
発売日:2012年6月5日
ジャンル:Pop Rock / Sunshine Pop
概要
The Beach Boysが結成50周年に発表したスタジオ・アルバムがThat’s Why God Made the Radioである。オリジナルの新作アルバムとしては長い空白を経た作品で、Brian Wilson、Mike Love、Al Jardine、Bruce Johnston、David Marksが参加した。制作の中心はBrian WilsonとJoe Thomasで、バンド最大の特徴である多声コーラスを軸に、ピアノ、ギター、ストリングス、管楽器を丁寧に重ねたポップ・サウンドへまとめている。
タイトル曲のように1960年代の明るいBeach Boysを思わせる曲がある一方、作品全体を単純な懐古趣味で統一してはいない。特に後半ではテンポが落ち、夕暮れ、時間の経過、人生の終盤を思わせる内省的な色が濃くなる。若さや夏を歌ってきたグループが、同じ海や太陽のイメージを高齢になった自分たちの視点から見直していることが、本作の重要な特徴だ。
Brian Wilsonの過去の作品と比べれば、演奏やボーカルには現代的なスタジオ処理も感じられ、1960年代の録音をそのまま再現した作品ではない。それでも、複数の声が別々の旋律を歌いながら一つの和音を作るコーラス、曲の途中で細かくコードの色を変える作曲、短い曲同士を連続させる後半の構成には、長いキャリアを通して培われたBeach Boysらしさがある。50周年記念という祝祭性と、過ぎ去った時間への静かな意識を一枚に収めた作品である。
全曲レビュー
1. 「Think About the Days」
1分半ほどの短い導入曲で、楽器よりも重なり合う声を中心にアルバムを始める。言葉を大量に使わず、複数のボーカルが和音を変えながらゆっくり広がるため、Beach Boysというグループの核心がまず「声」にあることを確認させる構成だ。独立したポップ・ソングというより、長い年月を振り返るための入口として機能し、そのままタイトル曲の明るい世界へつながっていく。
2. 「That’s Why God Made the Radio」
ピアノ、ギター、柔らかなリズムの上に厚いハーモニーを重ねた、本作で最もクラシックなBeach Boys像に近い曲である。ラジオを音楽や恋愛を運んでくる存在として祝福する歌詞は非常に素直で、タイトルの大げさな表現もユーモアを含んだ賛歌として響く。サビでは各声部が広がりながら一つの大きな旋律へまとまり、懐古的でありながら単なる過去曲の模倣にはならない。
3. 「Isn’t It Time」
手拍子を思わせる軽いリズムと明るいコーラスを使い、タイトル曲の開放感を引き継ぐ。歌詞は長い時間を経た関係にもう一度向き合おうと呼びかける内容で、若い男女の恋というより、過去を共有してきた者同士の再接近として聞くこともできる。ヴァースからサビへ入ると声が一気に増え、楽器より人間の声で曲を大きくするところがBeach Boysらしい。
4. 「Spring Vacation」
結成50周年の再会そのものを意識させるような、祝祭的な一曲である。軽快なビートとギター、明るいコーラスが昔のサーフ/サマー・ポップを連想させ、歌詞にも再び集まって音楽を楽しむ感覚が強く出る。過去への言及は多いが、それを深刻な自己回顧にせず、久しぶりに仲間がそろった楽しさとして扱っている。前半の記念アルバムらしい陽性を支える曲だ。
5. 「The Private Life of Bill and Sue」
架空の有名人カップルを眺めるような歌詞を持ち、メディアが他人の私生活を娯楽へ変える感覚を軽いポップ・ソングとして描く。ラテン風のリズムを感じさせる伴奏がアルバム内で変化を作り、Beach Boysの典型的なサーフ・ポップとは少し違った色を加える。題材には皮肉があるが演奏は重くならず、ゴシップ文化を距離を置いて眺めるような軽妙さがある。
6. 「Shelter」
愛する相手を安心できる場所として捉える、温かなミッドテンポ曲である。ピアノを軸にした伴奏は派手に動かず、コーラスが加わるたびに音の奥行きが増していく。Beach Boysが繰り返してきた恋愛の題材を扱っているものの、若い情熱より支え合う関係へ重心が置かれているため、本作の年齢感によく合う。前半の明るさから、後半の内省へ向かう橋渡しにもなっている。
7. 「Daybreak Over the Ocean」
Mike Loveが中心となる曲で、海辺の日の出というBeach Boysに馴染み深い景色を、ゆったりしたテンポで描く。海を若さや遊びの舞台として使うのではなく、離れた相手への思いを映す静かな背景として扱っている点が特徴だ。コーラスにはいつもの明るさがあるものの、曲全体には寂しさが残る。アルバムが後半へ入るにつれ、同じ海のイメージの意味が変わっていくことを感じさせる。
8. 「Beaches in Mind」
ギターと明快なリズムを前へ出し、再び海辺の陽気なポップへ戻る。サーフィン、浜辺、夏というバンドの古典的なイメージを意識した曲で、複雑な内省よりも楽しさを優先する。50周年の作品として期待される「Beach Boysらしい夏」を最も直接的に提供する一方、この直後からアルバムは急速に暗い方向へ進む。そのため、結果的には前半の祝祭を締めくくる役割を担っている。
9. 「Strange World」
