発売日: 2021年7月16日
ジャンル: オルタナティブ・ポップ、アコースティック・ロック、アダルト・コンテンポラリー
『Detour de Force』は、カナダのポップ・ロック・バンド Barenaked Ladies による13作目のスタジオ・アルバムである。
2017年の『Fake Nudes』から4年ぶりに発表された本作は、パンデミック下で制作されたこともあり、
“静けさの中の希望”と“立ち止まることの意味”をテーマにした、深い内省と温かいユーモアに満ちた作品となっている。
タイトルの「Detour de Force（＝寄り道の力）」には、“想定外の道こそが人生を豊かにする”という哲学的な意味が込められている。
この言葉どおり、アルバム全体はフォーク、エレクトロニカ、ロック、カントリーと多彩なスタイルを“寄り道”のように行き来しながらも、
Barenaked Ladies らしい軽やかで人間味あふれる一貫性を保っている。
録音はパンデミック前後の2つの時期に分かれて行われ、前半はナッシュビルのBlackbird Studioでバンドのライブ感を重視したセッションを、
後半はメンバーそれぞれの自宅スタジオからリモートで音を重ねるという実験的なプロセスを採用した。
結果として、温かい人間味とモダンな音響処理が共存する、Bnlの新たな到達点といえる作品に仕上がっている。
3. 全曲レビュー
1曲目：Flip
オープニングを飾るのは、明るく跳ねるようなエレクトロ・ポップ。
“世界がひっくり返っても、僕らは笑っていよう”というメッセージが、コロナ禍という時代にぴったり重なる。
軽快なリズムと多層的なハーモニーが織りなすサウンドが爽快で、バンドの再生を感じさせる幕開けである。
2曲目：Good Life
“これが僕たちの人生だ”と宣言するような、軽やかで前向きなナンバー。
シンセとアコースティック・ギターが心地よく絡み合い、ポップながらも深い余韻を残す。
成熟した幸福感をそのまま音にしたような一曲だ。
3曲目：New Disaster
シングル曲でもあり、社会風刺的なテーマをBnlらしいユーモアで描いた楽曲。
“ニュースのように次々と新しい災難がやってくるけど、僕らはそれでも生きていく”という現代的なメッセージを持つ。
皮肉と希望が絶妙に交錯する、彼らの真骨頂ともいえる。
4曲目：Big Back Yard
のんびりとしたカントリー調の楽曲。
“自分の裏庭を愛すること”を通して、日常の小さな幸せを見つめ直す。
パンデミックで“外へ行けない生活”を送った人々への共感がにじむ。
5曲目：Live Well
タイトル通り、“健やかに生きること”をテーマにした軽快なポップ・ナンバー。
健康と心のバランスを歌うが、説教臭さはなく、軽やかな音の粒が心を明るくする。
中盤のホーン・アレンジも印象的で、アルバムのハイライトのひとつ。
6曲目：Flat Earth
皮肉に満ちた社会批評ソング。
“地球は平らだ”と信じる人々への風刺を、Bnl特有の軽快なリズムに乗せてユーモラスに描く。
同時に“信じるとは何か”という深いテーマも含んでおり、軽さの裏に重みがある。
7曲目：Here Together
穏やかなテンポのアコースティック・バラード。
“今この瞬間、君と一緒にいられることがすべてだ”というシンプルな愛の歌であり、パンデミック期の孤独を慰めるような温もりを持つ。
柔らかいコーラスとアコースティックの響きが胸を打つ。
8曲目：Roll Out
グルーヴィーなリズムと明るいメロディが心を弾ませる、軽快なロックチューン。
“さあ、外に出よう”というメッセージが、閉塞した時代の空気を吹き飛ばす。
ライブでの高揚感を想定したアレンジで、バンドの演奏力の高さが際立つ。
9曲目：Bylaw
タイトルの意味は“条例”で、社会規範やルールを風刺的に描いた楽曲。
淡々としたリズムに、皮肉と哀愁が共存する。
ヘーンのシンセワークが独特の浮遊感を加え、ミニマルな美学を感じさせる。
10曲目：God Forbid
ロバートソンの深い声が印象的なスロー・ナンバー。
“もし神が許さないとしても、僕は愛を選ぶ”という強いメッセージが込められている。
宗教と人間性を静かに対比させた、哲学的な一曲。
11曲目：The National Park
カナダの自然を賛美するフォーク・ソング。
壮大な風景描写を通して、自然と人間の関係を温かく描く。
この曲には“カナダ人としての誇り”が溢れており、アルバム中でも特に心を癒す存在だ。
12曲目：Man Made Lake
アンビエントな音像を持つ、幻想的な中盤のハイライト。
“人が作った湖に映る空”という詩的なイメージを通じて、人工と自然の境界を問う。
静けさと美しさが見事に共存したトラック。
13曲目：Internal Dynamo
ラストを飾るエネルギッシュなロック・ナンバー。
“僕らの内なる力が世界を動かす”という前向きなメッセージが炸裂する。
アルバム全体を締めくくるにふさわしい、高揚感と希望に満ちたフィナーレである。
4. 総評（約1300文字）
『Detour de Force』は、Barenaked Ladiesが30年以上のキャリアを経て、なお進化を続けることを証明した作品である。
その最大の特徴は、“深い内省と軽やかなポップネスの共存”だ。
