
発売日:1976年11月9日
ジャンル:ロック、ハートランド・ロック、パワーポップ、ルーツ・ロック、ガレージ・ロック、ニューウェイヴ前夜のアメリカン・ロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Rockin’ Around (With You)
- 2. Breakdown
- 3. Hometown Blues
- 4. The Wild One, Forever
- 5. Anything That’s Rock ’n’ Roll
- 6. Strangered in the Night
- 7. Fooled Again (I Don’t Like It)
- 8. Mystery Man
- 9. Luna
- 10. American Girl
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. Tom Petty and the Heartbreakers『Damn the Torpedoes』
- 2. Tom Petty and the Heartbreakers『You’re Gonna Get It!』
- 3. The Byrds『Mr. Tambourine Man』
- 4. The Rolling Stones『Some Girls』
- 5. Elvis Costello『My Aim Is True』
- 関連レビュー
概要
トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのデビュー・アルバム『Tom Petty and the Heartbreakers』は、1970年代後半のアメリカン・ロックにおいて、古典的なロックンロールの精神を新しい時代へ接続した重要な作品である。1976年という発表時期は、音楽史的に非常に複雑な転換点だった。アメリカではスタジアム・ロック、シンガーソングライター、サザン・ロック、ディスコが大きな存在感を持ち、英国ではパンクが爆発寸前だった。ロックは一方で巨大化し、産業化し、もう一方で原初的な衝動を取り戻そうとしていた。その狭間に登場したのが、フロリダ州ゲインズヴィル出身のトム・ペティとハートブレイカーズである。
本作は、後の『Damn the Torpedoes』や『Hard Promises』で確立されるトム・ペティのハートランド・ロック的な成熟に比べると、まだ荒削りで、コンパクトで、ガレージ・ロック的な鋭さを持っている。しかし、その中には、彼のキャリア全体を貫く重要な要素がすでに揃っている。簡潔で強いメロディ、乾いたギター、どこか皮肉を含んだ歌詞、独特の鼻にかかったヴォーカル、アメリカの若者が抱える焦燥と孤独。そして、巨大な理想を掲げるのではなく、日常の中で自由を求める視線である。
トム・ペティの音楽は、しばしば「伝統的」と言われる。確かに彼は、ボブ・ディラン、バーズ、ローリング・ストーンズ、ビートルズ、キンクス、エルヴィス・プレスリー、バディ・ホリーといったロックンロールの基本文法を深く吸収している。しかし『Tom Petty and the Heartbreakers』を単なる懐古的な作品として捉えるのは不十分である。本作には、1970年代末特有の切迫感がある。曲は短く、演奏は無駄が少なく、サウンドにはパンクやニューウェイヴと隣接する乾いた速度感がある。古いロックンロールをそのまま再現するのではなく、時代の空気に合わせて引き締め直している点が重要である。
バンドとしてのハートブレイカーズの存在も、本作の魅力を決定づけている。マイク・キャンベルのギターは、派手な速弾きではなく、短く印象的なフレーズ、鋭いリフ、曲を支える音色の選択によって存在感を示す。ベンモント・テンチのキーボードは、オルガンやピアノによって楽曲にルーツ・ロック的な奥行きを与える。ロン・ブレアのベースとスタン・リンチのドラムは、シンプルでありながら硬い推進力を作り、曲を引き締めている。トム・ペティの歌は、その上で、少し不機嫌で、少し傷つきやすく、しかし決して屈しない人物像を立ち上げる。
歌詞面では、愛、欲望、拒絶、移動、苛立ち、都市への不信、若者の焦りが中心となる。後年のトム・ペティは、アメリカの広大な風景や個人の誇りをより大きなスケールで描くようになるが、本作ではまだ視点が近い。部屋、車、街角、恋人との距離、電話、夜の時間。そうした小さな場所の中で、若い語り手たちは自分の居場所を探している。彼らは大きな政治的スローガンを掲げるわけではない。しかし、誰かに支配されたくない、自分の意志で動きたいという反抗心は、アルバム全体に強く流れている。
