
1. 歌詞の概要
A Heady Taleは、スコットランド・グラスゴー出身のロックバンドThe Fratellisが2008年に発表した楽曲である。
2作目のアルバムHere We Standに収録され、アルバムでは2曲目に置かれている。シングルとしては2008年12月22日にリリースされ、作詞作曲はJon Fratelli、プロデュースはThe Fratellis自身が担当した。Here We Standは2008年6月9日に発表され、バンドのセルフ・プロデュースによる作品で、UKアルバム・チャートでは5位を記録している。
タイトルのA Heady Taleを直訳すると、酔わせるような話、のぼせ上がった物語、くらくらする話、といったニュアンスになる。
headdyではなくheadyであるところが重要だ。酒に酔うような、香りに酔うような、刺激が強くて頭にくるような感覚。つまり、この曲の物語は冷静な回想ではない。少し酔っていて、少し芝居がかっていて、少し嘘くさい。
そこがThe Fratellisらしい。
歌詞の語り手は、椅子を引いて座れ、金はいらない、とでも言うように、聴き手を自分の話へ招き入れる。だが、その話は素直な告白ではない。女性、金、誘惑、見栄、失敗、皮肉、やけっぱちな冗談が入り混じる。
まるでパブの奥のテーブルで、酔った男が話を始めるような曲である。
ただし、この男の話をどこまで信用していいかは分からない。
彼は自分をかっこよく見せたいのかもしれない。
失敗を笑い話に変えたいのかもしれない。
相手の女性を悪く言うことで、自分の弱さを隠しているのかもしれない。
A Heady Taleは、そういう不確かさを持つ曲だ。
歌詞の中には、冷たい女性、保証のない取引、祈りや許し、金銭の匂い、甘く危険な誘惑が出てくる。だが、物語は一本の線で進むというより、酔った記憶の断片がリズムに乗って次々に飛び出す。
この雑多さが魅力である。
The Fratellisの初期イメージには、パブ・ロック、ガレージ、ブリットポップ以降のインディー、酔っぱらった合唱、サッカー場のチャントのような高揚がある。A Heady Taleにもその血が流れているが、デビュー作Costello Musicの直線的な爆発とは少し違う。
ここではピアノが大きな役割を持つ。A Heady Taleは、Here We Standの中でもピアノの使用が目立つ曲として知られている。ウィキペディア
ギターで突っ走るだけではない。
ピアノが転がり、リズムが跳ね、歌は少し芝居がかった調子で進む。
そのため、曲全体には古い酒場のショー、あるいは小さな劇場の出し物のような空気がある。ロックでありながら、どこかキャバレー的でもある。冗談めかしているのに、歌の奥にはうまくいかない人間関係の苦さがある。
A Heady Taleは、恋の歌であり、酔いの歌であり、男の自己弁護の歌でもある。
そして何より、The Fratellisが得意とする、陽気に見えて少し情けない人間の歌なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
A Heady Taleが収録されたHere We Standは、The Fratellisにとって難しい2作目だった。
彼らのデビュー・アルバムCostello Musicは2006年に発表され、Chelsea Daggerを筆頭に大きな成功を収めた。サッカー場やCM、パーティーの空気と相性のいい、騒がしくてキャッチーな曲が並び、The Fratellisは一気に英国インディー・ロックの人気バンドになった。
しかし、デビュー作の成功は同時に重い影にもなる。
聴き手は、次も同じような爆発を期待する。
レーベルも、メディアも、ライブの観客も、あの即効性を求める。
バンドは、同じことを繰り返すのか、少し変化するのかを迫られる。
Here We Standは、その狭間にある作品である。
アルバムはThe Fratellis自身によるセルフ・プロデュースで、スコットランドの自分たちのスタジオで録音された。資料によれば、録音は2007年11月から2008年1月にかけてグラスゴーのCamel Toe Studioで行われたとされる。ウィキペディア
セルフ・プロデュースという事実は、このアルバムの音にも表れている。
