸かる”ことが最初に要求される。後続曲への橋渡しとして、簡潔ながら非常に機能的である。
2. The Real
本編の最初の核となる楽曲であり、タイトルの「本物」「現実」という語がBJMらしい逆説を帯びて響く。The Brian Jonestown Massacreの音楽は夢幻的で曖昧だが、その曖昧さの中で何が“リアル”なのかを問い続けてきたとも言える。この曲では、比較的はっきりしたビートとギターの反復が楽曲の骨格を作り、メロディは親しみやすいが、どこか感情を固定させない。歌詞の細部は断片的でも、現実感の揺らぎや、何を信じるべきか分からない感覚がにじむ。サウンドは軽やかに聞こえる部分もあるが、その軽さは解放感より浮遊感に近い。アルバムの早い段階で、親しみやすさと不安定さを両立させるBJMの技法がよく表れている。
3. Where Do We Go from Here?
タイトルが示す「ここからどこへ向かうのか」という問いは、個人的な関係にも、社会的な閉塞にも、バンド自身の歩みにも重ねられる。本作の中でも特に2020年代的な気分が濃く感じられる楽曲であり、未来への展望の曖昧さがそのまま音になっている。とはいえ、曲はドラマティックな絶望へ走るのではなく、穏やかな反復の中で問いを持続させる。BJMは答えを提示するバンドではなく、未決のまま感覚を滞留させるバンドだが、この曲はその性質がよく出ている。メロディは滑らかで、ギターのきらめきも心地よいが、そこに安堵はない。気持ちよく聴けるのに、その実かなり不安な歌である。
4. It’s About Being Free Really
アルバム中でも比較的キャッチーで、タイトルの言葉も印象的な一曲。「結局は自由であることについてなんだ」というフレーズは、一見すると解放の宣言のようでいて、BJMの文脈ではむしろ自由の条件や不可能性を含んで響く。音楽的には、サイケポップ的な親しみやすさが前面にあり、リフも比較的明快で、ヴォーカルのメロディも耳に残りやすい。しかし、自由がここで単純なポジティヴな価値として歌われているわけではない。反復する演奏の中で、その言葉は自己暗示のようにも、皮肉のようにも聞こえてくる。BJMの楽曲はしばしば美しい音と疑わしい言葉の組み合わせによって成立するが、この曲はその典型といえる。
5. What’s in a Name?
名前、ラベル、肩書き、記号性といった問題を思わせるタイトルを持つこの曲は、The Brian Jonestown Massacreという自己神話的なバンド名を背負うグループが歌うからこそ興味深い。BJMは長い間、伝説、スキャンダル、カルト性といった外部イメージと切り離せない存在だったが、この曲はそうした“名付けられ方”への距離感も感じさせる。サウンドは滑らかで、比較的軽く流れていくが、歌詞の含意にはアイデンティティや表象への違和感がある。音の手触りは穏やかなのに、言葉のテーマは意外に鋭い。このねじれは後期BJMの特徴でもあり、表面的には聴きやすくても、その内側には常に何らかの不協和が潜んでいる。
6. Silenced
本作の中でも陰影が深く、沈黙や抑圧の感覚が強く漂う楽曲。タイトルの「沈黙させられた」という語には、個人的な抑圧、感情の封鎖、社会的な抑制など複数の読みが可能である。音楽的には大仰な怒りではなく、むしろ抑制されたテンションが支配しており、そのことがかえって曲の重みを増している。BJMのヴォーカルは昔から距離を保つ傾向があるが、この曲ではその冷静さが“言いたくても言えない”状態と響き合っている。ギターとリズムの反復も強いが、そこには高揚より閉塞の感覚がある。サイケデリックな靄の中で、現代的な息苦しさが静かに形を取ったような一曲である。
7. As the Carousel Swings
回転木馬というイメージが持つ祝祭性と閉じた循環性を、そのままBJMの反復美学に重ねたような曲。本作の中でも特にドリーミーな質感が強く、メロディには甘さがあるが、その甘さは安心ではなく軽い眩暈を伴う。回り続けるが前に進まない、楽しげに見えるのにどこか不穏、という感覚がこの曲の核心だろう。サイケデリック・ロックはしばしば拡張や飛翔の音楽とされるが、BJMの場合それは循環や停滞とも深く結びついている。この曲はその性質を非常にうまく表している。美しいのに落ち着かない、その微妙な不均衡が印象的である。