特に重要なのは、「Breakdown」と「American Girl」という二つの楽曲である。「Breakdown」は、抑制されたグルーヴと挑発的な歌唱によって、トム・ペティのクールなロック・ソングライティングを初めて広く示した曲である。一方、「American Girl」は、彼のキャリアを代表するアンセムとなり、アメリカ的な夢、若者の焦燥、自由への憧れを、短く疾走するギター・ロックとして結晶化した。これらの曲の存在によって、本作は単なるデビュー作を超えた歴史的な重みを持つ。
『Tom Petty and the Heartbreakers』は、発表当初アメリカよりも英国で先に評価されたことでも知られる。これは興味深い事実である。英国のパンク/ニューウェイヴの空気の中では、本作の短く鋭いロックンロールが新鮮に聞こえた。つまり、トム・ペティはアメリカのルーツ・ロックを基盤にしながら、英国の新しいロックの感覚とも共振していたのである。この両義性が、彼の音楽を単なる南部出身のロックンロール・バンド以上のものにしている。
キャリア上、本作はトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの原点であると同時に、1970年代ロックから1980年代ロックへの橋渡しでもある。古いロックンロールの骨格を持ちながら、音はコンパクトで、感情は若く、態度は鋭い。巨大化したロックに対する違和感と、パンクの過激さには完全には属さないポップな職人性。その中間にあるからこそ、本作は長く聴き継がれている。
全曲レビュー
1. Rockin’ Around (With You)
アルバム冒頭を飾る「Rockin’ Around (With You)」は、デビュー作の幕開けとして非常にシンプルで効果的なロックンロール・ナンバーである。タイトルからも分かる通り、深刻な物語や大きな思想を提示する曲ではない。誰かと一緒にロックすること、動くこと、夜を過ごすこと。その直接的な楽しさが、短い演奏の中に詰め込まれている。
音楽的には、簡潔なリフ、タイトなリズム、無駄のない構成が特徴である。1970年代のロックには長尺のソロや重厚なアレンジも多かったが、この曲はそうした方向とは対照的に、短く、軽く、すぐに終わる。そこにパンク前夜の引き締まった感覚がある。ルーツは1950年代から1960年代のロックンロールにありながら、演奏の感触は1976年の時代性を反映している。
歌詞は、恋愛や夜遊びをめぐる軽い内容だが、トム・ペティの声によって、単なる陽気なロックンロールにはならない。彼の歌声には、どこか斜に構えた響きがある。楽しんでいるが、完全に無邪気ではない。その少し冷めた感覚が、ハートブレイカーズのロックを古典的でありながら現代的にしている。
この曲は、アルバム全体の入口として、バンドの基本姿勢を示している。複雑なことはしない。だが、ギター、リズム、声、メロディを的確に配置すれば、短い曲でも強い印象を残せる。トム・ペティのソングライティングの本質は、すでにここにある。
2. Breakdown
「Breakdown」は、本作の中でも最も重要な楽曲の一つであり、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの初期代表曲である。曲全体は派手ではない。むしろ、抑制されたテンポ、低くうねるグルーヴ、間を生かしたギターとキーボードによって、緊張感をじわじわと生む。ここでの魅力は爆発ではなく、抑えた圧力である。
音楽的には、ブルースやR&Bの影響を感じさせるミドルテンポのロックである。マイク・キャンベルのギターは必要最小限のフレーズで曲を支え、ベンモント・テンチのキーボードが陰影を加える。リズム隊は派手に動かず、曲全体に粘りを与える。こうした抑制された演奏が、トム・ペティのヴォーカルを際立たせている。
歌詞では、相手に対して「崩れてみせろ」「本当の気持ちを見せろ」と迫るような感覚がある。恋愛の歌でありながら、甘い告白ではなく、心理的な駆け引きの歌である。語り手は相手を慰めるのではなく、むしろ少し挑発している。相手の防御を崩し、本音を引き出そうとしているように聞こえる。