Costello Musicのような勢い一発の荒々しさよりも、曲ごとに少し大きなアレンジを試している印象がある。ピアノ、コーラス、より厚い音像、少しクラシック・ロック寄りの構成。The Fratellisは、単なる酔っぱらいインディー・バンドから、もう少しスケールのあるロックバンドへ進もうとしていた。
A Heady Taleは、その変化がよく分かる曲である。
曲はアルバムの2曲目に置かれている。オープニングのMy Friend Johnが勢いよく扉を開けたあと、A Heady Taleはピアノを大きく使い、より芝居がかったロックンロールへ入っていく。Apple MusicやSpotifyのアルバム情報でも、Here We Standの2曲目としてA Heady Taleが確認できる。
この位置は重要だ。
アルバムの序盤で、バンドは自分たちがただChelsea Daggerの続編を作るだけではないことを示している。もちろん、Fratellisらしい陽気さや猥雑さはある。だが、A Heady Taleには少し大人びたロック・ショーの雰囲気がある。
まるで、酔っぱらいの合唱が、少しだけピアノ・バーの舞台へ移ったような感じだ。
作家としてのJon Fratelliの個性も、この曲によく出ている。
MusicBrainzでは、A Heady Taleの作詞作曲者としてJon Fratelliが記載されている。MusicBrainz 彼の歌詞は、明快な物語を丁寧に語るというより、人物の口調や場面の匂いを一気に立ち上げるタイプである。
誰が誰をだましたのか。
どこまでが本当なのか。
語り手は悪い男なのか、ただの間抜けなのか。
女性は本当に冷たいのか、それとも語り手がそう言っているだけなのか。
そうした曖昧さが、言葉の奥に残る。
Here We Standは批評的には賛否が分かれた作品でもある。Pitchforkは同作について、デビュー作の勢いに比べて物足りないとかなり厳しく評している。Pitchfork 一方で、ファンの間ではこのアルバムのより厚い音や、A Heady Taleのような曲にあるピアノ主体の躍動感を好む声も多い。
この評価の割れ方も、A Heady Taleという曲の立ち位置を物語っている。
これは一発で場を爆発させるアンセムではない。
だが、聴き込むとThe Fratellisのソングライティングの癖と味がよく出てくる。
陽気で、皮肉で、少し古風で、そして妙に人間臭い。
シングルとしてのA Heady Taleは、2008年12月にHere We Standからの3枚目のシングルとしてリリースされた。限定CDにはクリスマスカードが付属し、流通もかなり限定的だったため、UKシングル・チャートでは大きな成功には至らなかったとされる。ウィキペディア
この少し不運なシングル展開も、この曲らしい。
華々しい大ヒット曲というより、アルバムの中でにやりと光る曲。
表通りのポップ・ソングではなく、裏通りのピアノが鳴る酒場の曲。
A Heady Taleは、そういう位置で魅力を放っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞全文は権利保護のため掲載せず、短い抜粋のみを紹介する。
歌詞の確認には、A Heady Tale Lyrics — The Fratellisなどを参照できる。同ページでは、冒頭のPull me up a chair and keep your moneyから始まる歌詞が確認できる。リードドーク
Pull me up a chair and keep your money
椅子を引いてくれ。金は取っておけ。
この冒頭は、非常にThe Fratellisらしい。
語り手は、いきなり聴き手に話しかける。金はいらないと言いながら、どこか胡散臭い。まるで、これから始まる話が価値あるものなのか、ただの酔っぱらいの無駄話なのか、本人にもよく分かっていないようだ。
椅子を引くという動作が、曲に舞台を与える。
ここは路上ではない。
立ち話でもない。
誰かが座り、酒を飲み、話を聞く場所である。
この一節だけで、パブの片隅、あるいは安いクラブのテーブルが浮かぶ。
There’s no guarantees
保証なんて何もない。
この言葉は、曲全体のテーマにもなっている。
恋にも、金にも、話にも、人生にも、保証はない。語り手がこれから語ることも、正しいとは限らない。愛していると言われても、本当とは限らない。約束があっても、守られるとは限らない。
この保証のなさが、A Heady Taleの軽薄さと苦さを同時に作っている。
