
発売日:1973年1月8日
ジャンル:Rock / Pop Rock / Progressive Pop
概要
The Beach Boysが1973年に発表したスタジオ・アルバムがHollandである。前作Carl and the Passions – “So Tough”から参加したBlondie ChaplinとRicky Fataarを含む編成で制作され、Carl Wilson、Dennis Wilson、Mike Love、Al Jardineら各メンバーの作曲を組み合わせている。Brian Wilsonが創作面をほぼ全面的に率いた1960年代とは異なり、複数のソングライターがそれぞれの個性を持ち寄る70年代Beach Boysをよく示す作品だ。
タイトル通り、バンドは制作のためオランダへ移り、ロサンゼルスのスタジオ設備を再現するため機材まで運び込んで録音を進めた。にもかかわらず、歌詞ではカリフォルニア、Big Sur、交通、開拓史などアメリカの風景が繰り返し現れる。国外に身を置いたことで、むしろ故郷を距離のある場所から眺め直したようなアルバムになっている。
サウンドも初期のサーフ・ポップとは大きく異なる。ChaplinとFataarの参加によってリズムにはR&Bやソウルの柔軟さが増し、シンセサイザー、オルガン、エレクトリック・ピアノ、厚いギターが多声コーラスと共存する。レコード会社側が当初の完成形に強いシングル候補を求めたことから、Brian Wilsonが中心となった「Sail On, Sailor」が追加され、結果的にこの曲がアルバムの入口を担った。なお初回盤にはBrianによるEP Mount Vernon and Fairway (A Fairy Tale)も付属したが、本編とは別作品として扱う。
全曲レビュー
1. 「Sail On, Sailor」
Blondie Chaplinのソウルフルなリード・ボーカルと揺れるようなピアノから始まり、従来のBeach Boysとは違う声でアルバムの扉を開く。航海を続ける人物を描く歌詞では、困難に遭いながらも進むことが繰り返し促され、タイトルの反復が強いフックになる。ベースとドラムにはゆったりした粘りがあり、コーラスが入っても軽快なサーフ・ポップには戻らない。70年代のバンドがソウルとロックを自然に吸収した代表曲である。
2. 「Steamboat」
Dennis WilsonとJack Rieleyによる曲で、水上を進む蒸気船の情景をゆっくりとした音で描く。Dennisの低くざらついた声、Carl Wilsonのギター、オルガンを含む湿った音色が重なり、晴れた海というより霧のかかった水辺を思わせる。蒸気や水、機械の動きを眺める歌詞には説明的な物語より風景そのものへの関心が強い。「Sail On, Sailor」の力強い航海を、より夢の中のような水上風景へ変える一曲だ。
3. 「California Saga: Big Sur」
Mike Loveが書いた「California Saga」三部作の第1部。アコースティック・ギターを中心とする穏やかなフォーク調で、Big Surの海岸、山、自然を細かな景色として描いていく。初期Beach Boysがカリフォルニアを若者の遊び場として歌ったのに対し、ここでは自然環境そのものへの敬意が前面に出る。オランダで制作しながら故郷を歌うという本作の距離感が、特に分かりやすく表れた曲である。
4. 「California Saga: The Beaks of Eagles」
Al Jardine、Lynda Jardine、Robinson Jeffersにクレジットされた三部作の中央部で、Jeffersの詩を取り入れながら語りと歌を交互に配置する。通常のポップ・ソングのようにサビへ向かうのではなく、鷲や自然、人間の世代をめぐる言葉の間へ短い音楽部分を挟む構成だ。牧歌的だった「Big Sur」に対して自然をより大きな時間軸から眺め、組曲の視点を個人的な郷愁から歴史や生命へ広げている。
5. 「California Saga: California」
三部作の最後はテンポを上げ、アコースティックなリズムと明るいハーモニーによってカリフォルニアへの帰還感を作る。Brian Wilsonもボーカルで参加し、Beach Boysらしい声の重なりが前2曲より強く聞こえる。自然への敬意を保ちながらも、曲としては親しみやすいポップへ着地するため、三部作全体が重くなりすぎない。国外から見たカリフォルニアを、最後には人間の声による祝福へ戻している。
6. 「The Trader」
Carl WilsonとJack Rieleyによる二部構成の曲で、前半では力強いピアノとギターを使い、植民や交易によって土地が奪われていく歴史へ目を向ける。歌詞はアメリカの拡大を単純な進歩として描かず、その裏側にある先住民との関係や搾取を意識させる。後半に入ると演奏は急に静かになり、Carlの柔らかな声と浮遊するような鍵盤が中心になる。政治的な視点から個人的な内省へ滑らかに移る構成が見事だ。
7. 「Leaving This Town」