この曲におけるトム・ペティの歌唱は、非常に重要である。声は大きく張り上げられず、むしろ低く、余裕を持って置かれる。その余裕が、逆に強い緊張を生む。彼は激情を爆発させるロック・シンガーではなく、相手の反応を見ながら少しずつ圧をかける語り手として振る舞っている。
「Breakdown」は、トム・ペティの美学を端的に示す曲である。シンプルで、クールで、抑制されているが、強いフックがある。後の彼が持つアメリカン・ロックの職人性は、この曲ですでに完成に近い形で表れている。
3. Hometown Blues
「Hometown Blues」は、タイトルが示す通り、故郷への複雑な感情を扱った楽曲である。トム・ペティはフロリダ州ゲインズヴィル出身であり、彼の音楽には南部的なルーツ感と、そこから抜け出そうとする若者の感覚が共存している。この曲は、その初期的な表現として聴くことができる。
音楽的には、軽快なロックンロールであり、ブルースやカントリーの要素も感じられる。テンポは明るく、演奏はコンパクトで、曲は短い時間で駆け抜ける。だが、タイトルに「ブルース」とあるように、歌詞の中心にはどこか満たされない気分がある。明るい演奏と、故郷に対する苛立ちや閉塞感が重なっている。
歌詞では、故郷という場所が単純な安らぎとしてではなく、退屈や停滞の象徴として描かれる。生まれ育った場所には愛着があるが、そこに留まり続けることはできない。外へ出たい、別の場所へ行きたいという感覚がある。これは、アメリカン・ロックにおける非常に重要な主題である。故郷を持ちながら、そこから逃げ出すこと。トム・ペティはこのテーマを、後の作品でも繰り返し扱う。
「Hometown Blues」は、深刻なバラードではなく、軽く鳴らされるからこそ効果的である。若者が故郷への不満を大げさに語るのではなく、車を走らせるようなテンポで歌い飛ばす。その軽さの中に、トム・ペティらしい反抗心がある。
4. The Wild One, Forever
「The Wild One, Forever」は、本作の中でも比較的ロマンティックで、メロディアスな楽曲である。タイトルは「永遠のワイルドな人」と訳せる。ここには、自由で、つかまえられず、社会の枠に収まりきらない人物への憧れがある。トム・ペティの音楽における自由への感覚が、恋愛の言葉を通じて表現されている。
音楽的には、前曲までのコンパクトなロックンロールよりも、やや叙情的な広がりを持つ。ギターの響きは柔らかく、メロディは切なさを帯びている。バンドは過剰に盛り上げず、曲の持つ淡い感情を丁寧に支える。ここではハートブレイカーズの演奏が、勢いだけでなく繊細さも持っていたことが分かる。
歌詞では、自由な存在への思いが描かれる。その人物は、語り手にとって魅力的であると同時に、完全には所有できない。永遠にワイルドであるということは、永遠に誰かのものにはならないということでもある。ここに、トム・ペティのラブソングの重要な特徴がある。愛は相手を縛るものではなく、相手の自由を見つめるものとして描かれる。
この曲は、後のトム・ペティが得意とする、少し切ないアメリカン・ロック・バラードの原型として聴くことができる。大げさな泣きのメロディではなく、簡潔な言葉と抑えた演奏によって感情を伝える。その控えめなロマンティシズムが、この曲の魅力である。
5. Anything That’s Rock ’n’ Roll
「Anything That’s Rock ’n’ Roll」は、本作の中でも最もストレートにロックンロールへの愛着を表明した楽曲である。タイトルは「ロックンロールなら何でも」といった意味を持ち、若いバンドが自分たちの立ち位置を宣言する曲として機能している。
音楽的には、軽快で勢いのあるギター・ロックである。曲は短く、フックは明快で、演奏には荒さと若さがある。ここでは、ルーツ・ロック的な感覚とパンク前夜のスピード感が結びついている。過剰に磨かれたスタジオ・ロックではなく、ライブハウスで鳴らされるべき曲としての即効性がある。
歌詞では、ロックンロールへの欲望、刺激への渇望が歌われる。これは単なる音楽ジャンルへの賛歌ではない。ロックンロールは、退屈な日常を壊し、自分を動かしてくれるものとして描かれている。トム・ペティにとってロックンロールは、派手なライフスタイルではなく、自由を感じるための最も身近な手段である。
この曲の重要性は、トム・ペティがロックの伝統に強く根ざしながらも、それを古臭いものとしてではなく、現在進行形のエネルギーとして鳴らしている点にある。1976年の時点で「ロックンロール」を歌うことは、懐古にもなり得た。しかし、ハートブレイカーズの演奏には、古典を若い身体で再起動するような勢いがある。