曲は陽気に跳ねている。
だが、その裏では誰も信用しきれない。
The Fratellisの歌には、この感覚がよく似合う。
Cold blooded women make me sneeze
冷たい血の女たちは、俺をくしゃみさせる。
この一節は、かなり奇妙で、妙に記憶に残る。
cold blooded womenという言葉だけなら、冷酷な女性、感情のない女性というよくある表現になりうる。だが、そこにmake me sneezeが続くことで、急に冗談のようになる。
恐れているのか。
嫌っているのか。
アレルギーのように反応しているのか。
それとも、ただ韻と響きの面白さで言っているのか。
この曖昧さがThe Fratellisらしい。
深刻な感情を、深刻なまま言わない。
ふざけた言い方に変えてしまう。
しかし、そのふざけ方の奥に、本当に傷ついた人間の気配が残る。
この一節は、A Heady Taleという曲の酔っぱらった比喩感覚を象徴している。
4. 歌詞の考察
A Heady Taleの歌詞は、まともに要約しようとすると少し逃げていく。
これは物語の曲でありながら、物語がきれいに整理されていないからだ。誰かが話をしている。女性がいる。金や約束の匂いがある。許しを請うような言葉がある。だが、すべては少し曲がっている。
この曲の語り手は、信用できる人物ではない。
そこがまず面白い。
ロックの歌詞には、信頼できない語り手がよく登場する。自分を被害者のように語りながら、本当は自分もかなり悪い。相手を悪く言いながら、実は相手に惹かれている。過去を笑い話にしているが、本当はまだ傷が残っている。
A Heady Taleの語り手も、そのタイプだ。
彼は冷たい女性を皮肉る。
金はいらないと言う。
保証はないと笑う。
許してくれとでも言う。
だが、自分の責任をどこまで引き受けているのかは怪しい。
この怪しさが、曲に生命を与えている。
もしこの曲が、ただ冷たい女性に傷つけられた男の歌だったら、もう少し単純だっただろう。だがA Heady Taleでは、語り手自身も相当あやしい。話し方が芝居がかっていて、自分の失敗をネタにしているようで、同時に自分をかっこよく見せようとしている。
つまり、この曲は恋愛の失敗談であり、同時にその失敗談を語る男のショーでもある。
ここに、タイトルのA Heady Taleが効いてくる。
これはheadyなtaleである。
酔わせる話。
のぼせ上がった話。
少し盛られた話。
聞いているうちに、何が本当か分からなくなる話。
The Fratellisの音楽は、しばしば酒場のようだと言われる。大声で歌えるフック、乱暴なギター、少し猥雑な歌詞、笑いと失敗が同じ場所にある感じ。A Heady Taleは、その酒場感をピアノ主体でより演劇的にした曲である。
サウンドに耳を向けると、ピアノの存在が非常に大きい。
ギター・ロックの曲でありながら、ピアノが転がることで、曲は単なるインディー・ロックではなくなる。ブギー、パブ・ロック、キャバレー、古いロックンロールの香りが入る。イントロから曲が持つ足取りは、まっすぐな疾走というより、少し酔ったステップに近い。
まっすぐ進むのではない。
跳ねる。
つまずく。
笑う。
また立ち上がる。
この足取りが、歌詞の語り手にぴったり合っている。
Jon Fratelliの声も、曲のキャラクターを決めている。
彼の歌い方には、端正なロック・ヴォーカリストのまっすぐさより、少し斜に構えた語り口がある。甘さもあるが、そこに皮肉が混じる。真面目に歌っているようで、どこかで自分の歌をからかっているようにも聴こえる。
A Heady Taleでは、その声が語り手の胡散臭さをよく引き出している。
本気なのか。
ふざけているのか。
懺悔なのか。
口説き文句なのか。
その境界が曖昧である。
歌詞に出てくる女性像も、The Fratellisらしく少し極端だ。
冷たい女性。
こちらを振り回す女性。
理屈では扱えない女性。
男の自尊心を簡単に壊す女性。
このような女性像はロックの古典的な題材でもある。だが、The Fratellisの場合、そこには男側の情けなさも必ず混ざる。女性が悪魔のように描かれているというより、その女性に振り回されている男の滑稽さが前に出る。
A Heady Taleでも、語り手は完全な被害者には見えない。