8. Thirteen
タイトルの数字が持つ不吉さや象徴性が、そのまま曲の空気に反映されているような楽曲。BJMにとって数や単語はしばしば固定した意味ではなく、感触や気配を生む装置として機能するが、この「13」もまた、説明されないまま不穏さを運んでくる。演奏は比較的シンプルだが、反復によってじわじわと緊張感を高めていく。メロディは決して攻撃的ではないものの、どこか引っかかる感じがあり、アルバム中盤で空気を少し濃くする役割を果たしている。数字の持つ迷信性や記号性を、BJMは直接論じず、音の輪郭だけで漂わせる。その控えめな不吉さが魅力である。
9. Malela
本作の中でも異国的な語感と、やや開かれたリズム感覚が印象を残す一曲。The Brian Jonestown Massacreは以前から英米ロックの文法に限定されない音の広がりを持っていたが、この曲では特に、土地や言語の特定を避けつつ、どこか別の場所の風景を思わせる雰囲気がある。サイケデリック・ロックの魅力の一つは、現実の座標を少しずらすことにあるが、「Malela」はその作用が強い。メロディは比較的親しみやすい一方、発音や響きの異化効果によって、曲は通常のポップ・ソングの居心地の良さから少し離れている。アルバムに変化と奥行きを与えるトラックだ。
10. Shake Please
タイトルの軽妙さに反して、曲そのものはかなり癖のあるグルーヴを持っている。「揺らしてくれ」とも「振ってくれ」とも取れるこの言葉は、ダンスや快楽を示すようでもあり、不安定な時代感覚の中で何かを動かしたい衝動にも聞こえる。サウンドはガレージロック寄りの手触りを保ちつつ、BJMらしい残響と脱力感が加わっているため、単純なロックンロールにはならない。演奏は過度に整いすぎず、そのラフさがちょうどよい熱を生んでいる。アルバム全体の中では少し身体性が前に出る曲であり、夢見心地だけではないBJMの面を示している。
11. Free and Easy
本作の中でも比較的穏やかで、後期BJMらしい“柔らかな浮遊”がよく表れた楽曲。タイトルの「自由で気楽」という言葉は、ロックの理想を思わせる一方で、アントン・ニューコムの文脈では完全な肯定としては響かない。むしろ、その境地に到達したいという願いと、実際にはそこにたどり着けない感覚が重なっているようだ。メロディは親しみやすく、ギターの響きも心地よいが、全体には薄い影が差している。BJMはしばしば理想の状態をタイトルやフレーズとして掲げながら、音の中ではその不可能性をにじませる。この曲もまた、快さと切なさの境界に立つ佳曲である。
12. Before and Afterland
終盤に置かれたこの曲は、タイトルからして時間や場所のねじれを思わせる。“前”と“後”のあいだ、あるいはその両方を含んだ“どこか”という感覚は、BJMの時間意識に非常によく合っている。音楽的にも、過去と未来のどちらにも完全には属さないような浮遊感があり、サイケデリック・ロックの懐古性と現在形の不安がうまく交差している。メロディは穏やかだが、曲のタイトルが示す境界性によって、どこか落ち着かない。アルバム終盤でこの曲が置かれることで、本作は単なるムードの連なりではなく、時間の感覚を揺さぶる作品として印象づけられる。
13. If They Had Feathers
タイトルのイメージが美しくも奇妙なこの曲は、本作の中でも特に詩的な余韻を持つ。「もし彼らに羽があったなら」という仮定法は、失われた可能性、届かなかった変身、現実には起こらない飛翔を示唆する。BJMの歌詞は明示的に物語ることが少ないが、この曲ではその曖昧さがうまく作用し、聴き手に複数の感情を開く。サウンドは淡く、重力を少し失ったような浮遊感がある一方、完全に軽くはならない。飛べないことの意識が残っているからだろう。夢想と諦念が同時に存在するという、BJMらしい感情の二重性が美しく表現された一曲である。
14. This Is Why You Love Me