「Anything That’s Rock ’n’ Roll」は、バンドの初期衝動をよく示す曲である。彼らはロックの歴史を知りながら、あくまで自分たちの時代の音として鳴らしている。
6. Strangered in the Night
「Strangered in the Night」は、タイトルの語感からして奇妙な楽曲である。「Strangered」は通常の英語としては不自然であり、「stranger」と「endangered」あるいは「strange」を組み合わせたような響きを持つ。夜、見知らぬ者、危険、異質さといったイメージが重なり、アルバムの中でも少し不穏な空気を持つ曲である。
音楽的には、タイトなロックンロールを基盤にしながら、どこか影のある雰囲気を持つ。ギターの刻みは鋭く、リズムは前へ進むが、メロディには少しねじれた感覚がある。ハートブレイカーズの初期サウンドが、単に明るいアメリカン・ロックではなく、夜の街の不安も含んでいたことが分かる。
歌詞では、夜の中で見知らぬ存在や危険な状況に直面するような感覚がある。トム・ペティの歌詞は、具体的な物語を細かく説明するより、短いフレーズで空気を作ることが多い。この曲でも、夜の不穏さや、どこか落ち着かない感覚が、演奏と声のニュアンスによって伝わる。
この曲は、本作の中でやや異色のアクセントになっている。明快なロックンロールやラブソングの間に、少し奇妙で影のある曲が置かれることで、アルバム全体に幅が生まれる。トム・ペティは、アメリカン・ロックの王道を歩みながらも、常に少しひねった感覚を持っていた。その初期形がここにある。
7. Fooled Again (I Don’t Like It)
「Fooled Again (I Don’t Like It)」は、裏切りや失望をテーマにした楽曲であり、タイトルからして率直な怒りと嫌悪感が伝わる。「また騙された、気に入らない」という言葉には、恋愛関係だけでなく、人間関係や社会への不信も読み取れる。トム・ペティの歌詞にしばしば見られる、素直だが少し皮肉な反抗心が表れている。
音楽的には、ゆったりしたテンポと重めのグルーヴを持つ。派手に疾走する曲ではなく、失望を噛みしめるような重さがある。ギターとキーボードは、曲にブルージーな陰影を加え、ペティのヴォーカルは不満を押し殺すように響く。怒りを叫ぶのではなく、冷たく吐き出すような表現である。
歌詞では、相手に騙されたことへの苛立ちが描かれる。だが、この曲の語り手は完全な被害者として泣き崩れるわけではない。むしろ、もう分かっている、これ以上付き合えないという態度がある。失望と同時に、自分を守ろうとする意志が感じられる。
この曲は、トム・ペティのロックにおける「屈しない感覚」を示している。彼の代表曲には、後に「I Won’t Back Down」のような明確な意志の歌が出てくるが、その根はすでにここにある。傷つけられても、騙されても、完全には折れない。苦い経験を、ロックの簡潔な言葉へ変える力がある。
8. Mystery Man
「Mystery Man」は、タイトル通り「謎の男」を描く楽曲である。本作の中でも比較的軽快で、ポップな感触を持つが、歌詞には少し芝居がかった人物像がある。トム・ペティはここで、はっきりとした自伝的告白ではなく、ロックンロール的なキャラクターを使って曲を作っている。
音楽的には、コンパクトなギター・ポップに近い構成を持つ。メロディは親しみやすく、演奏は軽快で、曲は短くまとまっている。マイク・キャンベルのギターは主張しすぎず、バンド全体が曲の軽さを支えている。パワーポップ的な魅力も感じられる曲である。
歌詞では、謎めいた男、あるいは正体を完全には明かさない人物が描かれる。これは恋愛の対象でもあり、語り手自身の投影でもあるかもしれない。ロックンロールにおいて、謎めいた人物像は重要なモチーフである。すべてを説明しないこと、少し影を残すことが、魅力につながる。
「Mystery Man」は、アルバムの中で大きな代表曲ではないが、トム・ペティのソングライティングの軽やかさを示している。短い曲の中にキャラクターとフックを作る能力があり、それが後の彼のポップな名曲群へつながっていく。
9. Luna
「Luna」は、本作の中でも最も異色で、夢幻的な雰囲気を持つ楽曲である。タイトルは月を意味し、夜、幻想、静けさ、距離を連想させる。アルバム全体にはガレージ・ロック的な勢いがあるが、この曲ではテンポを落とし、より浮遊感のある音像が作られている。