パンデミックという制約の中でも、彼らは決して閉じこもるのではなく、むしろ“寄り道の自由”を楽しむように多彩なサウンドを展開している。
サウンド面では、アコースティックの温もりと電子的な音響の融合が非常にバランスよく仕上がっている。
「Flip」や「Good Life」では明るいポップスの快活さを、「Man Made Lake」や「The National Park」では瞑想的な美しさを聴かせる。
同じアルバムの中でこれほど異なる質感を統一的に聴かせるのは、成熟したバンドだからこそできる芸当である。
また、歌詞の内容も近年のBnlのテーマを継承しつつ、より深みを増している。
“日常を肯定すること”“他者とのつながりを保つこと”“自分自身を笑えること”――これらは、彼らの音楽を通して常に語られてきた価値観だが、
『Detour de Force』ではそれが“静かな哲学”として結晶化している。
特に「Here Together」や「Big Back Yard」のような曲には、“大きな世界の中の小さな幸福”という普遍的テーマが息づいている。
一方、「New Disaster」「Flat Earth」「Bylaw」などでは、現代社会の不条理や皮肉を取り上げながらも、
決して攻撃的にはならず、“笑いと理解”で包み込む。
この“優しい風刺”こそBarenaked Ladiesの真骨頂であり、どんな時代においても彼らの音楽が癒しとして機能する理由である。
演奏面では、メンバー全員のバランスが見事に取れており、エド・ロバートソンの安定感、ジム・クリーガンの柔らかいベース、
タイラー・スチュワートのしなやかなドラム、そしてケヴィン・ヘーンの多彩な鍵盤が絶妙に絡み合っている。
特にヘーンの音作りは、Bnlの近年のサウンドを象徴する“現代的な深み”を生み出している。
結果として『Detour de Force』は、
Barenaked Ladiesの“現在進行形の人間賛歌”であり、キャリアの集大成でありながら次への出発点でもある。
人生の寄り道や迷いこそが美しい――そんなメッセージを穏やかに伝える、2020年代の名盤である。
5. おすすめアルバム（5枚）
- Fake Nudes / Barenaked Ladies (2017)
社会的テーマとユーモアを融合させた前作。『Detour de Force』の原点的存在。 - Silverball / Barenaked Ladies (2015)
内省的で温かいトーン。『Detour de Force』の静謐さと通じる。 - Grinning Streak / Barenaked Ladies (2013)
ポジティブなポップネスと成熟が交わる中期の代表作。 - Ben Folds / What Matters Most (2023)
同世代アーティストによる、“成熟した優しさ”を描いた作品として響き合う。 - R.E.M. / Collapse Into Now (2011)
ベテラン・バンドがキャリア終盤に見せた誠実な多様性という点で近い。
6. 制作の裏側
『Detour de Force』の制作は、パンデミックの影響で一時中断を余儀なくされたが、
その過程がむしろアルバムのテーマに深く結びついた。
メンバーはリモート録音を通じて「離れていても音楽でつながれる」という新しい方法を確立。
この経験が、作品に漂う“静かな連帯感”を生み出した。
また、タイトルにある“Detour（寄り道）”は、レコーディングの偶然性そのものを指している。
予定調和を排し、時にミスやノイズを生かすことで、“生きている音”を追求したという。
7. 歌詞の深読みと文化的背景
2021年当時、世界はコロナ禍による孤立と再構築の時代にあった。
Barenaked Ladiesはその空気をリアルに反映しながらも、悲観ではなく“希望と共感”を選んだ。
「Flip」や「Good Life」は、“生きることを楽しむ勇気”を、「Here Together」や「Big Back Yard」は、“身近な人との絆”を歌う。
一方で、「New Disaster」や「Flat Earth」には、情報社会の混乱と皮肉が込められており、
彼らが常に現代の現実を笑いと優しさで受け止めてきたことがよくわかる。
8. ファンや評論家の反応
リリース時、『Detour de Force』はカナダ国内外で高評価を得た。
批評家からは「Bnlの円熟期を代表するアルバム」「パンデミックを越えた希望の音楽」として称賛され、
特に「Flip」「Good Life」「Here Together」はファン人気が高い。
また、リモート環境で録音されたとは思えない一体感が“奇跡的な完成度”と評された。
ライブツアーでは、同作収録曲が新たな定番として観客の合唱を呼び、
Bnlが再び“みんなのバンド”として帰ってきたことを実感させた。
結論:
『Detour de Force』は、Barenaked Ladiesが“寄り道の美学”を音楽で体現した傑作である。
人生は計画どおりに進まない――だが、そこにこそ温もりと発見がある。
笑って、立ち止まって、また歩き出す――Bnlが長年歌い続けてきたその哲学が、ここで静かに完成しているのだ。
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