アルバムを締めくくる楽曲として、非常に興味深いタイトルを持つ。「これが君が僕を愛する理由だ」という言い回しは、自信、皮肉、自己演出、あるいは脆さの裏返しとして読むことができる。BJMの終曲はしばしば結論を与えるのではなく、余韻と疑問を残すが、この曲もまさにそうした性格を持つ。サウンドは比較的穏やかで、アルバム全体のメロディアスな側面を回収しつつ、最後まで完全な安定には着地しない。愛の歌のようでいて、その実、自己像と他者の視線のずれを含んでいるようにも聞こえる。ラストとして派手ではないが、本作全体の“柔らかく不安な美しさ”をよく象徴している。
総評
『Fire Doesn’t Grow on Trees』は、The Brian Jonestown Massacreが2020年代においてもなお、有効なサイケデリック・ロックを作り続けていることを示した重要作である。初期作品の神話性や混沌を直接なぞるのではなく、後期BJMならではの落ち着いた手つきで、反復、浮遊、倦怠、甘美なメロディ、不穏な余白を丁寧に編み上げている。本作は一聴して派手なアルバムではない。だが、そのぶん持続的に浸透してくる力が強く、何度か聴くうちに曲と曲のあいだの空気まで含めて印象に残る。
音楽的な特徴としては、比較的整った音像、メロディの明瞭さ、ドリーミーな質感、そして必要以上に説明しないアレンジの巧さが挙げられる。The Brian Jonestown Massacreは、昔から“何かが起こりそうで起こりきらない”感覚を音楽化することに長けていたが、本作ではその感覚がより洗練された形で鳴っている。各曲はそれぞれ独自の表情を持ちながらも、アルバム全体としてはひとつの長い夢のように連なっていく。この統一感は、キャリアを重ねたバンドならではの強みだろう。
また、本作はBJMの作品の中でも、比較的入りやすい側面を持つ一方で、決して軽量な作品ではない。ポップな輪郭を感じさせる曲も多いが、その奥には常に曖昧な不安や冷えた感情が横たわっている。だからこそ本作は、単なる心地よいサイケ・ポップとして消費されることを拒む。アントン・ニューコムの作家性は依然として、快と不快、夢と停滞、自由と閉塞を同時に鳴らしている。
The Brian Jonestown Massacreのディスコグラフィ全体で見れば、『Fire Doesn’t Grow on Trees』はもっとも有名な作品ではないかもしれない。しかし、後期の充実を示すアルバムとしては非常に重要であり、特に近年のBJMを理解するうえで外せない一枚である。初期の荒々しい神話ではなく、持続するムードと熟した作曲感覚によって自らの存在を証明した作品として、本作は高く評価されるべきだ。ネオサイケデリア、ドリームポップ、スペース・ロック、陰影のあるインディー・ロックを好むリスナーにとって、非常に豊かな体験をもたらすアルバムである。
おすすめアルバム
- The Brian Jonestown Massacre『The Future Is Your Past』
本作の次に発表された作品で、より引き締まった陰影とポストパンク的な緊張感が強まっている。2020年代のBJMを続けて聴くなら最適。
– The Brian Jonestown Massacre『The Brian Jonestown Massacre』
後期BJMの洗練されたサイケデリアがよく表れたセルフタイトル作。本作のメロディアスな側面や持続するムードと相性が良い。
– The Brian Jonestown Massacre『Methodrone』
初期の名盤で、ドローン、シューゲイズ的靄、初期BJMの深い陶酔感が詰まっている。現在の作風の原点を知る上で重要。
– Spacemen 3『The Perfect Prescription』
反復と陶酔、シンプルな構造の中に広がるトランス感覚という点で、本作と深く共鳴するネオサイケの古典。
– The Verve『A Storm in Heaven』
浮遊感、英国的な陰影、夢幻性と不安の共存という面で、本作を楽しめるリスナーに非常に近い感触を持つ作品。

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