アルバムレビュー：That’s Why God Made the Radio by The Beach Boys

発売日: 2012年6月5日
ジャンル: ソフトロック、アートポップ、アダルト・コンテンポラリー

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
制作の裏側

概要

『That’s Why God Made the Radio』は、ザ・ビーチ・ボーイズ（The Beach Boys）が2012年に発表した29作目のスタジオ・アルバムであり、結成50周年を記念する奇跡的な再結集作である。
ブライアン・ウィルソン、マイク・ラヴ、アル・ジャーディン、ブルース・ジョンストン、デヴィッド・マークスというオリジナル・メンバーが再び集い、かつての“カリフォルニアの光”を再び現代に呼び戻した。

彼らが最後に本格的な新作を発表してから実に16年。
70年代以降の紆余曲折を経た末に制作された本作は、単なる懐古ではなく、時間と喪失を抱えた者たちが再び「音の調和」に帰還する物語である。

プロデュースはブライアン・ウィルソンとジョー・トーマスが共同で担当。
サウンドはかつての“ブライアン流ウォール・オブ・ハーモニー”を現代的に再構築し、かつての美しさを保ちながらもデジタル時代に適応した澄んだ音像を持つ。
この作品は、長い年月を経て“青春”と“老い”を同じ光の中に置いた、まさに人生の終楽章としてのビーチ・ボーイズなのだ。

全曲レビュー

1. Think About the Days
アルバムの序曲として、言葉のないハーモニーだけで構成された美しいオープニング。
まるで海辺の夜明けを描いたような、静かな始まり。
ブライアンの“声による建築”が50年の歳月を超えて蘇る。

2. That’s Why God Made the Radio
タイトル曲であり、アルバムのテーマを象徴する楽曲。
“ラジオは神が作ったんだ、僕らを繋ぐために”というメッセージが、過去と現在を優しく結ぶ。
メロディは壮大でロマンティック、そしてどこか祈りのような温もりを持つ。
往年のサウンドを保ちながら、成熟した叙情が加わった名曲。

3. Isn’t It Time
60年代の明るさを現代的にアップデートしたポップナンバー。
ウクレレとアコースティックギターが軽快に響き、幸福感とノスタルジーが共存している。
歌詞には、“今こそ愛を取り戻そう”という穏やかな決意が込められている。

4. Spring Vacation
マイク・ラヴ主導の明るいポップチューン。
“春の休暇”というタイトル通り、かつてのビーチ・ボーイズ的開放感を再現している。
しかしその裏には、“再会”という人生の喜びと寂しさが同居している。

5. The Private Life of Bill and Sue
現代のSNS文化やメディア社会を皮肉った楽曲。
ブライアン特有のユーモアと風刺が光る。
リズムは軽快だが、メッセージは鋭く、老境に入ってなお時代を観察し続けるバンドの知性が伺える。

6. Shelter
優しさに満ちたスロー・ナンバー。
“君は僕の避難所（シェルター）”という言葉が繰り返され、包み込むようなハーモニーが響く。
まるで“家族の愛”そのものを音にしたような温かさを持つ。

7. Daybreak Over the Ocean
マイク・ラヴによる落ち着いたバラード。
朝日が水平線から昇る情景を描き、穏やかな人生の再出発を思わせる。
ヴォーカルのトーンが落ち着き、長年の旅路を経た男の声として深みがある。

8. Beaches in Mind
軽やかなギターとコーラスが交錯する、ビーチ・ボーイズらしい快活な曲。
波音を感じるような爽やかさとともに、“夏を生き続ける意志”が表現されている。
老いてもなお“ビーチ・ボーイズでありたい”という宣言のようでもある。

9. Strange World
静かなメロディの中に社会への違和感を滲ませた楽曲。
ブライアンの孤独と優しさが交錯し、淡いメランコリーが漂う。
彼が感じてきた“現代の奇妙さ”を詩的に描いた。

10. From There to Back Again
アル・ジャーディンがリードを務める、アルバム屈指の名曲。
彼の柔らかく澄んだ声が、まるで『Pet Sounds』時代の再来のように響く。
過ぎ去った日々と再び見つけた愛を静かに結ぶ叙情的バラード。

11. Pacific Coast Highway
ブライアンが自らリードを取る内省的な楽曲。
“太平洋沿いの道を走りながら、人生の終わりを見つめる”というテーマが胸に刺さる。
老いと穏やかな受容が、穏やかなハーモニーに包まれている。

12. Summer’s Gone
アルバムの最終曲にして、ビーチ・ボーイズのキャリア全体を締めくくるにふさわしい名バラード。
“夏は過ぎ去ったけど、愛はまだここにある”——。
ブライアン・ウィルソンが長い年月を経て到達した、人生の最も静かな場所。
海辺に沈む夕陽のように、光と影が美しく共存している。

総評

『That’s Why God Made the Radio』は、ビーチ・ボーイズが自らの物語を完結させたアルバムである。
“太陽と波”を歌い続けた彼らが、老いと記憶を抱えながら、再びその光に手を伸ばした。

『Pet Sounds』や『Surf’s Up』のような革新性こそないが、代わりにここには**“長い人生を経た後の静かな調和”がある。
彼らの声はもはや若くはない。
しかし、年齢を重ねたことでしか表現できない優しさ、赦し、そして永遠の愛**がそこには宿っている。

アルバム後半、「From There to Back Again」「Pacific Coast Highway」「Summer’s Gone」の3曲は、ブライアンがかつて構想していた“人生の終章”を思わせる組曲的構成であり、
それはまるで“ビーチ・ボーイズという神話”が静かに海へ帰っていくような感覚を与える。

『That’s Why God Made the Radio』は、単なる再結成盤ではなく、時を経ても音楽が人生を照らし続けることの証明なのだ。
聴き終えたあとに残るのは、ノスタルジーではなく、穏やかな感謝。
ブライアン・ウィルソンが最後にもう一度私たちへ向けて放った、音楽という祈りである。

制作の裏側

2011年、結成50周年を迎えたザ・ビーチ・ボーイズは再びひとつになった。
長年の確執を越えてブライアンとマイクが再会し、アル、ブルース、デヴィッドも加わったことで“奇跡の再生”が実現する。
レコーディングはロサンゼルスで行われ、デジタル技術による現代的な音作りと、アナログ時代のハーモニー哲学が融合した。

ブライアンは制作中、「これは僕たちの最後のアルバムになるかもしれない」と語っていた。
その言葉通り、本作は“終わりのための再会”として作られた。
だが、その“終わり”は決して悲しいものではなく、むしろ人生の美しい帰結として描かれている。

タイトル曲の“God made the radio”という一節は、まるでブライアン自身の人生を代弁しているようだ。
——音楽があったから、僕らは繋がってこられた。
その思いが、50年の歴史を包み込むように、穏やかなハーモニーの中で永遠へと溶けていく。