
発売日: 2009年10月6日
ジャンル: ポップ、ダンス・ポップ、エレクトロ・R&B
『This Is Us』は、Backstreet Boysが2009年に発表した8枚目のスタジオ・アルバムであり、前作『Unbreakable』(2007)でのアダルト・コンテンポラリー路線から一転、よりダンサブルでモダンなポップ・サウンドへと回帰した作品である。
再び世界的なポップ・トレンドに寄り添いながらも、グループの成熟したヴォーカル力と音楽的な経験値を融合させ、90年代から続く“Backstreetサウンド”の新章を切り開いた意欲作なのだ。
当時の音楽シーンでは、エレクトロ・ポップやEDM的要素を取り入れた作品が主流になりつつあり、Ne-Yo、Lady Gaga、The Black Eyed Peasといったアーティストがチャートを席巻していた。
『This Is Us』は、そうした時代性を的確に取り込みつつも、Bsbらしいハーモニーと人間味のある感情表現を失わないバランス感覚が光る。
タイトルに込められた“This Is Us(これが僕たち)”という言葉には、「変化しながらも自分たちを見失わない」という意志が込められているのだ。
3. 全曲レビュー
1曲目:Straight Through My Heart
Ne-YoとChuck Harmonyが手がけたリードシングル。
疾走感のあるエレクトロ・ビートと重厚なベースが特徴で、2009年当時のクラブ・ポップの最前線を象徴するサウンドになっている。
恋に“撃ち抜かれた心”という比喩的な歌詞と、サビでの力強いコーラスが印象的。
メンバーのヴォーカルもよりダイナミックで、4人時代の完成度を見せつけた。
2曲目:Bigger
マックス・マーティンがプロデュースを手がけた、感動的なポップ・バラード。
90年代の黄金期を思わせるメロディラインと、2000年代後半の洗練されたサウンドが共存している。
“君を愛せば、僕はもっと大きな存在になれる”というメッセージには、自己成長と優しさの哲学がある。
ブライアンの伸びやかな歌声が特に映える楽曲である。
3曲目:All of Your Life (You Need Love)
明るく弾むリズムとファンク寄りのギターが印象的なナンバー。
愛を求める人々へのポジティブなメッセージを軽快に歌い上げる。
中盤のハーモニーが美しく、90年代のBsbの軽快なポップ・センスを再び感じさせる構成だ。
4曲目:If I Knew Then
アコースティック・ギターと軽いパーカッションを基調とした、心温まるラブソング。
“もしあの時知っていたなら、違う選択をしていたかもしれない”という後悔を優しい口調で綴る。
『Unbreakable』に通じる落ち着いたサウンドながら、より明るい余韻を残す楽曲。
5曲目:This Is Us
アルバムのタイトル曲にして、作品全体のテーマを象徴するナンバー。
軽やかなエレクトロ・ポップに乗せて、“これが僕たちの今の姿”という自己宣言を歌う。
ハーモニーの構成が緻密で、4人の声の役割分担が完璧に機能している。
キャリアを重ねた彼らの「自信と誇り」がストレートに伝わる。
6曲目:PDA
クラブ仕様のR&Bトラックで、ファンキーかつ遊び心に満ちた曲。
“PDA(Public Display of Affection)=人前での愛情表現”をテーマに、大人の恋のユーモアを描く。
AJの艶っぽいボーカルが光る一曲であり、グループのセクシーな一面を再び提示した。
7曲目:Masquerade
シンセサイザーとエレクトロ・リズムが交錯する、アルバム中でも最も近未来的なサウンドを持つ曲。
“仮面舞踏会”という比喩を通して、恋愛の裏表を描く。
緊張感のあるサウンドメイクとコーラスのブレンドが美しく、アルバム後半のハイライトのひとつ。
8曲目:Shattered
ピアノを中心にした叙情的なバラード。
タイトルの通り「粉々になった心」を描いた楽曲で、ブライアンとニックのボーカルが繊細な感情を伝える。
サビでのハーモニーは息をのむほど美しく、Bsbのバラード伝統をしっかりと継承している。
9曲目:Undone
リズミカルなエレクトロ・ポップで、恋の高揚感と不安が交錯する一曲。
ハーモニーの流れが滑らかで、ライブ映えする構成になっている。
メロディのセンスも抜群で、後期Bsbのポップ志向を代表する曲といえる。
10曲目:International Luv
レゲエやワールドミュージックのエッセンスを取り入れたトラック。
“どの国の人でも愛でつながれる”というグローバルなメッセージがユニークで、アルバムの中でも異色の存在。
明るく軽やかなグルーヴが心地よい。
11曲目:She’s a Dream
ダンスフロア向けのアップテンポで、煌びやかな80sリバイバル感を持つ。
サウンド面ではThe Neptunes的な未来志向を感じさせ、AJとニックのヴォーカルが互いに掛け合う構成が楽しい。
12曲目:Bye Bye Love
本作を締めくくる軽快なポップ・チューン。
別れの歌でありながら、悲壮感よりも解放感を強調している点が印象的。
まさに“次へ進むBackstreet Boys”を象徴するラストである。
4. 総評(約1300文字)
『This Is Us』は、Backstreet Boysが“再定義されたポップ・グループ”として生まれ変わったことを示す作品である。