音楽的には、ゆったりしたリズム、柔らかなギター、キーボードの陰影が特徴である。演奏は抑えられ、空間が広く取られている。トム・ペティの声も、ここでは攻撃的ではなく、どこか遠くを見ているように響く。ハートブレイカーズが初期からバラード的な表現や、ムードのある楽曲を扱えたことを示す曲である。
歌詞では、月や夜のイメージを通じて、幻想的な感情が描かれる。具体的な恋愛の物語というより、夜に漂う孤独や憧れが中心にある。月は近くに見えるが、決して触れられない。そうした距離の感覚が、曲の静かな美しさを支えている。
「Luna」は、アルバムの流れの中で重要な休息点である。短く鋭いロックンロールが続く中で、この曲は別の時間感覚をもたらす。トム・ペティの音楽が単なる勢いだけではなく、余白やムードを持っていたことを示す、初期の隠れた重要曲である。
10. American Girl
アルバムの最後を飾る「American Girl」は、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの初期を代表するだけでなく、アメリカン・ロック全体でも特別な位置を持つ楽曲である。短く疾走するギター、前へ進むドラム、鮮烈なメロディ、そして自由への渇望を抱えた若い女性の姿。すべてが一体となり、トム・ペティのソングライティングが初期から非常に高い完成度に達していたことを示している。
音楽的には、バーズ的なジャングリーなギターと、パンク前夜の疾走感が結びついている。ギターは明るく鳴るが、曲には切迫したスピードがある。リズムは前のめりで、まるで車が夜のハイウェイを走るように進む。演奏は短く引き締まっており、無駄な装飾はない。それでいて、曲が終わった後に大きな余韻を残す。
歌詞では、アメリカン・ガールという人物が描かれる。彼女は夢を持ち、何かを期待し、しかし現実の中で傷ついている。重要なのは、彼女が単なる恋愛対象としてではなく、アメリカ的な自由への憧れを背負った存在として描かれている点である。広い国、たくさんの可能性、しかし同時に失望や孤独もある。その矛盾が、彼女の姿に重なる。
この曲の「アメリカ」は、単純な愛国的イメージではない。むしろ、アメリカという場所が約束する自由と、その約束が簡単には実現しない現実の間にある緊張が歌われている。だからこそ、この曲は単なる青春ロックではなく、長く聴かれるアンセムになった。若さ、移動、夢、傷、希望が、短い曲の中に凝縮されている。
「American Girl」は、デビュー・アルバムの終曲として非常に強い意味を持つ。アルバム全体で描かれてきたロックンロールへの愛、故郷からの脱出願望、夜の不安、失望に対する反抗が、ここで一つの大きなイメージへ結実する。トム・ペティのキャリアを語るうえで欠かせない名曲である。
総評
『Tom Petty and the Heartbreakers』は、トム・ペティとハートブレイカーズの出発点でありながら、すでに彼らの音楽的個性を明確に示したデビュー作である。後年の作品に比べると、サウンドはまだ荒削りで、曲も短く、プロダクションもコンパクトである。しかし、その簡潔さこそが本作の魅力である。余計な装飾を排し、ロックンロールの基本的な力を1970年代後半の空気の中で再生させている。
本作の中心にあるのは、古典的ロックンロールへの深い理解と、それを若い時代感覚で鳴らす鋭さである。バーズ、ストーンズ、ビートルズ、ディラン、ガレージ・ロック、サザン・ロックの影響は明確だが、トム・ペティはそれらを博物館的に扱わない。曲は短く、演奏は硬く、感情は過剰に説明されない。そこに、パンクやニューウェイヴと同時代の引き締まった美学がある。
歌詞面では、若者の焦燥、恋愛の駆け引き、故郷への不満、自由への憧れが繰り返し描かれる。トム・ペティの語り手たちは、大きな理想を語るよりも、目の前の相手、街、夜、車、音楽の中で自分の自由を探している。その視点は、後に「Refugee」「The Waiting」「Free Fallin’」「I Won’t Back Down」へと発展していく。つまり、本作にはトム・ペティの後の代表的なテーマの原型が詰まっている。
バンド・サウンドも非常に重要である。ハートブレイカーズは、単なるバック・バンドではなく、トム・ペティの歌を支える強固なアンサンブルである。マイク・キャンベルのギターは、曲を支えるフレーズの選び方が的確で、ベンモント・テンチの鍵盤は、シンプルな曲に深みを加える。リズム隊は曲を過剰に装飾せず、必要な推進力を与える。この職人的な演奏力が、トム・ペティの歌を長く耐えるロック・ソングへ変えている。