ここから終盤の組曲的な流れが始まり、アルバムの雰囲気が明確に変化する。テンポを落とした伴奏と陰りのあるメロディによって、外の世界に対する違和感や孤独が浮かび上がる。コーラスも明るさを増幅するためではなく、主人公を包む遠い声のように使われる。前曲までの浜辺から急に人の少ない夕方へ移ったような感覚があり、本作のもう一つの顔を開く曲である。
10. 「From There to Back Again」
Al Jardineのリード・ボーカルを中心とする、後半の核となる一曲。ピアノやストリングス、管楽器が細かく入れ替わり、単純なヴァースとサビの反復ではなく、メロディに合わせて景色が少しずつ変化する。歌詞は人生の道のりを振り返りながら、過去へ本当に戻れるのかという問いを残す。Jardineの穏やかな声が郷愁を過剰に劇化せず、年齢を重ねた視点を自然に伝えている。
11. 「Pacific Coast Highway」
短い曲ながら、本作で最も寂しい瞬間の一つである。カリフォルニアの象徴的な海岸道路が登場するが、若者が車で走る自由の象徴ではなく、人生の終わりを意識しながら眺める風景へ変わっている。Brian Wilsonの弱さを含んだ声と抑えた伴奏によって、時間が残り少なくなっていく感覚が静かに伝わる。Beach Boys自身の古典的イメージを反転させたところに、この曲の強さがある。
12. 「Summer’s Gone」
「夏は去った」というタイトルが、Beach Boysの長いキャリアそのものへ重なるような最終曲である。ピアノを中心に静かに始まり、ストリングスやコーラスが加わっても派手なクライマックスには向かわない。雨や季節の変化を思わせる音とともに、過ぎた夏を取り戻そうとせず受け入れていく。青春と夏を半世紀にわたって歌ってきたグループが、その季節の終わりを歌うことで、アルバムを穏やかに閉じている。
総評
That’s Why God Made the Radioの面白さは、前半と後半で「Beach Boysらしさ」の意味が変わることにある。前半ではラジオ、海、休暇、明るいコーラスといった誰もが連想しやすい要素を使い、50周年の再会を祝う。一方、「Strange World」以降では同じカリフォルニアの景色が夕暮れや別れと結びつき、過去の象徴が老いや時間について考えるための材料へ変わっていく。
特に最後の4曲は、単独の楽曲を並べるというより、感情を連続させる小さな組曲として聞くと本作の狙いが明確になる。「From There to Back Again」で過去と現在を行き来し、「Pacific Coast Highway」で人生の終わりを意識し、「Summer’s Gone」で季節そのものを閉じる。若さを無理に演じるのではなく、若さを象徴してきたバンドだからこそ歌える老境のポップへ到達している。
サウンドには現代的な処理が強く感じられる箇所もあり、Pet Soundsなどの1960年代作品にあった生々しいスタジオの手触りとは異なる。また、前半には過去のBeach Boys像を意識しすぎたように聞こえる曲もある。しかし、多声コーラスを単なる懐古的な飾りにせず、年齢を重ねた声を一つに束ねる装置として使った点は効果的だ。個々の声が若い頃とは変わっていても、重なった瞬間にグループ固有の響きが現れる。
結果として、本作は単純な「復活作」よりも、長いキャリアに一度区切りをつける作品として強く残る。Beach Boysの歴史にはメンバー間の対立や複雑な活動状況があり、本作だけでそれらが解消されたわけではない。それでも、夏、海、カリフォルニア、ハーモニーという長年の語彙を使って「時間が過ぎること」を描いた点には明確な意味がある。特に終盤は、過去の栄光を再現するのではなく、その過去が遠ざかっていくこと自体を音楽にした、晩年のBeach Boysならではの成果である。
おすすめアルバム
Pet Sounds by The Beach Boys
1966年作。複雑なコーラス、室内楽的な楽器配置、孤独や成長を扱う歌詞によってBeach Boysの表現を大きく広げた。That’s Why God Made the Radio終盤の内省的な組曲を支える、Brian Wilsonの作曲思想の原点を確認できる。
Sunflower by The Beach Boys
1970年作。Brian Wilsonだけでなく各メンバーの作曲と歌唱を生かし、緻密なハーモニーを70年代のポップへ更新した作品である。本作で複数のメンバーが声を持ち寄る感覚とのつながりが分かりやすい。
Surf’s Up by The Beach Boys
1971年作。海辺の明るいイメージから距離を取り、社会への不安や内省、時間の感覚を深めたアルバム。That’s Why God Made the Radio後半にある陰りを、より若い時期のBeach Boysが別の形で追求している。
Brian Wilson Presents Smile by Brian Wilson
2004年作。1960年代に構想された音楽をBrian Wilsonが長い年月を経て完成させた作品で、短い曲を組曲のようにつなぐ構成が特徴だ。本作終盤の連続性を理解するうえでも、Wilsonの長期的な作曲法がよく見える。
In My Room by Jacob Collier
2016年作。時代も音楽性も異なるが、一人の声を多数重ね、和声そのものを楽曲の中心へ置く発想にはBeach Boysから続くポップ音楽の流れを感じられる。多声ハーモニーが後世でどこまで拡張されたかを比較できる一枚である。

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