2000年代半ばにロックやアコースティック寄りの路線を経て、本作では再びダンス・ポップの世界に帰還した。
しかしそれは90年代の焼き直しではなく、Ne-Yoやマックス・マーティンら当時の最前線のプロデューサーと組むことで、現代的なサウンドへと刷新されている。
特筆すべきは、その“自然な若返り”である。
彼らは決して無理をして時代に迎合するのではなく、自らの強みであるハーモニーと歌唱力を軸にしながら、新しい音像の中で心地よく呼吸している。
『Straight Through My Heart』のエレクトロ・ビートも、『Bigger』の温かなメロディも、すべてが“今の彼ら”として無理なく成立しているのだ。
この作品はまた、ケヴィン不在の4人編成としての最終到達点ともいえる。
『Unbreakable』で築いた調和をさらに進化させ、個々の声の特性を最大限に生かしたミキシングが施されている。
特にAJのソウルフルな低音、ブライアンの透明感、ニックの伸びやかさ、ハウイーの繊細な裏声――これらが有機的に絡み合うことで、サウンドの密度が増している。
また、歌詞面では“自分たちらしさとは何か”を問い続ける姿勢が印象的だ。
『This Is Us』というタイトル自体が、そのままキャリアの自己省察であり、アイドルでもベテランでもない、“人間としてのBackstreet Boys”を提示している。
恋愛の喜びや別れだけでなく、時間の経過とともに変わる自己認識を繊細に描いている点も成熟を感じさせる。
音響面では、当時の主流であった電子的ビートとアナログ的な温かみの共存を意識しており、ダンスナンバーでも過度に無機質にならない。
『Bigger』のようにバラードで感情を揺さぶりながら、『Straight Through My Heart』でクラブサウンドの熱量を維持する。
まさに“二つの時代をつなぐ橋”のようなアルバムである。
商業的には大ヒットとまではいかないものの、批評家からは「Backstreet Boysのキャリアの中で最もバランスの取れた作品」と評価され、ファンの間でも“完成度の高いモダンBsb”として愛されている。
90年代のポップアイコンだった彼らが、成熟した男性グループとして音楽的信頼を確立したのが、この『This Is Us』だったと言っていいだろう。
5. おすすめアルバム(5枚)
- Unbreakable / Backstreet Boys (2007)
穏やかで誠実なアダルト・ポップ路線。『This Is Us』との対比で聴くと変化が際立つ。 - Millennium / Backstreet Boys (1999)
黄金期の代表作。90年代のBsbサウンドと本作の違いを知るための必聴盤。 - The E.N.D. / The Black Eyed Peas (2009)
同時期のエレクトロ・ポップ潮流を象徴するアルバム。『This Is Us』の時代背景を理解しやすい。 - FutureSex/LoveSounds / Justin Timberlake (2006)
R&Bとエレクトロの融合という方向性で共通点が多い。Bsbのモダン化の文脈と重なる。 - Circus / Britney Spears (2008)
同時期のダンスポップを代表する作品。ポップ・シーン全体のトレンドを俯瞰する上で重要。
6. 制作の裏側
本作の制作には、マックス・マーティン、Ne-Yo、RedOneといった当時の最先端プロデューサー陣が関わっている。
マックス・マーティンは90年代のBsb黄金期を支えた人物であり、その復帰は“原点回帰と進化の両立”を意味した。
また、Ne-Yoとのコラボレーションでは、R&Bの繊細なニュアンスを吸収し、エレクトロとの融合に成功している。
レコーディングはロサンゼルスとストックホルムで行われ、電子的なサウンドながら人間味を残すよう、ヴォーカルの録り方にも工夫が施された。
7. 歌詞の深読みと文化的背景
『This Is Us』の多くの楽曲に共通するのは、“今を受け入れる”というテーマである。
青春を懐かしむのでも、過去に縋るのでもなく、成熟した自分たちの現在地を肯定する。
それは2000年代後半、ポップシーン全体がノスタルジーから再構築へと向かっていた時期の空気をよく反映している。
“Bigger”の「Make me bigger」や“This Is Us”の自己肯定は、その象徴的なフレーズなのだ。
8. ファンや評論家の反応
リリース当時、日本を含むアジア圏での人気は非常に高く、『Straight Through My Heart』はFM局でヘビーローテーションされた。
ファンの間では“クラブで踊れるBsbが帰ってきた”という声が多く、ライブでもこのアルバムの曲が新旧ファン双方に支持された。
評論家からは「成熟した声でエレクトロ・ポップをやりきった稀有なグループ」と高く評価され、グラミー級の完成度との声も上がったほどである。
結論:
『This Is Us』は、Backstreet Boysが過去の栄光を懐かしむのではなく、時代の先頭に再び立とうとしたアルバムである。
ダンス・ポップというルーツに戻りつつも、その中に大人の余裕と温かさを持ち込んだ。
“これが僕たちだ”というタイトルの通り、彼らの音楽人生の中で最も誠実で現代的な自己紹介なのだ。



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