Blondie Chaplin、Ricky Fataar、Carl Wilson、Mike Loveによる曲で、Chaplinのリードを中心にした長めのナンバー。エレクトリック・ピアノとシンセサイザーを使った柔らかなグルーヴにはソウルや当時のジャズ・ロックに近い感触があり、初期Beach Boysからかなり遠い場所まで来たことが分かる。町を離れ、関係や環境から距離を取ろうとする歌詞にも移動という本作の感覚が重なる。中盤のシンセサイザーも曲の大きな特徴だ。
8. 「Only with You」
Dennis WilsonとMike Loveによるラブソングで、Carlがリードを歌う。ピアノと穏やかな伴奏を中心に、相手と一緒にいることで得られる安らぎを非常に直接的な言葉で伝える。複雑な構成や社会的な題材が続いた後だけに、この素直さがむしろ目立つ。Carlは感情を誇張せず滑らかに旋律を運び、Dennisらしいロマンティックな作曲を落ち着いたBeach Boysのハーモニーへ結びつけている。
9. 「Funky Pretty」
本編最後はBrian Wilson、Mike Love、Jack Rieleyによる、題名通りファンク色の強い曲である。シンセサイザーとエレクトリック・ピアノ、動きのあるベースが絡み、コーラスも昔ながらの整然としたハーモニーというよりリズムの一部として機能する。歌詞には占星術の言葉や恋愛のイメージが入り交じり、少し奇妙なポップ感覚を作る。故郷への回想で終えず、当時の新しい音へ踏み出した状態でアルバムを閉じるのが面白い。
総評
Hollandを特徴づけるのは、The Beach Boysという名前から連想される「カリフォルニア」と、実際に制作している彼らとの距離である。海や西海岸は何度も登場するが、1960年代前半のようにサーフィン、車、恋愛を若者の現在として描いてはいない。自然環境、歴史、失われる土地、遠く離れた故郷として見つめ直すことで、同じ場所がまったく違う意味を持つようになった。
バンド内部の変化も作品を豊かにしている。Carlは「The Trader」で複雑な構成と社会的な視点をまとめ、Dennisは「Steamboat」「Only with You」に陰影のあるロマンティシズムを持ち込む。LoveとJardineは「California Saga」で土地への関心を広げ、ChaplinとFataarは「Sail On, Sailor」「Leaving This Town」にソウルやR&Bのリズムを加える。一人の天才的な作家を中心にしたバンドではなく、異なる書き手の集合体として成立している。
そのため、Pet Soundsのような統一された音響設計を期待すると散漫にも聞こえる。しかし、各曲の違いを声のハーモニーと「移動/土地」という緩やかな感覚がつないでいる点が本作の強みだ。特にChaplinとFataarの存在によってリズム隊の感触が変わり、Beach Boysのコーラスがソウル、ファンク、70年代ロックの中でも機能することを示した。「Funky Pretty」はその変化が最も奇妙かつ楽しい形で現れている。
HollandはBrian Wilsonの創作上の主導権が弱まっていた時期に、残るメンバーがバンドをどこまで拡張できるかを示した作品でもある。そこへ最後に「Sail On, Sailor」というBrianの関与が大きい曲が加わったことで、過去と現在が偶然にも効果的に接続された。初期のBeach Boysを再現せず、それでもハーモニーとカリフォルニアへの関心を手放さない。70年代の彼らが独自のロック・バンドとして到達した、最も充実した地点の一つである。
おすすめアルバム
Carl and the Passions – “So Tough” by The Beach Boys
1972年の前作。Blondie ChaplinとRicky Fataarが加わり、ソウルやR&Bへ接近した新しい編成の出発点である。Hollandと続けて聴けば、彼らの参加によってリズムとボーカルの幅がどう変わったかがよく分かる。
Surf’s Up by The Beach Boys
1971年作。環境問題や社会への不安、内省を扱い、初期の陽気なBeach Boys像から大きく離れた作品である。複数メンバーの作家性を生かしながらアルバムを成立させる方法も、Hollandへ直接つながっている。
Sunflower by The Beach Boys
1970年作。各メンバーが作曲と歌唱を分担しながら、緻密なコーラスによって一枚をまとめた作品。Hollandよりポップで明るいが、Brian中心ではないBeach Boysが高い創作力を発揮した重要な先行例である。
Pacific Ocean Blue by Dennis Wilson
1977年作。Dennisが海、孤独、恋愛、自然を低く荒れた声と重厚なアレンジで描いたソロ作品。「Steamboat」に感じられる陰影や風景描写が、より個人的で深い音楽へ発展した姿を確認できる。
If I Could Only Remember My Name by David Crosby
1971年作。西海岸のロックを基盤にしながら、緩やかな演奏、厚いボーカル、自然を思わせる空間的な音響を組み合わせている。Hollandと同様、60年代的なカリフォルニアの理想が70年代にどう変質したかを感じられる作品である。

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