本作の歴史的意義は、1970年代ロックの巨大化に対する一つの回答であった点にもある。トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズは、プログレッシヴ・ロックの大作主義や、過剰に磨かれたスタジアム・ロックとは違う道を選んだ。彼らは、短い曲、明快なメロディ、硬いバンド演奏によって、ロックの原初的な魅力を取り戻した。その姿勢は、英国パンクのリスナーにも受け入れられたが、同時にアメリカン・ルーツ・ロックの伝統にも深く根ざしていた。
「Breakdown」と「American Girl」の存在は、本作を特別なものにしている。「Breakdown」は抑制されたグルーヴと心理的な駆け引きを持つ初期の名曲であり、「American Girl」はアメリカ的な自由と焦燥を一曲に凝縮したアンセムである。この二曲だけでも、トム・ペティがデビュー時点で非常に優れたソングライターだったことが分かる。しかし、本作の魅力はそれだけではない。「Hometown Blues」「The Wild One, Forever」「Fooled Again」「Luna」などにも、後の成熟へつながる重要な要素がある。
日本のリスナーにとって本作は、トム・ペティのキャリアを理解するうえで最適な出発点である。『Damn the Torpedoes』以降の完成度の高いハートランド・ロックから入ると、本作はやや小ぶりに聞こえるかもしれない。しかし、この小ぶりさの中に、彼の魅力の核がある。短い曲に強いメロディを入れ、派手な技巧ではなくバンドの呼吸で聴かせ、自由への憧れを大げさにせず歌う。その姿勢が、トム・ペティを長く愛されるロック・アーティストにした。
『Tom Petty and the Heartbreakers』は、完成された大作ではなく、鋭い原石のようなアルバムである。だが、その原石にはすでに明確な輝きがある。ロックンロールの伝統、若者の焦燥、アメリカ的な夢と失望、バンド演奏の潔さ。それらが詰まった本作は、1970年代後半のロックの転換期において、古いものを新しく鳴らすことの意味を示した重要な一枚である。
おすすめアルバム
1. Tom Petty and the Heartbreakers『Damn the Torpedoes』
1979年発表。トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのブレイク作であり、デビュー作で示されたメロディ、ギター・ロック、反抗心がより大きなスケールで完成された作品である。「Refugee」「Don’t Do Me Like That」「Even the Losers」などを収録し、バンドの代表作として広く評価されている。
2. Tom Petty and the Heartbreakers『You’re Gonna Get It!』
1978年発表のセカンド・アルバム。デビュー作のコンパクトなロックンロール路線を引き継ぎながら、より鋭いギター・サウンドと自信を感じさせる作品である。初期ハートブレイカーズの荒削りな魅力をさらに確認できる一枚である。
3. The Byrds『Mr. Tambourine Man』
1965年発表。フォークロックとジャングリーなギター・サウンドを確立した重要作であり、トム・ペティの音楽的背景を理解するうえで欠かせない。特に「American Girl」に見られる明るく鳴るギターの感覚は、バーズの影響を強く感じさせる。
4. The Rolling Stones『Some Girls』
1978年発表。パンクやディスコの時代感覚を受けながら、ストーンズがロックンロールの原点を引き締め直した作品である。トム・ペティと同様に、古典的なロックの語彙を時代に合わせて更新する姿勢が感じられる。1970年代後半のロックの再編を理解するうえで関連性が高い。
5. Elvis Costello『My Aim Is True』
1977年発表。パンク/ニューウェイヴ期に登場した、短く鋭いソングライティングとロックンロールの伝統を結びつけたデビュー作である。トム・ペティとは音楽的な気質は異なるが、1970年代後半に古典的なポップ/ロックの形式を新しい緊張感で鳴らした点で共通している。

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