むしろ、自分の欲望や軽薄さのせいで、面倒な場所へ入り込んでしまった男のように感じられる。彼はそれを分かっている。だからこそ、笑いながら話す。真顔で反省するには、少し恥ずかしすぎるのだ。
この恥ずかしさを陽気な曲に変えるところが、The Fratellisの魅力である。
彼らの音楽は、しばしば大衆的で分かりやすい。だが、分かりやすいことと単純であることは違う。A Heady Taleには、明るいロックンロールの表面の下に、自己欺瞞や未練、見栄、失敗の苦みがある。
聴き手は、まずピアノとリズムに乗る。
次に、歌詞の言い回しの妙に引っかかる。
そして、語り手の情けなさに気づく。
この順番がいい。
A Heady Taleの歌詞には、金や保証のイメージが出てくる。これは、恋愛や人間関係を取引のように見せる効果を持っている。金を払うのか、払わないのか。保証はあるのか、ないのか。許しを請うのか、逃げるのか。
人間関係が、少し商売じみて見える。
しかし、感情は商売のようには整理できない。
金はいらないと言っても、何かは失う。
保証はないと言っても、人は期待してしまう。
軽い話のつもりでも、あとから痛みが残る。
このズレが曲の奥にある。
Here We Standというアルバム全体の中で見ると、A Heady TaleはThe Fratellisがデビュー作から一歩踏み出そうとしたことを示す曲である。Costello Musicのような即効性と酔っぱらいの勢いは残しつつ、よりクラシックなロックの形、より厚いアレンジ、より舞台的な語りへ進んでいる。
批評的には、その変化が必ずしも全面的に歓迎されたわけではない。Pitchforkのように、デビュー作の勢いが薄れたと見る批評もあった。Pitchfork だがA Heady Taleに関しては、この少し大げさなピアノ・ロックの方向がうまくはまっている。
なぜなら、曲そのものが大げさな話だからだ。
酔った語り手には、少し芝居がかった伴奏が必要である。
自分を笑いながら語る男には、ピアノの転がりが似合う。
本当か嘘か分からない物語には、軽快で少し胡散臭いロックンロールがちょうどいい。
A Heady Taleは、そういう曲である。
曲の長さも約5分近くあり、The Fratellisのシングルとしては比較的ゆったりとした展開を持っている。ウィキペディア そのため、短く鋭いフックだけで勝負する曲ではない。ピアノ、コーラス、歌詞の言い回し、場面転換のような展開を含めて楽しむ曲だ。
ここにも、2作目らしい余裕がある。
すぐにサビだけで勝負しない。
少し話を聞かせる。
酒を注ぎ足すように、曲を続ける。
最後まで聴くと、ひとつの酔った短編劇を見たような気分になる。
それがA Heady Taleの魅力である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
Here We Standからのシングル曲であり、A Heady Taleと同じくピアノの存在感が強い楽曲である。
よりポップで、より分かりやすいフックを持ちながら、The Fratellisらしい女性像と芝居がかったロック感覚がある。A Heady Taleの酒場的な軽快さが好きなら、Mistress Mabelのキャッチーな明るさもよく響く。
- My Friend John by The Fratellis
Here We Standのオープニング曲であり、アルバムの始まりを勢いよく告げる曲である。
A Heady Taleよりもギター・ロックとしての直線性が強く、荒っぽい。Here We Stand期のThe Fratellisが、デビュー作の勢いを保ちながら、より厚い音へ向かっていたことが分かる。
The Fratellisを代表するアンセムであり、Costello Musicの大ヒット曲である。
A Heady Taleのようなピアノ主体の芝居がかった曲とは少し違うが、酔っぱらった合唱感、フックの強さ、少し猥雑なパーティー感覚は共通している。The Fratellisの原点を知るうえでは外せない。
デビュー作Costello Musicに収録された、初期Fratellisの勢いを象徴する曲である。
ギターは軽快で、歌詞には人物の名前が飛び交い、少しバタバタしたドラマがある。A Heady Taleの語り口が好きな人には、Henriettaの人物スケッチ的な楽しさも合う。
- Old Black Magic by The Fratellis
後年のThe Fratellisが持つ、ロックンロール、ピアノ、少し古風なポップ感覚を味わえる曲である。
A Heady Taleのような、古いショー音楽や酒場のピアノを思わせる雰囲気が好きなら、Old Black Magicも相性がいい。バンドの持つクラシックなポップセンスがより洗練された形で表れている。
6. 酔った話の中に見える、The Fratellisの人間臭さ
A Heady Taleは、The Fratellisの魅力を少し斜めから見せる曲である。
彼らの最も分かりやすい魅力は、Chelsea Daggerのような即効性のある合唱フックかもしれない。誰でもすぐ歌える。ビールが進む。サッカー場でも、フェスでも、バーでも鳴らせる。そういう強さがある。
だが、A Heady Taleには少し違う楽しさがある。
これは、ただ叫ぶ曲ではない。
話を聞く曲である。
語り手の嘘くささを楽しむ曲である。
ピアノの転がりに合わせて、酔った人間の失敗談を眺める曲である。
そこに、The Fratellisのソングライティングの味がある。
この曲の語り手は、立派ではない。
たぶん、かなりいい加減である。
女性に振り回され、金や約束の話をし、許しを請うようなことを言いながら、どこかで自分を正当化している。
だが、その情けなさがいい。
The Fratellisの音楽には、完璧なヒーローはあまり似合わない。むしろ、少し酔っていて、少し見栄っ張りで、少し傷つきやすく、失敗を冗談に変える人間のほうがよく似合う。
A Heady Taleは、まさにそういう人物を歌っている。
曲は明るい。
ピアノは跳ねる。
リズムは楽しい。
だが、歌詞の奥には信用できない関係の苦さがある。
この明るさと苦さの同居が、The Fratellisの良さである。
Here We Standは、デビュー作ほど熱狂的に受け止められなかった部分もある。実際、当時の批評では賛否があり、デビュー作の勢いを求める耳には物足りなく響いたかもしれない。Pitchfork しかし、A Heady Taleのような曲を聴くと、この2作目には確かな魅力があることが分かる。
それは、バンドが少し大きな舞台を意識し、ピアノや厚いアレンジを使いながら、相変わらず人間臭い歌を書いていたという魅力である。
A Heady Taleのピアノは、曲に古いロックンロールの匂いを与える。
Jon Fratelliの声は、語り手に嘘と本音の混ざった表情を与える。
リズムは、話を前へ転がす。
そして歌詞は、聞き終わっても少し引っかかる。
この引っかかりが大切だ。
本当に彼は被害者だったのか。
彼女は本当に冷たい女だったのか。
金はいらないと言う彼は、本当に無欲だったのか。
保証がないことを分かっていながら、なぜその場にいたのか。
曲は答えない。
ただ、酔った調子で話を続ける。
それがいいのだ。
人生の失敗談は、いつも整理されているわけではない。むしろ、後から語るときほど、人は自分に都合よく話を作る。笑える話にする。相手を少し悪く言う。自分の愚かさは、冗談の中へ隠す。
A Heady Taleは、その語りの構造そのものを曲にしている。
だから、タイトルどおりこれはtaleである。
記録ではない。
証言でもない。
物語なのだ。
そしてheadyである。
酔っている。
香りが強い。
頭にくる。
少しのぼせている。
The Fratellisは、その酔いを音にしている。
ロックには、清く正しい告白だけでなく、こういういい加減な語りも必要だ。完全な真実ではないかもしれない。だが、そのいい加減さの中に人間の本音がにじむことがある。
A Heady Taleは、まさにそういう曲である。
酒場で隣に座った男が、どうしようもない話を始める。
たぶん少し盛っている。
たぶん自分に都合よく話している。
でも、聞いているうちに、その男の寂しさや未練が見えてくる。
そんな曲だ。
派手な大ヒット曲ではないかもしれない。
しかし、The Fratellisというバンドのロックンロール的な芝居心、皮肉、ポップセンス、人間臭さが詰まっている。
A Heady Taleは、椅子を引いて座り、グラスを傾けながら聴きたい曲である。
そこにあるのは、真面目な説教ではない。
酔った話である。
少し嘘っぽく、少し情けなく、けれど妙に忘れがたい話である。
そしてその酔いこそが、この曲のいちばんの魅力なのだ。



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